「高齢者の負担割合増大」の議論は不可避…令和日本における最大の争点「社会保障費」の残念すぎる現状
プレジデントオンライン / 2025年1月22日 16時15分
■「社会保険料を企業が肩代わり」報道が呼んだ波紋
年収156万円未満のパートの社会保険料を企業が肩代わりする仕組みを厚生労働省が整備する方針だというニュースが、方々で波紋を呼んでいた。
厚生労働省は年収156万円未満のパート労働者の社会保険料を会社が肩代わりする仕組みを整備する方針だ。2026年4月に導入する方向で調整する。社会保険料の負担が発生して手取りが急減する「年収の壁」対策の一環で、働き控えをする人を減らす。企業の負担軽減措置も検討する。
日本経済新聞「年収156万円未満のパート、社会保険料を企業が肩代わり」(2024年12月5日)より引用
そもそも論として、一般的な勤め人の立場では「社会保険料の労使折半」が実際にはどういうものなのか知ることは難しい。
「企業も従業員の社会保険料を一部払ってくれているんだな」と漠然とした認識を持っているくらいではないだろうか。「労使折半」という言葉を認識しているならまだしも、場合によっては企業側も雇用している従業員の社会保険料を支払っていることすら知らないこともそれほどめずらしくはない。
別に責めているわけではなく、そうなるのも無理はない。毎月会社から受け取る明細はもちろん、社会保険事務所から定期的に送られてくる「医療費のお知らせ」や、あるいは「ねんきん特別便」などもそうだが、これらには企業が負担した社会保険料の累積額は一切記載されておらず、あくまで本人が支払ってきた負担額のみが記載されているので、そのような勘違いが生じるのは無理もない。
■企業は賃下げで負担分を回収しようとする
「社会保険料の労使折半」は折半というだけあって名目的には5:5であり、労働者の負担額の倍額が毎月負担している社会保険料の総額ということになっている。……あくまで“名目上”は、だが。実際のところは、企業にとって社会保険料は人件費(≒法定福利費)であるため、社会保険料の分だけ賃金を下げて労使「折半」の負担分を回収しようとする。ようするに、会社側の社会保障負担分を賃下げによって相殺しているということだ。
これはつまり労働者の視点で見れば「社会保険料は額面で表示されている数字以上に間接的に(ステルスで)負担している」ことと同義である。「5:5の労使折半」というのはあくまで名目上であり、賃下げが行われてきた事情を考慮すれば実質は7:3、あるいは8:2くらいの負担割合になっているかもしれない。
「いやいや、企業側は卑怯じゃないか!」という怒りの声も上がってきそうだが、企業側(使用者)だってそんなことをやりたくてやっているわけではない。社会保障の負担があまりにも重すぎて、雇えば雇うだけ大きな負担を強いられてしまうからこそ、賃下げや雇い控えをせざるを得なかったのである。
■雇い控えと賃下げがもたらす「人余り不況」
今日まで一貫してしかも青天井で増大してきた社会保険料負担は、企業にとって雇い控えや賃下げをもたらし、社会全体に「人余り不況」をつくってきた。「人余り不況」によって労働市場からダブついた低所得層が、その社会保険料が天文学的につぎ込まれた(ことによって大きな雇用のパイがつくられていた)医療・介護業界という「受け皿」に大量に流れ込んだ。
人余りと不況が延々と続いたいわゆる「失われた30年」と呼ばれた期間は、自民党と厚生労働省(旧厚生省)が二人三脚で目指してきた「医療・福祉大国」にとってあまりにも好都合だった。ここになんらかの政治的陰謀や作為があったかどうかは分からないが、そう言いたくなってしまうくらいには世の中の趨勢はかれらの思惑通りに運んでいった。企業の雇い控えによって冷え込んだ実体経済のあおりを受けて、あぶれた労働者が医療・福祉業界に流れていった。
余談だが、2024年末に支給されたボーナスは各社とも大幅な増額に沸いたようだが、皆さんの受け取っている賞与に社会保険料が適用されるようになったのは2000年の法改正(2003年4月施行)の総報酬制の導入からである。これは森内閣~小泉内閣の時期のことで、一般的にはこの時代は「日本における新自由主義の台頭が決定的になった」と振り返られることが多いが、介護保険法の成立も同時期であり、制度的にはむしろ社会主義的な福祉大国に向かうための下準備がおおよそ整った時代だったのだ。
■国民民主党の攻勢に対する「意趣返し」だったのか
さて話を戻すが、冒頭で引用した厚生労働省の「年収156万円未満のパート労働者の社会保険料を会社が肩代わりする仕組み」は、国民民主党が国や政府に向けて根強く要求している「年収の壁(の後ろ倒し)」改革案に対するある種の“意趣返し”的なものと見ることができるだろう。
とはいえ、その意趣返しは端的に言って支離滅裂だ。「社会保険料の負担が発生して手取りが急減する『年収の壁』対策の一環で、働き控えをする人を減らす」とあるが、これまで述べてきたように、社会保険料を企業に肩代わりさせること自体が「雇い控え」を加速させる(≒企業はパートを雇わなくなる)にもかかわらず、労働者の「働き控え」を心配して見せるのは本末転倒だ。
■社会保険料の負担が増えたら企業は雇うのをやめる
「企業の負担を増やしますから、皆さんはたくさん働けますよ!」というのは、どう考えても理屈としておかしい。社会保険料の負担が増えたら企業が雇うのをやめるのが目に見えている。なぜこんなことを言うのだろうか。記事では「企業の負担軽減措置も検討する」とあるが、税金で企業に補助金を出して、補助金を出した分だけ労働者への増税で賄うという、一般生活者への「さらなるステルス負担」でごまかそうという腹積もりなのだろうか。
社会保険料を取り立てるためならなりふり構わず、あの手この手で奇策を打ち出してくる厚生労働省の執念には呆れてしまうが、こうやって実質的に雇い控えを誘発させて労働市場の「人余り」をわざと引き起こして、今後ますます深刻化することが避けられない、医療・福祉業界の人手不足を少しでも緩和したいという意図が含まれているのではないかと陰謀めいたことを勘繰ってしまいたくもなる。
■「高齢者の負担割合の増大」「保険適用対象の厳選」
いずれにしても労働者と使用者で社会保険料の負担の押し付け合いをしていても根本的な解決にはならない。どちらが負担しても労働者の「賃下げ」は発生するからだ。結局のところ、社会保険料の問題は「高齢者の負担割合の増大」と「保険適用対象の厳選」という本丸に切り込まなければどうしようもない。
大元の社会保障予算が減らずに今後も増え続ければ、労働者の表面的・体感的な負担感を減らしたとしてもその分だけ企業への負担が増えるだけだ。企業はその負担をステルスで労働者(賃下げ)や労働市場(雇い控え)に転嫁する。賃下げや雇い控えによって生じたデフレの受け皿は多額の公金によって支えられる医療・介護業界となる。このようなネガティブスパイラルが延々と繰り返されたのが「失われた30年」の実態だった。
根本的な原因をどうにかしないかぎりこのループが延々と続き、なおかつループを周回するごとに状況は急激に悪化していく。現在はおよそ130兆円規模の社会保障費は、今後もなりゆきに任せていけば2040年代には165兆円を超えることが見込まれている。数少なくなった現役世代と企業でこれらを賄っていくのは無理がある。
■問題の本丸は厚労省と自民党
野田毅・元自民党税制調査会長が毎日新聞のインタビューに応じた。財務省のSNS(ネット交流サービス)上で中傷や批判コメントが急増していることについて「日本社会がフェイク(偽情報)にどんどん流されている。そういったものが支配するようになったら、日本は潰れる。むしろ『財務省頑張れ』という声が出るべきだ」と苦言を呈した。野田氏は旧大蔵省出身。
財務省の公式X(ツイッター)は10月の衆院選後、投稿するごとに「やってきたことは国賊そのもの。解体して歴史に幕を閉じましょう」「財政なんか考えるより国民から搾取することを止めて欲しい」など数百から数千件のコメントが殺到している。
毎日新聞「『日本、潰れる』 野田毅元自民党税調会長 財務省SNS中傷に懸念」(2024年12月6日)より引用
いまSNSでは、国民民主党がぶち上げる「年収の壁」の議論をめぐって財務省への怒りの声が殺到しているようだが、これは財務省にとっては少々気の毒に思えなくもない(もっとも財務省が「無謬」とまでは思わないし、かれらはかれらで「増税大国ジャパン」の立役者であることは間違いないのだが)。というのも、とりわけ社会保障費をめぐる問題の本丸はやはり厚生労働省と自民党だからである。
財務省も言われっぱなしにならず「いま起こっている問題の根本は俺たちのせいじゃなく、厚生労働省が始めた物語なんだから苦情はそっちに言ってくれよ」と異議申し立てする権利くらいはあるだろう。
■社会保障費に手をつけなければ解決しない
繰り返し述べるが、大元の社会保障費にいっさい手をつけず、労働者の負担を(企業側の負担を増やす形で)表面的に見えなくしても、問題が消え去るわけではない。むしろ企業側は負担を増やされたらそのぶん労働者にひそかに転嫁する方法を持っている。そういう「裏技」が使えないタイプの業種の中小企業(飲食業とか小規模工場など)はあえなく倒産するしかなくなるだろう。
それは一般的な労働生活者(≒この国の大多数の一般市民)にとっては巡り巡ってデメリットとして降りかかる。朝三暮四とはまさにこのことで、「こいつらは労使折半のことなんかなんも知らないから大丈夫だろう」と舐めてかかっているに等しい。
幸福実現党に正論を言われる体たらくでどうするのかと呆れてしまうのだが、しかし見方を変えれば、見る人が見ればこんなツッコミどころ満載の奇策を弄してでも「社会保障予算」を守りたいという危機感の裏返しであるということもできるだろう。
令和の日本の最大の争点は間違いなくここにあるのだ。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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