なぜJRは「往復きっぷ廃止」を決断したのか…便利さもおトク感も上回った「オンライン予約」のインパクト
プレジデントオンライン / 2025年1月22日 9時15分
■サービスの後退か、変化への対応か
2024年12月2日、JRグループは「往復乗車券」と「連続乗車券」の発売を2026年3月に終了すると発表した。往復乗車券の廃止と共に「往復割引」も廃止される。きっぷの廃止となると不便に思うかもしれない。割引の廃止は実質的に値上げである。諸物価が値上げムードになっている中で「JRよ、おまえもか」と思うかもしれない。
先に結論を書くと、「これらはすでに利用されなくなっている」制度で、「お客様にもっと便利で安いきっぷを提供できる」状況にある。だから利用者にとって大きな影響はない。
JRグループの報道資料にも「交通系ICカードの普及やインターネット予約サービスの利用増によって発売枚数が減少している」とある。あなたやあなたの周りでも「往復乗車券」と「連続乗車券」を利用した経験は少ないだろう。私のまわりでも「往復割引なんて初耳」という人がいた。
■「帰りのきっぷ購入で混雑」は解消しつつある
「往復乗車券」は「A駅からB駅まで」のきっぷと「B駅からA駅まで」のきっぷを同時に販売する制度だ。ただし両者の経路は一致する必要がある。往復乗車券は指定席券売機でも購入できる。乗車券を選択したときに「往復」というボタンが表示されている。これを選択すると、往路と復路のきっぷが1枚ずつ発券される。
しかし、往路と復路を一緒に買う必要があるだろうか、行きはA駅できっぷを買い、帰りはB駅できっぷを買えば済む話だ。
それでも往復きっぷが重要になる場面があった。日帰りでスポーツ観戦やイベントに行く場合だ。帰りの駅のきっぷ売り場が混雑するから、あらかじめ往復きっぷを買っておけばすぐに乗車できる。
イベント後の食事や飲み会などで終電に間に合わなくても、往復乗車券は翌日に復路のきっぷを使える。往復乗車券の有効日数は、往路と復路の有効日数を加算する規則だからだ。100キロまでのきっぷの有効日数は1日だけれども、往復乗車券では2日間有効になる。
もっとも、交通系ICカードが普及したたため、駅できっぷを買うという人は減った。帰りのきっぷ売り場の混雑も改善され、この事例の往復乗車券の役割は終わった。
■目的地が無人駅の場合はどうする?
往復乗車券のもうひとつの役割は、目的地が無人駅の場合に便利という点だ。帰りのきっぷを買う窓口がない場合、往復きっぷを買っておけば、帰りに車内で乗務員に申告したり、駅で精算したりという手間を省ける。
これも、無人駅とはいえ交通系ICカード対応の自動改札機があれば解決できる。問題は、交通系ICカード非対応エリアで自動改札もない無人駅だ。
この懸念に対して、JRは「指定席券売機では、現在とほぼ同じ操作で帰りのきっぷを購入できるよう検討しています」という。ここで問題になるのが「有効日数」だ。
往復乗車券の有効日数制度を代替するには、復路のきっぷの使用開始日を指定する必要がある。現在、指定券券売機では「往復」を選択すると、自動的に往復乗車券となり、きっぷの有効日数も加味したきっぷが出てきた。
■より便利なオンライン予約を使えばいい
きっぷの有効日数は距離が長くなるほど増えていく。101キロから200キロまでは2日、201キロから400キロまでは3日というように、200キロごとに1日増える。
往復きっぷにすれば有効期間は倍になる。出発駅から300キロまで往復乗車券の有効日数は6日になる。帰省や小旅行には十分な日数だ。往復乗車券であれば、6日間のうち任意の日に帰れた。
これを片道きっぷ2枚という扱いにするなら、復路のきっぷの利用開始日をあらかじめ指定する操作が必要になる。指定券券売機で「往復」を選択したのち、「かえりはいつから使いますか」という画面に変わり、日付を選択する操作が必要になる。
インターネット予約システムであれば、あらかじめ任意の出発日を指定した乗車券を購入できる。こうした環境の変化で、もう駅で往復乗車券を購入する必要はなくなった。
JR東日本・JR北海道の「えきねっと」、JR西日本、JR東海、JR九州、JR四国の「e5489サービス」は、クレジットカードだけではなく、コンビニ払いなど現金決済も可能だから、子どもでも利用できる。
■往復割引の「ありがたみ」は減っている
往復乗車券の特典として「往復割引」がある。割引率は往路、復路ともに10%である。ただしこの制度は「片道601キロ以上」で適用される。つまり前出のような「日帰りでイベント最寄り駅まで往復」という距離だと割引にならない。
例えば、東京駅から片道601キロという距離は、東北新幹線だと二戸駅(601.0キロ)以遠、秋田新幹線だと大曲駅(618.5キロ)以遠となる。仙台や盛岡の往復では適用されない。
東海道新幹線だと新大阪駅(552.6キロ)は対象外。西明石駅(612.3キロ)以遠で適用される。裏ワザとして、東京駅と新大阪駅の往復であっても、乗車券だけは西明石までの往復割引きっぷを買い、新大阪駅で途中下車すればチョットだけおトクになる。
つまり、東京駅から新函館北斗駅、青森駅、秋田駅、岡山駅、広島駅であれば往復割引になりおトクだった。しかし、いまやインターネット予約サービスのほうが安い。
「えきねっと」には最大3割引の「トクだ値」があるし、新幹線eチケット往復割(10%割引+200円割引)もあり、乗車券の往復割引を代替できる。東海道新幹線であればEX割引を利用すれば、距離に関わらず安く買える。往復割引も国鉄時代よりありがたみがない。
■同時に廃止が決まった「連続乗車券」
そもそも連続乗車券とはなにか、という説明が必要だろう。単体の片道乗車券では不可能な、駅や経路の重複を可能にするために、複数の片道乗車券を組み合わせるもので、きっぷの経路が連続するから「連続乗車券」だ。きっぷの有効日数は組み込んだ片道乗車券の有効日数を加算する。
たとえば、東京駅から山形新幹線の「つばさ」で山形駅へ。山形から奥羽本線で秋田へ。秋田駅から観光列車の「リゾートしらかみ」で青森駅へ。新青森駅から東北新幹線の「はやぶさ」で東京駅に戻る、というルートだ。
この場合、乗車するたびにきっぷを買うと、「東京駅~山形駅」「山形駅~秋田駅」「秋田駅~青森駅」「青森駅~新青森駅」「新青森駅~(東北新幹線経由)~東京駅」、という乗車券がその都度必要だ。1枚の切符で買おうとしても、新青森と福島を2度通ることになってしまうため、片道きっぷにはならない。
そこで、次のように分割した片道乗車券をひとまとめで発券する。これが連続乗車券だ。ちなみにこのルートには2通りの考え方がある。
■交通費をほんの少しでも安くするには
A 青森駅で分割する場合
1枚目 東京駅~福島駅~山形駅~秋田駅~新青森駅~青森駅
2枚目 青森駅~新青森駅~(福島駅)~東京駅
B 新青森駅~青森を往復乗車券にする場合
1枚目 東京駅~福島駅~山形駅~秋田駅~新青森駅~福島駅
2枚目 新青森駅~青森駅
3枚目 青森駅~新青森駅
4枚目 福島駅~東京駅
Aは実際の乗車順序と一致した組み合わせだ。乗車券合計金額は2万1670円。きっぷの有効期間は11日。
Bは1枚目の片道乗車券を長距離化して、運賃を安くするルートだ。乗車券は距離が長くなるほどキロ単価が安くなる仕組みだから、なるべく長距離乗車券を組み込みたい。新青森~青森間は往復乗車券になる。
新青森で途中下車して青森まで往復する。乗車券合計金額は2万1500円。実際に安くなる運賃はたった170円だった。ただしきっぷの数が多いため、有効期間は1日増えて、12日間有効になる。旅程に余裕ができる。
しかし、時期を選べばもっと安いきっぷがある。春夏冬に発売される「北海道&東日本パス」は1万1330円だ。2025年2月13日~2025年3月13日に、この日程を平日2日間で移動するならば「旅せよ平日!JR東日本たびキュン(ハートマーク)早割パス(2日間用)」を使えば1万8000円で済むし、このきっぷは4回まで新幹線と特急の指定席を無料で使える。
■「精通した人」が買い求めていたが…
連続乗車券に割引制度はないし、すべて片道きっぷだけで購入できる。連続乗車券にするメリットは、行程で必要なすべてのきっぷを一度で手配できること。そして有効日数を合算できることだ。片道きっぷはすべて利用開始日を決めておく必要があるけれども、連続乗車券であれば最大有効期間の範囲で東京駅に戻れば良い。
連続乗車券はかなり特殊な形のきっぷで、一般の人が買い求めることはほとんどないだろう。利用者がみどりの窓口で乗車券を申し込んだときに、窓口担当者から「それならこの形で発券できますよ」と提案される場合が多い。
あるいはきっぷの知識に精通した人が、ルートを指定して連続乗車券を発行してもらう。筆者も過去に2回、図表2をみどりの窓口に示して発券してもらったことがある。
「えきねっと」では連続乗車券を手配できない。乗車駅と同じ行先の駅のきっぷを指定すると「できません」になるし、経由駅に同じ駅を2つ指定しても「できません」となる。しかし、A、Bともに片道きっぷをひとつずつ、利用開始日を定めて手配すれば、行程通りのきっぷを予約し、駅で受け取れる。連続乗車券とほぼ同じ機能はすでにあるわけだ。
■歴史ある「乗車券は乗車駅から販売」原則
オンライン予約システムが登場する以前、「往復乗車券」と「連続乗車券」には重要なメリットがあった。それは「一度に手配できる」ことだ。
じつは、JRの旅客営業規則では「駅では乗車駅から有効な乗車券のみ発行できる」となっている。ここではJR東日本の旅客営業規則第20条を引用するけれども、JR旅客会社はすべて国鉄時代からの規則を基に修正し続けており、内容はほとんど同じだ。
駅において発売する乗車券類は、その駅から有効なものに限って発売する。ただし、次の各号に掲げる場合は、他駅から有効な乗車券類を発売することがある。
(1)指定券と同時に使用する普通乗車券を発売する場合。
(2)乗車券(通学定期乗車券を除く。)を所持する旅客に対して、その券面の未使用区間の駅(着駅以外の駅については、途中下車のできる駅に限る。)を発駅とする普通乗車券を発売する場合。
(3)駅員無配置駅から有効となる普通乗車券、定期乗車券又は普通回数乗車券を、その駅員無配置駅に隣接する駅員配置駅において発売する場合。
(4)団体乗車券又は貸切乗車券を発売する場合。
(5)急行券、特別車両券、寝台券、コンパートメント券及び座席指定券を発売する場合。ただし、立席特急券及び特定特急券にあっては、別に定める駅からのものに限って発売することがある。
■オンライン予約の登場で原則が崩れた
この原則だと、乗車駅から目的地駅までの乗車券は購入できても、目的地駅から帰りの乗車券は購入できない。そこで「行程のきっぷをすべて乗車駅で買えるようにしよう」という仕組みが「往復乗車券」。経由地から先の片道乗車券をまとめて発券しようとという仕組みが「連続乗車券」だった。
しかし、現在は「えきねっと」「e5489」というオンライン予約システムで乗車駅以外からの乗車券を予約できる。スマホやPCの端末は駅ではないから、乗車駅イコール発行駅という原則が適用できないからだ。
なぜ「えきねっと」では異なる乗車駅からの乗車券を購入できるのか。これも旅客営業規則で定められている。第19条の第3項だ。
3
乗車券類は、前各項に規定するほか、当社が別に定める箇所又は乗車券類の発売を委託した箇所において発売する。
■「往復乗車券」と「連続乗車券」の役割は終了
「当社が別に定める箇所」は駅外の臨時窓口を意図している。「乗車券類の発売を委託した箇所」は旅行会社などだ。「えきねっと」は「JR東日本ネットステーション」が運営しており、JR東日本から委託されたと解釈できる。
また、「えきねっと」は「JR券申込サービスに関する規約」を定めており、根拠となる規則を「旅客営業規則第22条の2 第1項に基づき特別の運送条件を定めて発売する個人旅行用乗車券類」としている。根拠となる条項を引用する。
当社が特に必要と認める場合は、特別の運送条件を定めて、普通乗車券、普通回数乗車券、急行券、特別車両券、寝台券、コンパートメント券及び座席指定券(以下これらを「個人旅行用乗車券類」という。)並びに団体乗車券を発売することがある。
「往復乗車券」と「連続乗車券」は、駅の窓口や指定券券売機で「その駅から始まる全行程の乗車券を購入する」ための制度だった。しかし、現在は規則の特例を応用して「えきねっと」「e5489」で代替できる。さらにオンライン予約限定の、もっとおトクな乗車券が用意されている。
■オンライン予約できない人への救済措置
スマホやパソコンでの操作が苦手な人は、今までどおり駅の窓口で購入する必要がある。ただし往復乗車券や連続乗車券は廃止されてしまう。そこに「その駅から有効なものに限って発売する」という原則が残っていると、帰りのきっぷは買えないし、連続乗車券のような片道きっぷの組み合わせもできない。
窓口そのものが減り、そもそも利用者が少ないとは言え、いままで利用していたことができない状態ができてしまうと不便だ。
この問題を解決するために、旅客営業規則第20条の改定が必要だろう。あるいは第22条の2の解釈を窓口にも準用するのだろうか。
そして、JRグループの報道資料「往復乗車券及び連続乗車券の発売終了について」は、ほかにも「学生割引などの割引証や一部の特別企画商品(ジパング倶楽部等)について、今後取扱いが変更となります」とある。
きっぷと旅客営業規則の見直しは今後も続きそうだ。
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鉄道ライター
1967年生まれ。都立日比谷高校卒。信州大学経済学部、信州大学工学系研究科博士前期課程終了。経済学士。工学修士。IT系出版社でPC誌、ゲーム雑誌の広告営業を担当した後、1996年からフリーライター。ウェブメディア勃興期にニュースメディアで鉄道ニュースデスクを担当したのち、主にネットメディアで鉄道分野を主に執筆。
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(鉄道ライター 杉山 淳一)
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