いまさら「戦争をやめたい」とは言えない…プーチンが就任早々のトランプ大統領にすがりつく"確かなデータ"
プレジデントオンライン / 2025年1月20日 17時15分
2024年10月15日、Fox News Town Hallに出席するドナルド・トランプ米大統領(左)と、2024年10月24日、カザンで開催されたBRICS首脳会議で演説するロシアのプーチン大統領(右) - 写真=AFP/時事通信フォト
■データを見ればわかるロシアの本音
1月14日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は首都モスクワで年頭の記者会見を行った。その際、20日に就任した米国のドナルド・トランプ大統領が、ロシアとウクライナの戦争の停戦に意欲を示していることに対して、トランプ大統領との対話に前向きな姿勢を示した。ロシアもまた、ウクライナとの戦争で停戦を強く意識しているようだ。
ロシアが停戦に前向きな姿勢を示す理由の一つに、財政の疲弊があると考えられる。ロシアの財政収支そのものは、最新2024年7~9月期で名目GDP(国内総生産)の0.6%の赤字にとどまっており、最悪期である23年4~6月期(4.5%)に比べても赤字の是正が進んでおり、一見、健全化している。しかし、その裏側には様々な変化がある。
ロシアは2022年2月にウクライナに侵攻したが、その直後より、歳出の内訳の公表を停止した。そのため、歳出のどの程度が軍事費であるかは不明である。一方で、25年の予算では、軍事費は歳出全体の3割にも膨らんでいる。これに国内の治安対策用などの国家安全保障費を加えると、歳出の4割が軍事関連の支出となる異常事態である。
つまり、歳出に占める軍事費の比率は着実に拡大している。一方で、歳出の規模そのものは名目GDPの20%程度で横ばいだから、ロシア政府は軍事費以外の費用を切り詰めることで、軍事費を何とかねん出していることになる。他方で歳入は、頼みの綱である石油・ガス収入が増えないため、政府は2025年から増税を強化せざるを得なくなった。
■国債を増やすことができないロシア
それではなぜ、ロシア政府は、財政赤字を拡大させないのだろうか。答えはシンプルで、ロシア政府が起債をしたところで、それを内外で消化できないからである。そのため、ロシアは財政赤字を拡大させることができず、政府は他の歳出をカットして、軍事費をねん出する必要があるわけだ。これでは国民の生活は疲弊して当然ということになる。
その実、ロシア政府は国債の発行を増やしている。例えば2024年11月時点で、ロシア政府が発行するルーブル建て国債残高(対内債務の97%に相当)は前年比5%増の21兆ルーブルだった。しかしながら、この間にそれを上回る高インフレが続いたことから、対内債務の対名目GDP比率は12%台から11%台とむしろ低下し、健全化している(図表2)。
これはいわゆる「インフレ課税」と呼ばれる現象だ。つまり、ロシア政府は高インフレというかたちで、国債の消化に伴うコストを国民に転嫁させているわけである。ロシア政府は2025年も国債の発行を増やす計画だが、国債の発行が増えれば増えるほどに、高インフレの継続というかたちで、国民に負担を強いる状況が続くことになる。
■“赤字縮小”を“財政状況の改善”と評価できない
国債の発行が増えれば、ロシア中銀がそれを引き取らざるを得なくなる。その程度が強まれば、物価高・通貨安圧力が強まるため、国民生活にさらなる痛みが及ぶ。一方で、対外債務を調達しようとしても、2022年に実質的にデフォルトしていることもあって、今のロシアの国債を積極的に購入しようという外国人投資家などいないだろう。
こう整理していくと、ロシア政府は国債を発行しないのではなく、できない構造であることが分かってくる。そのため、軍事費をねん出するために、まずはその他の歳出を見直し、そのうえで増税を図ろうとしているのである。結果的に、財政収支は赤字幅が縮小しているが、とはいえ、これを財政の「改善」と評価することはできないわけだ。
なお、ロシア政府の事実上の「予備費」である国民福祉基金も厳しい状況が続いている(図表3)。この国民福祉基金は、財政赤字の実質的な補填に用いることができる流動性部分と、将来の経済発展のために投資に回す非流動性部分に分かれている。うち流動性部分は枯渇しており、政府は再建に努めているが、その進捗は捗々しくないようだ。
■本格的な資本規制まで踏み込むのか
繰り返しとなるが、ロシアの財政運営は、ウクライナとの戦争の長期化で厳しさを増している。今年の予算は昨年から大幅に増加しているが、それは軍事費の膨張によるもので、それ以外の歳出に関してはほぼ横ばいである。インフレが進んでいることに鑑みれば、軍事費以外の費目に関しては、実質的に歳出がカットされている状況である。
そのため、2025年のロシアでは、国民が24年以上に公共サービスの劣化を感じることになると考えられる。モスクワやサンクトペテルブルクといった大都市であれば、そうした公共サービスの劣化はまだ軽いのだろうが、ウラル以東、シベリアの地方都市に行けば行くほど、公共サービスの劣化を感じることになるのではないだろうか。
だからと言って、ロシアの財政が直ぐに破たんするわけではない。本格的な資本規制に踏み込み、そのうえで中銀が国債を購入するなら、財政運営を続けることができるからだ。第二次世界大戦期の日本などがそうだが、とはいえこれは、完全な戦時経済体制へ移行することを意味する。また厄介なのは、その後の統制の解除が困難だということだ。
こうした状況になるまでには、まだ距離がある。しかしウクライナとの間で戦争を続ければ続けるほど、そうした状況に着実に近づいてくる。そもそも短期決戦での勝利を志向していたとされるウラジーミル・プーチン大統領ら政権の指導部にとって、こうした展開は受け入れがたい。そうなるくらいなら、まずは停戦に持ち込みたいだろう。
■トランプに期待するプーチン
ロシア経済はプラス成長だから堅調だという評価もあるが、その実、GDPは穴を掘って埋めても増えるものだ。経済統計の数値を読む場合は、その構造的な背景を念頭に入れる必要性がある。ロシアの財政収支や公的債務残高は一見すると健全だが、実際は厳しい財政運営の結果の数値でもあることが、背景を読み解くことで明らかとなる。
ロシア政府は着実に資金がショートしつつあるというのが筆者の見立てだ。一方で、ロシア政府は、経済運営の統制を強めることにも躊躇している。国民生活にさらなる犠牲を強いることができないためである。ゆえにロシアは、停戦に前向きとなり、米国のトランプ大統領にラブコールを送っている。それだけ、ロシアも内情は厳しいのだろう。
停戦となっても、ロシアが実効支配しているウクライナ東部の復興支援は、現実的にロシアが行うことになる。それもまた、ロシアの財政の圧迫要因となる。ウクライナには米欧日から多額の復興支援が施されるが、ロシアは自前で、自らが実効支配するウクライナ東部の復興支援や治安維持に努めなければならないという厳しさにも直面する。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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