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一刻も早く手術しないと死ぬ…走り続けてきたミシュラン京料理人が心肺停止寸前を経験して変わったこと

プレジデントオンライン / 2025年1月24日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Suze777

第一線で走り続けるにはどうすればよいか。京都有数の名料理店「祇園さゝ木」の店主の佐々木浩さんは「生死を彷徨う経験をして、『人間、休まないとあかんなぁ』と、しみじみと考えるようになった。走りつづけるためには、歩くことも大切だと思うようになった」という――。

※本稿は、佐々木浩著『孤高の料理人 京料理の革命』(きずな出版)の一部を再編集したものです。

■もう死ぬのかな

お店の改装工事で休業して三か月がすぎた、二〇二三年五月の夜のことです。おつきあいでお客さんと出かけて自宅に戻ると、久しぶりに三女が実家に帰ってきていました。

「一杯だけ、つきあうわ」と、水割りをグラスにつくり、ひとくち飲んだら、心臓が大きく跳ね上がり、一瞬止まったような衝撃が走りました。心臓の鼓動が消えてしまったと思いました。家族に音を聴いてくれ、とお願いしても、

「わからん、微妙」

と、取り合ってくれませんでした。

そのうち、目のまえがブラックアウトして、仰向けにドスンと倒れ込みました。

救急搬送されて、意識が戻ったころ、当直医が、「心臓血管にダメージがあります。明日の朝、循環器科の専門医がきたら、診断します。このまま、入院してください」

といわれました。そこで自分のことを「本名は中村ですが、京都で『祗園さゝ木』という店をやっています」と伝えました。

五日後にコンサートを予定していて、病院から出られなくなると困るんで、終わってから入院するので、手術してほしいと事情を話したところ、

「そんなにもちません。死にますよ」といわれました。

■コンサートを中止にするわけにはいかない

夜が明けて循環器科のドクターがきて、検査と診察の結果、

「一刻も早く手術が必要」と告げられたのに、「ちょっと待ってほしい」と抵抗しました。友人の医師に連絡して、何とか手術を回避できないかと相談したものの、診断に従った方がいいと、説得されるばかり。

〈心臓近くの血栓が脳血管にいったら、庖丁を握れなくなるぞ〉

と脅されて、観念しました。その日のうちに、ぼくの心臓にはペースメーカーが装着されました。

なぜ、命にかかわる心臓血管のトラブルなのに、手術を断ろうと無茶ぶりをしたのか。それは五日後のコンサートを中止するわけにはいかなかったからです。

そんなぼくの事情に関係なく、手術は無事に成功しました。

「入院は三日しかできません」と主治医に必死でお願いすると、

「熱が平熱になれば、退院できますよ」と冷静に答えられました。

わがままをいって、病室は音のもれない個室にしてもらい、三日間の入院中は舞台の打ち合わせと、音合わせをオンラインでやりました。

約束の三日間がすぎ、翌朝の検温で三六・三℃。よっしゃ、退院できる!

看護師さんに主治医を呼んでもらい、退院手続きを急ぎました。

■本気の大人の遊び

この大切な舞台とは、ウェスティン都ホテル京都で、ぼくのバンドのコンサートを企画していました。学生時代の友だちを中心に七人で組んで、バンド名はGSバンド」。セットリストはすべて矢沢永吉さんのナンバーです。

着席のディナーショースタイルで、祇園さゝ木の料理のフルコースを召し上がってていただきます。コロナ禍のまえは、年に一度開催していて、ゲストにはばんばひろふみさん、大平サブローさん、ハイヒールモモコさんがきてくださり、マールブランシュの河内誠社長(当時)をはじめ、祇園さゝ木の常連客がチケットを買ってきてくださいます。

大人の遊びは本気でやらないと、小学校の学芸会になってしまう。

千二百万円かけて左右のウイングステージを伸ばし、三十秒で六十万円する花火を二発打ち上げますし、レーザービームも(笑)。

これは、大人の女のひとが大島紬のとりこになるのと同じこと。紬はどんなに高価でも、格調の高い席には着られない遊び着物ですが、大枚をはたく。大人の遊びは、本気であればあるほど楽しく、奥が深いものです。

さすがに退院した翌日だったので、急遽演奏する曲は減らしましたが、なんとか舞台には立てました。

宴会場のテーブル
写真=iStock.com/stocktributor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stocktributor

■人間、休まないとあかんなぁ

心肺停止寸前の徐脈に、このまま死ぬのかな、と頭によぎりましたが、コンサート直前だったこともあり、招待したお客さんには迷惑をかけられないと、気持ちを奮い立たせました。生死を彷徨う経験をしても、人生観までは変わりませんが、

〈人間、休まないとあかんなぁ〉と、

しみじみと考えるようになりました。

小山薫堂さんがぼくに諭してくれたように、走りつづけるためには、歩くことも大切だと思うようになりました。

日々の料理に邁進し、大人の遊びも本気でやる。そして、ときおり休養もとってきちんとからだの手入れをする。それは、一日でも長くカウンターのまえに立って、お客さんと会いたいからです。

■おしゃべりは苦手だった

「祇園さゝ木劇場」と呼ばれて、軽妙なトークがお客さんにも喜ばれて、面白いひとと思われていますが、素顔のぼくは、じつはおしゃべりが苦手です。

料理の道に入るまえは、対話は下手でした。知らないひととコミュニケーションをとるのは、いまも得意ではないです。ここ数年は、食学会の会議やさまざまなプロジェクトのミーティングに参加しますが、ほかのひとの話し方や、伝え方、話の構成はさすがだと感心するばかり。

それでも、ひとたびカウンターに立ったら、苦手と言い訳はできません。お客さんと相対する二時間半は、お客さんに愉しくすごしていただくためだけに、全力で演じ切ります。

お笑いタレントの明石家さんまさんは、オフの日でも、誰かとしゃべっていないと落ちつかないそうですが、ぼくはまったく逆。ふだん起きているときは、誰かに話しかけていますし、営業中は二時間しゃべりっぱなしです。

佐々木浩さんと女将
撮影=ハリー中西

■車を無心で掃除するひとときが好き

その反動なのか、仕事が休みの日は、無になれる時間をつくるようにしています。たとえば、ゴルフはボールだけに集中するから、ほかのややこしいことは考えません。ぼくは下手くそだから、もくもくとボールを追って歩くから、ひとりになれる時間が心地いいのです。

誰とも口をきかなくていいように、車を無心で掃除するのが、ぼくのマインドリセットになっています。車が大好きで六台所有していますが、朝食も食べないでコーヒーを一杯飲んでから、車の掃除を始めて午前中に二台、昼ごはんを挟んで三台がピカピカになるころには、日が暮れてしまいますが、それが愉しくて。誰にも気を遣わずに、ひたすらに車をきれいにするひとときは、無心になれます。

愛車は、日産スカイラインの五十年前のヴィンテージカー。若いころから憧れていたハコスカGTRです。デザインがかっこよくて、エンジン音も心地いい。メンテナンスが大変ですが、これからも大切に乗りつづけていきたいです。

あとの車もありますが、ここではちょっと言えないですね(笑)。

■「走る」ではなく「歩く」

関西エリアのテレビ番組で、小山薫堂さんと旅をしています。五島列島、天草、鹿児島などへ、行きました。

佐々木浩『孤高の料理人 京料理の革命』(きずな出版)
佐々木浩『孤高の料理人 京料理の革命』(きずな出版)

小山さんは、若き才能のある料理人を世に送り出そうと、コンテストを主宰されています。彼はぼくよりも年齢は若いですが、ことばに説得力があるひとで、尊敬しています。

あるとき、海辺のシーンを撮るために、テレビカメラが廻っていました。

ぼくたちの会話を収録していたのですが、彼はこういったのです。

〈佐々木さん、お休みをとってますか? ぼくは五十歳になったとき、一か月休みました。そのときは、携帯(電話)の電源もオフにしてました〉

それを聴いて、驚愕しました。ぼくにはできないと、降参しました。

ちょうど、店の改装で長期休業中でしたが、スケジュールはぎっしりでした。

〈いや、ぼくは走りつづけていないと、ダメなんです〉

こんなふうに返したら、小山さんが、ふふっと笑って、

〈歩いてください、佐々木さん〉

といってさらに、ことばをつなぎました。

〈歩くという字は、「止まるのが少ない」と書きます。走りつづけると、休みが必要になりますが、歩いたら、止まる時間が少なくていい〉

うまいこというな、と感心しました。そして、回遊魚のように走りつづけることしかできなかったぼくが、「歩く」ことを、意識するようになりました。ありがとうございます。

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佐々木 浩(ささき・ひろし)
「祇園 さゝ木」店主
1961年、奈良県生まれ。滋賀県の料理旅館から修業をスタート、複数の店で研鑽を積んだあと「割烹ふじ田」料理長に就任。36歳で独立し、祇園町北側に「祇園 さゝ木」をオープン。2006年、八坂通りに移転してまもなく「予約の取れない店」として名を馳せる。2019年、『ミシュランガイド京都・大阪』で三つ星を獲得、五年連続更新中。

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(「祇園 さゝ木」店主 佐々木 浩)

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