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1000万円超を稼ぐ20代船員も登場…「LINEもYouTubeも見れない」マグロ漁船を変えたベテラン漁師たちの奮闘

プレジデントオンライン / 2025年1月16日 9時15分

静岡県の焼津港で陸揚げされる冷凍マグロ - 筆者提供

日本人が食べるマグロの刺し身の7割は、遠洋漁業によって獲れたものだ。だが今、マグロの遠洋漁業は存亡の危機に瀕している。時事通信社水産部の川本大吾部長は「日本人船員は過去20年で8割も減った。船主は洋上でもネットが使えるように衛星通信サービスを船に導入するなど、若手漁師定着に向けて対策を進めている」という――。

■日本の刺し身用マグロの7割を支える遠洋マグロ漁

真夜中、漆黒の海へ船を出し、荒波に揉まれながらマグロを狙う漁師たち。年末年始、テレビの特別番組では、青森・大間の漁師が一獲千金の大モノを求め、海と格闘する様子が紹介されるのが恒例だ。マグロ漁といったときに思い浮かぶひとつに、このイメージがあるだろう。昨年12月下旬には、かつて東京・豊洲市場(江東区)の初競りで3億円を超える一番マグロを釣り上げた漁師が、漁船の転覆により命を失った。まさに危険と隣り合わせの仕事だ。

一方、マグロ漁にはもうひとつのイメージがある。

「借金を返せないのならマグロ漁船に乗れ!」
「内臓売るか、それともマグロ漁船に乗るかだ!」

マンガやドラマあるいはコントなどの中で、こうしたセリフを一度は見聞きしたことがあるはずだ。

この場合に想像されているのは、小型船に乗って1〜2人で出漁する大間のような近海マグロ漁ではなく、複数人で船に乗り込み、長期間にわたって世界中の海を回る遠洋マグロ漁だろう。

水産庁や業界団体などによると、メバチマグロをはじめとする日本の刺し身用マグロ類の7割以上は、遠洋マグロはえ縄漁によってまかなわれている。日本人のマグロ好きを支える、重要な仕事だ。だが今、遠洋マグロ漁は深刻な漁師不足により、存続の危機にあえいでいる。

■日本人の船員数は20年間で5分の1に減少

前述の通り、「遠洋マグロ漁業=長期間にわたって過酷な労働現場で奴隷のように働かされる代わりに大金を得られる職」という都市伝説はまことしやかに流布されている。

近年も人気アドベンチャーゲームの実写ドラマや、ドラマ化された人気マンガなどにおいて、借金返済にあえぐ登場人物に向かって「マグロ漁船に乗って金を返せ」といったセリフが吐かれるシーンが登場。定番として悪気なく使われがちな言い回しだが、職業に対するイメージダウンにつながっているのは確かだ。

そういったフィクションや風説の影響もあり、遠洋マグロ漁師は減少の一途をたどっている。2024年現在、日本人の船員数はおよそ820人。20年間でなんと5分の1に激減した。半年以上の航海には、船長や漁労長をはじめ総勢二十数人の乗組員が必要なため、インドネシア人など外国人の船員を確保しながら操業しているのが現状だ。船員不足などにより先行きが見えず、中には漁船を手放すオーナー(船主)もいるという。

船長など日本人の乗組員の高齢化も進む。今はまだどうにかしのいでいるが、若いマグロ漁師が経験を重ね、担い手として育たなければ、日本の遠洋マグロ漁業の存続が危ぶまれる状況だ。

こうした状況を打開し、マグロ漁師を目指す若者を確保しようと、漁業団体は近年、さまざまな作戦を展開している。

■給与や待遇を詳細解説、船内の生活風景も公開

なかでも特に注力しているのが、ネットやテクノロジーの活用だ。

遠洋マグロ漁などの漁業者で組織する日本かつお・まぐろ漁業協同組合(日かつ漁協)は、マグロ漁師のイメージアップに向け、2021年3月からYouTubeチャンネル「japantuna」で、遠洋マグロ漁のリアルな操業風景や船内の様子などを紹介している。投稿のタイミングは不定期だが、これまでに50本を超える動画が公開されている。

動画では、船員たちが協力しながらマグロが掛かった縄を回収し、船内に引き上げる作業(揚げ縄)や、船内のさまざまな設備や船員らの食事風景、休憩時の様子など、いろいろな視点から遠洋マグロ漁師の生活ぶりをうかがい知ることができる。

YouTubeチャンネル「japantuna」より
YouTubeチャンネル「japantuna」より

このほか、遠洋マグロ漁師になるためのさまざまなアドバイス、さらには給与や待遇面などについて詳細に説明する動画も投稿されている。

実際に動画を見た若者からは、「マグロ漁の悪いイメージがなくなり、憧れるようになりました。ぜひ自分も挑戦してみたいです」「自分でもマグロ漁師になれると思いました。小さな頃からの夢を叶えたいです」といった反応があり、一定の効果はあるようだ。

■VRゴーグルで漁の様子を疑似体験

動画に加えて日かつ漁協は、若者にマグロ漁の実態をさらにリアルに伝えようと、水産高校での説明会や都市部での漁師募集のイベントでVRを活用し、マグロ漁を疑似体験してもらう取り組みを開始した。

写真や通常の映像とは異なり、VRではマグロ漁の様子を360度見渡せて、まるで船上にいるような臨場感を味わうことができる。生徒からは「航海に出たら毎回死者が出るほど過酷な労働だという危険なイメージしかなかったが、船員さんが安全を確保しながら、協力して操業していることが分かってよかった」との声が上がったという。水産高校の生徒ですら、こういった誤解をしているのだ。正しい情報を伝える努力には意味があるといえるだろう。

同組合によれば「VRを使ってからは、志願者が多数出るようになった」とのこと。今後は、漁師が船内で過ごす部屋などさまざまな設備も撮影するほか、現在は3機のゴーグルをさらに増やし、より多くの水産高校へ出向くという。

VRゴーグルで遠洋マグロ漁を疑似体験する山形県立加茂水産高校の生徒ら(2024年8月撮影)
筆者提供
VRゴーグルで遠洋マグロ漁を疑似体験する山形県立加茂水産高校の生徒ら(2024年8月撮影) - 筆者提供

■長期の航海なのにネットが使えないストレスを解消

マグロ漁業に限った話ではないが、若者が漁師になっても数年でやめてしまうことが多く、かねてから定着化は課題となっている。特に遠洋漁業は半年以上にわたる長い航海が多いため、同組合は「若者には、船上でも陸上と同じようにネットが使える通信環境の整備が必要」とみている。

遠洋漁船には通常、船舶向け衛星通信「インマルサットFX」が使われることが多いが、漁業関係者によると「LINEなどを使っていても、切れたりつながりにくかったりしがち」といい、若者だけでなく多くの船員が不便さを感じているのは確かだ。

漁師になったばかりの若者にとっては、YouTubeやInstagram、あるいはTikTokを閲覧したり、LINEなどで家族や友達とやりとりしたりすることができなければ、大きなストレスになるに違いない。

そこで、同組合や漁船のオーナーらが着目しているのがスターリンクだ。スターリンクは米スペースXが運用する衛星通信サービスで、地上通信網が未整備のところでも高速インターネットの利用が可能。同組合は「個々の漁業者が利便性を認めて、搭載するケースが増えつつある」と話す。

漁業関係者も、スターリンクの導入により「陸と同じようにスムーズなやりとりができるため、若者の疎外感も薄れるのではないか」と期待を込めている。動画なども陸上同様に閲覧できるとみられ、若手漁師の定着へ強い味方となりそうだ。

■職業に対する偏見がこれ以上続いてはならない

漁師確保を重要課題に掲げる同組合は、2024年9月に都内の事務所内に船員職業紹介所を開設し、遠洋マグロ漁に関する一層の情報公開に努めている。佐藤康彦所長は、「遠洋マグロ漁は厳しいこともあるが、大いにやりがいのある仕事。20代で1000万円以上稼ぐ船員もいる。ぜひ挑戦してほしい」と熱いメッセージを送る。

職業に対する偏見や差別的なイメージに対して敏感になった今の社会でも、遠洋マグロ漁は未だにドラマやコントで「奴隷的な扱い」「罰ゲーム」として描かれがちだ。そんな中にあって船主たちは漁師不足に悩まされながらも、若手を大切に育てている。業界団体も正しい現状を伝えようと、イメージアップに粘り強く取り組んでいる。

日本人のマグロ需要を支え続けた遠洋マグロ漁業は、漁業の花形ともいえる。その誇りを持ち、世代交代を図ろうとする漁師たちの努力を、都市伝説による負のイメージの再生産で邪魔することはあってはならないはずだ。

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川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006~07年には『水産週報』編集長。2010~11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。

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(時事通信社水産部長 川本 大吾)

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