カネ儲け企む"不良医師"がウヨウヨ湧く…麻酔科医が警鐘「東京都の"無痛分娩費"助成で起きる怖すぎる事態」
プレジデントオンライン / 2025年1月10日 11時15分
■小池百合子都知事が掲げた「無痛分娩補助」の問題点
2025年1月6日、小池百合子都知事は東京都内の妊婦を対象に、2025年度から出産時の痛みを麻酔で和らげる無痛分娩の費用を助成することを公表した。昨夏の知事選で小池氏が公約に掲げていた無痛分娩助成が実現される見込みとなったのだ。小池氏は「子育てをしたいと希望を持つ方が、その思いを実現するようにサポートしていく」と語り、高い意欲を示した。
出産時の無痛分娩は近年増加しており、日本産婦人科医会によると、総分娩数に占める無痛分娩の割合は2017年には5.2%だったが、2022年には11.6%と増加傾向であり、東京都に限れば約30%弱(2023年データ)と報告されている。
妊婦の心身の負担を軽減し、産後うつ予防効果などが期待できるが、保険診療の対象ではないため10万~20万円程度の追加料金を要求する施設が多い。費用面から無痛分娩を断念する妊婦も多いとみられ、妊娠・出産情報誌『ゼクシィBaby 妊婦のための本』が行ったアンケートでは、無痛分娩を選ぶ際にハードルとなったことについて、「費用の高さ」を挙げた人が6割と最多だった。都道府県レベルで無痛分娩の助成制度が実現できれば、日本では初めてとなる。
SNSでの反応も「さすが女性知事」「目の付け所が違う」「産むなら東京に引っ越そうかしら」など、おおむね好評である。
しかしながら、麻酔科医である私は単純に喜ぶことはできない。安全な無痛分娩の増加には、補助金のみならず麻酔科医のマンパワー増加が必須だが、麻酔科医のマンパワー確保については具体的には言及されていなかったからである。
■働き方改革/女医増加とは真逆、無痛分娩という仕事
無痛分娩の最大の難所は、陣痛に伴う処置なので、緊急対応が多いことである。陣痛は土日夜も無関係に発生するので「午前2時に陣痛が来たので無痛分娩開始、午前5時に胎児徐脈になり緊急帝王切開」のようなつらい時間帯の仕事はザラである。
一部の産科病院では計画分娩と称して、陣痛促進剤などを使用して可能な限り平日昼間の分娩を誘導しているが、必ずしも計画どおりに分娩は進まず、結果的に夜中の出産になる可能性も少なくない。
一方、医師の中でも麻酔科医は女性率が高いことが知られており、日本麻酔科学会会員のうち44歳以下は過半数が女性であり(2023年報告)、さらに増加の一途である。そして家庭を持った女医は、土日祝夜勤務や緊急呼出のないワークスタイルを好む者が多い。
そして、2024年度から始まった「医師の働き方改革」は「時間外労働月80時間以内」という制限を病院長に課したので、時間外労働する医師の確保が困難になった。ただでさえ不足気味の麻酔科医の中でも、「夜間に稼働する麻酔科医を大量に確保」するのは、決して簡単なことではない。
というわけで、2025年度以降に東京都の無痛分娩増加が実現するのか、3つの予想を考えた。
■予想1:夜間働く麻酔科医が確保できず、無痛分娩はさほど増えない
現在の無痛分娩でもっとも一般的な方法が「硬膜外無痛分娩」である。陣痛の痛みは、子宮から背骨の中にある脊髄という神経の束を通じて脳に伝わる。よって、脊髄を取り囲む硬膜という膜の外側の狭い空間(硬膜外腔)に細いチューブを留置し、そこから麻酔薬を投与することで脊髄神経に麻酔をかけて、脳への痛みの伝達をブロックすることで陣痛や下半身の痛みを軽減する。
陣痛で3分ごとに痛みのために動き回る妊婦にチューブを入れるのは麻酔科専門医でも経験やテクニックを要するし、チューブを入れた後も「麻酔薬の濃度」や「左右の麻酔が均等」など微調整する必要がある。緊急に帝王切開に転じる可能性もあるので、麻酔科医は分娩終了まで待機する必要がある。
無痛分娩による医療訴訟はいくつか事例があり、2021年に「母子とも障害がのこって3億円」、2023年に「母体死亡で7500万円」の判決が報道されている。よって、十分な麻酔科医数を確保できなかった施設では、医療安全を度外視してまで積極的に無痛分娩件数を増やすとは考えられない。
現在の無痛分娩対応施設でも、ホームページをよく読むと「平日昼間のみ」「麻酔科医不在時は対応しません」「同時に最大2例まで」などと明記されていることがある。また、都内の有名な無痛分娩だと「妊娠7週(2カ月後期)に申し込んだら満杯で断られた」といったケースは現在でもザラなので、これが「妊娠5~6週」に早まる可能性は高いだろう。
■予想2:地方より麻酔科医を引き抜いて、都内の無痛分娩が増える
無痛分娩に積極的な都内の病院では、麻酔科医をヘッドハンティングする産科医院も現れる可能性が高い。地方の医学部などの地域枠で合格した医師も、おおむね卒後10年程度でその地域で働くという義務を終えるので、仮に東京の有名病院が30代の地方医師をスカウトすれば、応じる医師は存在するだろう。
麻酔科医が増えた東京の病院は、積極的に無痛分娩を増やすことが可能になり、補助金による増収も期待できるので、(東京都民は)めでたしめでたしである。
しかしながら、麻酔科医不足は地方がより深刻で、「10年後には県内では心臓手術ができない」と囁かれる県は複数存在する。東京都の無痛分娩推進が地方医師不足を悪化させるシナリオは否定できない。
■予想3:美容外科医が補助金狙って参画、安全ではない無痛分娩が増加
2024年12月、ある美容外科の院長を務める女性医師が、グアムにおける解剖実習で、「解剖しに行きます‼」「頭部がたくさん並んでるよ」と、観光旅行のようなお気楽コメントの後、遺体の前でピースサインをした写真をSNSに投稿して「不謹慎」「御遺体への敬意が無い」と炎上したのは記憶に新しい。この騒動は、後にテレビニュースでも報道され、美容医療業界の倫理観が疑われることとなった。
この女医に限らず、近年は若手医師の美容医療への就職が増加し、10年前の約4倍と言われている。中には「医学部卒業後の2年間の初期研修を終了したら、そのまま美容クリニックに就職」という人材も急増しており、彼らは「直美(ちょくび)」と呼ばれる。経験の浅さから、医療知識や技術のみならず倫理観を疑問視する向きも少なくない。無論、美容医療のほとんどの医師は技術も倫理観もしっかりした人だが、それでも一般病院より問題人材が存在する確率が高めなのは否めない。
また、近年の都心部の美容医療は供給過多なので、有名美容外科が突然閉院することも珍しくない。雇い止めされた医師の中には「睡眠薬を出すだけの精神科」「ED薬処方」「脱毛」「ダイエット専門クリニック」など、倫理観はさておき、収入が保証され(増え)れば全く違う分野でも躊躇せず転職する事例は決して珍しくない。
「笑気ガス(亜酸化窒素)」は美容外科や歯科でよく用いられる簡便な麻酔方法である。鼻から笑気ガスを吸入することで、ぼんやりとリラックスして痛みを和らげることが可能である。19世紀の無痛分娩は、クロロフォルムやこの笑気ガスなどを吸入することから始まり、現在でも一部の施設では使用されているようである。前出のSNSで炎上した美容外科院長の例を見るにつけ、「無痛分娩は補助金で儲かる」はずだと、「笑気ガスならやったことある! 簡単!」といった軽率なノリで元美容医師が笑気ガスによる無痛分娩に参入しないとも限らない。
さらに、競争の激化で経営危機に陥った美容クリニックや元美容医師、もしくは高額不妊治療の保険適用という制度改革を受け、体外受精や卵子凍結を積極的に全国展開するクリニックなどが、今回のような目先の補助金に飛びついて、無痛分娩クリニックに進出する可能性はある。
実は、医師免許があれば合法的に麻酔業務が可能で、麻酔科専門医資格は必須ではない。そのため例えば、外科で不要になった美容医師を、「笑気麻酔で無痛分娩できます」などと、産科クリニックに派遣するビジネスを始めるかもしれない。
ちなみに、妊娠初期の笑気ガス投与では奇形の報告があり、自然流産率の上昇も指摘されている。分娩室で深く考えず笑気を投与して、換気設備もないまま放置されると、待合室などにいる妊婦が吸入して、流産や胎児異常の原因になりかねない。
新たな助成金制度をぶち上げるのは簡単だが、医師の頭数を倍増させるのは並大抵ではない。前述したように「深夜も明け方も働くベテラン麻酔科医を倍増」はどう考えても不可能に近く、その他の不測の事態を招くリスクも多い。
小池都知事の今回のプランを歓迎する女性は多いが、その実現のために国民が犠牲になってしまっては元も子もない。
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フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)
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