フジテレビはもはや「報道機関」ではない…「女性アナ上納疑惑」で露呈した"エンタメ企業化"という大問題
プレジデントオンライン / 2025年1月21日 7時15分
■「楽しくなければテレビじゃない」というスローガン
タレントの中居正広氏の女性トラブルをきっかけに、フジテレビが「性接待」への組織的関与を疑われて深刻な危機に直面している。
そんななか、「公共の電波を利用しているのにけしからん」といった批判が噴出している。国民の財産である電波を独占しているのだから、報道機関として公共性の高さを自覚しなければならない──こんな議論である。
ここで一つ疑問が出てくる。そもそもフジテレビは報道機関なのか? むしろエンターテインメント(エンタメ)企業ではないのか?
フジテレビは1980年代から「楽しくなければテレビじゃない」というスローガンを掲げ、かつてバラエティ番組中心の編成で黄金時代を築いている。その意味で圧倒的にエンタメ企業だ。
■渦中の港社長はバラエティ番組で出世
経営幹部もエンタメ出身。例えば、1月17日の記者会見で失態を演じた港浩一社長。「とんねるずのみなさんのおかげです」などのバラエティ番組をヒットさせ、2022年に社長に上り詰めている。
今回の女性トラブルはエンタメ部門で起きている。週刊文春などの報道によれば、エンタメ部門がタレントや芸能事務所とズブズブの関係にあることから、いわゆる「女子アナ上納接待」といった疑惑が出ているのだ。
2021年にモデルのマリエさんが「枕営業」告発に踏み切った際にも、起点となったのはフジテレビのバラエティ番組「クイズ! ヘキサゴン」だった。
参照記事:マリエの「枕営業」告発が、テレビや新聞で完全スルーされる本当の理由
■電波の利用にふさわしいのは報道機関
フジテレビが100%エンタメ企業だとしたら、電波の独占を認められるべきだろうか。
もちろん「エンタメ=公共性の欠如」ではない。低俗なお笑いは論外としても、人々に感動を与えるドラマもあれば、教育的・文化的に優れたバラエティ番組もあるだろう。
それでも電波の利用者にふさわしいのは、報道機関であってエンタメ企業ではない。報道機関は災害時に高い公共性を発揮するし、調査報道によって民主主義を支える役割も担っている。
フジテレビに報道機関としての自覚を持たせるためには、「芸能界との癒着を断ち切れ」「忖度なしに報道しろ」といった精神論を説くだけではだめだ。構造問題に切り込まなければ同様の問題はまた起きる。
処方箋としては大きく二つある。
第1にコーポレートガバナンス(企業統治)の改革。具体的には報道とエンタメ両部門の分離だ。
■報道部門が独立していないという問題
エンタメ部門を別会社にすればすっきりするが、一筋縄ではいかない。とりあえず両部門を隔てるファイアウォール(業務の壁)を築けばいい。
フジテレビに限らず日本の民放テレビ局は報道とエンタメをごっちゃにしている。両部門の人事異動を日常的に行っているし、採用時にも報道とエンタメを区別していない(NHKは報道とエンタメを区別している)。報道番組のキャスターにタレントを起用することもある。
ここには「報道もエンタメも同じ番組制作」という考え方がある。求められるスキルは全く違うのに、である。
そのため、私が個人的に知っている範囲でも、ドラマ制作希望で入社したのに報道に配属されて落ち込む新卒局員もいれば、報道部門で記者をしていたのにバラエティ番組を担当させられて退社する中堅局員もいる。
報道部門がエンタメ部門との人事交流をストップし、独自に人材育成・採用に取り組めば、独立性を高められる。
理想的には報道部門は局内で治外法権的な地位を確保するべきだ。エンタメ部門からはもちろんのこと、経営陣からも介入を受けないようなガバナンス体制を築くのだ。こうすれば自局のスキャンダルについてもきちんと報道できる。
フジテレビの報道部門が特別取材班を立ち上げ、「フジテレビのドン」と呼ばれる日枝久相談役のほか港氏や中居氏、被害女性らを徹底取材し、スクープを放つ――こんな展開も可能になる。自局で起きた騒動だから報道機関としては圧倒的に有利であるはずだ。
■エンタメを制限する「日本版フィンシン・ルール」
第2に「日本版フィンシン・ルール」の導入。これによってフジに限らず民放テレビ局のエンタメ企業化を制限するのだ。制度改革であるだけにファイアウォール以上に大きな影響を及ぼす。
個人的にフィンシン・ルールを知ったのは20年以上前のこと。ソニーの一時代を築いた故大賀典雄氏にインタビューしたとき、「テレビ局は日米で全然違う。コンテンツ制作はハリウッドがやっているから」と聞かされたのだ。
大賀氏はハリウッドに詳しかった。社長時代にソニーによる米コロンビア映画(現ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)買収を主導したのだから、当然だった。
大賀氏が念頭に置いていたのがフィンシン・ルールだ。米連邦通信委員会(FCC)が1972年に施行した規制であり、ABC、CBS、NBCという3大テレビネットワーク(日本の民放キー局に相当)の強大化阻止を狙いにしていた(同ルールは1990年代前半に廃止)。
これによって3大ネットは自前のエンタメ番組制作を制限され、ハリウッドの映画スタジオからコンテンツを調達するようになった(著作権は映画スタジオに帰属)。必然的にスポーツと並んで報道を独自コンテンツの目玉にしなければならなくなり、報道機関としての性格を強めたのである。
だからなのか、3大ネットの局員は「報道機関に勤めている」という意識を持っている。ドラマなどのエンタメ番組制作を夢見て3大ネットの門戸をたたく人はあまりいない(そのような人はハリウッドへ行く)。
そんな背景があることから、3大ネットでは優れた報道番組が生まれる。代表例は、日本の報道番組にも影響を与えたCBSの調査報道番組「60ミニッツ」だ。取材チームは経験豊富なジャーナリストで構成され、エンタメとは一切縁がない。
■ワインスタイン事件との決定的な違い
フジテレビの女性トラブルは有力プロデューサーを巻き込んだ騒動であり、2017年にアメリカで起きた「ワインスタイン事件」と似ている。
同事件では、プロデューサーのハーベイ・ワインスタイン氏がカネと権力を武器にして、性的暴力やセクハラに手を染めていたことが発覚(同氏は実刑判決を受けて服役中)。女性たちがセクハラや性被害の経験を告白する「#MeToo運動」のきっかけとなった。
一方、フジテレビではプロデューサーが「女子アナ上納接待」への関与を疑われている。
両氏の共通点は、プロデューサーという肩書だ。ただし違いが一つある。ワインスタイン氏は3大ネットではなくハリウッドでキャリアを積んだ「ハリウッドマン」であるのに対して、“上納プロデューサー”はフジテレビの局内で出世してきた「テレビマン」なのである。
■アメリカのエンタメ界を独占してきたハリウッド
ハリウッドは強大であり、エンタメの世界で3大ネットを圧倒している。フィンシン・ルールを追い風にして、テレビ番組も含めてコンテンツを独占するようになったからだ。
だからこそ「ハリウッドマン」ワインスタイン氏は大きな権力を握れたのだ。
逆に言えば、フィンシン・ルールがなかったら3大ネットがエンタメ業界の覇者になっていた可能性がある。公共の電波を独占するだけでなく、膨大なエンタメコンテンツを所有する格好になって。
ちなみに、アメリカでは過去数十年にわたってメディア業界の大再編が起き、3大ネットはハリウッドの巨大コングロマリット(複合企業)にのみ込まれている。例えば、3大ネットの一つABCは米ウォルト・ディズニー傘下にある。
■民放テレビ局にいま必要な“ショック療法”
インターネット時代を迎え、日本の民放テレビ業界は経営的にじり貧状態に置かれておいる。
それでも3大ネットと比べればなお強大であり、大型M&A(企業の合併・買収)とも無縁である。「ハリウッドとテレビ局が合体したような特権的業界」であるからにほかならない。
豊富なコンテンツに加えて電波もあるのだから鬼に金棒であり、よほどのことがない限り安泰。稼ぎ頭は報道ではなくエンタメであり、エンタメ路線で頭一つ抜けているのがフジテレビだ。
厳しいのは下請けの番組制作会社だ。どんなに質の高い番組を制作しても、ハリウッドの映画スタジオのようにはなれない。基本的に発注側のテレビ局側に著作権を握られていることが影響している。
民放テレビ局に報道機関としての自覚を促すために、日本版フィンシン・ルールを導入してみてはどうか。アメリカのように20年間にわたって同ルールを適用すれば、民放テレビ局に対して脱エンタメを促せる(テレビ局と番組制作会社の力関係を変えられる)。
「テレビは終わった」とも言われるなか、半世紀前のフィンシン・ルールを持ち出すのに違和感を覚える人もいるだろう。だが、テレビ業界が必要としているのは“ショック療法”だ。
■「フジテレビから放送免許を取り上げる」の声
日本版フィンシン・ルールが導入されれば、芸能界との癒着リスクは民放テレビ局から番組制作会社へ移転する。公共の電波を独占する民放テレビ局は芸能界と距離を置き、公共性の高い報道に軸足を移すわけだ。
だからといってテレビ世代の視聴者が「無料でお笑い番組を見られなくなるのは困る」と心配する必要はない。民放テレビ局は外部の番組制作会社からエンタメコンテンツを調達し、今まで通りに放送すればいいのだから。
フジテレビの女性トラブルを受けて、SNS(交流サイト)を中心に「フジテレビから放送免許を取り上げろ」といった声が出ている。
こうなると、「電波オークション(競争入札)」をめぐる議論が改めて必要になってくる。電波オークションは既存テレビ業界の電波独占を突き崩し、新規参入を促す切り札といわれている。
元放送作家でユーチューバーの長谷川良品氏は自身のチャンネル上で、「公共財である電波事業というのは、銀座の一等地にほぼ無償で与えられた土地で商売をするようなもの。そんな強大な利権は半永久的に続き、店舗の入れ替えもないに等しい」と手厳しい。
主要国の中で電波オークションを行っていないのは日本だけだ。
■芸能界との癒着を断ち切り、膿を出し切るべき
フジテレビは「楽しくなければテレビじゃない」という企業文化をアップデートする必要があるだろう。それが行き過ぎて芸能界との癒着がはびこり、女性トラブルが起きたのだから。
すでに海外の投資家から圧力がかかる一方で、大口スポンサーが次々とCM出稿を取りやめている。このままではフジテレビは早晩経営的に行き詰まる。率先してガバナンス改革に踏み切り、膿を出し切らなければならない。
今回の女性トラブルで被害者としてクローズアップされたのは、接待要員として駆り出されたとされる女性アナウンサーだ。とりあえず、時代錯誤的な「女子アナ」という言葉を使うのをやめてみてはどうか。
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ジャーナリスト兼翻訳家
慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師(2013~23年)。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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