なぜ田中角栄の言葉は人の心をつかむのか…草野仁が考える「数字に強い人」と「数字に細かい人」の決定的な差
プレジデントオンライン / 2025年1月29日 18時15分
※本稿は、草野仁『「伝える」極意』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■「伝わらない」のは“使い方”が原因
①漢語の多い文章
②「言葉をひらいた」文章
いろいろと準備を調え、下調べも万全。何度も練習をしたけれど、自分が期待するほどには、相手に話が伝わっていない気がする。しかし、何がよくないのかがわからない……。こんな思いをしたことはないでしょうか。もしそうなら、ご自分が使っている「言葉」について振り返ってみましょう。ひょっとすると、使い方に原因があるのかもしれません。
私たち放送に関わる人間は、相手が聞いた瞬間に理解できる言葉、平易でわかりやすい言葉を使うことを徹底して心がけています。これを私は「言葉をひらく」と呼んでいます。
言葉に関する仕事をしていると、自然と語彙は豊富になります。
ですがそのぶん、聞いた相手が「えっ、それは何?」と迷ってしまう言葉をとっさに使ってしまうこともありうるのです。そうなると相手は「あの言葉は一体何だったのだろう」と立ち止まって、そこから先の話が頭に入ってこなくなります。
そうならないためにも、私は徹底して「言葉をひらく」ようにしています。とくに気をつけている言葉の代表例は「漢語」です。漢字二文字の言葉は、文字を目で追うときにはすらすらと理解できますが、耳で聞くだけのときは、判断に迷いやすい言葉なのです。実際に、話し言葉の中に二字熟語をたくさん使ってみましょう。
■「聞き取りやすく、わかりやすい言葉」がいい
どうでしょう。聞いたときに「“しょうさ”かな、“ちょうさ”かな」「“いぎ”とは、意義? それとも異議?」など、迷う部分がたくさん出てきますね。また、言い回しも全体的に堅い印象です。それよりも、
と言い換えてみたほうが、聞きとりやすく、わかりやすくなりますね。
同じように、
「討論する」は「話し合う」。
「精査する」は「よく調べる」。
「発言する」は「言う」または「おっしゃる」。
このように、できるだけ「ひらいた言葉」に変換して伝えるようにしています。
とはいえ、いつも誰にでもわかる言葉を使えるとは限りません。今は、新しい言葉もどんどん登場していますから、日本語訳の追いついていない横文字をそのまま使わざるを得ないこともあります。
そのときは、放送であれば、ボードに言葉を書いて「こういう意味の言葉です」と説明をしてから本題に入るようにします。読み方も、もとの発音になるべく近づけます。時間の制約があるニュース報道でそこまで細やかに説明するのは難しいかもしれませんが、見ている方たちの理解を進める上では、そのくらいの努力をしなければいけないと思っています。
仕事のプレゼンテーションや面接でも、難しい用語を使って自分を恰好よく見せようとせずに、あくまでも相手(聞き手)ファーストの姿勢を心がけることが、最終的には良い結果につながっていくでしょう。
■田中角栄は「数字」の使い方がうまかった
①なるべく多く使う
②1回だけ使う
話を聞いていて、思わず「うまいな」と感心する方は、話の中に必ず「ここだ」と印象づける部分をもってきます。ひとつが、「正確な数字をバシッと使う」というやり方です。
昔、田中角栄(たなかかくえい)という、当時一世を風靡(ふうび)した総理大臣がいました。田中氏は、中央工学校の夜間部を卒業した人で、他の政治家のように高学歴を修めた人ではありませんでしたが、当時の戦後最年少の54歳で総理大臣になった方です。
田中氏は、遊説(ゆうぜい)先などで人々に向かって演説するとき、話の中に必ず具体的な数字を入れていました。「この度はどこそこの道路を改修してよりよい道路にしていく、予定した予算は233億5千何百何十万円である」と、聴衆がびっくりするような細かい数字を正確に述べるのです。
すると聞いている人は「よくそこまで覚えているな」「233億5千何百何十万円なんてすごいな」と、話にぐっと引きつけられます。そうやって相手に自分の話を印象づけることが大変お得意でした。
もう一人、同じ方法で人気を博していた方がいます。それは元NHKの名アナウンサー、鈴木健二(すずきけんじ)さんです。鈴木さんは『紅白歌合戦』の司会を何度か務めたこともありますが、もともとは学術的な分野への造詣が深い、学者肌のアナウンサーでした。
■「細かい数字」を言えばいいわけではない
代表番組の『クイズ面白ゼミナール』は、司会の鈴木さんが「主任教授」となり、ゲスト解答者の「学生」にクイズを出題するという形式で人気を呼び、最高視聴率42.2%を記録しました。
鈴木さんは解説をするとき、「昭和30年の総人口は8927万5529人でした」などというふうに、正確な数字をバシッと出してきます。しかも、数字を出すのは一回限りです。
このように、話の中に数字が入ると、内容が具体的になり、説得力が生まれます。鈴木さんは、人の気持ちを引きつけるような吸引力のある数字の使い方がとても上手な方でした。ですが、気をつけてください。これを何度もやってしまうと、かえって印象に残らなくなるのです。
田中角栄の後輩にあたる有力政治家の話です。私は一度、彼の自宅から遊説先まで、取材のためにご一緒したことがありました。彼も数字には強くて、細かい数字をとてもよく覚えていました。演説の中にも、「このときの予算はいくらで」とか「次の目標が何パーセントで」と、いくつもの数字を出していました。
しかし、一度目の数字を聞いて「ほう、すごいな」と感心していた人も、同じようなことが二度三度と続くと、次第に「またそんな細かい数字か」という気持ちに変わってきます。
田中氏が得意だったやり方を模倣してみたけれども、効果的な使い方ができなかったために、魅力的な話し手としての強い説得力をもちきれないで終わりました。相手の気持ちをこちらに引きつける方法を知っていたとしても、それだけでは相手に伝わりません。上手な使い方をしないと、場合によっては失敗してしまうこともあるのです。
■場を和ませるには「失敗談」がいい
①成功談
②失敗談
取引先相手のプレゼンテーションや研究発表など、大勢の前で話すときは、「失敗しないようにしよう」と、つい力が入ってしまいます。すると、緊張が聞き手にも何となく伝わって、空間全体が重苦しいものになりがちです。そんなときのためにもっておきたいのが、「失敗談」です。
面白い失敗談には、笑いとともに、その場の空気をフッと和ませる作用があります。「何だか初めから空気が堅いな」と感じたら冒頭に、「どうも中だるみしてきたような気がするな」と思うなら中盤に、「最後に思い切り笑ってもらって、勢いをつけよう」と考えるなら締めのあたりにと、流れを見極めて挟むことができればベストです。
失敗談の例として、アナウンサーの読み間違いをご紹介しましょう。まずは、NHKで私の2年後輩だった松平定知(まつだいらさだとも)アナウンサーの話です。松平さんは、『連想ゲーム』や『NHKスペシャル』『その時歴史が動いた』など、多くの番組で名司会ぶりを発揮しました。
そんな彼が、初任地の高知放送局で天気予報の放送を任されたときのことです。当時は、局から地元の気象台に電話をして天気を尋ね、それを局員がメモしてアナウンサーに渡していました。そして、そのようなメモを取るのに時間をかけるわけにはいかないので、天気は「㋩(〇の中にハ)」で「晴れ」、「㋗(〇の中にク)」で「くもり」と、簡潔に書いていました。
■NHKで「虹が出る」と予報したアナウンサー
その原稿を、彼は赴任初日に読むことになりました。初めてスタジオに入って渡された原稿には、「㋩のち㋗一時㋥」と書かれていました。「晴れ」のち「くもり」まではわかる。けれども、「㋥(〇の中にニ)」は何だったっけ。一生懸命考えたけれども思いつきません。
考えた末、彼は「晴れのちくもりで、一時、虹が出るでしょう」と読みました。ここまで読まれたみなさんなら、もうおわかりでしょう。「㋥」は「にわか雨」です。NHKの天気予報で「虹が出る」などという予報を出したのは、後にも先にも、彼ひとりでした。
また、地方局のアナウンサーの例で、バスとタクシーの交通事故のニュースを渡されたとき、「バスに乗っていた土人(どじん)がけがをしました」と読んでしまった、という話があります。実際には、「十一人」なのですが、字間がつまっていたため、「十」と「一」がひとつの文字に見えてしまったのです。そこで、漢数字を漢字だと思い、間違えてしまったのですね。
しかし、とっさに原稿を渡されて、しっかり下読みができなかったとしても、そんな言葉が出てくるわけがありません。
これがきっかけで、ニュース原稿の数字は、以降は算用数字で書くことになりました。
古い時代には、原始的な生活をしている人たちを「土人」と言ったりしたことがありました。現在は差別語ですから、もちろん使えない言葉です。
■“ベテランの失敗談”も効果的
また、1966年、タイのバンコクで開かれたアジア競技大会のラジオ中継でのことです。現地からの放送を我々は一生懸命聞いていました。実況は、ある程度キャリアのあるアナウンサーが担当していました。
私は「いい取材をして、いい放送をしているな」と感心しながら実況を聞いていました。そして、選手団が入場し、いよいよ日本選手団がゲートをくぐったときのことです。そのアナウンサーは「日本選手団は、男女ともいずれも、赤のブラジャー……」と言ってしまったのです。
本当なら、赤の「ブレザー」と言うべきところ……、いいえ、実際に言うつもりだったのでしょう。しかし、何かふとした思いで「ブラジャー」が頭に浮かんだのかもしれません。
こんなふうに、生放送では、いろいろなことが起こるものだというお話をすると、講演会などでお客さんも結構喜んでくださいます。業界内の失敗談もそうですが、ご自身の失敗談や気にしていることをあえて話すことも、相手に伝える上で有効に働きます。
つい先日亡くなりましたが、アメリカ大リーグのかつての名選手で、ピート・ローズという人物がいました。彼が来日した際、私はちょうどNHKのニュース番組『ニュースセンター9時』でスポーツコーナーを担当していたので、インタビューをしました。
■取り繕ったり、身構えたりする必要はない
彼は、グラウンド上でいつも全力でプレーすることから人気を集めていました。盗塁の名手で、頭から突っ込むヘッドスライディングがトレードマークでした。一見すると強面(こわもて)の印象を与えるのですが、彼は「いやあ、ヘッドスライディングをやりすぎちゃって、それでこんな顔になっちゃったんだよ」と、ジョークを飛ばしてきたのです。私は聞いた瞬間に、思わず爆笑してしまいました。
彼の起こした賭博行為や幾多のスキャンダルは、決してほめられたものではないでしょうが、自分の弱みを逆手に取ってジョークにし、相手と距離感を縮める巧みさは、お手本にできそうです。
SNSが日常に普及した社会では、自分の生活の中のいいシーンから、とくにいい場面を選び取り、写真に撮って掲載することが「普通のこと」になっているように見受けられます。
しかし、相手に伝えるときに大切なのは、自分自身の「今ある姿」を見せることです。決して無理をしない。なぜなら人間というものは、いくら取り繕ったり身構えたりしていても、正体は必ず明らかになるものだからです。
したがって、自分の長所やアピールしたい点を誇示するよりも、自分が苦手なことや、短所だと思う点を飾らずに話すほうが、「なんだ、自分と同じじゃないか」と、身近さを感じてもらえる可能性があります。
「実は、こんなことができないんです」「そうなの? 実は私もそうなんですよ」というように、苦手があることが、実は会話のきっかけになることは往々にして起こり得ます。
本当の自分の姿を見てもらおうという気持ちで臨むことができれば、余計な緊張もしなくて済みそうな気がします。武勇伝だけではなく、失敗談や自分の短所をオープンにすることも、同じくらいに大切なのです。
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テレビキャスター
東京大学文学部社会学科卒業後、1967年NHKに入局。主にスポーツアナウンサーとしてオリンピックの実況中継や「ニュースセンター9時」などの報道番組のキャスターも務めた。1985年2月NHK退局後、フリーに。数多くの情報番組、バラエティ番組の司会を務め、中でもTBS「日立 世界ふしぎ発見!」は38年も続く驚異的長寿番組となった。近著に2013年『話す力』(小学館)、2015年『老い駆けろ!人生』(KADOKAWA)などがある。
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(テレビキャスター 草野 仁)
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