こんなに理不尽なことが許されるのか…「890億円の違約金は不可避」日本製鉄が米国で悪魔扱いされるゲスな真相
プレジデントオンライン / 2025年1月16日 18時15分
■なぜこんな理不尽な仕打ちを受けるのか
「日本は邪悪だ。日本は注意しろ!」
「お前たちは身の程知らずだ! (米国に完敗した)1945年以来、何も学んでいない」
「我々の血を吸うのはやめろ。我々はアメリカ人だ。我々はアメリカを愛している」
米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのロレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は1月13日の記者会見で、米国旗を掴みながら、日本と日本人を挑発した。
米鉄鋼大手ユナイテッド・ステーツ・スチール(USスチール)をめぐる買収競争のライバルである日本製鉄に対する非難が、いつの間にか日本の国そのもの、日本人に対する蔑みになって吐き出されていた。
日本製鉄側から見れば、正当な手続きに従って成立するはずだったディールをライバルの政治的な企みで阻止され、さらに違約金が900億円近くも発生し、その上に悪者扱いされて踏んだり蹴ったりである。
ゴンカルベス氏はさらに、日本製鉄の橋本英二会長兼CEOの「全財産や家、クルマ、さらに(本当に飼っているかは不明だが)ペットの犬まで奪ってやる」と発言をエスカレートさせている。
なぜ、このような理不尽なことを言われなければならないのか。なぜこのような事態になったのか。
■救いの手を差し伸べたのに
過去の米国の偉大さや繁栄を象徴していたUSスチール。だが、日本や中国、韓国、インドや欧州のメーカーとの競争に勝てず、さらにグローバル化の波に飲まれた。設備は老朽化する一方で技術革新に投資する余力もなくなり、すっかり衰退する米国のシンボルになってしまった。
その斜陽のUSスチールに救済の手を差し伸べたのが、わが国の日本製鉄だ。
USスチール買収のライバルであったクリフスのオファー(買収価格)が70億ドル(約1兆1050億円)であったのに対し、日本製鉄はさらに40%ものプレミアを付け、149億ドル(約2兆3500億円)を超える金額を提示。
それだけではない。USスチールの従業員に「買収ボーナス」として1人当たり5000ドル(約79万円)を支払うとまで表明していた。追加投資を表明した分も含めると、買収総額は170億ドル(約2兆7000億円)近くに達した。
この買収の結果、粗鋼生産量で世界第3位の巨大日米連合が誕生するはずであった。米国衰退の象徴であったUSスチールが日本製鉄の最先端技術で競争力を取り戻し、中国メーカーによる世界市場支配に立ち向かうことで、米国の国家安全保障も強化され、ウィン=ウィンとなるはずであった。
■ライバル企業と労組幹部の「共謀」
ところが、それを快く思わなかったのが、日本製鉄に競り負けたクリフスのCEOを務めるブラジル出身の帰化米国人であるゴンカルベス氏(66)だ。
2014年から同社のトップとして君臨し、業界団体である米国鉄鋼協会の会長も務めるゴンカルベスCEOだが、日本製鉄の訴状によれば、クリフスの中西部オハイオ州クリーブランド製鉄所に所属する全米鉄鋼労働者組合(USW)のデイビッド・マッコール会長(73)と共謀し、買収を反競争的かつ不法に妨害したとされる。
後述のように、当事者であるUSスチールの組合員が圧倒的に日本製鉄による買収に賛成しているにもかかわらず、マッコール会長はM&Aを阻止した。それにより、自身が代表する鉄鋼労組全体ではなく、勤務先であるクリフスや自分の「ボス」であるゴンカルベスCEOの利益になるように行動した利益相反のフシがあるのだ。
■「国家安全保障上の懸念」発言の真相
具体的には、バイデン大統領が2024年4月17日に東部ペンシルベニア州ピッツバーグのUSW本部を訪問した際、バイデン大統領に対し買収阻止を要請。なおUSWはマッコール会長の指導の下、その1カ月前に大統領選でバイデン候補支持を発表して恩を売っていた。
一方、大統領選挙で「米国第一主義」をスローガンに有利な戦いを展開していた共和党のトランプ候補への対抗上、USWの組織票をマッコール会長から贈られた民主党のバイデン候補は、同氏に恩返しをする必要があった。そのため、USW本部で「日本製鉄による買収阻止を保証する」と演説したのだ。
さらに、大統領選で民主党が敗北した後も、自身がペンシルベニア州東部の鉄鋼や炭鉱の街スクラントンで生まれ育ったこと、買収阻止を選挙で公約したこと、さらに労働組合のために尽くした大統領としてのレガシー(遺産)を残したかったのか、1月3日に国家安全保障上の懸念を理由に日本製鉄による合併買収計画の禁止命令を出したわけだ。
しかし、その経緯を見れば、当事者であるUSスチールの組合員の利益を無視して、ゴンカルベスCEOやマッコール会長が自社クリフスのために、米国鉄鋼協会やUSWの幹部の立場を利用して、利益相反と取られかねない「阻止運動」を展開していたことがわかる。
■政権の「買収禁止命令」が覆る望みは薄い
バイデン大統領が1月3日に、国家安全保障上の懸念を理由に禁止命令を出した日本製鉄によるUSスチールの合併買収提案。30日以内に計画を完全かつ永久に放棄するよう求める内容だった。
だが、日本製鉄とUSスチールが決定を不当として大統領と、買収を審査した対米外国投資委員会(CFIUS※)を提訴。1月12日には訴えられたCFIUSが、一転して買収破棄期限を6月18日まで延長して時間的猶予を日本製鉄に与えた。恐らく日本側の強い反発に驚いたからであろう。
※編集部註:対米外国投資委員会(The Committee on Foreign Investments in the United States)の略称。米国への外国からの投資が安全保障に脅威をもたらすかどうかを審査する省庁横断の委員会。
だが、安全保障を理由にした行政の介入に関しては、司法があえて覆さない傾向がある。さらに、民主党のバイデン大統領の後任となる共和党のトランプ次期大統領も買収阻止に関しては一致している。
こうした中、審査を引き継ぐことになるトランプ次期政権は、「大どんでん返し」で買収を認めるのか。
そもそも大統領選でバイデン候補よりも先に買収阻止を公約にした「言い出しっぺ」がトランプ候補であったことに鑑みれば、望みはほとんどないだろう。
■過失がなくても違約金は発生する
また、理不尽ではあるが、買収失敗の補償として日本製鉄が、クリフスの将来の買収対象になる可能性のあるUSスチールに5億6500万ドル(約890億円)の違約金を支払うことも避けられないだろう。巨額の違約金が宿敵クリフスに渡る可能性がある。
この点に関しては、ブルームバーグなど米メディアは「規定事実」として扱っている。政府によって取引が阻止されたという理解できる事情があるにせよ、契約は契約であるからだ。
対米外国投資を専門分野とする弁護士のクリスティーン・レイシアック氏、ブライアン・ライサウス氏、コリン・コステロ氏などは1月5日付のリーガル分析で、「CFIUSによる予測不能の審査結果を想定に入れておくべきだ」と助言。
さらに、大統領やCFIUSの決断が事実や法に基づかないものであっても、覆せないと解説。事実、バイデン大統領の禁止命令は、日本製鉄による買収が「米国の国家安全保障と重要なサプライチェーンにリスクをもたらす」という「信頼に足る証拠」があるとするが、具体的な根拠は示していない。
その上でレイシアック氏らは、「契約の当事者は違約金条項に同意する前に、慎重に考慮をすべきだ」と結論付けている。残念ながら、日本製鉄は早くあきらめたほうがよさそうだ。
■「日本製鉄と一緒になりたい」が圧倒的多数
最後に、今回の買収禁止騒動で日本製鉄とともに、「敗者」となったUSスチールの従業員について見てみよう。
USスチールのお膝元ピッツバーグの地元局や地元紙の報道を見る限り、同社の従業員は組合員も非組合員も、圧倒的多数が「日本製鉄と一緒になりたい」と考えているように見える。また、その願いは、少なくともローカルレベルでは正確に報道されている。
USスチールのモンバレー製鉄所内クレアトン工場で働くクリス・ディパーナ氏は、地元CBS系列テレビ局KDKAの12月のインタビューで、「バイデン大統領、チャンスを与えてください」とホワイトハウスに向けて訴えかけた。別の従業員であるアンドリュー・メイシー氏も、「大統領、われわれは是が非でも、この案件を通してもらいたいのです」と語った。
一方、エドガー・トンプソン工場で26年勤務してきた発電系統責任者であるグレン・トーマス氏は地元FMラジオ局WESAに対し、「ここの熱間圧延機は入れ替えか完全な新造が絶対に必要なんです。高炉にも投資が必要だ」と述べ、日本製鉄の買収が希望だとした。
USスチールのモンバレー製鉄所副社長を務めるカート・バーシック氏は、「ワシントンの指導者たちは、この労働者たちの声こそ傾聴すべきなのです。(ここピッツバーグの)USW本部の(高層)12階にいる(マッコール会長のような)クリフス・ファンクラブの連中ではなく、ですよ!」と語気を強める。
■友人7人が失職し自殺…地元政治家の憤り
また、USスチール勤務でない地元の有力者も、買収計画の重要性を理解している。
ピッツバーグの南東に位置する人口約2万人の街ウェストミフリンの市長を務めるクリス・ケリー氏(70)は、「政治より人が大事だ」として、日本製鉄の買収提案を支持している。
ケリー氏は民主党員だが、民主党も共和党も政治家が「人」を見ていないと憤っている。同氏は、市長になる前に警察官として1973年から35年間、その内20年を署長として勤め上げた。
その間に、製鉄所勤務の7人の高校時代の元同級生が、拳銃あるいは薬物の過剰摂取(オーバードーズ)で自殺した案件を処理するという、痛ましい体験をしてきた。USスチールが日本との競争に負け、ピッツバーグ近郊で工場が閉鎖された時期だ。
自殺した友人たちは、みな同様に職を失い、そのためにクルマを失い、ついに持ち家を差し押さえで失い、結婚が崩壊して家族が離散、麻薬乱用などに走って、最後には自殺に至ったのだという。
そして今、日本製鉄の買収案件が阻止され、また人々が失業し、悲劇が繰り返されるのを見たくないのだという。
■米政治家・メディアは、「人」の視点が欠けている
ケリー市長には恐らく、言わずに飲み込んでいる対日感情があるはずだ。自殺した元同級生たちの失業の遠因は、日本製鉄の前身である新日本製鉄などわが国のメーカーが対米鉄鋼輸出攻勢を仕掛けたことが大きいからだ。
それでも市長は、「USスチール従業員の80~90%という圧倒的多数が、日本製鉄による買収を支持している」と明言。人々の生活が一番大切という信念から、グローバルな競争力のある日本製鉄の買収によるUSスチールの救済を支持している。
現実は、単純ではなく極めて複雑だ。その複雑さを理解して、市民のために買収案件を通す必要があると発信するのがケリー市長であり、反対に単純化して自社の利益にしようとするのが、「われわれ米国人の血を吸うな」発言ですっかり有名になったクリフスのゴンカルベスCEOではないだろうか。
複雑な事情を理解せず、当事者の声を反映しない全米レベルのメディア報道や、連邦レベルの政治家の言説も問題である。「米国の国家安全保障」の錦の御旗のために、現場の労働者によるボトムアップの声がかき消されているからだ。
メディアも政治家も、労組のエリート幹部ではなく、もっと労働者や地元民の声を聴くべきではないだろうか。
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在米ジャーナリスト
米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。
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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)
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