人間の知能は50歳以降も成長し続ける…定年後に「ヨボヨボになる人」と「ピンピン元気な人」の決定的な違い
プレジデントオンライン / 2025年1月26日 16時15分
※本稿は、榎本博明『60歳の地図 「振り返り」が人生に贈り物をもたらす』(草思社)の一部を再編集したものです。
■人は生涯にわたって発達していく
乳幼児から児童へ、さらに児童から青少年へと向かう年代が発達の著しい時期だというのは、身体的にも精神的にもだれの目にも明らかですが、大人になると発達が緩やかになり、やがて発達は止まり、老年期に近づく60代頃から衰退や喪失の時期になっていく。それが一般的な見方なのではないでしょうか。
ところが、心理学の世界では、人は生涯にわたって発達していくという見方に変わってきています。かつては発達心理学というと、乳児が幼児を経て児童に成長していくプロセスを探究する児童心理学や、認知能力の高まりとともに内面的世界が広がり理想の自分に向けて自己形成しながら大人へと成長していくプロセスを探究する青年心理学を意味していました。
でも、今では老年期の健康状態の悪化や各種能力の衰退だけに着目するのではなく、長年にわたる人生経験に基づく心の成熟に焦点を当て、人は生涯にわたって発達していくとみなす生涯発達心理学が台頭してきています。
また、各種能力の衰退に関しても、新たな見方が出てきており、それが高齢期を生きる人たちの気持ちを鼓舞しています。
高齢期に向かう年代の人たちに向けたセミナーの中で、体力の衰えに加えて知的能力の衰退に不安を持っている人がとても多いことを実感しました。実際、50代くらいから記憶力の衰えを感じている人は多いのではないでしょうか。でも、知的能力として大切なのは、何も記憶能力だけではありません。そこで、流動性知能と結晶性知能の話をしました。
その話に勇気づけられたという人が多かったので、まずはある50代の女性の簡単なレポートを紹介したいと思います。
■50歳を過ぎてから体力の衰えを感じていたが…
50代女性 島田さん(仮名)
仕事をしているが、50歳を過ぎた頃から体力の衰えを感じ、仕事にもストレスを感じるようになった。もう能力的に限界なのだろうかと気弱になることもある。でも、結晶性知能の話を聞き、経験が生きるという意味での知能もあるんだと知り、なんだか元気が出てきて、まだまだ頑張れそうな気がしてきた。定年後も、それまでの経験を生かして、仕事、あるいはボランティアでもしていけたらと思う。やってみたい習い事もあるのだが、年を取ってからだとダメかなと諦めがちだったが、定年後に時間ができたら思い切ってチャレンジしてみたいと思うようになった。
では、結晶性知能とは、どのようなものでしょうか。その話に行く前に、知能のとらえ方が変わってきつつあることに目を向けてみたいと思います。
■年齢を重ねても「知能」は伸び続ける
一般に、知能の発達は青年期をピークとし、それ以降は伸びることはなく、衰退の一途をたどるとみなされてきました。ところが、成人期になってからの知的な発達も捨てたものではないことがわかってきました。もっとも、そうでなければ実社会での年配者たちの活躍を説明することができません。
たとえば、単純な暗記のような課題に関しては、30歳の時点ですでに成績が下がり始めるといったデータもありますが、文書や人の話といった言語情報の理解や語彙の理解のような課題に関しては、少なくとも測定がなされた60歳まで成績が伸び続けるといったデータもあります。
実社会で有能に働くには、計算の速さや暗記力よりも人生経験や仕事経験によって培われた知恵を働かせることが重要となります。そこにある種の知能を想定すれば、それは人生経験の積み重ねによってどこまでも豊かに向上し続けていくと考えられます。
そこで注目すべきは流動性知能と結晶性知能の区別です。
流動性知能というのは、新奇な状況に適応するのに必要となる能力、既存の知識では解決できない課題の解決に必要な能力のことで、単純な記憶力や計算力など作業のスピードや効率性が問われる課題、図形の並び方の規則性を見抜く課題などによって測定される知能のことです。
■知能=「暗記力や計算の速さ」は思い込み
一方、結晶性知能というのは、経験から学習することで身につけられた知識や判断力のことで、言語理解や一般知識、経験的判断に関する課題によって測定される知能のことです。
さまざまな測定データによれば、流動性知能は青年期から30代にピークがあり、その後次第に衰退していきます。
それに対して、結晶性知能は教育や文化の影響を強く受け、経験を積むことで成熟していくため、成人後も衰えることなく、年齢とともに上昇していき、老年期になってからもあまり衰えが見られず、むしろ向上し続けることもあります。
先ほどの50代の女性の事例のように、結晶性知能のことを知って勇気づけられ、今後の展望に対して前向きになれたという人が多いのも、知能が暗記力や計算の速さのようなものに象徴される能力だという思い込みから解放されたからといえます。
■これまでの人生を改めて振り返ってみよう
ここで改めてこれまでのあなたの人生を振り返ってみましょう。人生グラフを作成しながら振り返るのもよいかと思います。
参考のために、60代の男性の振り返りを見てみましょう。
60代男性 丸山さん(仮名)
子どもの頃は野球の選手になりたくて、的をつくってしょっちゅうボールを投げていました。中学まではそんな感じで楽しくやっていたけど、高校はレベルが高いところだったから、みんな成績がよくて、そこで落ちこぼれて、やる気をなくした時期があって、家で何もしないでボーッとしている時期がありました。
だから15歳の頃はグラフでも最悪。モチベーションが低くて、「学校は何をするところなのだろう、自分は何しているんだろう」って考えちゃって、自己嫌悪が強くて、一番悩んだ時期でした。
それでもなんとか大学に進んで、劇団に入ったり、テレビ局でアルバイトしたり、厳しいけどとにかく面白かった。テレビ番組の企画とかを手伝ったりもして、もともと目立ちたがりだったので、人生で一番楽しかった時期ですね。だからグラフもその頃が頂上。
就職しても、仕事が合わなくて転職を繰り返して、グラフも上昇と下降を繰り返していますね。30歳の頃、三つ目の職場で妻と知り合い、結婚しました。これは大きかったですね。これからはあまりフラフラできないなと思って、職場に馴染もうとしました。だからグラフも上昇していきます。
でも、転勤の多い仕事だったので、自分はどこに住んでも一つの職場に行くからいいけど、妻や子どもは引っ越すたびに新しい環境に慣れるのに大変な思いをさせたなあ、つらい思いをさせたなあっていう思いはあります。
■ネガティブな出来事にも「ポジティブな意味」を見いだす
それからは、子どもが不登校になったり、やんちゃしたりで、大変な時期もあって、仕事絡みでは平穏でも、グラフは下降して回復するのを何度か繰り返していますけど、今思えば、子どもたちの問題も、自分の生き方を軌道修正するきっかけになったように思います。仕事中心に行き過ぎていたのをちょっと修正して、子どもたちと接する時間を持つようにしたり。
子どもたちも独立して、グラフは上昇していますが、べつに子どもが嫌だったわけじゃなくて、同じ頃に定年退職して、これからは自由に生きられるっていう思いが上昇につながっていると思います。
定年退職後も何かで社会につながっていたくて、「カウンセラーが向いている」と言われたこともあって、カウンセラーの勉強をしています。これまではただ突っ走ってきた感じの人生でしたが、いろいろ振り返って、自分の内面の変化をたどったりする気持ちや時間の余裕もできて、自分らしい老後の人生を送っていけそうな気がしています。
この男性は、紆余曲折の人生をたどる中で、たとえば子どもの不登校ややんちゃな行動で大変な時期もあったけど、それも仕事中心にし過ぎていた自分の生き方を軌道修正するきっかけになったというように、ネガティブな出来事にもポジティブな意味を見いだすことができ、人生を肯定的に振り返っています。そして、定年退職に関しても、やりがいや居場所の喪失といったとらえ方でなく、自由に生きられるといったとらえ方ができています。その結果、内的世界を耕す時間や心の余裕ができて、自分らしい老後の人生を送っていけそうな気がしていると言います。
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心理学博士
1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在、MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)、『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)、『「おもてなし」という残酷社会』『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理』(以上、平凡社新書)など著書多数。
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(心理学博士 榎本 博明)
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