山火事の発生件数は40年で10倍に増大…「米国の3倍、世界の2倍」のスピードで温暖化が進むカナダの現状
プレジデントオンライン / 2025年1月30日 9時15分
※本稿は、山野内勘二『カナダ 資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■温暖化対策の優等生が直面する2つの挑戦
カナダは世界有数の化石燃料生産国でありながら、積極的に温暖化対策を進めている。GHGの世界シェアを見れば、カナダの排出量は全体の1.5%にまで縮小。新エネルギー分野の発展に加え、トルドー首相、ギルボー環境・気候変動大臣らが世界に発する明快なメッセージも合わせて見れば、カナダは温暖化対策の優等生と言っていいだろう。
しかしながら、事はそう単純ではない。温暖化をめぐってカナダは、2つの厳しい挑戦に直面している。
まず、温暖化の深刻な影響だ。山火事の頻発、北極地域の氷の溶解など、カナダの国土が悲鳴をあげている。世界中で温暖化の深刻な影響を最も受けている国の1つだ。
次に、政治だ。自由で多様性を重んじる民主主義を貫徹しているからこそ、意見の集約は容易ではない。国内業界から反発を受け、野党から攻撃を受け、州・準州から法廷闘争を挑まれている。
■米国の3倍、世界平均の2倍の速度で進む温暖化
2019年4月、環境・気候変動省が公表した研究結果によれば、過去150年間でカナダの気候が温暖化したことはほぼ確実で、その原因は主として人間の活動による。この結論自体は、さして驚くことではない。すでに、世界中の科学者が、産業革命後の温暖化についてその関連を発表している。
しかし、この発表の核心は、カナダにおける年間平均気温の上昇の速度だ。カナダ全体で1.7度、北極圏に限ると2.3度の上昇である。NASAの調べでは、年間平均気温の上昇は米国で0.56度、世界平均では0.8度だ。要するに、カナダの温暖化は、米国の3倍、世界平均の2倍の速度で進んでいる。
実は、緯度が高い程、低緯度の地域よりも温暖化のスピードが速いことは、これまでの世界各地の観測から判明している。この現象は「極域増幅(Polar amplification)」と呼ばれる。二酸化炭素濃度の高低によって生じる気温変化が、世界平均に比べて北極域で大きくなることは、1970年代にはコンピュータで予測されていたが、2010年には科学的に実証された。
そして、気温の上昇がカナダの気候や環境に深刻な影響を与えていることが明らかになっている。山火事、洪水、熱波、干ばつなどの極端な現象だ。
■山火事の件数は40年で10倍以上に増大
一般に山火事の発生原因は、落雷や火山噴火による自然発火である。病害虫による立ち枯れや熱波などで乾燥した樹木が摩擦により発火する場合もある。山火事直後の土壌は競合する植物や病原菌が少なく、苗木にとって好適な環境と言われている。焼け残った根や幹から芽を出す萌芽再生能力が高まるとの説もある。言わば、生態系の一部という面はある。
しかし、過去40年間で山火事の発生件数は10倍以上に増大しており、その背景にあるのが地球温暖化の進行だとの科学者の指摘がある。気温の上昇、湿度の低下、降雨量の減少、強風といった山火事の条件がそろいやすくなっているという。近年の米国カリフォルニア州やオーストラリアもさることながら、カナダの山火事は一層深刻だ。
カナダ政府の発表によれば、2023年の山火事による焼失面積は、過去最大の約18万平方キロメートルである。日本の国土面積37万8000平方キロメートルの48%に相当する広さだ。山火事はカナダ全土で発生し、約6600件と報告されている。さらに、この年の記録的な山火事で排出されたCO2は、EUのコペルニクス気候変動サービスのデータ推計によれば、約17億トン。通常の経済活動でカナダが排出する量の2年分を超える。
■前年の残り火が燃え広がる「ゾンビ・ファイアー」
特に、太平洋岸のブリティッシュ・コロンビア(BC)州では、4万8900人に避難命令が、13万7000人に避難勧告が出された。大西洋岸のノヴァスコシア州では、1万6000人が自宅を追われた。また、森林が失われ、野生動物の生息地が破壊されるとともに、大気汚染が深刻化している。カナダ東部の山火事で粒子状物質が大気中に放出され、ニューヨーク州からデラウェア州まで米国北東部の空がオレンジ色になった程だ。
山火事は国家の緊急事態だとして、連邦政府と州政府が懸命な消火活動を行うも、一旦燃え広がると「制御不能」になってしまう。すべてを焼き尽くし、自然鎮火するまで待つしかないのが実情だ。
例年、カナダの山火事は5月から10月にかけて頻発するが、2024年は、3月の段階でBC州政府は警告を発した。筆者が24年4月にBC州のデイヴィッド・イービー州首相と会談した際に、「最大の懸念は、山火事です。最悪だった昨年よりも早いペースで始まっています。特に、今年の冬は雪が例年の半分しか降らなかったことが影響しています。『ゾンビ・ファイアー』と言って、昨年の山火事の残り火が、少ししか積もらなかった雪の下で生き残り、雪解けとともに燃え広がり始めているのです」と語った。彼の硬い表情が忘れられない。
■内陸部では干ばつ、沿岸部では洪水
温暖化の影響は、山火事に加え、内陸部での干ばつに繋がっている。カナダ農業・農産食料省は、降水不足と熱波により干ばつが深刻化しているとし、畜産課税猶予措置の対象地域を設定している。同省は、2023年8月末の段階で、全国土の67%が異常な乾燥もしくは干ばつ状態にあると試算している。温暖化が現実の産業に直接的被害を与えているのだ。
他方、沿岸部では洪水も引き起こしている。前回の記事に記した、マクドナルドのフライドポテトが店頭から消えかけた件も、その直接の原因は、21年11月の記録的な豪雨による「破壊的な洪水」だったのだ。気象当局によれば、太平洋岸のBC州バンクーバー周辺地域に11月14日から15日にかけ、平年の1カ月分に相当する最大250ミリの降雨があった。その影響で、幹線道路で土砂崩れが相次ぎ、市街地と港湾部を結ぶ道路が寸断された。バンクーバー発着の鉄道路線も土砂災害で不通となり、サプライ・チェーンも打撃を受けた。非常事態宣言が発出された。
■永久凍土の融解で波打ち傾斜した道路の姿
23年には、大西洋岸のノヴァスコシア州でも、豪雨と洪水が発生。ティム・ヒューストン州首相は当時、「恐ろしく、重大な事態が起きている……物的被害は想像を絶する」と述べた。過去50年で最悪の大雨で、24時間で3カ月分の雨が降ったと報じられた。大規模停電も発生し、一時は8万人が電気を失った。実に同州の人口(97万人)の8%に相当する。
また、温暖化の影響は極地において増幅される訳だが、科学者らは、今世紀末にはカナダの氷河の4分の3が失われ、その結果沿岸部での洪水が増え、氷河に依存して生息する生物の棲む場所が失われると予測している。
永久凍土の融解も急速に進行している。筆者が23年6月、ノース・ウェスト準州を訪れた際に、環境保護団体の案内で永久凍土の融解が顕著な場所を視察した。北緯63度の州都イエローナイフ郊外で、かつては高速道路だったところだ。朽ちたアスファルト舗装にうっすらとかつてのセンターラインが残ってはいるが、路面は激しく波打ち、前後左右にランダムに傾斜している。もはや道路ではなかった。温暖化の影響で気温が上昇し、道路の強固な地盤だった永久凍土が融解した結果だ。
「永久凍土の融解は、物凄いスピードで進んでいます。地表の構造物の土台が揺らいでいるのです」と環境保護団体の代表が焦燥感を露わにした。
■排出大国を動かす国際的な指導力が問われる
地球温暖化による影響は、これまでに見たように、カナダ国内の各地で顕在化し、将来的にはさらに激しさを増すと予測されている。政府は、関係省庁が連携し、山火事の頻度と激しさ、雪氷の範囲と期間、降水量、永久凍土の融解、異常気象について、科学的知見に基づいて分析し、現実的に適応するとしている。今できることをして対処する「適応(adaptation)」は、温暖化対策の基本中の基本ではある。カナダ国内で最善の適応策を取っていると言える。
しかし、根本的には、温暖化を食い止める「緩和(mitigation)」こそが重要だ。カナダ一国だけでは、どんなに頑張っても、温暖化を食い止められない。世界が全体としてGHGを早急に削減することが核心だ。
この文脈では、世界とはすなわち排出大国を意味する。2020年の世界の二酸化炭素排出量は約314億トン。その内訳を見れば、中国が32.1%、米国13.6%、インド6.6%だ。この3カ国で世界の排出量の半分以上を占める。以下、ロシア、日本、ドイツ、韓国、インドネシアと続く。
カナダは率先して対策を取り、温暖化をバネに新しい産業を勃興させてはいる。しかし、悲鳴をあげているカナダの大地を鎮め、被害を縮小させるためには、中国、米国、インドを筆頭に排出大国を動かすことこそが肝要だ。環境・気候変動の分野での国際的な指導力が問われている。
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駐カナダ日本国特命全権大使
1958(昭和33)年生まれ、長崎県出身。1984年、東京外国語大学卒業、外務省入省。在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官、九州・沖縄サミット準備事務局次長、在大韓民国日本国大使館参事官、北米第一課長、総理大臣秘書官、アジア大洋州局参事官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、経済局長、在ニューヨーク日本国総領事・大使などを歴任して、2022年5月より現職。
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(駐カナダ日本国特命全権大使 山野内 勘二)
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