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「江戸時代の男たちが食いついた」遊郭吉原ガイドブック編集長が北斎・写楽・十返舎一九を世に送り出せたワケ

プレジデントオンライン / 2025年1月12日 10時15分

山東京伝『箱入娘面屋人魚』(写真=国立国会図書館デジタルコレクション/PD-Japan/Wikimedia Commons)

NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の主役・蔦屋重三郎(蔦重)は遊郭吉原のガイドブック編集長。その後、葛飾北斎や東洲斎写楽らの天才を発掘し、世に送り出した稀代の敏腕プロデューサーでもある。なぜ作家は蔦重と仕事をしたがったか。時代小説家の車浮代さんは「多くの人たちから慕われ、信頼を集めた蔦重の仕事術は、現代のビジネスにも通じる極意の宝庫だ」という――。

※本稿は、車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■人を動かすのは信じる心。相手の能力や才能を本人よりも強く信じる

「部下がやる気を出さない」「後輩が何を考えているかわからない」。

人を指導したり、束ねたりする立場の方から、こんな悩みを聞くことがあります。もちろん、仕事への熱意の量やスタンスは人それぞれですし、さまざまな背景もあることでしょう。けれど、「相手を信じる」ということを大切にしてみると、状況が好転していくことは大いにあるのだと思います。

蔦重は、一人ひとりの作家の才能をいち早く見抜き、可能性を最大限に引き出すことで、時代を彩る作品を次々に生み出した出版人です。

たとえば、蔦重が鱗形屋(うろこがたや:当時の版元)の『吉原細見(よしわらさいけん)』(遊郭吉原のガイドブック)の編集長をしていたとき、挿絵も描け、文才もある武士作家の恋川春町に依頼してできたのが、日本初の「黄表紙」だと言われています(『金々先生栄花夢』)。

女性にモテたくて、地方から吉原に向かった主人公が、道中、粟餅が蒸しあがる間に栄枯盛衰を経験する……というストーリーを描いたこの作品は、瞬く間にヒットし、やがて春町は「黄表紙の祖」と言われるまでになりました。

「相手が潜在的に持っている才能や能力を見出す」という力が傑出していた蔦重。無名の作家たちは、彼のもとで次々と秘めたる才能を発掘され、開花させていきました。

蔦重は彼ら自身の才能を、本人たち以上に信じ、期待していたに違いありません。新人作家たちは、自分を信じてくれるその想いに感化され、さらにモチベーションを燃やしていったのでしょう。

芸能、音楽、出版などあらゆる分野に共通して言えることですが、たとえばこれからデビューする新人を発掘するようなとき、当の本人は自身の才能や魅力に気づいていなくても、スカウトやオファーをする側は、すでにそこに強い確信を持ち、熱心に口説く……ということは往々にしてあります。

声をかけられた本人は、当初は「どうして自分なんかに?」という戸惑いを隠しきれない場合も多いもの。しかしながら、相手の「あなたにはこういう力がある。だからきっと世に出る人になる」という熱い想いに突き動かされてデビューを果たした、という話は色々なところで聞くものです。まっすぐに自分を信じてくれるその人に、運命を委ねてみようという気持ちになるのかもしれません。

人は誰だって、信じてもらえると嬉しいのです。

相手の才能を、時に相手よりも固く信じる。清らかでまっすぐなその信頼は、人の心を動かします。

「相手の才能を信じる」ということは、適当に「あなたならできるよ!」と励ますということではありません。この人ならきっと……という確信を裏打ちするのは、綿密な分析と、まっすぐな好奇心です。

人間誰しもが、必ず何かしらの才能を持っています。だからこそ、目の前にいるこの人は、一体何が得意で、どんなことに喜びを見出すんだろう? と、純粋な興味を持ち、丁寧に観察してみるのです。その積み重ねがあるからこそ、「あなたのこういう能力はすばらしい。あなたにならきっとできる」という言葉は自然と、説得力と重みを持ちます。熱い衝動の源となるのは、実は地道で緻密な分析なのです。

あなたの目の前にいる部下は、どんな才能の持ち主なのでしょうか。そんな想いで見つめてみると、関係性も少し変わってくるかもしれません。

■「自分は認められていない」と思ったときに人は不満を募らせる

「承認欲求」という言葉が、近年とみに用いられるようになりました。たとえばSNSで「いいね」の数を競うような、自己顕示欲の強い人を揶揄するときに使うようなイメージが強く、あまりよい印象を持たない方も多いかもしれません。

けれど、「すごいと思われたい」「みんなに認められたい」という想いは、人としてごく自然なもの。古今東西、人類が持ち続けてきた、普遍的な感情です。

幼少期からさまざまな人間模様のなかに身を置いていた蔦重は、人がどんなことに憤りを感じ、どんなことに心を満たすのかといった、人の心の機微にはさぞかし敏感だったことでしょう。

だからこそ、多くの人が持ちうる「認められたい」という想いもよく理解し、そこに刺さるような言動や立ち居振る舞いを意識していました。

人は誰しも、自分を蔑ろにされたり、軽視されたりしたと感じたときに不満を抱くものです。逆に言えば、相手が自分を尊重し、認めてくれていると感じられれば、そこまで負の感情は募りません。

蔦重はきっと、以下のようなさまざまな心配りによって、相手を尊重する気持ちを表明していたことでしょう。

・出会った人の名前はすぐに覚え、親しみを込めて呼ぶ
・相手が何を望んでいるかを常に考え、相手を幸せにするためにできることを追求する
・断るときほど、返事は早く。期待だけ持たせて返答を長引かせるということがないようにする
・約束は絶対に守るようにし、相手から自分への信頼を踏みにじらない
・根底に「情」を持って相手と対峙するようにする
・人の言葉を否定しない。自分の意見とは異なると思っても、すでに知っていることであっても、興味を持って耳を傾ける
・その人の大切にしている価値観を理解する
・常に「お蔭様」の精神を忘れず、感謝の気持ちを持って向き合う

相手を認め、尊重しているという気持ちを表すことで、その人の不安や不満は取り除かれていきます。

目の前のことに懸命に打ち込むほど、つい自分のことばかりに意識が集中してしまうのは、誰しも身に覚えがあるでしょう。だからこそ、いかなるときでも周囲に気を配り、目の前の相手のことを大切にできる人は、とても稀有な存在であり、周りが放っておきません。

よい仕事、よい人生は、人との縁によって生まれるもの。自分一人でできることなど、たかが知れているのです。そのことを熟知している人は、自ずと素敵な盟友たちに恵まれていくことでしょう。

弟子の英泉が描いた北斎の肖像画
弟子の英泉が描いた北斎の肖像画。渓斎英泉「為一翁」『戯作者考補遺』より(写真=国立国会図書館デジタルコレクション/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

■誰かのための仕事は時に、自分のための仕事よりずっと頑張れるもの

人を幸福にすることは、時に自分を幸福にすること以上に、心に充足感を生むもの。それは人間の本能なのかもしれません。誰かのためにする仕事は時に、自分のためにする仕事の、何倍ものエネルギーを湧き出させてくれるものです。

尊敬する人が自分にかけてくれる期待。それは時として重圧も生むかもしれませんが、深い意欲を呼び起こし、否応なく燃料を注いでくれるでしょう。

もし今あなたが、「この人の期待に応えたい」と思える上司のもとで働けているのなら、あるいは部下にとってそんな存在の上司であるのなら、それはとても尊く、幸せなことだと思います。

若手作家たちの育成に注力していた蔦重は、若きクリエイターたちに期待をかけることで、彼らの意欲に火をつけ、才能を最大限に引き出していました。

「とにかくまずは書いてみな」。これは蔦重が日頃、口癖のように彼らに発していたであろう言葉です。相手のポテンシャルを信じていなければ、書かせるまでもありません。まずは書せてみるという姿勢は、よいものが上がってくる可能性に期待をするという気持ちの表れでした。名もなき若者たちは、すでに敏腕編集者として名を馳せていた蔦重に作品を披露するチャンスを与えられ、やる気をみなぎらせたことでしょう。

ちなみに、弥次さん・喜多さんのコンビで有名な『東海道中膝栗毛』の作者、十返舎一九もまた、蔦重に育てられた作家のうちの一人です。

一九は駿河の下級武士の生まれで、幼い頃から武家に奉公に出ていたようですが、三十歳のときに江戸に移り、作家志望の従業員として蔦重の店で住み込みを始めました。

蔦重は一九を店員として雇う傍ら、いつか作家として独り立ちできるよう、執筆の機会を与えながら彼の育成に励んだのです。

一九は絵も文も書けたうえに頭の回転が速く、とても有能でした。蔦重はそんな彼の未来に、大きな期待を寄せたことでしょう。

当時、江戸で流行していた心理学の要素を盛り込んだ物語、『心学時計草』を皮切りに、次々と作品を創作するチャンスを与え、作家としての地位を不動のものにさせていきました。

車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)
車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)

『東海道中膝栗毛』は、残念ながら蔦重の没後に刊行された作品ではありますが、今なお愛されるこの作品の誕生の礎となったのは、蔦重のもとで、その熱い期待を一身に浴びながら創作活動に励んだ日々だったことは間違いないでしょう。

心から尊敬する人が向けてくれる期待感ほど、魂を燃やしてくれるものはありません。「この人に喜んでほしい」という思いを込めて生み出した作品だからこそ、結果的に、ほかの大勢の人たちを喜ばせることになるのです。

もしあなたに今、育成している人がいるのなら、もっともっと、相手に期待をしましょう。そしてその想いを、余すことなく伝えましょう。その顔は一瞬にして輝き、やがて、めざましい成長を遂げていくことは明白です。

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車 浮代(くるま・うきよ)
時代小説家、江戸料理文化研究所代表
浮世絵をはじめとする江戸文化、江戸料理に造詣が深く、さまざまな媒体を通じて江戸文化の魅力を現代に伝える。1964年大阪生まれ。大阪芸術大学卒業後、東洋紙業でアートディレクター、セイコーエプソンでデザイナーを務める。その後、第18回シナリオ作家協会「大伴昌司賞」大賞受賞をきっかけに会社員から転身、映画監督・新藤兼人氏に師事し、シナリオを学ぶ。現在は作家の柘いつか氏に師事。ベストセラーとなった小説『蔦重の教え』(当社/双葉文庫)のほか、『Art of 蔦重』(笠間書院)、『居酒屋 蔦重』(ORANGE PAGE MOOK)、『蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人』(PHP文庫)など、著書多数。2024年春、江戸風レンタルスタジオ「うきよの台所 ─Ukiyo's Kitchen─」をオープン。江戸料理の動画配信も行っている。

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(時代小説家、江戸料理文化研究所代表 車 浮代)

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