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「もうソニーは終わり」と言われていた…元社長・平井一夫氏が見る就任した13年前のソニーといまの違い

プレジデントオンライン / 2025年1月30日 7時15分

平井一夫さん 元ソニー社長兼CEO - 写真=小田駿一、フォトリタッチ=兵頭誠(VITA inc.)

ソニーグループの2024年9月までの中間決算は、売り上げが5兆9172億円と過去最高だった。だが会社はかつて存亡の危機に立っていた。かつてといまで何が違うのか。再生の立役者で『仕事を人生の目的にするな』(SBクリエイティブ)を書いた、元ソニー社長兼CEOの平井一夫さんに聞いた――。(前編/全2回)

■“ネガティブ記事”に、社員が苦しむのがつらかった

――平井一夫氏は、2012年にソニーの社長兼CEOに就任した。当時のソニーは赤字続きで経営危機に陥っていた。平井氏はCEOへの就任内定の際に「痛みを伴う改革を断行する」と宣言(*1)。求められていたのは“会社の再生”だった。

ソニーグループCEOを務めていた約6年間でもっとも印象的だったのは、危機的状況にあった会社をマネジメントチームや社員と一緒に立て直したことでしょうか。

とくに厳しかったエレクトロニクス部門をターンアラウンドして、同時に映画、音楽、ゲームでも高い利益を出し、最終年度(2018年3月期)には10年ぶりに史上最高益を出すことができた。CEO就任時は「ソニーは大丈夫か」と危ぶまれていただけに、これは達成感がありました。

一方、苦労も多かったです。とくにつらかったのは、マスコミにネガティブな記事が出ること。たとえば14年に「VAIO」ブランドのパソコン事業を売却したときはネガティブな報道一色でした。

――当時の報道を振り返ると、実はこのとき同時にテレビ事業の分社化も発表していた。テレビ事業は10年連続の営業赤字で、累積赤字額は7900億円に達していた(*2)。分社化の目的は事業トップに権限委譲して責任を明確にすることだったが、世間はそう受け取ってくれず、「分社化は売却への布石では」という懐疑的な見方もあった(*3)(*4)

記者からも「テレビ事業はいつ売却しますか」「いつ撤退しますか」といった後ろ向きの質問ばかりでした。経営陣は矢面に立っていいのです。私は別にいくら批判されたっていい。耐えがたかったのは、社員やその家族がネガティブな記事に晒されることです。帰宅した社員が子どもから「お父さんの会社は大丈夫なの?」「お母さんの会社がつぶれるって聞いたよ」と聞かれている姿を想像するのは本当に苦しく、つらかった。

■「大量生産」「手ごろな価格」からの脱却を図った

経営再建は一夜にしてできるものではないと頭では理解していましたが、社員やその家族のために早く復活への道筋をつけなくてはいけないと焦りが募りました。

そもそもテレビを中心としたソニーのエレクトロニクス部門はなぜ低迷したのか。日本メーカーに共通する一般論でいえば、商品の魅力や価格で海外メーカーに勝てなかったことが大きいと思います。

とくに価格面は、同じ土俵で勝負しているかぎり、人件費の安い地域で生産している海外メーカーに勝てないことは火を見るより明らか。それまでといかに異なる土俵で相撲を取るか。それが当時の日本メーカーが直面する課題でした。

では、ソニーはどうだったのか。幸い、ソニーは競合と差別化できる素晴らしい技術をたくさん持っていました。より画質や音質がいいテレビを開発して、プレミアムを取れる価格で販売する戦略にシフトすれば、海外勢とマーケットシェアを競わなくても戦っていけます。それもまた明らかなことでした。

ただ、理論通りにいかないのがビジネスの難しいところです。当時はテレビの主な販路は家電量販店などの小売店でした。店頭では、いかに商品をたくさん並べて面取りできるかが売れ行きを左右します。そのため安くてもいいから台数を伸ばすことが求められたのです。

大量生産して、手ごろな価格で売っていく――。その思い込みや文化は強固なもので、社内でもかなりの議論が巻き起こりました。「台数よりプレミアム」と私が主張しても、「フルラインナップで店頭に陳列しないと売れない」「テレビはソニーのフラッグシップカテゴリー。テレビで目立てなければ他のカテゴリーにもマイナスの影響が出る」と反対意見が出て、当初はなかなかプレミアム戦略に舵を切れませんでした。

■「赤字でヘロヘロの現実を見ましょう」

――その後、不振の象徴となっていたテレビ事業は安売り競争から脱し、コスト削減などの改革とともに、価格は高くても“画質や音質のよい高付加価値品”の開発を進めた(*2)(*4)(*5)。販売規模は1000万台強とピークの半分程度になったが、3年かけて黒字に転換させた(*6)(*7)

最終的にソニーのテレビ事業はプレミアム戦略にシフトして復活を果たしました。危機感を持った社員が意識を変えて頑張った結果ですが、リーダーの立場から見ると、二つの要因があったと自己分析しています。

ウクライナ・キエフでのCEE 2016展示会でソニーブラビアのブースに集まる人
写真=iStock.com/Panama7
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Panama7

まず一つは、私にエレクトロニクス部門のバックグラウンドがあまりなかったことです。

私が大学卒業後に入社したのはCBSソニーであり、最初は音楽部門でした。30代でニューヨークに赴任した後は、ゲーム部門で長くキャリアを積みました。もしエレクトロニクス部門で育っていたら、それまで自分たちがやってきたやり方を否定するのは難しかった。

だからこそ社員とは議論を何回も重ねました。「赤字でヘロヘロになっている現実を見ましょう。同じことを続けていても改善するわけではありません。このままでは悲劇的な結末を迎えてしまうのだから、今ここでシナリオをチェンジしないといけない――」。

とにかく、マインドセットを変えてもらわないといけないとの思いで訴え続けました。私自身が本流の人たちとは違うバックグラウンドを持っていたからこそ、大胆な、あるいは過激といってもいいくらいの主張をすることができたのだと思います。

もう一つは、プレミアム戦略が正解だと思っていても、最初からそれを押しつけなかったことでしょう。

今お話ししたように私は音楽・ゲームビジネスの出身であり、ソニー本体の社長に就任したときは「誰だ、あいつは?」「お手並み拝見」状態でした。クレディビリティが一切つくられていない状態で経営の戦略や方向性を語っても、人は動いてくれません。「社長命令だ」と肩書きを使って強引に進めるのは逆効果。まずは“平井という人間”を理解してもらうことを優先しました。

インタビューに応じる平井一夫さん
画像=プレジデントオンライン編集部
インタビューに応じる平井一夫さん - 画像=プレジデントオンライン編集部

■「家のゴミ出しをしているか」と社員が質問してきた

とはいえ、信頼関係は一朝一夕に築けるものではありません。大切なのはコミュニケーションです。とにかく腹を割って議論をして、相手に優れたアイデアがあれば採用して、うまくいったら相手の手柄にして、失敗したら「私が決めた」と言って責任を取る。

そういった日々の言動の繰り返しでクレディビリティを少しずつ積み上げていくことを意識しました。これが社員と議論できる土壌を作ることにつながったのだと思います。一方的に語っているだけでは、本当の議論はできなかったでしょう。

重たい岩を上り坂で運ぶのは大変ですが、頂上に到達すれば素晴らしい景色が広がっています。社長になって世界各地で社員とタウンホールミーティングを重ねる中でその瞬間を感じたのは、マレーシアでのタウンホールミーティングでした。

それまで社員からは「社長は『KANDO』というが、よくわからない」「うちの工場は大丈夫か」といった経営や事業に関する質問が中心でした。しかしそのときある社員が、「家のゴミ出しはしていますか」と私生活に関する質問を投げかけてきたのです。

この質問は、社長という肩書きではなく、人間としての私に興味を持ってくれた証拠です。たまたま私はゴミ出しをやっていたので「やってますよ。でもゴミ出しは難しくない。一番大変なのは、家の各部屋からゴミを集めることなんだ」と答えたらみんな笑ってくれた。

このあたりから景色ががらりと変わって、これまでやり方を変えなくてはいけないということが理解されてきた。最初から上から目線で訴えていたら、変革はかえって遅れていたでしょう。

■ソニーは「復活」から「成長」のステージへと変わった

私が社長を退任して以降もソニーは成長を続け、2024年3月期は売上高13兆207億円で過去最高を計上するなど、業績は好調です。既存の事業が好調なだけではありません。

たとえばホンダとソニー・ホンダモビリティを立ち上げたり、ソニーAIなど、新しい領域への挑戦にも意欲的です。変革を続ける様子を見て、ソニーらしさが戻ってきたと評価してくださる声もよく耳にします。

なぜソニーは好調なのか。その要因をみなさんからよく質問されますが、私は退任後に会社に行かない主義。実際、本社を訪れたのは予防接種のときくらいのもので、現在のソニーグループについて話せることはほとんどありません。

ただ一つ言えることがあるとすれば、「復活」から「成長」のマインドセットに変わってきたことでしょうか。私の時代は昔の勢いをどうやって取り戻すかがテーマでしたが、今は新しい成長戦略をどう描くかという意識が強い。外から見ていると、そのような印象を受けます。

SONY旗艦店
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

■“ソニーらしさ”は脈々と引き継がれている

新しい領域に挑戦する文化は、もともとソニーの中に根づいていました。

東京通信工業(ソニーの前身)が設立されたのは46年ですが、68年にはレコード業界、79年には金融業界に進出しています。90年代はゲーム事業が成長して、00年代後半からはCMOSイメージセンサーが伸びて世界トップのシェアを獲得するようになりました。

既成の枠組みにとらわれずに新しいことに挑戦するのは、ソニーのDNAです。

事業領域の話だけではありません。私が入社したCBSソニーでは、現場の社員も型にはまらずにトライしていました。たとえば「G.I.オレンジ」というイギリスのバンドのプロモーションでは、ラジオでリスナーには見えないのに、少しでも目立って局のスタッフに覚えてもらおうと迷彩服で回りました。

映画『トップガン』のプロモーションでは、まず社内での認知度を高めようと社員食堂に「とっぷがんもどき」というメニューを出しました。ばかばかしい思いつきかもしれませんが、そんな挑戦を許してくれるカルチャーがあったのです。

■リーダーは「口だけ」と思われたらダメ

しかし、そうしたカルチャーが影を潜めた時期もありました。マネジメント層は当然、「イノベーションが大事」「ソニーらしい商品をつくろう」と語ります。しかし社員がいざアイデアを提案すると「今はそんな予算が取れない」と却下されてしまう。現実には停滞を食い止めるのに精いっぱいで、新しいことに挑戦する余裕を失っていました。

平井一夫『仕事を人生の目的にするな 』(SB新書)
平井一夫『仕事を人生の目的にするな 』(SB新書)

このままではいけないと14年にスタートさせたのが新規事業促進プログラム「Sony Acceleration Platform」(以下SAP)です。現業とは別の枠組みを整えることで、自由な発想で挑戦しやすくしたわけです。

リーダーとして意識したのは、絶対にやめないこと。単純ですが、これは非常に重要で、せっかく新しい仕組みをつくっても1年で終わってしまったら、「トップも口だけか」となってしまう。すぐに成果が出なくても、自分がリーダーのうちは続けるし、できれば次のリーダーに引き継いでもらいたいという思いでコミットし続けました。

今またソニーから新しい事業や製品、サービスが続々と誕生している背景には、10年前に始めたSAPがいくらかは貢献しているのではないか。手前味噌ですが、復活に取り組むと同時に成長の種を育てる土壌づくりをしておいてよかったと思います。

(参考資料)
(*1 日本経済新聞『ソニー1万人削減、事業・資産売却を加速、成長投資へ抜本改革。』2012年4月10日)
(*2 日本経済新聞『ソニーどこへ(中)テレビ、悲願の黒字へ――「画質・音」軸に原点回帰。』2014年12月17日)
(*3 日本経済新聞『全事業分社で聖域なき構造改革――ソニー、危機意識に温度差、社員は切り売りを懸念(真相深層)』2015年3月20日)
(*4 日本経済新聞『「エレキ黒字へ」平井社長3年目、ソニー「公約」崖っぷち――事業再編、実力参謀を起用(ビジネスTODAY)』2014年4月1日)
(*5 日本経済新聞『日本の電機、復活なるか――ソニー社長平井一夫氏、五感に訴え感動体験提供(創論)』2017年7月11日)
(*6 日本経済新聞『ソニー、再びTVで稼ぐ、中南米や中東で4K拡販、部門利益3割増狙う。』2018年1月21日)
(*7 日本経済新聞『平井社長の6年、最高益まで復活――ソニー改革、過信との決別、参謀を後継に、成長道半ば(真相深層)』2018年2月10日)

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平井 一夫(ひらい・かずお)
元ソニー社長兼CEO、一般社団法人プロジェクト希望 代表理事
1960年東京生まれ。父の転勤でNY、カナダで海外生活を送る。84年ICU卒業後、CBS・ソニー入社。ソニーミュージックNYオフィス、SCE米国法人社長などを経て、06年ソニーグループ・エグゼクティブ。07年SCEI社長兼CEO、09年ソニーEVP、11年副社長、12年社長兼CEO、18年会長。19年より24年までソニーグループシニアアドバイザーを務める。著書に『ソニー再生』(日本経済新聞出版)がある。

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(元ソニー社長兼CEO、一般社団法人プロジェクト希望 代表理事 平井 一夫 聞き手・構成=村上 敬)

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