「自らの意思で投票した」と思っているのは自分だけ…生活に蔓延する「選ばされる」心理メカニズム
プレジデントオンライン / 2025年1月17日 13時15分
■自分で選んだつもりでも…
世界各国で大小さまざまな規模の選挙が行われ、幸いにも参政権を与えられた有権者たる私たちは、投票行動でもって自分の意思を表現したつもり、ではある。そして政治家たちは世に自らの信を問うたつもりだろう。
その結果として政権交代などすれば、「ほら見たことか、これが有権者の意思であり国家の意思である、我々は政局を勝ち抜き我々を正しく導く強いリーダーを選んだのだ、これがまことのミンシュシュギなんだ」と、自分たちの生き方がまるっと承認されたかのような陶酔を見せる。
だが、残念ながら選挙で誰かが選ばれたからといって、それが立派な民主主義を実践した証明にはならないのは、「我々は民主主義国家である」と嘯(うそぶ)くキナ臭い国々、あるいは今年の米国を見れば明らかだ。
そんな、自分で生きているつもり、自分で選んでいるつもりの我々は、実は誰かの意図に「選ばされ」「生かされている」。『自分で選んでいるつもり 行動科学に学ぶ驚異の心理バイアス』(リチャード・ショットン・著、上原 裕美子・訳/東洋経済新報社)が教えるのはそんな遠慮容赦ない事実である。
行動科学をマーケティングに応用する専門家が解き明かす、16と1/2の強力な心理バイアスと、ビジネスにおける実践例。無意識のバイアスが人々の「欲しい」を導いており、「心の癖」を知れば、人の行動を変える――操作する――ことができるそうだ。
「産出効果」や「レッドスニーカー効果」、「ピーク・エンドの法則」など、行動科学や心理学を応用し、メッセージやデザイン、見せ方を変えれば、購買行動は大きく変わる。ビジネスの成功の鍵を握る知見が満載! 衝撃の内容に大絶賛の嵐!――とのことだが、さて。
■自分が主体的に選択したと錯覚する理由
人類の行動心理学に基づいてマーケティング理論を語った書籍は、これまでにもあまたある。この本に紹介された消費者の行動心理も、決して目新しいセオリーとは思わない。
だが、選挙法制の空隙をついたネット戦略を練り上げたり、そんな完成度もなく、ただおちゃらけて制度不備を嘲笑ったりする輩が跋扈し、政治家本人や政策などを度外視した投票行動が導かれた昨年をあらためて振り返ると、これほどにウェブマーケティングが世界を動かすとして真剣に議論されたことも、今までなかったのではないか。
サービスが飽和し、消費行動自体が飽和し、マーケティングセオリーすらすっかり飽和して「悪貨が良貨を駆逐」したこの時代に、我々の手元にある科学的なセオリーを今度はどう「よく」応用するか、時代に合わせてアップデートした点がこの本への“絶賛の嵐”の理由だろう。
実際、この本に紹介されるセオリーも、よくよく考えると、例えば2024年に行われた選挙のあちこちで効いていたと思い当たる。
「思考や動作など、自分で何かをするごく簡単なひと手間を与えられることで、人は自分が主体的に選択したと錯覚し、対象への評価を高める」「あえて慣例を破っていると見せることで『この人には他とは違う優れた部分がある』と感じさせ、ステイタスを上げる」「体験の全てを記憶する余裕はない人間の脳は、体験のピークとフィナーレを特に記憶して評価を決めるため、その二つの満足を演出すると高い評価を得られる」などなど。
たとえば、ただ完成した(他人が作った)箱よりも、自分で作った箱には63%も高い価値を感じる「IKEA効果」で、人は自分が主体的に関わった選択を高く評価しがち。だから自分の政治演説を撮影してTikTokで拡散してくださいなんて言われると、人々は自分のアカウントから拡散するという行為を挟むことで、その候補者への愛着を深めるのだ。
そして著名なIT起業家たちに散見される「レッドスニーカー効果」では、常識的なドレスコードを無視するような出立ちで規範破りや非同調のスタンスをみせることで、「自分は社会的ヒエラルキーにおいて立場が揺らぐ心配をする必要がないほどにパワフルなポジションにある」と人々に印象付けることができる。億万長者であるはずの政治家が、あえてスマートではないボサボサの髪型を続け粗暴な言動をすることでむしろ「型破り」の印象を強め、自分たちの味方であるとして信仰の対象になるのだ。
ああ、我が国の選挙のあの人のときも、彼の国のその人のときもそういうことだったのか、とピンとこないだろうか。ポピュリズムとはPRに精通した政治。ウェブマーケティング全盛のこの時代の政治は、否応なくポピュリズムと相性がいいのである。
■気持ちのいいキャッチコピーを見ない理由
そんな苦い諦めも感じる一方で、辛くも文筆業界の端っこにいる者としては、さんざん手垢もつきこねくり回された商業ライティング(コピーライティング)の技術を、あえてこの時代の感覚で再構成している部分に好感。古臭く聞こえたって、韻は踏んだほうが人々の記憶に残るのは事実なのだ! 何ならこのところの読書ラインナップの中で、当事者として最も“がっついて”読んだ。
消費者が求める、行動心理学的に有効であると証明され生理的に気持ちのいいキャッチコピーや文章術を、なぜ現代の広告や商業ライティングでは見かけないのか? それはライターが消費者やクライアントの売上向上に向けてではなく、広告業界内の評価に向けて書いているからである。手垢のついた表現はギョーカイ内で「カッコ悪い」からである。しかしそれは素直に、大衆に売れるのである。ギョーカイの「カッコイイ」を追い求めるのは、実は素直な売り上げをわざわざ逃しているのだともいえる。
抽象的な表現の方が何となくカッコいい感じがするものだから、いいブランドコピーを書こうと思うと、例えば日立のスローガン「インスパイア・ザ・ネクスト」などに見られるように、響きはカッコいいけれど曖昧なものになる。だが消費者には「ポケットに1000曲」という、直接的すぎて具体的すぎる初期iPodのキャッチコピーの方がよほど一瞬で理解され、爆発的に売れるのだ。
一方で、本書に挙げられたおよそ全ての消費者行動が、なんだかんだ理屈っぽい自分にもくまなく見事に当てはまることに、軽く落ち込む。所詮あなたも私もみんな人間、気持ちよく買わされることに抗えぬ生き物……。
ならば攻守を変えて、攻める側として気持ちよく読ませ酔わせ「ちゃんといいもの」を伝え、買わせることに注力するのもプロなのではないか。その「書く」技術、「売る」技術はカッコ悪いかもしれないけれど、そうやって世に貢献してもいいのじゃないのか、なんて思った次第。
ポピュリズムと戦おうと思うマスメディアは、カッコいいの悪いのとスカしている場合じゃない。古典的で泥臭い(けれど堅牢なエビデンスに裏打ちされた)商業ライティングのスキルを上手くまぶしながらマスに向かって書き続け、話しかけ続ける。そして、相手と同様、いやそれ以上にウェブマーケティングに貪欲になって、人々に伝えるのを諦めちゃいけないってことだ。
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コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)
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