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NHK大河ドラマでは主役をしのぐ存在感…吉原の伝説の花魁「花の井」の史実に残る波乱すぎる生涯

プレジデントオンライン / 2025年1月19日 9時15分

コカ・コーラ「やかんの麦茶」の巨大やかんカー全国キャラバン出発式に登壇した小芝風花さん(=2024年7月18日、東京都台東区) - 写真=時事通信フォト

吉原の伝説の遊女、花の井とはどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「吉原遊郭の中でも一番格上の女郎屋である松葉屋の遊女となり、五代目瀬川の名跡を継いだ。彼女の波瀾万丈の生き様は江戸中の注目を集めた」という――。

■あの平賀源内の心をとらえた花魁・花の井の正体

吉原の花魁である花の井を演じる小芝風花の演技に注目が集まっている。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。実際、気高さとはかなさが絶妙にバランスされた花の井像は、往時のトップの花魁を思わせる。

第2回「吉原細見『嗚呼御江戸』」(1月12日放送)では、彼女の男装も楽しめた。この回は、吉原のガイドブックである「吉原細見(さいけん)」に工夫を凝らしたいと願う蔦屋重三郎(横浜流星)が、その序文を平賀源内(安田顕)に依頼することを思いつき、それを実現するまでが描かれた。

蔦重に連れられて吉原にきた源内は、「ここには瀬川はいないのか」と聞いた。吉原で「瀬川」といえば、吉原中でもとりわけ格が高かった松葉屋の看板遊女の名跡だが、このときは空席だった。源内が言うのはその瀬川だと、周囲が思い込んだのはもちろんだが、そうでないと見抜いたのが花の井だった。

源内は男色で有名で、彼にとっての「瀬川」とは、すでに世を去っていた歌舞伎役者の二代目瀬川菊之丞だった。そこで瀬川は、男装で源内の前に現れて「わっちでよければ瀬川とお呼びください」と伝え、源内の心をとらえたのである。

■歴代の「瀬川」の短い生涯

この花の井は歴史上に実在した人物で、のちに前述の瀬川の名跡を継いだため、「五代目瀬川」と呼称される。この瀬川、初代から九代目までが伝えられている。

享保年間(1716~36)に名を馳せた初代瀬川は医者の娘で、武士に嫁いだが、夫が盗賊に殺害されたために遊女に身をやつしたという。その後、夫の敵討ちを見事に成し遂げたのち、尼になったといわれるが、そのあたりは史実であるかどうか定かではない。

著名な四代目が活躍したのは、ちょうど蔦屋重三郎の幼少期、つまり宝暦年間(1751~64)だった。下総(千葉県北部と茨城県南西部)の農民の生まれで、大変な才色兼備であったと伝わる。美貌が群を抜いていたのはもちろんのこと、三味線、浄瑠璃、笛太鼓、舞踊から、茶の湯、和歌、俳諧、果ては囲碁にすごろく、それに蹴鞠まで、まさになんでも来いという才女だったという。文才にもすぐれ、書も美しかった。

【図版】喜多川歌磨による「松葉屋内喜瀬川」
喜多川歌磨による「松葉屋内喜瀬川」 出典=国立国会図書館デジタルコレクションより。(東京国立博物館 研究情報アーカイブズ)

そんな魅惑的な女性だっただけに、身請けをしたいという男性が引きも切らなかったという。結局、豪商の江市屋宗助に身請けされ、両国近辺に囲われたとされるが、三十路を迎える前に命を落としたようだ。

■遊女たちが罹患した不治の病

しかし、吉原の遊女としては、四代目瀬川がとくに短命だったというわけではない。吉原など江戸の廓の裏側を実地調査した歴史学者、西山松之助の著書『くるわ』には、「投げ込み寺」として知られた浄閑寺の過去帳によれば、この寺に遺体が運ばれた遊女の享年の平均は22.7歳だった、と記されている。

もっとも、これは遊女として亡くなった人の平均であり、「苦界十年」といわれた年季が明けたり、身請けされたりしたのちに、長生きした例はふくまれていない。だが、そうであっても、若死にがあまりに多かった吉原の遊女の、過酷な状況が伝わってくる。

原因のひとつが、戦国時代に西洋から輸入された梅毒だった。江戸時代には「瘡」「瘡毒」など呼ばれて全国区の病となり、都市の遊郭では感染して当然というほどポピュラーになっていた。病が進行すると、よく知られるのは「鼻欠」「鼻腐」、すなわち鼻周辺にゴム腫ができ、骨や皮膚の組織が壊れて鼻が削げてしまう、という症状だが、さらに進行すると、心臓や血管などに感染症が広がり、やがて死にいたった。

『解体新書』で知られる杉田玄白は、患者の7~8割は梅毒だと語っていたという(鈴木隆雄著『骨から見た日本人』講談社学術文庫)。しかも当時の梅毒は不治の病で、それにもかかわらず、遊女たちは感染リスクがきわめて高い仕事を、過酷な生活スケジュールで免疫力を下げながらこなしていたのである。

■蔦重と同世代の花魁だった

さて、「べらぼう」で小芝風花が演じる花の井も、松葉屋の遊女となり、のちに五代目瀬川の名跡を継ぐが、その前半生についてはわかっていない。ただ、五代目瀬川の名跡を名乗ったのは安永4年(1775)で、仮にそのとき20歳だとすれば、寛延3年(1750)生まれの蔦重の少し年下ということになる。

いずれにせよ、蔦屋重三郎と同世代であったことはまちがいないため、「べらぼう」では蔦重の幼馴染として描かれている。五代目瀬川を名乗ってからは、吉原を代表する花魁として江戸中にその名が知られることになった。

ところで、高級遊女の代名詞として知られる「花魁」だが、その言葉が使われるようになったのは意外と遅く、まさに蔦重が吉原で成長し、花の井が働きはじめた明和(1764~72)のころからである。

初期の吉原は最高位が「太夫」、続いて「格子女郎」「局女郎」という位があり、こうした遊女と遊ぶためには莫大な金がかかり、支払うことができたのは大名や上級武士など、ごく一握りにかぎられた。ところが、17世紀後半以降、岡場所(幕府非公認の私娼街)の摘発などによって、安価に遊べる遊女が吉原に流入。町人や下級武士も吉原に通えるようになって、一時は吉原全体がにぎわったが、その後、岡場所がふたたびにぎわうのに反比例して吉原から客足が遠のいた。

「べらぼう」でも吉原の不振が描かれているが、実際、蔦重の幼少期にあたる宝暦のころに「太夫」の名が、続いて「格子女郎」の名も消滅。代わって最高位の遊女とされたのが花魁だった。高下駄を履いて、外八文字にゆっくり歩くあの「道中」が見られるようになったのも、江戸時代後期からである。

■1億8000万円で身請けされた

五代目瀬川に戻ろう。安永4年(1775)に名跡を継ぐと、その年の暮れには鳥山検校(けんぎょう)という人物に身請けされ、世間の大きな注目を浴びている。というのも、身請けのために1400両もの金額が投じられたからである。時期にもよるが、1両はおおむね10万円から15万円であったと考えられる。仮に13万円とすると1億8200万円である。

一人の女性を身請けするために、これほどの金額をポンッと払えた鳥山検校とは、いったい何者なのか。一言でいえば盲目の高利貸しだが、じつは当時、盲目の金持ちが吉原に次々とやってきては高級遊女を買い上げ、世間を騒がせていた。

このころ幕府が、盲人保護の一環として「座頭」と呼ばれた盲目の人たちに、高利での貸し付け(「座頭金」と呼ばれた)を許したからだった。結果、彼らの多くが盲人の伝統的職業であったあんまや鍼術で得た金を元手に高利貸しをいそしみ、利益を上げては吉原で遊ぶことになったのである。

こうして五代目瀬川は、吉原からの落籍(身請け金を支払ってもらって自由になること)を果たした。この鳥山検校なる男、その後もかなり豪勢な生活を送ったと伝わるが、瀬川を身請けしてから3年後の安永7年(1778)に没落する。この年、悪辣な高利貸しが摘発され、鳥山検校も全財産を没収されたうえで江戸から追放されてしまった。

■花の井の最後

その後の五代目瀬川については定かではない。没年もわからないが、武士の妻になった、あるいは大工の妻になった、という話が一部に記されている。

五代目瀬川の名がいまに伝わったのは、高額での身請けが話題を呼んだのに加え、戯作者の田螺金魚(たにし・きんぎょ)によって、彼女のエピソードが脚色されたからでもある。安永7年(1778)に刊行された洒落本(遊郭での遊女と客の駆け引きなどを描写した戯作文学)の『契情買(けいせいかい)虎ノ巻』で、田螺は鳥山検校による五代目瀬川身請けを題材に、空想をめぐらせてエピソードをつくり上げた。

契情買虎ノ巻に描かれた挿絵
契情買虎ノ巻に描かれた挿絵 出典=『契情買虎ノ巻』(京都大学附属図書館所蔵)

小芝風花の演技がすばらしいだけに、「べらぼう」の花の井には、『契情買虎ノ巻』を上回るすばらしい描写で、花の井をリアルに描いてほしいと願わずにいられない。

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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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