「ポッキー」、「カルピス」、「ほんだし」はやっている…ロングセラー商品が売れ続ける「おいしさ」以外の理由
プレジデントオンライン / 2025年1月29日 10時15分
※本稿は、越智啓太『買い物の科学』(実務教育出版)の一部を再編集したものです。
■消費者を手放さないためにブランドがやっていること
ユーザーに選ばれるためには、ブランドのファンになってもらう。その次に重要になってくるのは、彼らにファンでい続けてもらうことです。これを「リテンションマーケティング」といいます。
リテンションマーケティングで重要なのは、ファンの期待を裏切らないようにするということです。いったんファンになると彼らは、商品やその品質だけでなく、そのブランドのパーソナリティやルックス(パッケージデザインやロゴ、キャラクターなど)、ポリシーや行動、ヒストリーなどのすべてに好感を抱くようになってきます。
そのため、ブランドとしてはこれらの要素を維持していくことが重要になってきます。もしそれらを変化させた場合、ファンの期待を裏切ることになる危険性があるからです。
たとえば、このような例があります。アパレルブランドのGapは、伝統的なブランドマークとロゴを使用していました。深い青の正方形に縦長のGAPという文字を配したみなさんおなじみのデザインです。しかし、このデザインは若干古くさいものになってきており、モダンでおしゃれなGap商品とは整合しなくなっていました。
■日本の企業には難しい意思決定
そこで、Gapは2010年にブランドマークとロゴの変更を試みました。新しいデザインはヘルベチカという人気のあるフォントに深い青のワンポイントをつけたものでした。このデザインは新鮮でかっこよく、おそらくGapというブランドを知らない(現代)人に心理学的な評価をさせれば、確実に旧デザインよりも評価が高くなると思われます。
しかしながら、この新ロゴは発表と同時にネットで大きな不評を買ってしまいました。Gapのファンの多くは、旧デザインのマークとロゴのGAPが好きだったのであり、新デザインにしたことは彼らに対する裏切りだと認知されたのです。
これに対するGapの反応はきわめて早いものでした。なんと、わずか8日間でロゴをもとに戻したのです(これは日本の企業には難しい意思決定だと思います)。
■ロゴの変更がもたらす効果
ウォルシュら(2010)のグループは、このようなブランドマークやロゴの変化がユーザーにどのような影響を及ぼすのか、実験的に研究してみました。用いたのは、大学生になじみのある2つのスポーツブランド、ニューバランスとアディダスです。
プロのデザイナーにこれら2つのブランドの新しいロゴを作成してもらいました。ひとつは、もとのブランドロゴをやや変えたもので、もうひとつはかなり大きく変更したものです。そして、大学生632人に、これらの新ブランドマークかオリジナルブランドマークを見せたうえで、ブランドに対する好感度を測定しました。
実験参加者は、それぞれが各ブランドにどの程度コミットしているかによって3つのグループに分けられました。
第1のグループは、強いコミットメントのグループで、そのブランドを愛している人々です。第2のグループは、コミットメントが弱いグループで、とくにそのブランドのものでなくてもいいとか、購入するときそのブランドにこだわらないような人々です。第3のグループはこれらの中間のグループです。
この実験の結果を図表1に示します。
■企業がマークやロゴを変更する意味
弱いコミットメントのユーザーは、新ロゴのほうがブランド好感度が高くなり、ロゴの変化が大きくなるほど高評価になったのに対して、強いコミットメントのユーザーは、ロゴを変更するとブランド好感度が急激に悪化することがわかりました。
強いコミットメントのユーザーはファン(そのわりにオリジナルロゴ条件での評価が低い気がしますが)なので、伝統的なマークやロゴを変えることは、このもっとも大切なユーザーにダメージを与えることになってしまうわけです。
ただ、もしブランドイメージやポジショニング、ターゲット層を変えようと思っているのならば、逆に旧来のファンを離脱させ新しいファンを獲得できるということになるので、これは良い戦略になる可能性があります(そして、実際に企業がマークやロゴを変更するのはこういうときです)。
■ちょっとの変更が最適解
一方で、飲料などでよく見られるように、パッケージやデザインを変えるとコンビニなどで気づかれやすくなり、手に取ってもらいやすくなるということも事実です。いつも同じであると、次第にその商品は「背景」になって目立たなくなってしまいます。では、いったいどのようにすればよいのでしょうか。
ここで用いられている方法として「丁度可知差異(ちょうどかちさい)」戦略があります。丁度可知差異というのは知覚心理学の用語で「ぎりぎり違いが検出できる最小の変化」のことです。丁度可知差異戦略は、パッケージやロゴを変更するときは「違いには気がつくけれども、基本的にはオリジナルとあまり変わっていない」変化がベストだというものです。
ロングセラー商品を年代別に並べてみると、まさにこの戦略がとられていることがわかります。図表2のカフェオーレのほかに、ポッキー、カルピス、味の素のほんだしなどのパッケージの経時変化を調べてみてください。
毎年、あるいはシーズンごとに微妙にデザインを変化させ、消費者に「あれ⁉」と気づかせる、そして、常に時代にマッチしたデザインを維持する。しかし、基本的なものは変わっていないのです。
コーラ戦争は、長年にわたるコカ・コーラとペプシコーラのシェア争いでしたが、基本的にはコーラといえばコカ・コーラであり、ペプシコーラはあくまで2番手、それもずいぶん引き離された2番手に過ぎませんでした。
ところが、ペプシコーラは1970年代に「ペプシ・チャレンジ」という大規模なキャンペーンを展開しました。これはペプシコーラとコカ・コーラをブラインド(目隠しをした状態)で飲ませ、どちらがおいしいかを判断させるものでしたが、驚くべきことにペプシが勝つことが多かったのです。
このキャンペーンでペプシは大きくシェアを増加させました。これに危機感を覚えたコカ・コーラは、コーラの味を改良してペプシコーラに反撃を試みました。これが「カンザス計画」です。コカ・コーラはあらゆる味付けのコーラを作り出し、消費者による試飲実験を繰り返しました。このときの実験参加者は19万人にも達したといいます。
その結果、ついにペプシに確実に勝てるような味を作り出すことに成功します。この新しいコーラは、従来のコカ・コーラとブラインドで勝負させると61%で選択されました(もちろん、統計的に有意においしいことになります)。
■大事なのは「おいしさ」ではない
そこで、ついに1985年4月23日、コカ・コーラ社は新しい味のニュー・コークを発売しました。それと同時に古いコーラの販売はやめました。このニュー・コークは発売直後の数日間は確かに好評だったのですが、その後、大変な反発と批判が巻き起こりました。「昔のコーラを返せ!」というのです。
その不満は日に日に大きくなり、ついに訴訟や、海外にある「昔のコーラ」の逆輸入などにまで発展しました。その結果、コカ・コーラ社の経営陣は、わずか79日後に「昔のコーラ」の販売を再開しました。ニュー・コークはその後「コークII」と改名されてしばらく販売されましたが、その後、自然消滅しました。
日本でもコカ・コーラを缶で購入すると「クラシック」と書かれているものがありますが、このクラシックとはニュー・コークではない昔のコーラの味ということです。じつは、その後さまざまな機会に行われたブラインドでの試飲実験では、ニュー・コークはコーラクラシックやペプシよりも好まれることが報告されています。
■消費者は「あの味」を求めている
ここからいえるのは、消費者が求めているのは必ずしも客観的なうまさではないということです。我々が好きなコーラは自分の人生とともにあったあのコーラであって、必ずしもうまいコーラではないのです。
日本で同様な商品として、いまでも定番商品としてコンスタントに売れている「サッポロ一番塩らーめん」があります。現在の日本のインスタントラーメン技術はすばらしく、サッポロ一番に使用されているものよりもおいしい麺やスープは大量に市場に出回っています。にもかかわらず、我々はあえてあのサッポロ一番を購入するのです。
ある日、これが新しい麺、新しいスープ、新しい具材による「サッポロ一番ニュー塩らーめん」になり、クラシックの販売が停止されたら、コーラが味を変えたときと同じような大きな反発が引き起こされるでしょう。我々が求めているのは、うまさというよりも「あの味」だからです。
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犯罪心理学者・法政大学文学部心理学科教授
1965年、神奈川県横浜市生まれ。92年、学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻修了。警視庁科学捜査研究所研究員、東京家政大学文学部助教授(当時)、法政大学文学部准教授を経て2008年より現職。著書に『美人の正体』『犯罪捜査の心理学』、『法と心理学の事典』(共著)ほか多数。
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(犯罪心理学者・法政大学文学部心理学科教授 越智 啓太)
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