服を脱がされて口内から脇の下、陰茎の内側まで…KADOKAWA元会長(79)が味わった東京拘置所の「屈辱的な身体検査」
プレジデントオンライン / 2025年1月12日 18時15分
■それはまるで儀式のようだった
九月十四日午後、特捜部に四度目の呼び出しを受けた。場所は惠比寿のウエステインホテル東京。この日はツインルームに案内された。
部屋に入ると三人が待ち構えていて、久保庭検事がいきなり、「逮捕します」と言うと、私は手錠をかけられ腰に縄を付けられた。場違いなほど真新しい原色の縄だった。今回も任意の取り調べだと思っていただけに不意打ちの逮捕だった。
手錠をかけられながら、「これは逮捕に慣れていない検事や事務官に経験を積ませる通過儀礼のようなものなのかな」と思っていた。
書類に拇印を求められ、かばんから財布、スマホまで私物はすべて取り上げられた。鈍く光る手錠はずしりと重い。一連のやりとりは妙に芝居じみていて、すべてが被疑者に囚われの身であることを実感させていく儀式のように思えた。「感想はありますか」。検事がしたり顔で聞く。思いがけない事態に冷静さを失っていた私は、「ずいぶん急ぐんですね」と答えるのがやっとで、自宅や会社にどう連絡したらいいのかと頭の片隅で必死に考えていた。
そのまま検察の車で東京地裁に連れていかれ、若い裁判官に逮捕容疑と拘置所への収容を告げれた。私が「納得できない」と伝えると、「あなたには準抗告する権利があります」と申し渡された。
二週間前の九月一日に七十九歳になったばかりだった。
■東京拘置所で自尊心を奪う屈辱的な身体検査
その後、小菅の東京拘置所に連れていかれた。荒川近くの住宅街にある東京拘置所は約三千人の被疑者や被告人、受刑者を収容できる国内最大の刑事施設であり、巨大な灰色の建物だ。
到着した私を待っていたのは、まず身体検査だった。服をすべて脱がされて身体の傷や入れ墨の有無、口の中から脇の下まで隠し持っているものがないか調べられる。陰茎の内側に異物などが入っていないかどうか、ことさら尋ねられた。
この屈辱的な仕打ちが被疑者の自尊心を奪い、善良な市民として生きてきたという誇りを剥奪する。「拘置所の思想」の最初の洗礼だった。
■長期勾留を盾に被疑者の不安を煽り、自白を迫る
ネクタイやベルトなど首吊りに使えそうな紐が付いた衣類は禁じられる。与えられたサンダルには四桁の番号が記されていた。「八五〇一」。それが私のここでの呼称だった。それから二十日間、特捜部の取り調べを受けた。
刑事訴訟法では、勾留期間は十日間が原則であり、「やむを得ない事由」がある時に限り、十日間の延長が認められる。しかし現実の運用では、特捜部に逮捕されれば二十日間の勾留が当たり前になっており、そのうえ再逮捕、再々逮捕で四十日間、六十日間勾留されることも珍しくない。検察官は「いつになったら出られるのか」という被疑者の不安を衝いて、自分たちが描いたシナリオに沿って虚偽の自白へと追い込んでいくのである。
毎日午前中は弁護士の接見がある。検事の取り調べは午後二時間、夜に二、三時間。二十日間で約八十時間に及んだ。被疑者が緊急に弁護士を呼ぶためには電報を打つなどしなければならない。土日は弁護士に接見できないが、検事は自由に取り調べができるという公平性を欠いた運用になっている。
■常用薬が与えられず、死んでもおかしくない状態
「これは誤認逮捕です。こういう理不尽なことはあってはならないと思いますよ」
私は最初の取り調べで久保庭検事にそう告げた。逮捕後、私は常用している持病の薬を飲む必要があることを検事に訴えたが、「ご意見は伺いました」と答えただけで、薬が与えられることはなかった。
私は焼け付くような感情を抑えながら以下のようなことを伝えた。
「私が証拠を隠す可能性がある」と検事が申し立てたことでいま、私は接見禁止になっている。そのため妻にも会社の人間にも会えない。しかし私は何も隠したくないし、隠すものは何もない。そのことはあなた方が一番わかっているはずだ。
私は自分の薬が手に入らない状況で取り調べを受けなければいけない。つまりいま死んでもおかしくない状態にある。この状況は非常に非人間的であり、私は基本的人権を浸されていると思っている。こういう理不尽なことが司法の世界では当たり前になっている。裁判所もあなた方検察も麻痺している。私自身も不幸だが、あなた方も不幸だと思う――。
私の訴えに対して久保庭検事はメモを取りながら時々相槌を打ち、聞き終わると、「ほかに何か言っておきたいことはありますか。思っていることがあれば、すべて言ってもらって大丈夫ですから」と返した。
■特捜部のエリートに翻弄される無力な存在だった
私は事件の全体像を全く知らなかった。検事の質問内容は長期間にわたるももので、記憶が抜け落ちているところもある。
検事にその旨を伝えると、「角川さんが記憶を取り戻せるように、事件が起こった時のことから、これから二十日間調べていきましょう」と言う。私は法に触れることをした覚えはないため、黙秘権を行使するつもりもなかった。
取り調べは淡々と進んだ。私が事件を通して最も不安だったのは、自分が何も知らないということだった。事件の中で自分がどういう役割を果たし、どういう容疑をかけられているのかさえ教えてもらえない。
いくら強腰で言っても、相手は特捜部のエリートであり、取り調べのプロだ。全くのアマチュアで、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のようなものだった。
しかし、二十日間かけてやりとりをする過程で、不透明だった事件の大筋が浮かび上がってきた。例えば「この書類を知っているか」と聞かれて、社員が作ったという私の知らない資料を見せられる。すると「ああ、この件は相談に来なかったのだな」ということがわかる。徐々に自分の記憶が戻ってきて、完全ではないにせよ、パズルのピースが一つずつ埋まっていった。
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KADOKAWA前会長
1943年、東京都生まれ。角川書店社長、KADOKAWA会長などを歴任。2022年に東京オリンピック・パラリンピックをめぐる汚職容疑で逮捕、226日間の勾留を受ける。著書『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』(リトルモア)では、人質司法の非人道性を訴えた。
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(KADOKAWA前会長 角川 歴彦)
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