不気味な「風鈴の音色」からはじまった…ロサンゼルス山火事を生き延びた住人たちが語った恐怖体験
プレジデントオンライン / 2025年1月15日 17時15分
■東京23区の4分の1相当が焼失
カリフォルニア州消防当局によると、1月14日現在、焼失面積は4万644エーカー(約164平方キロメートル)に及ぶ。東京23区の約4分の1に相当する広い地域が炎に呑まれ、1万2300棟以上の建造物が焼失した。
火災は4つの地域で進行しており、このうちパリセイズ、イートン、ハーストの3地域で依然強い勢いを保っている。経済損失は合計で最大1500億ドル(約23兆6000億円)に上るとの推算がある。カリフォルニア州のニューサム知事は米NBCニュースの取材に、「アメリカ史上最悪級の自然災害になる恐れがある」と深刻な懸念を示した。
避難規模は拡大の一途をたどり、現在約8万8000人が避難命令の対象となっている。現地時間15日の風の動向次第では、避難人数がほぼ倍増するおそれもあるという。
世界的に著名なゲッティ美術館やカリフォルニア大学ロサンゼルス校にも火の手が迫り、消防当局は大規模な消火体制を展開している。AP通信は、10州からの応援を含む1万4000人以上の消防隊員が現場で活動しており、1354台の消防車と84機の航空機も投入されていると伝えた。メキシコとカナダからも応援部隊が到着している。
■停電で真っ暗な街を照らしたオレンジ色の異様な空
ロサンゼルス郊外の住人たちは、火の手に包まれた山側の各地域から決死の覚悟で脱出している。ロサンゼルス郡保護観察局の女性職員であるオーリエル・ホールさん(35)は、ニューヨーク・タイムズ紙の取材に、カリフォルニア州アルタデナで発生したイートン火災からの劇的な避難の様子を語る。
1月10日、午後7時45分頃。職場から帰宅しシャワーを済ませたホールさんは、何気なくスマホを確認。するとスマホの画面には、1時間半ほど前に近隣のイートン渓谷で発生した火災に関する着信とメッセージが大量に届いていた。
パニックになりそうな心境を必死に隠しながら、ホールさんは12歳の娘・ジェイドさんと、近隣に住む高齢の親戚を説得。早期の避難を決行する。
いざ車に乗り家を脱出すると、周囲の状況は想像を超えていた。強風で倒れたフェンスや木製の門が、車の進路を遮る。停電で真っ暗な中、煙が充満した街とオレンジ色に染まる空が恐怖感を掻き立てた。
「どこを見ても火の海で、何もかもが見分けがつかなかった」とホールさんは語る。「信号は消えていたし、ビジネス街に明かりはなく、ガソリンスタンドは閉鎖されており、すべてが真っ暗闇でした。誰も交通ルールを守らず、パニック状態で逃げていました」
■「熱を肌で感じた」渋滞に巻き込まれた男性の5m先に炎
ホールさんは避難を急ぐが、警察が張った規制線や渋滞のせいで、ふだん使う主要道には出ることすら叶わない。見知らぬ道を縫うように40分ほど走行し、這々の体で危険なエリアを脱出。ホールさんが振り返ると、山から下りようとする長い車列が織り成すヘッドライトの帯と、消火活動を行うヘリコプターの姿が見えたという。
住み慣れた我が家を早期に後にした彼女の決断は、一家の命を救った。同じ地域では、家に留まることを選んだ3人の住民が犠牲に。そのうち1人は、庭のホースを握ったまま発見された。最期までホースを握り、火の手に囲まれながら死闘を演じたのだろう。ホールさん一家は家と財産を失ったものの、一族全員が無事に避難できたという。
一方、車のない人々のなかには、見知らぬ人に命を救われたケースもある。ロサンゼルス近郊のパリセイズ火災から生き延びたアーロン・サムソンさんと83歳の義父は、必死の避難の様子をCBSニュースに語る。
緊急通報の911やライドシェアのウーバーも頼りにならなかったというサムソンさんたちは、ジェフと名乗る近所の住人の車に拾われた。だが、車に乗せてもらっての避難途中、事態は急変する。
「道路の両側で火災が発生していました」と語るサムソンさん。「車は渋滞で身動きが取れず、そうしている間にも、火はどんどんと近づいてきます。車の右側では、火が15フィート(約4.6メートル)の距離まで迫りました」。彼は、「熱を肌で感じました」と恐怖の瞬間を振り返る。
そこへ警察が現れ、車から降りるよう叫んで周知したという。サムソンさんはパーキンソン病でほとんど動けない義父と共に車から降り、励まし続けた。「頑張れ、お義父さん。下り坂を歩いていこう。私たちならできるよ」。歩行器を使い、ようやく安全な場所へ逃げ延びることができたという。
■放置車両で混乱の避難路、ブルドーザーが活路拓く
平時から交通渋滞が深刻なロサンゼルスで、避難においても渋滞が障害となっている。全米日刊紙のUSAトゥデイは、渋滞都市として知られるロサンゼルスでさえ、今回の避難における交通混乱は異例の事態だと報じている。
状況が最も深刻化しているのが、高級住宅地のパシフィック・パリセーズ地区だ。自動車専門誌の米カー&ドライバーによると、消防当局は当初、避難する住民たちに対し、車を路肩に寄せるか、緊急車両による移動を可能にするため鍵を車内に残すよう要請していた。
しかし、狭く起伏の多い道路が多く、幹線道路へのアクセスが悪いこの地区では、多くの住民が車を放棄して逃げ出さざるを得なくなった。その結果、緊急車両が通行できない状態となり、消防当局は約200台の放置車両をブルドーザーで強制的に移動させる異例の措置を取っている。
現場では赤いキャタピラー社製のブルドーザーが煙の中を進み、パリセーズ・ドライブとサンセット通り付近で高級車を含む放置車両を次々と道路脇に押しのけたという。地元テレビ局のKTLAではリポーターが、「金属がきしむ音からも分かるように、車両は確実に損傷していっています」と現場から中継。「車両の損傷よりも、人命と家屋を守ることが優先です」と添えた。
■不気味な風鈴の音で始まった…次々と襲った異常事態
ニューヨーク・マガジンのライターであるケリー・ハウリー氏は同誌に、一家で避難した状況を詳細に明かしている。
一家は高級住宅地・シルバーレイクに家を購入。4人家族には手狭な2ベッドルームの家だったが、芸術家が集うアートな住環境と遠くの山々を見渡す眺望に惹かれ、かなり背伸びをして購入したという。
悪夢は1月6日の真夜中、強風に揺られる風鈴の音で始まった。翌朝にはヤシの木が風で大きく揺れ、サボテンが震え、竹がむやみに揺れ動いたという。学校では異例の「雨天時の措置」が実施され、子供たちは屋内待機となった。ハウリー氏の記憶にある限りこの地では、学校のある日に雨が降ったことはない。雨天時の措置の実施自体が、異例の対応だった。
7日のうちに、風は屋根のかわらを剥がし始め、何かが家に当たる音が断続的に響いた。夜になると、山の背後にオレンジ色の光が現れ、30マイル(約50キロメートル)ほど先で火の手が上がったという。
8日午前5時、不気味な風の音が響く中、煙の臭いで目が覚めた5歳の娘は、窓から見える異様な光景に怯えた。黒い雲に覆われた谷は炎に照らされ、コントラストの強い異常な風景となって木々を浮かび上がらせる。
黒煙が立ち込める中でハウリー氏は、喘息持ちの5歳児のためにと避難を決断。パスポートや出生証明書、医薬品に、不完全ながら残していた子供たちの育児アルバムを鞄に詰め込むところまでは早かった。だが、衣類や祖母の食器、子供たちの大切なおもちゃなど、思い出の品の取捨選択に悩む。その間にも、息子のクラスメートの家がまさに焼け落ちてゆく。
苦渋の決断を迫られ、必死で避難を敢行したハウリー氏。彼女は、「私は無事でよかった」と人々は言い合うものの、「家と全ての持ち物が消滅してしまった人は、本当に『無事』と言えるのでしょうか」と問いかけている。
■持ち出し品に選ぶべき「6つのP」
緊急避難時、何を持ち出すべきか? 避難時の基本指針として「6つのP」がある。「家族とペット(People and Pets)、書類(Papers)、処方箋(Prescriptions)、写真(Photos)、パソコン(Personal computer)、クレジットカードなどカード類(Plastic cards)だ。これらは災害時に最低限必要な持ち出し品とされている。
しかし、実際の避難現場では異なる判断が働くことが多い。避難者たちが真っ先に持ち出したのは、家族との思い出の品だった。米ピープル誌が、ロサンゼルスの山火事による避難者たちの実態を報じている。
同誌編集部で避難したメンバーのうち、エリザベス・レナード西海岸支局主任は幼い頃から「ヒム」と名付けて親しんできた古いぬいぐるみと毛布を、ローレンス・イー夜間編集長は母親の思い出の服を、ダニエル・バッハー上級記者は結婚式に夫から渡された手紙を、それぞれ咄嗟に持ち出したという。
レナード氏の息子は、メジャーリーグ・ドジャースのクレイトン・カーショー選手のサイン入り野球ボールや、自身が野球やバスケットボールで獲得したメダルなど、スポーツにまつわる思い出の品々を持ち出した。
ロサンゼルスの高級住宅地・ローレルキャニオンから避難した住人のメルさんは、同誌に対し、「火災の多い地域に住んでいましたので、衣類やコンタクトレンズなどを入れた非常用バッグを用意していました。しかし、いざ隣の尾根に火が見えた時は、価値のあるものは気にならず、大切な人のことだけを考えていました」と語る。
非常時における人々の判断基準は、必ずしも実用的な価値にとらわれないようだ。むしろ、家族との絆や思い出を象徴する品々が、より重要視される傾向にある。
■未曾有の大災害で浮かび上がった人間社会の底力
ロサンゼルスの山火事は、アメリカでも近年稀にみる大災害となっている。避難者たちの体験からは、大都市・ロサンゼルスが潜在的に抱えていた災害への脆弱性だけでなく、人間の本質的な強さが浮かび上がった。
高度に都市化された地域でさえ、大規模な自然災害には極めて脆弱だ。停電が生み出す混乱、渋滞による避難経路の機能不全、そして襲い来る炎と煙による恐怖は、我々の生活基盤がいかに災害に対して脆いものであるかを物語る。
一方、危機的状況を家族や隣人たちと共に生き延びた人々の体験談は、人間社会の絆と揺るぎない底力を映し出す。恐怖と闘いながら子供と活路を探し続けた母親や、パーキンソン病の義父のそばを決して離れることのなかった男性、超法規的にブルドーザーで避難路を開く当局などが、一度にひとつずつ、確実に人間の命を救った。
家や財産を失った人々の喪失感を、美談で済ませることはできない。だが、人々のつながりが希薄になったと叫ばれる現代において、共に助かろうとする本能的な互助の精神は、私たちの心の奥底にまだ生き続けている。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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