自分の黒歴史を発掘するしんどい作業なのに…アメリカのZ世代の間で"シャドウワーク"がバズっている理由
プレジデントオンライン / 2025年1月21日 17時15分
■報酬のない影の仕事……ではない、もう1つの「シャドウワーク」
「鏡さん、『シャドウワーク』についての海外の書籍の版権を取ったんですが、日本語に翻訳してみませんか?」
翻訳書を中心に何冊ものベストセラーを手掛けてきた編集者S氏から連絡があった。一瞬、僕は戸惑った。
「え? シャドウワーク? それって、社会学の方のほうが適任じゃないですか? 僕じゃ不相応ですよ」
そう、〈シャドウワーク〉と聞いて、すぐに僕の頭に浮かんだのはオーストリアの社会思想家、イヴァン・イリイチが提唱した概念のほうだった。
主婦の家事労働などが代表的な例だが、この世には「生産的」な経済活動を陰で支えている、多くの収入に結びつかない仕事がたくさん存在している。冷静に見ればそうした「影の労働」力を搾取(さくしゅ)することによってこの社会は回っている──。
イリイチは、「シャドウワーク」という概念によってそのことを可視化した。僕も学生時代に、イリイチの本を読んだものだ。
■アメリカの若者がハマる内観的自己啓発
しかし、一介の占星術家であり、大学院でも学んだのは社会学ならぬ宗教学である僕には、シャドウワークというテーマは分野違いだ。
戸惑う僕に、S氏はたたみかける。
「いやいや、鏡さん、そっちのシャドウワークじゃないんですよ。ご存じないですか? 最近、アメリカの若者の間で別の『シャドウワーク』がバズっているんですよ……」
電話越しに笑っているS氏の顔が目に浮かぶ。
聞けば、「こっちのけんと」ならぬこっちの「シャドウワーク」は、心理学者ユングの「シャドウ」に着想を得た、一種の内観的な自己啓発のことだという。これがTikTokを中心にアメリカでバズっている。
■TikTokで大バズり
検索してみると、実際、「シャドウワークやってみた」という若者たちの投稿がどんどん出てくるではないか。
もしよかったら、読者のみなさんもSNSやamazonで「shadow work」と検索してみてほしい。これが一大ジャンルになっていることがわかるはずだ。
火つけ役になったのは、ケイラ・シャヒーン著『シャドウワーク・ジャーナル』。原典のamazonのレビュー数はなんと5000以上。
すでに本国ではミリオンセラーで、世界27カ国で翻訳版が出ることが決まっている。編集者S氏が目をつけたのは、まさにこの本だったのである。
■人生にブレーキをかける無意識領域の「シャドウ」
この本の著者がいう「シャドウ」とは、一言でいえば、自分の中にあっても未消化な、あるいは、十分に自分が認めていない、認めがたい自分の側面のことだ。
「影」の自分を影のままに放置しておいてしまうと、それは往々にして人生にネガティブな影響を与えてしまう。愛する人を前にしたとき急に尻込みしたり、普通なら何でもないことに対して衝動的な怒りを爆発させたりしてトラブルにつながることもあるという。
実際、人生にブレーキをかけているのは、自分の無意識のうちの「シャドウ」の仕業であるというのは、心理学者ならずとも直観的に理解できることだろう。
■シャドウはその人物の「陰影」そのもの
シャドウの強さ、濃さにはむろん、広いスペクトルがある。子ども時代の虐待体験に起因する深いものから、ちょっとした罪悪感や羞恥心といったものまでさまざまだが、「シャドウ」が存在しない人はいない。
いや、シャドウを「陰影」とみなすなら、シャドウこそ人の個性や人格的深み、味わいの一要素とさえいえるだろうけれど……実社会の中でシャドウに振り回されてばかりではまずいことは確かである。
では、どうすればいいのか。
自らの「シャドウ」と向き合うためのメソッド、つまり「シャドウワーク」には、さまざまな方法がある。
シャドウの強度が極端に強い場合には、臨床心理士などこころの専門家による支援が必要だろう。そこまででない場合には瞑想、ヨガ、あるいは一人旅といったこともいいかもしれない。
■心を整える「ジャーナリング」
中でももっともシンプルで、効果的なのが「ジャーナリング」だ。
難しいことではない。自分で自分に向き合いながら、心に浮かんでくることをノートに書き出していくのだ。
自由帳に書いていってもいいのだが、それはなかなか大変なので、自分の心に問いかけるためのヒントがあるととてもスムーズだ。
たとえば、次のような具合に。
「子どものころに“するな”と言われていたことは何?」
「子どものころの自分にかけてあげたい言葉は?」
「あなたの中の怒りを色でたとえるならどんな色?」
お気づきのように、アメリカで大ヒットしている『シャドウワーク・ジャーナル』にはこのような「問い」や「ワーク」がたくさん収録されている。
問い自体は実に簡単。しかし、いざ自分自身に誠実に向き合おうとしたとき、一種の気恥ずかしさが生じることもあるし、「こんなことをして何になる?」といった疑念が浮かんでくることもある。さまざまな心理的抵抗が生じてきてペンを止めてしまいたくなるのを感じるだろう。
場合によっては、これは自分の「黒歴史」の発掘であり、また「寝た子を起こす」作業でもあるからだ。なかなかしんどいのである。
■Z世代にシャドウワークが支持される理由
シャドウワークは簡単なようでいて、案外しんどい。自分自身を見つめるには勇気がいる。なのに、なぜ、こんな面倒で、場合によっては地味な作業が若い世代に支持されるのだろうか。
国際的にも活躍する、23歳のある女性ラジオパーソナリティは、その理由をこんなふうに分析する。
彼女は、とくに学生時代にコロナ禍(か)で十分な近しい人間関係を形成できなかったという。その一方で、SNSでは10歳も離れた人たちが華やかな活動をしていることを否応なく目にさせられてしまう。
どう受け止めればいいのか。
■自分と折り合いをつけるスキル
自分自身の焦りや不安とどう向き合うべきか。そして自分のコンプレックスとどう共存していけばいいのか……。若い世代は身近な先輩や後輩との関係がないままで自己形成せざるを得ないのである。
コロナ隔離=学生時代の世代に限らずとも、以前に比べて濃密な人間関係を結ぶのが難しくなっているのは確かで、その中で自分自身を定位するのがかつてよりハードになっているというのはわかる気がする。
そんな中で、あえて自分で自分に向き合う作業、さまざまなかたちで日記をつけたり、自分の想いを自由に表現したりする「ジャーナリング」が流行しているというのだ。
■自分の最高の鏡は「他者」
しかし、このように考えれば、ジャーナルをつけること、自分自身に想いを巡らせて「書く」作業は、何も今、若者だけに刺さるものであるとはいえないだろう。
社会が流動化し、「ハラスメント」を怖れるあまり、人間関係をかつてより薄くライトにしていかざるを得ないのは大人たちも同じではないか。
最高の自分の鏡は他者である。しかし、他者との間にオブラートをおかなければならないこの時代には、時に自分自身を自分の鏡にしなければならなくなることもある。
■「書く」ことは世代を超えたムーブメント
実際、日本にもこの手の「ジャーナリング」ものはすでに紹介されている。
たとえば『書いたら燃やせ』(海と月社)は、とくに大きな版元からというわけでもなく、めだった宣伝もしていないのに、口コミだけで日本でもヒットし、版を重ねている。
「ジャーナリング」は世代を超えて、この時代に求められているのだ。
であるならばと、S氏のお誘いに応じて、僕はこの本の翻訳を手がけることになった。さて、この本がどう日本で受け入れられるか、僕自身が誰よりも注目している。
■占いとジャーナリングの親和性
……と書いてくると、ジャーナリングのブームはあたかも新しい現象のように思えるかもしれないが、実はそうでもない。
僕の専門である占いのジャンルでは、もうずいぶん前から似たようなことをやっているのである。
占いといえば、「この星のもとに生まれたあなたはこんな人」と決定論的に決めつけるものだと思われるかもしれないが、実際にはそうではない。
僕が専門にする占星術にしても、そこで用いるシンボルは実に多義的で、1つの言葉にはおさまらない。
■占いは決めつけずに「余地」を残す
「土星」という「凶星」とされた星を考えてみる。
この星は「制限」「ブロック」「恐れ」などを象徴する。この星が「人間関係」の位置にあると、古くは「この人は結婚や人間関係がうまくいかない」と宿命論的に解釈したのだが、今では大きく変化している。その人がこの土星をどんなふうに感じて、どのように自分自身への制限や恐れと向き合っているか、深く考えるようになっている。
手前味噌だが、拙著『占星術の教科書』では、今アメリカでヒットしている「ジャーナル」と似たような書き込み式のワークブックになっている。
自分の土星の位置を調べ、その星の解釈について想いを巡らせたのちに「苦手意識をもっている相手や仕事はありますか」「人より時間をかけなければできないことは何ですか」といった問いかけと書き込みができるスペースを本の中に用意している。
現代的な占いは占い師が決めつけるのではなく、相談者や読者が自分自身と向き合うための余地を残す。いや、この余地こそが現代的な占いの最も重要な核とさえいえるのである。
この本の母体になったのは『星のワークブック』というタイトルで講談社から出したものだが、初版刊行から約20年も経っている。おかげさまで当時から大ヒットし、今のかたちになってからも版を重ねている。
■「未来のためのシャドウワーク」のすすめ
占いと現代のジャーナリングは、相性は決して悪くない。そしてそれは自分の素質を見るだけではなく、未来の星占いにも応用可能だ。
僕は毎年たくさんの占い関連記事を書かせていただくが、2025年の星占いを考えても、単に「旅行運がいい」などという単純な言い方は基本的にはしていないはずだ。「自分の地平を広げることができる」「新しい景色を見る」といった比喩的な表現をできるかぎり多用しているのである。
それは読者の方に連想を広げていただき、未来の可能性を自分自身で広げていただくためである。いってみれば、これは「未来のためのシャドウワーク」でもあるのだ。
■「読む」から「書く」へ:拡張する星占いの世界
プレジデント社から刊行し、そのキュートなデザインでご好評をいただいている、2025年版の『星の開運ノート2025』も、そうした使い方をすることは十分に可能である。
これはダイアリーだが、そこに星の動きも書かれていて、人によってそのときそのとき、毎月、日々に星がスポットを当てる心のエリアを指し示している。
自分にとって、今、そしてこれから星がこころのどのエリアを通過していくのか。こころのどの面にどんな課題を与えているのか。もし星占いを信じるとしたら、それを手掛かりに自分にどう引きつけ、何を自分の可能性として見出せるのか──。そうして想いを巡らせることは、きわめて創造的な作業ではないか。
僕は星占いを受動的な宿命論としてではなく、クリエイティブで積極的な手段として使っていただきたいと願っている。
星占いは基本的には「読む」ものだが、同時に、星からのメッセージを手がかりにして自分自身の心と向き合い、「書く」作業にまで拡張していただければ、「星占い」という存在はこれまで以上に有益なものとなるだろう。
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占星術研究家、翻訳家
国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。占星術の心理学的アプローチを日本に紹介し、従来の「占い」のイメージを一新。占星術の歴史にも造詣が深い。英国占星術協会会員、日本トランスパーソナル学会理事。平安女学院大学客員教授。京都文教大学客員教授。主な著書に『鏡リュウジの占星術の教科書I、II、III』、『占星術の文化誌』(原書房)、『タロットの秘密』(講談社現代新書)、『占いはなぜ当たるのですか』(説話社)、主な訳書に『ユングと占星術』『占星学』(青土社)、『占星術とユング心理学』(原書房)、『ホラリー占星術』(駒草出版)など多数。
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(占星術研究家、翻訳家 鏡 リュウジ)
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