「置かれた場所で咲きなさい」そんなよくある自己啓発本の助言を、禅僧が真正面から否定するワケ
プレジデントオンライン / 2025年1月12日 16時15分
■人生はネガティブで当たり前
「私はネガティブなんです」「もっと前向きに生きたいのに、自信がなくてどうしてもポジティブになれないんです」とおっしゃる方が最近増えました。
率直なところ、そもそも人生とはネガティブなものなのに、今さら何を言っているのかなと思います。ところが、話を聞いてみると、どの方もそれなりに安定した生活を送っていて、大変な問題が起きているようには見えません。
それで、何がどうネガティブで、何に対して自信がないのかを具体的に聞いていくと、当の本人もよくわからないのです。
「楽しくない人生はネガティブだ」と考えて、漠然と悩んでいるだけのことも多いように見受けます。また、「最近うまくいってなくて」とぼやく人もいます。
何がうまくいってないのかを聞いてみると「いや、いろいろ考えてしまって……」と口ごもり、「いろいろ」の内容が言えません。ただなんとなく、このままではいけないと思っているにすぎないのです。
私には、悩んでいる人たちが、「ネガティブ」「うまくいかない」などの言葉を自分に貼りつけた時点で安心して、考えることをやめてしまっているように見えます。
しかし、生きることへの違和感があるのなら、その「ネガティブ」や「いろいろ」の中身をきちんと考えなければ先へ進めません。
自分が何に困っていて、何が欲しいのか。
自分がどんな状況にいて、どう変えたいのか。
それを見極めるためには、置かれた状況を冷静に見て、具体的に考えていく根気が必要です。
■「よりマシなほう」を選ぶ生き方
今、人生の問題を解決するとうたう本や情報は、世の中にあふれています。
しかし、人生は複雑なものです。人はそれぞれ環境も条件も違います。考える手間を省いて、出来合いのノウハウをあてはめようとしても、うまくいくはずがありません。即効性を期待して、インスタントにやろうとすればするほど、失敗します。
残念ながら、何十年もかけて自分の中で育ってきた問題が、一発で解決することなどあり得ないのです。
たとえば、坐禅体験を一度しただけで、悟りを開けると思う人はいないでしょう。プチな修行ではプチな結果しか得られないように、インスタントな解決を求めれば、それなりの成果しか出ないのは当然です。
それでも、どうにかしたい状況があるのなら、自分が「これは!」と思ったことを実際に試し、少しずつ修正していくしかありません。
それは面倒なことでしょう。ただし、手間と時間と根気をかける価値はあります。手間暇をかけたからといって、問題が解決するとは限りません。また、やり続けるにはストレスもかかります。
しかし、それでも続けていくうちに、問題をなんとかいなして感情をなだめ、「べき」を見つける道筋は見えてくるはずです。
問題や感情に振りまわされて、ストレスを感じるのか。
手間暇をかけることに、ストレスを感じるか。
生きていくうえで、どちらを選ぶのかという話です。
「損得」を棚上げにして、できることはやったのだという「納得」が得られるまで持ちこたえられれば、私は上出来だと思います。
■「置かれた場所」で咲けなくていい
「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を初めて知ったとき、私は思わず笑ってしまいました。「幸運にも自分が置かれたい場所に置かれたのならともかく、誰かに一方的に置かれた場所でただ咲けとは、いったい何を言っているのだろう」と思ったのです。
その「置かれた場所」とは、「たまたま置かれた」にすぎない場所です。それを絶対的なものと捉えて、しかも「そこで咲け」と言うのですから、なんとも過酷な話です。
たとえどんなに理不尽で厳しい立場に置かれようが、それを受け入れ、我慢して自己実現に努力せよと言うのであれば、私から見れば差別的ですらあります。
また理屈を言うようですが、たとえば南北戦争前のアメリカでも、黒人は「置かれた場所」で咲かなければいけなかったのでしょうか。
ただ、このタイトルの本が大ヒットした理由はわかります。
このように言われたら、自分が苦しい立場に置かれていても、諦めがつくからです。
仏教では、すべての物事は、ひとつの条件によって成立している「仮のもの」だと考えます。人間関係も、仕事も、家庭も、常に一定の条件でしか成立しないあいまいなものです。
今、自分がどんな場所に置かれ、どんな状況にあろうと、それは一時的な状況だと捉えるのが、仏教の視点です。
■人間関係も、仕事も、家庭も仮のもの
たとえば、同僚や上司との人間関係がうまくいかなければ、それは深刻な問題かもしれません。しかしそこを辞めれば、職場の人間とは一切の関係がとぎれます。
また、学校でどんないじめに遭っていたとしても、転校したり卒業したりすれば、いじめた相手とは縁が切れます。家族でさえ一緒にいるから「家族」なのであって、離婚したり、生まれてすぐ親子が離れ離れになったとしたら、赤の他人同士です。
たとえ、自分でその場所を選んだのだとしても、予想に反して「たまたま」つらい場所だったということはよくあります。それならば、別の場所を探してもいいし、もうしばらくその場所に居続けると決めてもいい。そこにいるかいないかは、自分自身で選べます。本当につらいのは、その選択の余地がないときです。
「自分の居場所がどこにもない」と言う人がいますが、居場所がなくて当たり前なのです。
すべては「仮の宿」であり、一時的な場所ですから。
■いまの自分を受け入れる
どんな場所も人間関係も、「絶対」ではありません。そこに行けば一生安心と言える居場所など、この世にはあり得ません。
もし「自分の居場所が欲しい」と思うのなら、自分で探すか、居場所を確保するために、ここと決めた場所が少しでも居心地がよくなるよう工夫するしかありません。
「いや、今いる場所で咲こうとするくらいの根性がなければダメだ」と言うのは、「今いる場所」や「自分」が、絶対的な存在だと勘違いしているだけです。
「誰か」の価値基準を無条件に受け入れて、そこで咲けるよう努力しろと言う。これは、仏教の立場ではかなりおかしな話なのです。
置かれた場所で咲かなくてもかまわない。
ただ、やり方によっては咲くこともある。その程度のスタンスで「置かれたところ」にいれば十分だと私は思います。
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禅僧
1958年、長野県生まれ。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。早稲田大学第一文学部卒業後、大手百貨店勤務を経て、1984年に曹洞宗で出家得度。同年から曹洞宗・永平寺で約20年の修行生活をおくる。著書に『恐山 死者のいる場所』、『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』(いずれも新潮社)、『善の根拠』『仏教入門』(講談社)、『死ぬ練習』(宝島社)など多数。
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(禅僧 南 直哉)
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