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優秀な人材とは「仕事が一番早い人」ではない…トヨタ現役社員が「体に染みついている」と語ったふたつのルール

プレジデントオンライン / 2025年1月22日 6時15分

トヨタ自動車の天津健太郎さん(2001年トヨタ工業学園専門部卒) - 画像提供=トヨタ自動車

トヨタ自動車には、15歳以上の企業内教育を行う「トヨタ工業学園」がある。3年間の高等部があるほか、1年間の専門部では18歳以上の学生がより専門性の高い技能を学ぶ。専門部出身のトヨタ社員はどのような仕事をしているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタの人づくり」。第8回は「自動運転開発の最前線」――。

■「プリウスブーム」期に入社

天津健太郎は専門部出身の濱田幸作より2年下だ。2000年に学園に入り、翌年、トヨタに入社している。出身は岡崎工業高校である。

天津は「プリウスが売れて、話題になっていた時代です」と言った。

「プリウスとヴィッツ、プラッツの時代で、今も忘れないのが、プリウスの開発者だった内山田(竹志)さんが少年漫画になったんですよ。マンガの内山田さん、超かっこよく描いてあったのを覚えてます。プリウスが出た頃、プリウスはすばらしい車で、ハイブリッド技術はどこの企業も真似できないって言われていました。

ただし、回生ブレーキは不評だった。回生ブレーキはエンジン車にはない機能だったから、ブレーキを踏んだ時に普通のエンジン車とは違う抵抗を感じるんですよ。減速した時に運動エネルギーを電気エネルギーに換えて駆動用バッテリーに戻して再利用できる。それが回生ブレーキです。プリウス以前にはなかったことでした。だから、慣れていないユーザーには使い心地がよくなかったのでしょう」

■学園で学んだことは知識や知恵でなく…

彼は自動運転、先進安全を企画する部にいる。自動運転の開発担当だ。主にやっているのが東京オリンピックの選手村で走っていた自動運転の小型バス「eパレット」である。天津は2025年に入居が始まる裾野市のウーブンシティでeパレットを走らせるための実験、走行、開発を行っている。

濱田が生産現場の最先端技術を追求していたのに対して、天津は自動運転というモビリティの最先端技術そのものを実験、研究している。

天津が学園の専門部に進学したのは工業高校の電気科でロボットの整備担当、メカニックをやったからだ。操作するよりも物を直す仕事をしたいと思い、トヨタの保全に入るつもりで専門部を選んだ。ところが、実際に配属されたのは7割が進むという保全関係ではなく、技術部だった。また、彼の父親はアイシンで働いていたから、アイシン高等学園に入ることもできた。

だが、「それじゃ親父に一生、頭が上がらなくなる」と思って学園の専門部に進んだ。高校を卒業した18歳でそういう考えを持った。すでに立派な大人だった。

天津が学園で学んだことは知識や知恵でなく、人をサポートすることだったという。

「専門部では1週間ごとに学科と実技があります。黒板に向かって勉強する1週間と現場に出て組み立てたり加工したり溶接したりする実習があります」

■「仕事を一番早く終える」のが目標ではない

「実習をやっていて教えられたのは『隣の人をよく見なさい』ということでした。10人の班では早く終わる人と遅く終わる人が出てきます。やすりがけの実技でも早い人と遅い人がいる。

『できました』って手を挙げたら、『あなたが1番です。えらい』と言われるわけじゃない。『隣の人はまだやっています。サポートしてあげなさい』と言われる。

自分が仕事を早く終えることが目標ではないんです。自分もできて隣もケアできる人がトヨタの人間なんだ。サポートすることが大事なんだと教わりました。現場ではそれがいちばん重要なんです。自分勝手なふるまいをする人間が現場では浮いてしまいます。チームのことを考え、隣の人を考えるのがトヨタパーソンですから。

最たる例が学園の朝礼です。朝礼は10人が2列に分かれて横に並びます。点呼が終わったら、安全かどうかのチェックのため、5人が向かい合う。上から順番に、帽子よし、襟よし、ファスナーよし、袖よし、ベルトよし、靴紐よし、ハンカチと手帳よし。もしひとつでもダメなら、あの頃は腕立て10回をやらなくてはならなかった。それも、靴紐がゆるんでいたひとりだけではなく、10人全員でやる」

トヨタ工業学園の朝礼の様子
撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ工業学園の朝礼の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■5人が忘れ物をしたら、指導員も50回やる

「今はやっていないそうですけれど、体罰じゃないんですよ。生徒だけでなく、指導員も一緒に腕立てをやるわけですから。

『えー、またか』と言いながらも、指導員の方々は一緒に腕立てをする。ひとりならいいけれど、5人が何かを忘れてたら50回。僕らは19歳だから体力は有り余ってました。指導員は大変だったと思います。みなさん、苦労されてました。でも、そこで僕らは人に迷惑をかけてはいけない、安全って大事だよねと学ぶわけです」

なお、トヨタの作業服はボタンでとめるのではなくファスナーだ。さらに腰のベルトのバックルも金具ではない。白いマジックテープとなっている。いずれも車を傷つけないための用心だ。

もし、読者のどなたかが工場見学へ行ったとしよう。見るのは設備ではなく働いている人だ。作業者が金具のベルトをしていたりする現場は製品に対してのリスペクトが足りない。工場の評価は最新設備が入っていればいいというものではなく、働いている人が製品にどれだけ神経を遣っているかを見ればいい。

■1年間で体に染みついたふたつのこと

さて、天津は朝礼のたびに安全について学んだ。実習では隣の人、つまり、後の工程の人が遅れていたらサポートすること、仕事はチームワークだと心に刻んだ。専門部の教育は1年間と短い。短い期間だが、そのふたつを学ぶことができればそれだけでも大きい。

このふたつのことだけは体に染みついていると彼は言った。

専門部は1年間と短いが、「後工程の人をサポートする」「仕事はチームワーク」の2つが、入社後の仕事に役立っていると話す
撮影=プレジデントオンライン編集部
専門部は1年間と短いが、「後工程の人をサポートする」「仕事はチームワーク」の2つが、入社後の仕事に役立っていると話す - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「海外の工場で働く作業者は契約の時に、自分の仕事の範囲が明確に決まっています。ですが、日本は違います。仕事の範囲は決まっていない。特にトヨタは隣の人が急病で休んだら代わりに働くことができる。周りを見よう、隣の人が困っていたら助けてあげようと思うようになります」

無人運転、自動運転のモビリティ「eパレット」の開発だが、車両そのものだけでなく、運転を司るソフト開発も含まれている。

eパレットとはタイヤを四隅に配置した箱型のモビリティで、2021年の東京オリンピック・パラリンピックの選手村で運行した実績がある。低床フロア、電動スロープがあり車椅子の人もスムーズに乗り込むことができる。全長は4メートルから7メートルと車両サイズはいくつかに分かれる。

■実際に乗ってみると…

わたしは選手村の走行テストで乗ったことがあるけれど、その時の時速は19キロ。市街地で走るにはその程度のスピードでは実用には供さないだろう。オリンピック・パラリンピックではドライバーは乗っていなかったが、補助員がひとりいた。運転するわけではなく、乗っている人がカーブでよろけたりしないよう見守る役が補助員である。

天津が「乗ってみますか?」と誘ってくれた。そこでトヨタの構内で実験走行中のeパレットに試乗した。3年前に選手村で乗った時との最大の違いは速度だった。構内のテストコースだったせいもあるが30キロ近くで走ったのである。

彼は言った。

「eパレットはウーブンシティで実験します。ウーブンシティでは車両専用レーンなのでさらにスピードアップさせます」

彼の言うように、実用になるとすれば少なくとも法定速度の40キロを出せるくらいにならなければ移動には使えないだろう。それでも19キロと30キロではかなり違った。都市の中心部で平均時速30キロの無人運転、自動運転ができるのであればeパレットは自治体から採用されるだろう。

■白線がないと道を認識できず、動けない

「eパレットは進化しています。けれど、まだまだ解決しなくてはいけない課題がいくつもある。それこそウーブンシティで走らせるのが楽しみです。その結果次第です。

たとえば、eパレットを含めた大半の自動運転のモビリティは舗装道路でないと走ることはできません。カメラやレーザー光で道路の白線、両脇の街路樹、電柱などを認識しているからです。白線がない道路では自分が走っていい範囲を決定できないのです」

天津に聞いて知ったのだが、今の自動運転のセンサー技術は意外と不便だ。北海道のような降雪地帯で一面が真っ白になったら、現在の自動運転モビリティでは走ることはできない。また、砂漠のような舗装道路がないところでは立ち往生してしまう。

そもそも無人運転、自動運転のモビリティは住民が高齢化した過疎化地区でもっとも役に立つと期待されているものだ。それが、雪が降る地方の道路では走ることができない。また、舗装されていない細い道は走行できない。

無人運転、自動運転は天津たちがさらに進化させないと限定された状況でしか利用できないことになる。

トヨタ工業学園では、生産現場で実際に使用する機械を用いて多くの実習が行われていた
撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ工業学園では、生産現場で実際に使用する機械を用いて多くの実習が行われていた - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■自動運転で見落とされがちな重要視点とは

天津は言う。

「高速道路の出口は道路が膨らんでY字形になっていたりします。道路の幅が突然広くなったりすると、センサーが反応して、道路のセンターを探す。そうしてふらつくことがあります。白線と白線の間のど真ん中を走ろうとするからです。ただ、一瞬で、すぐに安定します。

また、eパレットにはセンサー、カメラがかなりの数でついているが、そのうち車内にもカメラを何台かつけていて、乗っている人たちの様子も確認しています。単に無人運転、自動運転だけを追求しているのではなく、なかにいる人のことを考えて開発しているからです。僕らは乗り心地の良さも考えています。

無人運転、自動運転のモビリティを開発している会社は数多いと思いますが、トヨタでは車だけを見つめるのではなく、乗っている人間を重要視しています。車のためにではなく、車に乗る人のためのモビリティ開発です」

天津は、自動運転で難しい技術は走る、止める、曲がるという車の性能向上だけではなく、乗っている人間がケガをしないこと、違和感を覚えさせないことにあるという。たとえば、運転席に人がいない、箱型の部屋にいて、それが時速80キロで移動するとなると、不安を感じる人は多いだろう。

技術向上というアプローチの他に、人間の不安を取り去るための心理学的アプローチも必須としているのがトヨタの無人運転、自動運転プロジェクトなのである。

トヨタ工業学園の風景
撮影=プレジデントオンライン編集部

■運転席に人がいるだけでこんなにも違う

「自動運転にはさまざまなやり方があります。例えばセントレア空港では地面にセンサーを埋め込んで、そのルートを自動運転のバスがトレースするように走る実験を行っています。経路がわかっていて、そこから外れることはないわけです。これはいい方法ですけれど、ただ、センサーを一度、埋め込んでしまったら路線を変えることはできません。安心、安全ですけれど、自由度は少なくなります」

天津の話を聞いていて思った。人間の存在は偉大ということだ。

ひとりの人間がバスやタクシーを運転する。私たちはそれに乗る。人間が運転しているだけで、わたしたちは安全だと思い込む。運転している人間の体調が悪くても、あるいは心配事があってくよくよ悩んでいたとしても、乗っている私たちにはわからない。それでも「人が運転しているのだから安全」と確信できる。人が運転席にいるだけで安心して眠り込むことができる。

一方、無人運転、自動運転のタクシー、バスができたとする。

乗り込む客は運転席に人がいないだけで不安になってしまう。いざという時にはどうすればいいのだろうかと考えてしまう。無人運転、自動運転の公益サービスにおける最大の課題とは通信の不具合、運転ソフトの故障ではない。乗客の心理保障だ。モビリティを仕上げるだけでなく、乗客に対するケアを考えているかどうかである。

車両のことだけを考えている会社には無人運転、自動運転は開発できない、とわたしは考える。

■最先端の現場では、「人間」のことを考えていた

天津は腕を組んで、嘆息して言った。

「人間っていうのはそれだけで、えらいです。人間が持つ安心感をロボットは持てません」

トヨタ工業学園は機械に関する知識だけを教える学校ではない。幹部、指導員、生徒が一緒になって「人間とは何か」「人間のために何ができるか」を考えている。

BEVの登場で新規に設立された自動車会社は多い。だが、そうした新設された自動車会社のなかで、人間そのものを学ぼうとしている会社はいくつあるのだろうか。

わたしは中国の広州でEV専業会社を訪ね、販売店とテスト走行を見たことがある。専業会社の人間が語っていたのは車の性能と電池の能力。それだけだ。車と技術だけしか考えていないのだろう。

だが、トヨタはそうではない。トヨタが自動車会社のなかで優れている点がひとつあるとすればそれは人間を考えていること。モビリティだけを考えているのではなく、人間が乗るモビリティ、人間とモビリティについて思索している。しかし、そのことをトヨタは大きく主張していない。実にもったいないと思う。大きなお世話だけれど、トヨタイムズで「人間と車」あるいは「人間にとってのモビリティ」といった特集をやるべきだ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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