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なぜマクドナルドはハンバーガー59円をやめたのか…最強の外食チェーンがはまった「安くすれば売れる」のワナ

プレジデントオンライン / 2025年1月21日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuremo

業績悪化が続いたマクドナルドは、いかにして回復を実現させたのか。法政大学の越智啓太教授は「大きな要因のひとつは価格戦略の見直しだ。ハンバーガーの値下げで一強状態を作り出したものの、弊害も大きかった」という――。(第1回)

※本稿は、越智啓太『買い物の科学』(実務教育出版)の一部を再編集したものです。

■なぜマクドナルドはハンバーガー戦争の勝者になったのか

日本のマクドナルドにおける低価格戦略の変遷を振り返ってみましょう。マクドナルドは1971年に日本に上陸し、第1号店は7月に銀座三越1階の路面店としてオープンしました。4日後には代々木に2号店を出店しています(ちなみに1号店はその後、1984年の11月に閉店していますが、これは銀座商店街から「若者がハンバーガーを立ち食いする風景は銀座の『格』にふさわしくない」とクレームが付いたからだそうです)。当時の価格はハンバーガー単品で80円でした。

マクドナルドが大評判になったことと、このビジネスモデルは比較的参入しやすかったことから、1970年代前半に、同様の形のハンバーガーチェーンが次々にオープンしていきます。

この時期に展開されたバーガーチェーンとしては、「モスバーガー」「ドムドム(マクドナルドよりも前に開店)」「ウェンディーズ」「森永LOVE」「ファーストキッチン」「明治サンテオレ」「グリコア(江崎グリコ)」「雪印スノーピア」「サンディーヌ(日本食堂)」「バーガーキッド」「ロッテリア」などがあります。

これらのチェーンで提供される基本的なメニューは、ハンバーガー、ドリンク、ポテトのセットとほぼ同じで、消費者としても各チェーンを十分差別化できているわけではありませんでした。そのため、この業界は大混戦状態に突入してしまいました。「ハンバーガー戦争」が勃発したわけです。

■「カテゴリー・キラー」戦略の効果

このような状況に対して、マクドナルドは低価格戦略で立ち向かいました。これは同様の商品をより安く提供することによって市場のシェアを独占する戦略で、「カテゴリー・キラー」戦略とも呼ばれます。

1995年に、マクドナルドは当時210円で販売していたハンバーガーを130円に、240円で販売していたチーズバーガーを160円に値下げしました。

このような戦略が可能になったのはもちろん、マクドナルドがグローバル企業だったからです。国際的なネットワークを利用してコストを低くしていくことによって、低価格でも十分な利益を確保できるようにしたのです。この価格には多くのハンバーガーチェーンが追従できず、ビジネスモデルの変革(メニューの多様化によるポジショニングの変更など)を余儀なくされたり、撤退したりしました。

ここで、マクドナルドはさらに衝撃的な作戦に打って出ます。2000年2月に「ウィークデースマイル・プログラム」というキャンペーンを始めたのです。これは、なんとハンバーガーを平日65円、チーズバーガーを平日80円で提供するものでした。

■ハンバーガー=チープな食べ物

その結果、平日のハンバーガー販売個数は前年比4.8倍となり、売上も増加しました。そして、2002年2月にはこのキャンペーンを休日まで広げる「エブリデースマイルキャンペーン」、8月にはハンバーガー59円、チーズバーガー79円で販売するという「なっ得バリューキャンペーン」を始めました。

もちろん、ほかのハンバーガーチェーンはこれについていくことは難しく、実質的に敗戦し、ハンバーガーチェーンといえばマクドナルド一強という独占状態を作り出しました。

このような低価格キャンペーンは確かにシェアをとることはできるでしょう。しかし、これが何をもたらすかはもうおわかりだと思います。この時期にマクドナルド体験をした人はすべて「ハンバーガーは100円以下」という内的参照価格を形成してしまいましたし、客層の変化やブランド価値の低下、業界全体のイメージの低下(ハンバーガーはチープな食べ物であるというイメージが作られた)なども引き起こされました。

とくに内的参照価格の低下が問題でした。この低価格状態をずっと維持することは、物価が基本的には上昇していくものである以上困難で、いつの日か値上げせざるをえない状況になってくるのは明らかだからです。そして、やはりその日がやってきてしまいました。

■それでも低価格戦略を続ける

その結果、理論的な予想どおり、すぐに大きなリバウンドが起きました。経常利益は大幅減となり、マクドナルドを日本で成功させた功労者の藤田 田(でん)氏が責任を取って社長および会長退任を余儀なくされてしまいます。

このリバウンドに対して、マクドナルドの基本的な対抗策は、なんとまた値下げ戦略です。たとえば、2005年にはスイーツやハンバーガー、コーヒーなどいくつかの商品を100円で提供する100円マックを、2013年にはビッグマックを1個買うともう1個が無料で付いてくる(その場で食べるのは難しいので、無料チケットで交付されました)キャンペーンを実施します。

実際、この時期マクドナルドでアルバイトしていた私のゼミ生によると、キャンペーン中はほとんどの客がビッグマックを購入したのに、キャンペーン終了の次の日(2013年9月20日)には誰もビッグマックを注文しなくなったそうです(まさに内的参照価格の低下とリバウンド理論を実証するような結果です)。

ただ、面白いことに、ビッグマックの1個無料キャンペーン終了の次の日からは、マクドナルドはフィレオフィッシュとダブルチーズバーガーで同様のキャンペーンを行いました(理論的には、これらのキャンペーンが終了した時点で、ビッグマック、フィレオフィッシュ、ダブルチーズバーガーのすべてで売上が減少することが予想されますが、どうだったのでしょうか)。

マクドナルド
写真=iStock.com/Popartic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Popartic

■マックカフェがうまくいかなかったワケ

その後もマクドナルドは、機会あるごとに値下げキャンペーンを繰り返しました。この時期のマクドナルドの店頭や広告には値段が大きく記載されていました。

マクドナルドの方針としては、「安い値段で引きつけて利益の大きなものを買ってもらう」という戦略だったようですが、実際には客層も入れ替わっているためにチェリーピッカー的な購入パターンが増加してしまい、この戦略がうまくいかなかった可能性があります。

さらにマクドナルドは2010年代後半に大きな経営危機を迎えました。この原因として、原料を輸入していた上海の食品加工会社「上海福喜食品」の消費期限切れ鶏肉問題などが挙げられることが多いですが、価格戦略の失敗も大きな影響を与えていると思われます(じつはチキン問題以前から売上高は減少していました)。

ところで、マクドナルドは低価格戦略の一方で、ビジネスマンなどの優良顧客を取り戻す戦略も同時に行っていました。たとえば、長い間チープインテリアといわれてきた内装をゆったりと落ち着いたものにしたり、女性ビジネスパーソンに向けたヘルシーメニューを導入したり、これは世界的な戦略でもありますが、コーヒーを本格的でおいしいものにしたりする(マックカフェ)などです。

ところが、これらの戦略の効果は限定的でした。おそらく、基本的には低価格戦略を維持したからだと思われます。

■広告にみる大きな変化

しかし、ここ数年マクドナルドはこの低価格戦略をおそらく転換させました。なかなかやめることができなかった「安い」ことを売りにする戦略を思い切ってやめ、ハンバーガー自体の味を向上させ高級化させた商品を次々に投入し始めたのです。

越智啓太『買い物の科学』(実務教育出版)
越智啓太『買い物の科学』(実務教育出版)

そして、広報的にも価格訴求プロモーションをやめました。昔のマクドナルドのプロモーションは「100円マック」や「1個買うと1個無料」に見られるように価格中心のものでしたが、いまのマクドナルドの広告には、値段の記載はないか小さくなっています。

マクドナルドはここ数年、空前の売上をあげており、一時の経営危機から見るとまさにV字回復しています。

この原因としてはコロナ禍における巣ごもり需要の開拓やインターネットを利用したマックデリバリーなどが挙げられることが多いですが、価格戦略の転換も大きな影響を与えたのは確実だと思われます。

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越智 啓太(おち・けいた)
犯罪心理学者・法政大学文学部心理学科教授
1965年、神奈川県横浜市生まれ。92年、学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻修了。警視庁科学捜査研究所研究員、東京家政大学文学部助教授(当時)、法政大学文学部准教授を経て2008年より現職。著書に『美人の正体』『犯罪捜査の心理学』、『法と心理学の事典』(共著)ほか多数。

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(犯罪心理学者・法政大学文学部心理学科教授 越智 啓太)

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