消火栓から水が出ない…米ロサンゼルスの"大規模火災"に消防隊が苦戦している"乾燥と強風"以外のワケ
プレジデントオンライン / 2025年1月16日 7時15分
2025年1月8日、燃え上がる炎に照らされるアメリカ・カリフォルニア州アルタデナの住宅街。炎は強風・サンタアナ風によってあおられて広がった。 - 写真提供=© Amy Katz/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
■「まるで戦場です」ロス郡幹部が語る悲惨な被害状況
ロサンゼルス近郊で続く4つの山火事で、特に大きな被害を受けたのが市街西側のパリセイズ地域だ。焼失面積は現地時間14日までに2万3713エーカー(約96平方キロ)におよび、ロス火災全体の被害面積のおよそ6割を占める。確認されているだけで約5000棟の建物が焼失した。
これと別に、現在までに1万4117エーカー(約57平方キロ)を焼いた市街北部のイートン火災も依然強い勢いで進行している。被災者の一人、59歳女性で旅行代理店勤務のマラル・ナザリアンさんは、着の身着のままで避難。一命を取り留めたが、自宅は焼失した。ワシントン・ポスト紙の取材に、「夫の兄も家を失いましたし、夫の同僚もまた家を失いました。誰も家がないのです」と語る。
ナザリアンさんのように全てを失った人々は数え切れない。ロサンゼルス郡で行政監督を行う理事会のメンバーのひとり、キャサリン・バーガー委員長は記者会見で、「まるで戦場のようです。このような光景は見たことがありません」と述べ、被害の深刻さを強調した。
カリフォルニア州消防当局によると、ロサンゼルス近郊で進行している4つの山火事は現地時間1月14日までに、合計3万8690エーカー(約157平方キロ、東京23区の面積の約4分の1に相当)以上を焼失。24人が死亡し、8万人以上が避難を強いられている。
■消防隊は現着しているのに、消火栓から水が出ない
なぜ被害は拡大したのか。ロサンゼルス特有の乾燥した気候や強い風に加え、消防設備の限界が指摘されている。米ナショナル・ジオグラフィック誌は、今回のロサンゼルス山火事のひとつ、西部パリセイズ火災における詳細を報じている。
アメリカ最大の公営水道・電力会社であるロサンゼルス水電力局のジャニス・キノネスCEOは同誌に、火災発生からわずか7時間で、300万ガロン(約380万リットル)を備蓄可能な給水タンク1基が空になったと語る。
パリセイズ地域では消火栓への給水源として、ほかに同規模のタンク2基を備えていた。だが、火災初日の夜までには2基目が、翌日未明には最後の3基目も次々と底をついたという。
結果、まさに燃え盛る家屋の前に消防隊が到着しても、消防車に接続した消火栓から水が出ないという事態が随所で発生。住民らはソーシャルメディアで、消火栓から水が出ない、あるいは破損しているとの投稿を相次いで行っている。
この地域でホームセンターを営むジム・オルランドーニさんは、米ワシントン・ポスト紙に、近隣の家々が燃え続けているにもかかわらず、ただ見ているだけの消防隊を目撃したと語る。
オルランドーニさんは、息子たちの家の火を消し止めようと駆けつけた。だが、その際、辺りの家が燃えているのに、消防車はただ道ばたに駐まっており、消防隊は座っているだけだったという。「何をしているんだ」と声を掛けたオルランドーニさんに、消防隊は「何もできない。水がないんだ」と無念さを露わにした。
消防士たちは消防車に500ガロン(約1900リットル)の水を積み、現場に到着した。だが、積載の水を使い果たしたあとは、消火栓が機能しないことから打つ手がなく、応援の給水車が到着するのを待つしかなかった。
幸いにもオルランドーニさんの息子たちの家は火災を免れた。だが、オルランドーニさんは、周囲の家々は消火が間に合わず焼け落ちた、と語る。
■少なくとも2割が使用不能だった
米CNNによると、このパリセイズ地区での消火活動では、消火栓の水圧が低下し、約20%の消火栓で断水が確認されたと報じている。
ロサンゼルス水道電力局のジャニス・キノネス最高経営責任者は、この地区では消火活動により通常の4倍の水需要が15時間続き、100万ガロンの貯水タンク3基が断続的に空になったと明かした。
家を失ったナザリアンさんが暮らしていたアルタデナでも、消火栓の断水が発生。南カリフォルニアの水道事業者の役員ボブ・ゴンパーズ氏は、消防士の安全確保のため電力会社が送電を停止したことで、高地にある貯水タンクへの給水ポンプが作動できなくなったと断水の原因を説明している。
そうしている間にも、カリフォルニア南部特有の強い乾燥風「サンタアナ風」の影響で火災は拡大。ナショナル・ジオグラフィック誌によると、この風により火災は「1分間にフットボール場5個分を焼くスピード」で延焼した。
市当局はこの事態を「最悪のシナリオ」と呼ぶと同時に、断水の事態は今後も起こり得るとの認識を示している。
■なりふり構っていられない…海水散布の緊急対応
大量の水を必要とする消防当局は、海水をすくい上げ消火活動に投じるという「異例の対応」を取っている模様だ。米フォックス・ニュースが報じた。
航空機やヘリコプターが海水を汲み上げ、火災地域の上空から散布しているという。元ニューヨーク市消防局の消防士フランク・パパリア氏は、同局の取材に、「海水の使用は、(デメリットもあるが、)街が壊滅的な被害を受けかねない状況ですので、それほど悪手ではないでしょう」と肯定的な見方を示している。
ただし、今回の場合、用途は空中散布に限られている。パパリア氏は消火栓に海水を配水するような使用方法については、「消火栓は家庭や企業に供給する淡水と同じ配管を使用しており、耐腐食性がありません」と指摘する。同じ理由で消防車への給水にも用いられていない。
空中散布に関しても、リスクは存在する。アメリカの国立研究機関であるスミソニアン環境研究センターの生態系生態学者パトリック・メゴニガル氏は、CBSニュースに対し、特に南カリフォルニアの乾燥した気候では、散布された塩分が土壌に長期間残留する可能性が高いと指摘する。
こうしたリスクを承知で海水を消火活動に投入せざるを得ないほど、今回の火災での消火活動は切羽詰まったものとなっている。
■消火システムの設計上、山火事には対応できない
給水栓の機能不全は、アメリカの都市が抱える構造的な問題だとの指摘がある。ニューヨーク・タイムズ紙は、専門家の見解を伝えている。
一般に都市に配備されている消火システムは、複数の消防車が同時に消火栓を使用しても、需要に耐えることができる。しかし、乾燥した森林に引火し、地域全体に広がる山火事には、容量上対応できない仕組みだと専門家は語る。
ロサンゼルス水道電力局の元総支配人兼主任技師のマーティ・アダムス氏は、同紙の取材に、「複数の火災が次々と、かつ急速に広がることは、設計上想定されていません」と述べている。
とくに、今回問題となっているパリセイズやイートンのような丘陵地では、水源の制限が顕著だ。パリセイズでは、100万ガロンの給水タンク3基を高地に設け、重力を利用して各戸や消火栓へ配水している。電力の遮断でポンプが停止すれば、タンクが空になるのは時間の問題だ。
■過去にも繰り返していた消火用水不足
米CBSニュースによると、火災発生直後に複数の消火栓で水圧低下が確認された。一方、現在は十分な消火用水が確保されており、消火活動に支障はないという。
カリフォルニア州の被災地域選出であるジュディ・チュー下院議員も、米報道番組への出演中、「現在は良好な状態にある」と述べ、初期の混乱は収束したとの認識を示している。
しかし、給水栓の不全は、大規模な山火事への対処の難しさを浮き彫りにした。同様の水不足はこれまで、全米各地で発生している。オレゴン州タレント、テネシー州ガトリンバーグ、カリフォルニア州ベンチュラ郡でも消火栓の機能不全が発生している。
2021年12月に発生した米コロラド州マーシャルの大規模火災では、消火栓の水圧が低下。消火活動の継続を最優先し、消防当局は地元公益事業のチームと連携したうえで、通常では考えられない非常手段に打って出た。
米NBC系列のコロラド局「KUSA」によると、街全体が炎に包まれたことで、消火栓への配水量が不足。事態を打開すべく、浄水施設を迂回し、未処理の生水を水源から直接一般家庭への給水網を含む水道網へと流し込むことで、消火栓への水量を確保したという。
■山火事直前に予算カット…ロス消防当局の困惑
今回のロサンゼルス山火事に関しては、仮に給水栓が十分に機能していたとしても、早期の抑え込みは困難であったとの見方もある。根本的には、山火事が凶暴化している現状がある。
AP通信はロサンゼルス山火事について、南カリフォルニアにおける「過去40年以上で最悪の冬の山火事」であると報道。原因として、気候変動がもたらす大雨による植生の急成長と、その後の記録的な高温による乾燥で、乾燥した木が大量に生み出されたこと。さらに、人口増加によって増えた送電線が強風にあおられ、火花を散らし出火原因となっていることなど、複数の要因を挙げている。
また、火災に関連して、ロサンゼルス市の防火体制にも疑念が向けられている。市消防局は火災直前、予算カットの措置を受けていた。米ABCニュースは、火災後の1月12日、ロサンゼルス市消防局が深刻な運営危機に直面していたと報じている。
記事によるとロサンゼルス市消防局長のクリスティン・クラウリー氏は昨年12月17日、カレン・バス市長に宛てた報告書で、「重要な民間職の削減と700万ドル(約11億円)の残業代削減により、前例のない運営上の課題に直面している」と窮状を訴えていたという。
加えて、専門家はニューヨーク・タイムズ紙に対し、都市郊外の森林地帯に住宅地を拡大することについて、是非を議論する必要があるとも指摘している。
消火栓の水源が枯渇するとは消防当局にとって致命的な事態だが、大規模な山火事がひとたび起きれば、このような事態は避けがたい。まずは火災の鎮圧と被災者の救援が優先されるが、より長期的には防火体制と用途地域を見直し、次の大災害を未然に防ぐ手立てが求められよう。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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