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「メンタル不調で休職するとキャリアに傷がつくのでは」そう心配する社員に産業医が繰り返し伝えること

プレジデントオンライン / 2025年1月13日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

どんなに忙しくても、精神のバランスを崩して会社を休んだら、出世レースから脱落……。昭和や平成の頃は企業の中にそんな空気もあった。産業医の薮野淳也さんは「現在でも、休職すれば人事評価に響くと心配する人は少なくない。しかし、ほとんどの企業では、休職期間は評価の対象外として、公正に評価を行っている」という――。

※本稿は、薮野淳也『産業医が教える 会社の休み方』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「診断書が出ているのに休ませない」は、もはやブラック

職場の人間関係、それもパワハラ気質の上司が原因で心身が疲弊した場合など、たとえ、適応障害などと診断されて「休職が必要」という診断書が出ても上司は休ませてくれないのではないか……、と心配になることもあるでしょう。

でも、企業には安全配慮義務がありますから、休養が必要という診断書が出れば、必ず休む方向で話が進みます。企業は、従業員の健康を守らなければいけないからです。

いまどき、診断書が出ているのに休めないという会社があれば、「労働基準監督署に通報されませんか? 大丈夫ですか?」と、こちらが心配になってしまいます。それほど、診断書を出しても突っぱねられるケースはごくまれ。休職前の引き継ぎのために、1週間ほどラストスパートのようになるというパターンはありますが、休めないということはまずありません。

■適応障害の診断書を会社に出し、退職勧告された例

ですが、先日はこんなケースがありました。

過重労働で体調を崩されて、私のクリニックに相談に来られた患者さんです。適応障害で休養を要する状態でしたので、その旨を診断書に書いてお渡ししました。その診断書を会社に提出したところ、「1カ月後には退職してください」と告げられたのです。

労働基準法第19条には、使用者は、労働者が業務上負傷したり病気にかかったりして療養のために休業する期間や復帰後30日間は解雇してはならない、とあります。また、労働契約法の第16条では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と、不当な解雇は無効になりますよと定めています。

この方の場合、一定期間の療養を行えば職場復帰できるのですから、ただ適応障害になったというだけで辞めさせるのは解雇権の濫用にあたります。

企業としては、まずはこの方が安全に働けるように配慮をしなければならないのです。それなのに、精神的に疲れて働くことが難しい状況のなか、さらに追い打ちをかけるように退職を迫れば、病状が悪化することは容易に考えられます。いちばん心配なのは、その結果、最悪のケースにつながることです。

■まれに解雇権の濫用をする企業もあるが、企業の1%未満

そうしたリスクがあるにもかかわらず退職を迫ったとなると、企業側は、安全配慮義務違反で損害賠償責任を負う可能性も十分にあり得ます。

「法律をすべて無視した対応を取ってくる企業があるのか!」と、このときには驚きました。ただし、これはごくまれなケースです。

自分のクリニックをオープンしてから1年で800人以上の新規の患者さんを診てきて、そのほとんどが働くなかで適応障害を起こした方々ですが、このように会社側が法律を無視した対応を取ってきたケースはたった数件です。1%もありません。いわゆるブラック企業だと思いますので、働き続けなくて正解だったのかもしれません。

常識的な会社であれば、診断書が出れば休職することができますし、即、解雇という話には決してなりません。そのことは、体の病気に当てはめて考えると、分かりやすいでしょう。

例えば、交通事故で骨折をして1カ月入院することになったら解雇された、がんが見つかったらクビになった――なんてあり得ないですよね。それは、メンタルヘルスの問題でも同じです。

■50人以上の会社はストレスチェックを義務化されている

50人以上の事業所にストレスチェックが義務化されて10年ほどになります。ストレスに関する質問に回答して、その結果がフィードバックされる、あのアンケートです。ストレスチェックも、労働安全衛生法上で定められた、従業員の健康を守るために企業が行うべき措置の一つです。

なぜストレスチェックが義務化されたのかといえば、働くなかでメンタル不調に陥る人、メンタル不調を理由に休職・退職する人が年々増えていたから。そうした状況を改善するために、年1回以上、定期的にストレスチェックという心の健康診断を実施する義務が課されました。

ストレスチェックシート
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

そして、労働安全衛生法で事業者に課されたのは、それだけではありません。ストレスチェックの結果、高ストレスと判断された人が希望すれば医師の面接指導を行わなければいけないこと、そのことによって不利益な取り扱いをしてはいけないこと、さらに、面接指導を行った医師の助言のもとに必要に応じて就業場所の変更や作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などの対策をとらなければならないといったことまでが企業側に課された義務です(労働安全衛生法第66条の10)。

メンタル不調を未然に防ぐために、本人に自身のストレス状況について気づきを与えるとともに、ストレスの原因となる職場環境の改善につなげることがストレスチェックの本来の目的なのです。

■ほとんどの会社は、休職しまた働いてほしいと考えている

同じように、職場で、適応障害などのメンタル不調に陥った人が出たときにも、企業は、組織としてどう改善していくかを考えるものです。休職をためらう人から、職場の上司や経営陣から「アイツ、さぼりやがって」と白い目で見られるんじゃないか、復職したときに嫌味を言われるんじゃないか……などといった心配の声が聞かれることもよくありますが、企業はもっと合理的です。

病気のせいで仕事の効率が落ちているのだとしたら、そのまま働き続けても生産性は上がりませんから、少し休んで健康を取り戻してからまた働いてもらったほうがいいだろうと合理的に考えます。

同時に、社員がメンタル不調になったことを組織の問題として捉えて、職場のストレスを減らすにはどうすればいいのか、その策を練るはずです。私が産業医として、社員の方の面談や、メンタルヘルスケアに関するセミナーを依頼されるのもその一つです。

特に今は、どの業界も人材不足が慢性化している時代。もしもメンタル不調者や休職者が続けば職場の生産性は下がるばかりですから、組織にとって見過ごせない問題なのです。そのため、メンタルヘルスの問題を一社員の問題として放置するのではなく、組織全体の問題として環境改善に力を入れている企業が増えています。

ですから、休むことで後ろ指を指されるのではないかなんて心配する必要はありません。職場に復帰するときにも、元気に戻って来たことを喜んでくれることはあっても、面と向かってあれこれ嫌味を言うような人はさすがにいないでしょう。自分の仕事で忙しいでしょうし、社会人ですから、少なくともメンタル不調で休職していたという事情に気を遣えるくらいには皆さん大人だと思います。

女性を診察中の医師
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

■「休職すると人事評価に響くのでは…」という懸念

休職をためらう気持ちのなかには、待遇やキャリアについての心配もあるでしょう。

休んでいる間にポジションがなくなるんじゃないか。
復職後に降格されないか。
仕事を減らされたりしないか。
人事評価に響かないか。

いろいろと心配する気持ちは分かりますが、そういったことはまずありません。休職を経て体調が回復したら、もといた部署・ポジションに戻るのが一般的です。

もしもメンタル不調を招いた原因が、職場の人間関係や仕事内容にあるような場合には本人との相談のうえで異動して再出発という選択肢もあります。また、本人が「今の役職は自分には荷が重いので外してほしい」などと職場に相談して、役職を降りるケースは見聞きしますが、それ以外では、元のポジションに戻るのが基本です。復職後にプロジェクトから外されるんじゃないか、責任のある仕事を任されなくなるのではないかといった心配も必要ありません。

■企業が休職を理由に低い評価をつければ、労働契約法違反に

体調を整えるという意味で、復職後の1カ月ほど、産業医が就業制限をかけることはあります。例えば、他の人のサポートに回ってもらう、時間外労働を禁止するなど、まずは一定の制限のもとに働いてもらって、健康的に働けるかどうか様子を見るのです。でもそれは、あくまでも復職直後の一時的なものです。

人事評価にしても、メンタル不調であれ、その他の病気であれ、休職を理由に低い評価をつけることはNGです。労働契約法の第34条には、人事考課・査定は公正に行わなければならないという「公正査定義務」が定められています。体調不良を理由に評価を下げることは、この公正査定義務違反になる恐れがあります。

そのため、ほとんどの企業では、休職者は人事評価の対象外とする、勤務した期間のみ評価の対象とするといったルールのもとで公正に評価を行っています。

ある企業は、年に1回評価を行い、評価対象となる期間中ずっと休職している人は評価の対象外として、1カ月でも勤務実績があればその期間のみを評価するというルールだそうです。つまり、対象期間中にたとえ3カ月なり半年なり休職していたとしても、そのことを理由に低い評価をつけることはNGで、あくまでも休職前、復職後のパフォーマンスで評価をする、とのこと。

キャリアのことを考えるなら、休職することよりも、不調を抱えながらパフォーマンスが下がった状態で働き続けることのほうが、よっぽど評価に響きます。

ノートパソコンを見て息をのむビジネスマン
写真=iStock.com/Yuto photographer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuto photographer

■心身の健康とキャリアアップはいったん切り離して考える

営業の方の場合、休職したら自分のテリトリーを取られてしまうから、と休職に踏み切れない方もいます。でも、体調が悪いまま、顧客を抱え込んでいても、営業成績は上がらないのではないでしょうか。

薮野淳也『産業医が教える 会社の休み方』(中公新書ラクレ)
薮野淳也『産業医が教える 会社の休み方』(中公新書ラクレ)

それよりも、いったん、上長に代わってもらって、チームのメンバーに割り振ってもらい、自分はしっかりと休む。そして、体調が回復して職場復帰したら、また自分に戻してもらうほうが、自分自身にとっても、チームにとってもいいはずです。

大前提として、休職はあくまでも体調を整えるためのブランクです。体調不良があり、それが仕事に支障をきたしているから休みを取って体調を整えましょう、ということ。そうシンプルに考えて、キャリアの話は一旦置いておきましょう。

健康の話とキャリアの話は切り離して考える。これはとても大事なポイントなので、産業医面談でもクリニックの診察室でも繰り返しお伝えしています。

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薮野 淳也(やぶの・じゅんや)
産業医・心療内科医
1988年東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、徳島大学医学部に入学・卒業。認定産業医、認定スポーツ医、健康運動指導士、健康運動実践指導者。大手企業の産業医として日本オラクルのほか、10社以上の産業保健業務に従事。2023年より、ビジネスパーソンのための内科・心療内科「Stay Fit Clinic」を開設し院長を務める。

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(産業医・心療内科医 薮野 淳也 構成=橋口佐紀子)

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