「嫌い」と言われたら「ありがとう」と笑顔を返す…芸能界を70年間、生き抜く堺正章の"メンタル維持法"
プレジデントオンライン / 2025年1月22日 18時15分
※本稿は、堺正章『最高の二番手 僕がずっと大切にしてきたこと』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■全員から好かれるなんてありえない
誰かから嫌いだと言われたら、あなたはなんて答えるだろうか。
僕なら、「ありがとう」と満面の笑みを返す。芸能人という人気商売を続けて数十年、僕を好きな人も嫌いな人も大勢いる。当たり前だ。どんな素敵な人だって、世の中の全員から好かれることなんて絶対にありえない。
僕はエゴサーチをしないからわからないし気にもしないが、芸能界ではなくたって、他人のつぶやく悪口や余計な言葉が簡単に耳に入ってくる時代だ。評判を気にして傷ついている人は世の中にたくさんいることだろう。
でも、そんなものに傷つき、心をすり減らす必要なんてこれっぽっちもない。だって、好きとか嫌いに理由なんかまったくないのだから。
■「はい、次っ」と切り替える方法
嫌われたって、自分のせいとは限らない。恋愛と同じで、もし仮に理由づけをされてみたところで、それは言い訳のような後付けの屁理屈にすぎない。だからそれでいちいち傷ついていたら、その時間がもったいない。人生の時間には限りがあるのだから。
自分について嫌な言葉を耳にすれば、僕だって人の子だから、そりゃあ多少嫌な気持ちにはなる。でも、そんな意味のないことは即刻忘れて、違うことに頭を切り替えるようにしている。生きていれば、他に考えなくちゃいけない大事なことがもっとたくさんあるからだ。
「はい、次っ」という調子で、頭も気持ちもすみやかにチェンジする。トイレにでも行って、あるいは外の空気でも吸って、ついでにちょっとタバコでも一服すればもう忘れられる。
■自分を嫌いな人が「三分の一」いるのがいい
僕が常々、自分に言い聞かせているのは、「三分の一理論」。自分のことをすごく好きな人、普通と思っている人、すごく嫌いな人。世の中に、この三種類の人が三分の一ずついるのが、いちばんいいバランスだと思っている。
そもそも際立った個性や才能があれば、万人から好かれるなんて絶対に無理なこと。また、「どうでもいい」なんて言われるよりは、嫌われるぐらいの方が、オリジナリティがあることの証明になる。だから、嫌われてもカチンときちゃいけない。
仕事場でも、僕のことをあまり好きじゃないのかな、と思うようなタレントさんと番組をご一緒するシビアな場面だってときにはある。けれど、そう感じる相手がいたら、僕はその微妙なやりとりを、むしろ楽しむことにしている。
大体の人がもう自分より年下だし、この状況を逆手に取って遊んでやろう、と考える。もちろん、胸中のそんな思いはおくびにも出さず、あくまで腰を低くして、気づかれないようにジワジワと攻めていくにしても。
■最後まで残るのは、バランスがいい人
そんなふうに、ちょっとイヤだなと思うことも楽しんでみればいい。だって、面白いものなんて、予定調和じゃない偶然からこそ生まれるものなのだから。そんな瞬間芸が生きてくるのも、バラエティの楽しいところだ。
世の中はすべてバランスだと思っている。バランスがいい人が最後まで残る。だからこそ、目指すべきは、バランスのよさを体現する「三分の一理論」だと思うのだ。
ものすごく好かれなくても、たとえ嫌われたって、ひどい悪口を言われたって、僕は全然かまわない。嫌われるのも芸のうちだと思うからだ。嫌いだと言われたら「ありがとう」と返すのは、そんな心構えに即したもの。
「絶対に僕を好きにならないでよ!」とひとこと付け加えることも忘れないでおこうと思う。
■芸能界の「椅子」に座れるのは1%未満
今や、芸能人は日本全国に7万人もいるそうだ。
みんなに名が知られているわけではなくても、大小あまたある芸能事務所に所属したり、水面下で自主的な芸能活動をしたりしている人がたくさんいるという。
実際に多くの人の目に触れる形で活動できる人のための芸能界の椅子というものは、いったいいくつあるのだろうか。その答えは、なんとたったの500席。その貴重な席に座れる芸能人は、全体の1%にも満たない。
それを思えば、芸能界は熾烈な椅子取りゲームだと言える。500席しかないから、どんなに疲弊しても、むやみに席を立ってはいけない。誰かが立ったら、音もなく、あっという間に代わりの誰かがその場所に座る。そして、自分が戻る席は二度と手に入らないのだ。
■マネージャーに文句を言うようではだめ
僕は、ときどき芸能界の後輩たちから相談を受ける。個を表に出す人気商売をしていると、思い悩むことも多いものだ。よく聞くのは、「事務所が何もしてくれない」、「マネージャーが使えない」というもの。しかし、思うような仕事のオファーが来ないときでも、担当マネージャーに怒りをぶつけたところでいい結果は生まれない。
もっとも身近なところにいるマネージャーやスタッフには、自分のいちばんのファンになってもらわなくちゃいけないのだ。
そのためには、多少話を盛ったっていい。自分の夢や、これから目指す道を熱く語り、その人を味方にするのだ。ときには食事をご馳走し、プライベートな時間もともにするのがいい。今は個人の時間を大事にする時代だが、膝を突き合わせる時間だってやはりときには必要だと思う。
話したいことがあるなら、メールや電話ではなく、時間をきちんと設け、直接顔を合わせて話し合うべきだ。
無理強いをしたりあまりに頻繁だったりしたら、この時世、モラハラやパワハラとみなされてしまうかもしれないが、今、抱いているアイデアや先々の展望など、面と向かって話さなければ伝わらないことだってあるだろう。そうすれば、10個のアイデアのうち1個くらいについては、相手も親身になって動いてくれるかもしれない。
■不安定な芸能界における生存戦略
その際、多少のホラは吹いてもかまわないと僕は思う。むしろ、つらいときこそ大ボラを吹くくらいの気構えが必要だ。僕自身、そんなふうにいろんなところに夢の種をまきながら今までやってきた。まかぬ種は決して生えないのだ。
さらに言えば、夢の種だけじゃなくて、「得意の種」をまくことも大切だ。
芸能界には定年がない。しかも人気や立ち位置に関してはなんの保証もないのだから、不安定極まりない。しかし、人には適材適所がある。自分にしかできないこととはなにか、そこを必死に考える必要がある。そして、自分が得意なこと、好きなこと、できることを、ありとあらゆる人にアピールして、得意の種をまくのだ。
今はSNSがあるから、昔よりもずっと得意の種をまきやすくなっている。それも歓迎すべきことだ。
■走り続けることで得られるものがある
一方で最近の若い人は、「明日の100円」よりも「今日の10円」を手に入れようとする傾向があるかもしれない。芽が出て実るまで我慢を積み重ねることなど意味がないと思う人も多いのだろう。僕が諭したところで、うるさいと思われるだけかもしれない。
ショービジネスの世界で大切なのは、ゴールを設定せずに走り続けることだ。走っているフリでもなんでも、たとえ遅くとも、スタミナがなくとも、走り続けているから、まとう空気や声が生き生きとした魅力を帯びてくるのではないだろうか。
今の時代、重視されるのは、将来の夢よりも今現在の現実だろう。もちろん、目の前の現実がいちばん大事なのは言うまでもない。ただ、「今を生きる」ということは、享楽的に楽しむことや、その場を盛り立てることに終始する瞬間芸を披露することばかりを指しているのではないはずだ。
未来に活かせる時間を着実に丁寧に重ねることも、無粋な努力を愚直に続けることも、得意の種を育てる大きな方法となる。そういうところから、「本物」は生まれ、進化するのだ。短絡的な結果を求めるこんな時代だからこそ、得意の種を育てる方法だって多彩にあるように思う。
■エンターテインメントはこれからも必要
活動がままならなかったコロナ禍の時期を経て、世の中にはあるスイッチが入り、人と人とのつながりより、個々を大事にするという時代がやって来た。
そんな受難の日々の中で、エンターテインメントは必需品ではない、というムードが世の中には広がっていた。「あれば楽しいかもしれないが、なくても困らないもの」と位置づけられていた。世界が大変な状況に直面しているときには、エンターテインメントの優先順位はかなり低いものとなることを実感した。
それでも人には、心を豊かにするエンターテインメントがやはり必要だと思う。方法論は変化していくだろう。ただそれを言うなら、今までだって幾度も芸能は装いを変えてきたし、芸能界の再編も繰り返されてきたのだ。どんな装いが新しい世にフィットするのかはまだわからないものの、エンターテインメントはこれからもっと進化し、人々の人生に潤いを与え続けるはずだと思っている。
たった500席しかないという芸能界の椅子を確保できている現役バリバリの間は、忙しさやスランプ、先々についての悩みなどによって、その1席の大切さが見えなくなるときもあるかもしれない。
もちろん、いちばん大切なのは自分の心の状態だ。心が疲れていれば休むことも必要だし、無駄な無理をするべきではない。それでも、安易な気持ちで休んではいけない。あとから悔やむような選択はしない方がいいに決まっている。
■自分の大事な1席を確保し続けるには
僕自身は、それが貴重なものだという自覚を大切に握りしめながら、自分が確保した椅子に座り続けてきた。シートベルトまでしっかり締め、またときどきは立つふりをして、ゆっくり周りを眺めたりもしながら。父から言われた「途中でやめるなよ」という言葉も重かったから、休むなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。
もっとも、こうした終わりのない努力は、好きでなければ続かない。得意なこと、好きなことは、その人の魅力の大きな源泉になる。好きだという気持ちで弾みをつけて、あくまで走り続けなければならない。
そんな根性論は古いものかもしれないが、風のように軽やかに、自分にできることを飄々(ひょうひょう)と進化させながら、大事な1席を自分のものとして確保し続けることができるのなら、それがいちばん素敵なことだろう。
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タレント
歌手、俳優、司会者とさまざまな分野で活躍し、幅広い世代から愛される国民的エンターテイナー。16歳でザ・スパイダースに加入し、1965年「フリフリ」でデビュー。1971年の解散後、ソロ活動に転向し、同年「さらば恋人」で日本レコード大賞大衆賞を受賞した。俳優としては「時間ですよ」「西遊記」「ちゅらさん」など多数のドラマに出演、司会者としても高い人気を博している。
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(タレント 堺 正章)
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