マッチング費用は200万円、一番人気は0歳の女の子…年間700件が成立する「特別養子縁組」のリアル
プレジデントオンライン / 2025年2月1日 7時15分
※本稿は、安部敏樹『みんながんばってるのになんで世の中「問題だらけ」なの? 知識ゼロからの社会課題入門』(NewsPicksパブリッシング)の一部を再編集したものです。
以下は、安部さんと「おば」(架空のキャラクター)との会話の一部である。
■親に頼れない子どもたちの暮らし方
【おば】親に頼れない子どもたちはさ、行き先としては施設しかないの? ほら……「赤毛のアン」みたいに養子になるとか、里親とかあるんじゃないの?
【安部】里親も養子の制度もあるよ。今の日本の社会的養護の子どもたちの約8割は施設で育ってるけど、国はより家庭的な環境で育てるように、里親や特別養子縁組を増やしていく目標を立ててはいる。子どもたちはあくまで、里親の家で一緒に暮らすので、施設より、一般的な家庭と同じ環境で育つことができるよね。
【おば】家庭に入るってことは、そこでずっと暮らせるの?
【安部】親権は実親が持っているので、短ければ数日、長ければ10年以上。預かる期間はさまざまだね。ただ、里親も国の制度で養育費などが支給されるのは18歳まで。
条件によっては最長20歳までだけど、そこからは里親と子ども、個人同士の関係性になる。ただ、施設よりは一対一の関係性が築けるから、「18歳になったら出ていけ」、とはなりにくい面もある。「就職が決まるまではいていいよ」とかさ。
【おば】たしかに。国からお金ももらえるんだね。
【安部】うん。里親も施設と同じで、戦前から、身寄りのない子どもを家庭に迎え入れて家族同然に育ててきたものを、国が後から制度にしていったんだよね。
■里親になりたいと思ったら
【おば】里親になりたいと思ったらどうすればいいの? たとえばの話、私が「行くとこないならうちにおいでよ」みたいなテンションで里親はできないわけでしょう?
【安部】さすがにそういう軽いテンションではできないね。里親になりたいと思ったら、児相に行って、面接や家庭訪問、研修を受けて里親認定をもらわなきゃいけない。逆に言えば、認定さえもらえればおばちゃんでもできる。認定をもらうには一定の条件があるんだけど、里親を増やすために、東京などを中心にだいぶ緩和されてきているんだよね。
【おば】そうなんだ。どんな条件?
■共働きでも独身でも里親にはなれる
【安部】自治体にもよるけど、収入や健康状態、家の広さとか「子どもが育つのに適切な環境か」っていう観点の条件があって。これまでは夫婦どちらかが育児に専念しなきゃいけなかったんだけど、今は共働きでも独身でも、子どもが育つ環境が整っていればできるようになった。
【おば】夫婦で、かつどちらかが育児に専念しないといけないなんて、かなりハードル高いもんね。
【安部】緩和はされたんだけど、里親家庭に来るのはやっぱり虐待を受けてたり、親から引き離されたりしてなんらかの傷がある子どもたちだからさ。自尊心が低くて、「この人は信頼できる大人なのか」って試すような行動をしたり、赤ちゃんみたいに甘えたりすることもある。実際、そういう問題行動に里親が対応できず、施設に返されちゃう子もいて。それくらい大変ではあるから、誰でも簡単にできるってわけじゃないんだよね。
【おば】たしかに、気軽にできるもんじゃないか……。すごいな、里親やってる人。
【安部】だから現状は、ビッグマザー的なドーンと構えた、人間の度量がデカイ人たちが中心にやっている感じなんだよ。でもそれじゃあ全然足りないから、条件を緩和してもっとハードルを低くしたと。
【おば】でもなかなかビッグマザーにはなれないし、虐待を受けてきた子どもを預かることのハードルはけっきょく高くない?
【安部】だから、担い手を増やしていくために、里親家庭が孤立しないような支援をしていくフォスタリング機関(里親養育包括支援機関)ができたんだよね。
■「特別養子縁組」が生まれた背景
【おば】ちょっと前に観た映画で、長年不妊治療をした夫婦が養子を迎えるっていうのがあったんだけど。実際に養子を迎えている人たちもいるんだよね?
【安部】「特別養子縁組」って制度があるよ。生みの親と親子関係を絶って、育ての親が、戸籍上も親子になれる。
【おば】血のつながりがなくてもいいんだ?
【安部】そう、血のつながりのない子と親子になる制度だね。この制度も「予期せぬ妊娠による人工中絶を減らしたい」という、一人の産婦人科医の想いからスタートしてて。子どもの命を守るために、養育できない子を産んだ親には養子に出すことをすすめて、生まれた赤ちゃんを不妊に悩む夫婦に養子として託したんだよね。1970年から1980年代の話で、出生届を偽装していたんで事件にはなったんだけど。
【おば】ロックだねえ!
【安部】子どもの命を救ったことに多くの人が賛同して、後から民法が改正された。児童養護施設も里親も、特別養子縁組も、誰か一人の「子どもを守りたい」という想いと行為から、始まってるんですよ。
【おば】いい話。世の中捨てたもんじゃないねえ。
【安部】子どもの命を守るとか、マイノリティの権利を守るとか、社会に必要なことであっても、現行のルール内ではできないこともあって。誰かがそのルールを破るリスクを取ってきたからこそ、社会が変化してきた側面があるんだよね。
【おば】誰かがリスクを取ったことで、社会がやさしいほうへ進んできた。子どものために、大人たちもなかなかやるなあ。
■子を育てられない親と育てたい親をマッチング
【安部】特別養子縁組も子どものための制度ではあるんだけど、その背景には、親の事情があって……。
【おば】親の事情ってたとえば……?
【安部】生みの親で言えば避妊の知識がないまま若くして妊娠したとか、男性側が逃げたり拒否をしたりとか。自分が育った家庭にトラウマがある、障害がある、貧しくて養育が困難……そうした理由で生みの母親が孤立しちゃってる状況があるんだよ。
【おば】ああ、なんで女ばっかりに子育てを押しつけるんだろうね。
【安部】その一方で、日本は「不妊大国」って言われているくらい、不妊に悩んでいる人たちが多い。
【おば】不妊治療してる人、周りにもいる。バリバリ働きたい時期と妊娠適齢期って重なりがちだからねえ。
【安部】子を育てられない親と育てたい親。特別養子縁組は、児相やあっせん団体が両者をマッチングする制度なんだよね。
【おば】マッチングって……、どうやって?
【安部】生みの親に関しては、直接相談を受けたり、病院から相談されたり。育てる側、つまり養子縁組を希望する人には、年齢、経済力や夫婦関係も含む家庭環境、親になる心構えの調査や研修がある。細かな条件は自治体やあっせん団体によっても異なるけど。
■団体によっては200万円ほどの費用がかかることも
【おば】生みの親が、実際に産んでみたら気が変わって自分で育てたくなった、なんてことはないの?
【安部】どれだけ養親が迎え入れる準備をしていても、実親の気が変わって白紙に戻るケースも中にはある。親権のある実親は特に調査とかされないんで。特別養子縁組は拒否したけど、けっきょく自分で育てられなくて子どもが施設に行く、なんてこともあるね。
【おば】まったく自分勝手なんだから。子どもの身にもなってよねえ。ちなみにこのやりとりにお金は発生するの?
【安部】児相は無料だけど、あっせん団体はピンキリで200万円くらいかかるところもある。
【おば】200万⁈ 人身売買じゃないんだから……。何に対して払うお金なわけ?
【安部】実際にそういう批判はあるね。ただ、収益を目的としたお金ではないよ。実親が子どもを預ける決断をするって簡単にできることじゃない。あっせん団体は実親のカウンセリングをして、妊娠中もケアをして、出産に立ち会って……。同時に養親が子どもを預けるのに適切か調査をする。そこまでしてもマッチングが成立しないこともあるわけです。児相は税金でまかなっているだけで、その間の人件費や実費、団体を運営していくのにもお金はかかるからね。
【おば】とはいえ養親の立場からしたら、養子を迎えるのに200万円は高くない? 不妊治療もお金がかかるとは聞くけどさ。
【安部】そういう疑念を払拭するためにも、民間のあっせん機関に関する法律が定められた。国があっせん団体を評価して認定を出すしくみができたんだよね。自治体によっては、養親に対する補助金制度も出てきてる。
【おば】養子を迎える側の負担を減らして、国も自治体もこの制度を積極的に進めたいってことだよね。
■国の目標は年間1000件、実際は700件前後
【おば】でも特別養子縁組、身近な選択にはなっていないよね?
【安部】特別養子縁組は年間700件近く成立していて、ここ15年で倍くらいに増えてはいるよ。ただ国が目指している年間1000件は一度も超えたことがないし、近年は600〜700件前後。ここ最近は伸び悩んでいる。その理由としては、やっぱりマッチングまでのハードルが高いんだよね。
【おば】マッチングまでのハードル?
【安部】まず、生みの親にとって、特別養子縁組は戸籍上でも「親子関係を完全に切らないといけない」わけ。施設や里親に預けるのであれば、親権は持ったまま、たまに会うこともできるし、また一緒に暮らせるかもしれないじゃん?
【おば】自分は育てられないけど、親でいたい。親の資格ある? それ?
【安部】まあでも実の子と親子の縁を切るって心理的なハードルは相当高いよね。施設に預けたくて預けてるわけじゃない、今は育てられないけどいつか迎えに来るって思ってる人もいるし。
【おば】その「いつか」がほんとに来るならいいけどねえ。
【安部】まあそれは本人にもわからないよね。虐待する親と同じように、子どもを育てられない親も、何かしらの社会課題の当事者であるケースが多いから。団体によっては実親の自立サポートを手厚くやっているところもあるね。
【おば】他人に子どもを託すって相当な事情がないとできないよね。
■「産んで親になる」より厳しい条件
【安部】次に、子どもを育てたい人にとって、特別養子縁組は「産んで親になる」より条件が厳しい。共働きに理解のある団体も増えてきたけど、育児に専念できる家庭環境が望ましいとされているので、育休は推奨されてるね。年齢制限もあるし、収入も見られる。あっせん団体も子どもを守るために、あらゆるリスクを考慮してシビアに審査してるんだよね。
【おば】親になる審査! 一握りの人しか養親になれなくない? 私、そんなのされたら親になれなかったかも。
【安部】厳しいんだよ。とはいえ民間のあっせん団体は、成り立ちもマッチングの進め方も大事にしていることはそれぞれ違う。そのぶん、選択肢も多様ではあるんだけど。
【おば】あっせん団体によるんだね。
■一番人気は「0歳の女の子」
【安部】マッチングのハードルはさらにある。養子を希望する人は不妊治療を経てたどり着いたケースがほとんどなので、生まれた直後から迎え入れる「赤ちゃん縁組」を望んでるわけですよ。
【おば】赤ちゃん縁組?
【安部】満15歳未満であれば特別養子縁組は結べるんだけど、やっぱり0歳の女の子が人気なの。残酷な現実っす。
【おば】「人気」って、選べるの?
【安部】まあ、建てつけとしては選べないんですけど。実質、希望は出せるし、児相やあっせん団体から「この子はどうですか?」って言われたときに、詳細を聞いて断ることもできる。養親になる条件は厳しいし、選ぼうという軽い気持ちでなれるものではないけど。
【おば】年齢とか性別とか出自を聞いて断るってこと?
【安部】そう。でもまあ一生育てていくわけだから、この子を我が子として育てていくっていう覚悟が決まらないと難しいんでね。ちなみに断った場合、次にいつ話がくるかはわからない。
【おば】いつだって子どもは大人の都合に振り回されるのね。
■人手不足でマッチングが思うように進まない
【安部】あと問題なのはマッチング「する側」の人手不足。今、年間で成立している特別養子縁組の約半分強のマッチングを児相が担っていて。特別養子縁組で児相が受け入れる妊婦は貧困・障害とか特定の条件下にある人だけで、分母は少ないはずなんだけど、それでも児相がメインプレイヤー。でもほかの業務もあるんでとにかく忙しい。
【おば】片手間でできることじゃないよね?
【安部】うん。民間のあっせん団体は全国に現在22あるけど、マッチングにはコストもかかるし、事業拡大するのは難しいので、1団体が年間できる件数は40〜50件が限度なんだよ。
【おば】子どもの生涯を決めることにもなりかねないもんね。
【安部】子どもの行き先を考えるとき、児童養護施設より里親、里親より特別養子縁組と、子どもとの距離が近くなるほど審査のコストがかかるし、慎重にならざるを得ない。
【おば】そりゃそうだ。
【安部】実親、養親、あっせん団体、それぞれに課題があって、なかなかマッチングが進まないんだよ。
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一般社団法人リディラバ代表理事
1987年生まれ。株式会社Ridilover代表取締役。2009年、東京大学在学中に、社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォーム「リディラバ」を立ち上げる。2012~15年度、東京大学教養学部にて、1・2年生向けに社会起業の授業を受け持つ。2017年、米誌『Forbes(フォーブス)』が選ぶアジアを代表するU-30に選出。2024年、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」に社会起業家として選出。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、読売テレビ「ウェークアップ」、ABEMA「ABEMA Prime」コメンテーター。
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(一般社団法人リディラバ代表理事 安部 敏樹)
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