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「今年行くべき世界の都市」になぜ富山がランクインしたのか…選ばれた当事者が困惑を隠せないワケ

プレジデントオンライン / 2025年1月18日 9時15分

1200メートルの深さを誇る富山湾の水温は何層かに分かれており、それによって日本でも有数の海産物の宝庫が生まれたという。海の幸を食すことは、富山滞在中の必須課題だ。 - 筆者撮影

年初のニューヨークタイムズで「2025年に行くべき52の都市」が発表され、富山市が30位に選出された。日本のニュースや情報番組でもこの快挙はすぐに取り上げられたが、なぜ富山が選ばれたのか。国内外で「食」の最前線に身を置く食のディレクター山口繭子さんが、本当の魅力を解説する――。

■「今年行くべき52の都市」に突如ランクイン

年明け早々、ニューヨークタイムズがあるランキングガイドを公開した。「2025年に訪れるべき52の都市」というもので、毎年発表されているトラベルランキングだ。1年は52週あるので、1週間ごとに1都市を訪問してはということらしい(ちょっと無理があると思うけど)。

今回、日本からは2つの都市がランクインし、30位に富山、38位には大阪が入った。この結果についてはすぐに多くの日本のメディアで紹介され、大阪については今年の万博や再開発エリアの魅力が理由だろうとさらりと解説されていた。

筆者が語りたいのは、富山についてだ。ニューヨークタイムズ側では選出理由として「地元で長く親しまれてきた美術館や伝統行事、個性にあふれた飲食店の存在」を挙げており、富山の隠れた魅力に着眼した結果のセレクトのようだ。

日本ではどのメディアも「なぜ富山が?」というサプライズの感情を隠さずに紹介していて、その考察として、旅行の専門家などの有識者が「海産物と美酒が楽しめるエリアだから」「とにかく自然と景色が素晴らしい」「東京からも関西からも行きやすい」「人々の優しさに癒やされる街」と口々にこの北陸の小都市を褒め称えていた。しかしここで筆者は多少の疑問を感じた。これらは富山に限った話ではないのでは? と。

印象に残ったのは、今回の記事で取り上げられた飲食店の店主(小さな喫茶店や隠れ家のようなワインバーが、突如世界的に有名な新聞記事に掲載されてしまったのだ)や街を行き交う地元の方々が一様に「なんでうちが選ばれたんですかね?」「うれしいけど、なんかピンときませんね」と、少々困惑気味にも見える表情だったことだ。

突如として今年訪れるべき都市の30位に選出された富山。JR富山駅から歩いていくこともできる、富岩運河環水公園のほとりに建つスターバックスは「世界一美しいスタバ」として知られる。
筆者撮影
突如として今年訪れるべき都市の30位に選出された富山。JR富山駅から歩いていくこともできる、富岩運河環水公園のほとりに建つスターバックスは「世界一美しいスタバ」として知られる。 - 筆者撮影

■人はなぜ富山に向かうのか

そういう筆者も昨年だけで4回、富山を訪れている。その前年も3回。私は食関係のディレクションを生業(なりわい)にしており、仕事でローカル都市を訪れることも多い。が、富山に関してはほとんどがプライベートの旅だ。そして目的はといえば、食べる&飲む、これ一択。

海の幸と日本酒に舌鼓を打つことは多いけれど、イノベーティブなレストランから雑居ビル内のワインバー、老舗のもつ煮込みうどん店や町中華、駅ナカの回転寿司店、朝7時から営業する古い喫茶店まで、あらゆる店にふらふらと吸い寄せられている。そしてそれらの店では、旅人だからという理由で大仰な郷土料理を食すのではなく、地元の方々が日常の中で召し上がるものや、料理人によって新たに再構築された土地の味わいを楽しむのが常だ。

駅ナカの人気鮨店「すし玉」の富山5貫盛りと白海老の唐揚げ。これだけでも十分に富山の幸を堪能できる。
筆者撮影
駅ナカの人気鮨店「すし玉」の富山5貫盛りと白海老の唐揚げ。これでだけでも十分に富山の幸を堪能できる。 - 筆者撮影

■ツーリストにまったく媚びていない

ニューヨークタイムズの記事では、富山市内の電車マニア御用達喫茶店や渋いワインバーが例として挙げられていた。選者のクレイグ・モド記者のおすすめ店と私がこれまでに行った場所は富山市ガラス美術館以外かぶっていないが、インタビューに応じた氏が「私はB面が好きな性格なのです」と答えており、「富山=B面」とするのはいささか失礼にも思えて心から賛同はしないものの、なんとなく気持ちはわかる。

誤解を恐れずに私なりの解釈を申し上げると、富山という町はツーリスト至上主義ではなく特別視もしていない。ゆるキャラだB級グルメだといった観光戦略で無理やり勝負することもなかったし(あったかもしれないが、幸か不幸かそこまで効力を発揮していない)、過度なインバウンド対策もラグジュアリーな外資系ホテルもなく、どこに行っても適度にすいている。

富山は、旅人に媚びていないのだ。そこがいいのだ。

■“富山詣で”をする世界のフーディーの目的は

「媚びない富山」を最も感じさせてくれるものは、この町の食にある。それを物語るのがここ数年増え続けている、富山ラブな“フーディー”(おいしいものを求めて世界中のレストランを巡り歩いている美食家のこと)と、それに呼応するかのように魅力を増しているユニークな飲食店の数々だ。

筆者の周りをざっと見渡しただけでも、富山に足繁く通い詰める食の猛者たちが大勢いる。星付きレストランのシェフや料理人、ワイン関係者やバーの経営者、飲食店アプリを運営する事業家や世界中を忙しく飛び回る台湾人フーディーまで、彼らは“富山詣で”を止めない。東京や京都、金沢で名店を食べ歩く人々が、次回の富山計画について嬉々として教えてくれたりする。

実際問題、東京で会う知人とレストラン情報を語り合う際にも、当然のように富山の店の名前が出るようになったが、今やそこに驚きは感じない。前出の台湾人フーディーは「東岩瀬(富山市北部にある旧市街)の通りで好きな店は、『御料理ふじ居』。特に蟹の季節ね!」と鼻息が荒いし、予約困難となったイノベーティブレストラン「L’évo(レヴォ)」に、予約を持つ友人がいないか探っているありさまだ。

富山県を代表する酒蔵の一つ「桝田酒造店」。満寿泉は都内の星付きフレンチレストランでも登場する人気の日本酒だ。
著者提供
富山県を代表する酒蔵の一つ「桝田酒造店」。満寿泉は都内の星付きフレンチレストランでも登場する人気の日本酒だ。 - 著者提供

■レストランランキングにも掲載多数

富山のレストランは権威ある飲食ランキングでも注目を集めており、例えば前出の「L’évo」は2024年度のレストランランキング「アジアのベストレストラン50」で67位につけた。南砺市の利賀村という山間部に居を構え、富山駅からでも車で1時間半はかかるという立地ながら、世界の食通が訪れていることをこの結果が物語っている。

『ミシュランガイド』でも、2021年に発行された北陸版では、金沢や能登を擁する石川県に次いで、富山県からは104軒が掲載された。

徒歩10分ほどで行き来ができる、東岩瀬の通りには6軒のミシュランガイド掲載店がひしめき、“密度の濃さ”でいえばおそらく世界的にも珍しいエリアではないか。だが、ひっそりと静かな東岩瀬の町を歩いていても、そんな様子は微塵も感じられないのがなんとも不思議だ。

夕暮れの東岩瀬を歩く。この界隈だけで6軒のミシュラン掲載店を有するが、町の静けさはそんな華やぎも包み隠しているようだ。
著者撮影
夕暮れの東岩瀬を歩く。この界隈だけで6軒のミシュラン掲載店を有するが、町の静けさはそんな華やぎも包み隠しているようだ。 - 著者撮影

■筆者が衝撃を受けた富山グルメ

私が富山で強烈なインパクトを受けた店は多々あるが、中でも東岩瀬の蕎麦店「くちいわ」や、魚料理の店「ねんじり亭」では、脳内をびかっと照らすスパークが見えたかのような感動があった。料理の提供スタイルや食材との向き合い方は両店とも非常にユニークで、富山にしかないというよりはそこにしかない唯一無二のスタイルに思える。共に温かい店だけれど客に必要以上におもねったりはしない。旅人であるこちらは心地よい緊張感を持ち、目の前で繰り広げられる初めての食体験を堪能し尽くした。

東岩瀬にある「くちいわ」の蕎麦。ただ「おいしい」を通り越して、この日の食事は忘れられない体験となった。
筆者撮影
東岩瀬にある「くちいわ」の蕎麦。ただ「おいしい」を通り越して、この日の食事は忘れられない体験となった。 - 筆者撮影

一方、高級店以外にも「ここだけの魅力」が詰まった店は多く、昨年末に訪れた町中華「柳の下 末広軒」などは、澄み切ったラーメンスープの品の良さに驚いて3日間の滞在中に二度行った。有名な“富山ブラックラーメン”はしょっぱすぎて……という人には、この店の懐石料理のように優しい中華そばをおすすめしたい。1杯600円という低価格は、もはや理解に苦しむほどだ。

「柳の下 末広軒」のワンタン麺。ごく普通の見た目ながら、味わいの奥深さに感動する。11時の開店後ほどなくして店は地元の方々と思しき客でいっぱいになった。
筆者撮影
「柳の下 末広軒」のワンタン麺。ごく普通の見た目ながら、味わいの奥深さに感動する。11時の開店後ほどなくして店は地元の方々と思しき客でいっぱいになった。 - 筆者撮影

■料理の“映え”は二の次、三の次

そして、高級店でもカジュアルな店にも共通しているのが、その店がそこに存在する必然性を素直に感じさせてくれるところ。いわゆる“映え”の料理ではなく、店主によって考え抜かれた合理性とそれゆえの美しさがある。昨今、海産物が名物というわけでもない古都の有名な市場に華やかな寿司店が登場しており、盛大に写真を撮りつつ食べ歩きする外国人ツーリストをテレビで見た時は悲しかった。なぜなら、そこには土地に宿る宝物を伝えたいという心がない。

富山はその逆だ。計算ずくのツーリズム革命が起こっていないからかもしれないが、少なくともこの町の飲食店は無理をしていない。素直に成長を続け、年に数度しかやってこない客に媚びたりしない素敵なあんばいで営まれている。そしてそんなスタイルだからこそ、本質的な何かを求めてやってくる海外の旅人からも支持されていると言える。我々食いしん坊は、ただありがたくそれを享受するのみだ。「この先も変わらないでね」と願いつつ。

■誰のために町はある?

今回のニューヨークタイムズの記事を読んだ際、以前取材でお世話になった富山の老舗酒蔵の方の話を思い出した。非常にパワフルな方で、日本に限らず世界中のいいもの、いい場所、一流を知る粋人であることが、少し話しただけでも伝わってくるような人。彼が地元にもたらした影響力は相当だと思うのだけれど、そんなことは何も意識せずに、ただひたすら「富山にあればいいなと思うもの」を一つずつ実現させるベく奔走を続けている。

その方が言ったのだ。

「本音を言えば、世界中から大勢の人に富山に来ていただきたいとか思ってない。来たい人だけ来ればいい。私は、ここに暮らす我々にとって町が魅力的になればいいと思っているんです」と。

それを聞いた時に、真理だと感じた。同時に、そんな思いによって紡がれてきた町だからこそ富山の飲食店の魅力は広く讃えられるようになり、私たちはそんな富山に賞賛を贈りたい気持ちでここに来てしまうんではないだろうか。

寒ぶりにホタルイカ、白エビといった富山固有の海の幸がある。県内のちょっと見晴らしの良い場所に上がれば彼方に雪を抱いた立山連峰が見える。日本酒はもちろん、日本ワインでも通を唸らせるような人気のワインがお目見えしている。老舗の居酒屋があれば、世界のレストランガイドに登場するイノベーティブ店もある。

「Amazing Toyama」はこの町の至るところで見かけるキャッチフレーズだ。だが、最もアメイジングだよと思うのは、トレンドや外部の第三者に簡単には迎合しない、富山の静かなプライドなのではないか。……それを確かめるという訪問理由ができた。万歳だ。また近々訪れてみたいと思う。

富山市の中心を流れる松川沿いの桜。「県内屈指の桜名所」というが、昨春、筆者は人っ子一人いない映画のワンシーンのような桜吹雪を堪能させてもらった。
筆者撮影
富山市の中心を流れる松川沿いの桜。「県内屈指の桜名所」というが、昨春、筆者は人っ子一人いない映画のワンシーンのような桜吹雪を堪能させてもらった。 - 筆者撮影

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山口 繭子(やまぐち・まゆこ)
食のディレクター
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。主に飲食店やホテル、食に関するプロジェクトのディレクションや執筆活動を行う。訪れた飲食店や食した料理などについてはSNSで発信を続けている。著書に自身の朝食トーストをまとめた『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)がある。

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(食のディレクター 山口 繭子)

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