会話のスキルアップは「ヤバイ断ち」が不可欠…草野仁「3人の名物アナウンサーに共通する伝える極意」
プレジデントオンライン / 2025年1月31日 18時15分
※本稿は、草野仁『「伝える」極意』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■“話がわかりやすい”アナウンサーの特徴
①大きな声で、賢そうな言葉選びで、抽象的な話ができる
②声が美しく、平易な言葉遣いで、たとえ話がうまい
これまで出会ってきたアナウンサー、キャスターの中で、私が「この人の話はわかりやすいな、よく伝わるな」と感じた方をご紹介します。
一人目は、同じNHKの先輩の、鈴木健二(すずきけんじ)さんです。鈴木さんは話す言葉がとてもはっきりとしていて、声がとても美しいのです。また、音程感もしっかりしているので、とてもわかりやすく、気持ちよく聞くことができます。
二人目は、久米宏(くめひろし)さん。ちょうど私と同じ年の生まれです。TBSに入社し、同社を代表する看板アナウンサーとして活躍しました。1979年に同社を退社してフリーになりましたが、その前年の1978年から1985年まで、黒柳徹子さんと組んで、TBSの人気音楽番組『ザ・ベストテン』の司会を務めました。
その後、1985年から2004年まで、テレビ朝日の報道番組『ニュースステーション』のメインキャスターとして活躍していました。彼はとても背が高く、すらりとしていて、整った容姿の持ち主です。そして話し言葉が大変わかりやすく、誰にでも伝わる言葉遣いをしていました。
説明するときの表現も巧みで、聞いていてとても安心できる、聞く側が心を開くことのできる説得力がありました。『ニュースステーション』での主義主張にはいろいろと批判もありましたが、表現者としては非常に優れた素養をもった人だと思いますし、日本を代表するキャスターの一人だと思います。
■「言葉遣い」「たとえ」「説得力」が大事
3人目は、私が福岡時代に大変お世話になった、元NHKの羽佐間正雄(はざままさお)さんです。羽佐間さんはスポーツアナウンサーとして大活躍をなさっていた方です。羽佐間さんが担当されていた『ニュースセンター9時』のスポーツコーナーの三代目は、私が譲り受ける形となりました。
羽佐間さんの解説は大変論理的です。試合の展開を論理的に説明されるので、「なるほど、こうきたら次はこうなるな」と、わかりやすく理解できます。論理的な解説の合間には、試合のこの後の展開の予測も続きます。ですから、試合の流れを楽しみながら観戦できるのです。
私は羽佐間さんの放送を聞いて、「何て現代的な、いい放送なんだろう。自分が目指すのはこんな放送だ」と尊敬していました。羽佐間さんは、NHKを退職されたのち、合計11回のオリンピックでの放送が評価され、「全米スポーツキャスター協会特別賞」を、日本人のスポーツアナウンサーとしてただ一人受賞されました。
3人の共通点を考えてみると、次の三つのことが挙げられます。まずは、言葉遣いが明瞭で明確であること。声の出し方、発音や発声がとてもよくて、言葉がはっきりと聞こえます。
次に、たとえ(比喩)の表現がうまいこと。「これはたとえばこういうことです」と、難しいことをかみくだいて言うときの言い表し方が、「まさにその通り」と感じさせるほどに的確です。これは、聞き手が理解を深めるためにはとても大切な要件だと思います。
最後に、聞き手を納得させる話の力、話術力があること。話を聞いて「よくわかった。なるほど、そういうことだったのか」という説得力をもった話の展開ができることです。相手に伝わる話をするには、この三つが大事だと思います。
■スポーツ中継は“心が震える”
①事前に練り上げて用意しておいた台本
②その場でとっさに出てきた自分の言葉
スポーツ中継の魅力のひとつは、素晴らしいプレーが決まった瞬間や、偉大な記録を達成した瞬間の場所に立ち会えることです。伝える側は、スポーツの素晴らしさに心震えながら、同時にその場、そのときの状況をもっとも表す言葉を探し、放送にのせます。
オリンピックやワールドカップの名場面集では、それらの印象的なシーンと解説が放送され、観る側に感動をもたらします。解説者の残した「名文句」というものも、いくつか聞いたことがあるかもしれませんね。
前の話に続きますが、私のアナウンサーの師匠である羽佐間正雄さんが、1988年、韓国・ソウルオリンピックで、陸上男子100メートルの実況中継を担当したときのことです。
そのときの1位は、カナダのベン・ジョンソン選手で、ダントツで他を引き離す、9秒79の世界新記録(当時)を打ち立てました。2位は、100分の13秒遅れで、アメリカのカール・ルイス選手。後に大チャンピオンとなる選手でした。
■「筋肉の塊」は巧みな表現だった
二人はライバルとして注目されていました。100メートルの後半が強い、追い上げ型のルイス選手に対して、ジョンソン選手は、強い筋力を活かしたロケットスタートが持ち味の選手でした。決勝は、二人の一騎打ちになるだろうと予想されていました。
予選では、ルイス選手が二次予選で9秒台を出したのに対して、ジョンソン選手は着順でかろうじて拾われるなど、不振が目立っていました。しかしフタを開けてみると、決勝ではジョンソン選手が圧勝しました。100分の13秒の差は、距離にすると1メートル半くらいになります。当時の世界新記録、圧倒的な勝利です。
カメラが、ゴールしたジョンソン選手を「ゴールイン! ベン・ジョンソン!」と追いかけていました。その姿を見て、実況の羽佐間さんは一言、「ベン・ジョンソン、筋肉の塊」と表現したのです。私はこの表現に、非常に深い意味が込められていると思いました。
このレースの後の検査で、ジョンソン選手から禁止薬物である筋肉増強剤の陽性反応が検出され、世界記録と金メダルが剥奪されました。そして2位以下が繰り上がり、金メダルは、カール・ルイス選手に与えられました。
このときの実況中継の「ベン・ジョンソン、筋肉の塊」という一言は、「異常なまでのこの筋肉は、ひょっとして?」というクエスチョンマークを観る側にもたらした、とても巧みな表現であったと思います。
■「用意した言葉」より「心から感じた言葉」
実際に彼の肉体は、腕や太ももの筋肉がほかの選手よりも圧倒的に発達していて、「何かやっているんじゃないか」という噂がありました。そんな状況を受けての「ベン・ジョンソン、筋肉の塊」という言葉は、最終的にはドーピング検査を受けて失格になっていくという結末を暗示するかのような、素晴らしい中継だったと、今でも思います。
近年は、スポーツ中継において、「明らかに事前に用意したな」とわかるコメントを述べるアナウンサー、キャスターが増えているようです。それらの口上も、事前に考えておいたぶん、確かによく練られていて、それなりに演出効果はあるでしょう。
ですが私は、その場面を見た瞬間に頭の中に出てきた言葉を映像とともに表現できる、そんな瞬発力こそ、本当の「伝える力」ではないかと思うのです。事前に予想して作った作文よりも、目の前でその瞬間に起こることのほうが、圧倒的に真実です。
感情的な叫びやキャッチコピーなどでごまかさず、どう端的にまとめ、場の空気までも感じさせるような表現として言葉にできるかどうか。伝える側の能力は、そこにかかっていると言えるでしょう。
■「やばい」が持つ意味を考えてみる
①確信と責任をもって表現を選ぶべき
②フィーリングで選ぶべき
では、相手に伝わる表現をするためのスキルアップとして、どんなことをすればよいでしょうか。おすすめしたいのは、自分の思い、伝えたい内容にぴったりくる言葉を探し、引き出しを増やしていくことです。
「自分はいつもきちんと気持ちを表す表現を使っている」と思っているかもしれませんね。しかし実際はどうでしょう。たとえば、「やばい」という表現を例にとってみましょう。巷(ちまた)でもよく耳にするし、実際に使ったことがあるのではないでしょうか。
辞書を引いてみると、「危険や不都合な状況が予測されるさま。あぶない」のほか、補説として、「若者の間では、『最高である』『すごくいい』の意にも使われる」とあります(デジタル大辞泉)。
では、具体的な使われ方を見てみましょう。
①「今日の発表、準備ができてなくてやばい」
②「昨日のランチのミニデザート、ちょっとやばくなかった?」
③「えっ、誕生日、覚えてくれてたんだ、やばっ」
④「先輩、この報告書の内容、やばいです」
■“あやふやなニュアンス”では伝わらない
これらの「やばい」は、それぞれどんな気持ちを表しているでしょうか。
①は、準備ができずに緊張している様子かもしれません。
②は、デザートがおいしかったのでしょうか。それとも期待外れだったのでしょうか。
③は、相手が誕生日を覚えていたのが迷惑だったのでしょうか。それとも、嬉しかったのでしょうか。
④は、報告書の内容が間違っているのでしょうか。それとも素晴らしかったのでしょうか。あるいは、自分が内容を理解できないのでしょうか。
このように、「やばい」は、いろいろな意味を大ざっぱに説明するのに便利な言葉ですが、言われたほうは相手が何を言いたかったのか、ニュアンスをあやふやにしか理解できない表現です。
相手に伝えるには、今の気持ちをいちばんよく表現しているのはどの言葉なのか、「今はこっちだな」「いや、もう少し違うニュアンスのほうがしっくりくるな」と、自分で言葉を探していく努力をしていかないといけないと思うのです。
感覚的にはとても細かい部分になりますが、あいまいな感覚で言葉を操るのではなく、「今、このときはこの言葉だ」と、確信と責任をもって表現することが必要かなと思います。
■「いい表現」をするには努力が必要
またそのためには、比喩表現を効果的に使えることも大切です。「いいたとえをしよう」と、常に構えている必要はありませんが、たくさんの例を知っておくように心がけてみると、いざという時に、すぐに取り出すことができます。
同時に、自分の表現の引き出しを増やすために、評判になっている小説を読んだり、話題になっている映画を観たり、絵画や建築などの美術作品に触れたりと、いろいろなものを目にしてください。
作品を前に、作者はどのような思いでそれに取り組んだのか、制作中は何を考えていたのかなど、想像を膨らませて、自分なりに解釈をしていきましょう。与えられるものを受け取るだけで何の努力もせずに、いい表現が生まれるわけはないのです。
最後は、いろいろな場で、実際に試してみて、実践をしていきます。これはスポーツと同じです。
どんなに優れた選手でも、実践の経験なしに、最初からホームランを打ったり、シュートを決めたりすることはできません。他流試合や出稽古を続けて、自分の表現を磨いていきましょう。着実に練習を重ねる努力を続ければ、必ずうまくなれますよ。
■“やりたい”なら「説得材料」を集めるべき
①感情的に訴え、時には力技で押し切る
②論理性と根拠を武器に、きちんと説得する
仕事や研究などに真剣に取り組んでいると、「これはどうしてもやりたい」とか「どうしてもこのことが必要だ」という思いが出てくるものです。何としてもこの企画を通したい、実現は厳しいかもしれないが周りにわかってもらいたい。そう思うなら、まずはそれを伝えるための材料をきっちり集めることです。
自分がいいと思う企画がなぜ今必要なのか、相手が「なるほど、確かにそうだ」とうなずくだけの説得材料を、集められるだけ集めておくのです。「なかなかウンと言わない上司も、これならわかってくれるだろう」というくらい、精一杯リサーチしてください。「ちょっと集めすぎたかな」と思うくらいで、ちょうどいいです。
そして、「この企画は、こんな場面でも、あんな場面でも使えます」「この局面を打開できるのは、この案です」と、きちんとした根拠を見せながら説得するのです。
■材料を集めたら、却下されても提案し続ける
間違えてほしくないのですが、いくらやる気や情熱があっても、それだけで相手を説得するのは難しいのです。客観的に判断できる材料を示すことができない提案は、ただの思いつきとして流されても仕方ないのです。
また、提案するタイミングを読むことも大切です。仕事の場面では「いい企画だけれど、今は少し早いね」と言われることが、往々にしてあります。ですから、タイミングを見計らうことは、とても大事なのです。
何度か機会を逃してしまうこともあるでしょうが、諦めずに材料を集め続けていれば、「今行くしかない、ここがタイミングだ」と判断できるときが訪れるでしょう。
そして、何度か却下されても、自分が本当にやりたいことであれば、相手が忘れないように、折を見て提案し続けます。なぜなら、あるときふいに「そういえば、あのときの提案、今使えるんじゃないか」と誰かが言い出すチャンスが来ることがあるのです。
「あの人は○○推し」だと周りに印象づけるほどのパワーがあれば、「確かに、そのやり方は面白いかもしれないな」と賛同してくれる人が出てくるかもしれません。そうなったら、上司も無視はできないでしょう。
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テレビキャスター
東京大学文学部社会学科卒業後、1967年NHKに入局。主にスポーツアナウンサーとしてオリンピックの実況中継や「ニュースセンター9時」などの報道番組のキャスターも務めた。1985年2月NHK退局後、フリーに。数多くの情報番組、バラエティ番組の司会を務め、中でもTBS「日立 世界ふしぎ発見!」は38年も続く驚異的長寿番組となった。近著に2013年『話す力』(小学館)、2015年『老い駆けろ!人生』(KADOKAWA)などがある。
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(テレビキャスター 草野 仁)
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