6億円の損失を出しても、客は戻ってくると信じていた…スタバが「7100店舗を一斉休業」した時に看板に書いた内容
プレジデントオンライン / 2025年1月28日 8時15分
※本稿は、アレックス・ヒル、小山竜央(監修)、島藤真澄(監訳)『センテニアルズ “100年生きる組織”が価値をつくり続ける12の習慣』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■平凡なものを、どうやって特別なものにするか
一例としてスターバックスを見てみよう。シンプルなビジネスモデルととても簡単に提供できる商品だ。コーヒーというベーシックで平凡なものを、いかにして特別なものにできるだろうか。
1983年、北イタリアのエスプレッソ・バーを訪れて帰国したハワード・シュルツの頭にあったのは、まさにこの問いだった。強い帰属意識、つながり、コミュニティといった現地のカフェ文化を、いかにして北米で再現するか。これは、過去2年間働いてきたシアトルの6軒しかない小さなコーヒーショップグループを、世界的なベンチャー企業に変える方法を模索していた彼の、答えだった。
シュルツは、「私は当初から、スターバックスを他とは異なる種類の会社にしようと考えていた」と説明している。「コーヒーと豊かな伝統を称たたえるだけでなく、人と人とのつながりを感じさせたかった。私たちの使命は、人間の精神を鼓舞し、育むことだ。一人ひとりの顧客に、一杯のコーヒーを通して、それぞれの地域で、継続的に(※1)」
■「父の死」がビジネスの原点に
スターバックスの名前は、『白鯨』に登場する、理性と善良さを擬人化した登場人物に由来している(※2)。
シュルツが金のためだけにやってきたわけではないことは明らかだ。彼はコミュニティ全体を変革し、後世まで残るようなビジネスを構築したかったのだ。
「1988年1月、父が肺がんで亡くなった日は、私の人生で最も悲しい日だった」と彼は振り返る。「父には貯金も年金もなかった。もっと重要なことは、彼は、意義があると思っている仕事からですら、充実感や尊厳を得たことがなかったことだ。子供のころは、自分が会社のトップに立つなんて想像もしていなかった。でも、もし自分が変化を起こせる立場になったら、人々を決して置き去りにはしないと、ずっと心の中で思い続けていたんだ(※3)」
この崇高な目的意識は、シュルツの指揮のもとでスターバックスが行ったすべてのこと――サプライヤーや店舗スタッフへの接し方から、顧客や店舗がある近隣地域に対する体験の提供まで――を導いた。
■売るのは「コーヒー」だけではない
「スターバックスの感覚は、商品の品質だけでなく、コーヒーを購入するときの雰囲気全体によって左右される」と、コーポレート・デザイン・ファウンデーションの、ある研究者は説明する。「店舗スペースの開放感、パッケージの美しさ、フレンドリーで知識豊富なサービス、興味深いメニューボード、カウンターの形、照明の質、壁の質感、床板の清潔さ等々。
スターバックスが他社に先駆けて認識していたのは、コーヒーの小売業で売るものは商品だけではないということだ。トータルな経験における細部が重要だったのだ(※4)」2005年にオーリン・スミスの後任としてスターバックスのCEOに就任したジム・ドナルドは、こう説明した。「毎日、毎日、我々は、一貫して細部を実行しなければならない(※5)」
しかし、シュルツにとって重要なのは顧客だけではなかった。彼は、スターバックスがより広い社会に良い影響を与えるようにしたいと考えていた。「私の探求は決して勝利や金儲けだけではなかった。それはまた、偉大で永続的な会社を築くことでもあり、常に利益と社会的良心のバランスを取ろうとしてきた(※6)」
これが、彼が1997年にスターバックス財団を設立した理由である。
■世界的チェーンに成長してからの“転落”
当初は、コーヒーの残りカスを堆肥(たいひ)にすることで、コーヒーチェーンが環境に与える影響を軽減することを目的としていたが、現在では「世界中のコミュニティを強化する」ことを目指している。2008年に再利用可能なコーヒーカップが登場したのもそのためだ。2000年にフェアトレード製品を導入し、メキシコからインドネシアまで、コーヒーを栽培する地域社会に投資したのもその目的による(※7)。
スターバックスのより大きな目的意識が人々に愛され、それに応じて事業も拡大し、1987年には6店舗だったローカルビジネスから、1997年には1400店舗のナショナルビジネスに、そして2007年には世界43カ国に1万5000店舗を展開するインターナショナルビジネスに成長した。
しかし、その後、道を踏み外した。「成長に執着するあまり、経営から目を離し、事業の核心から遠ざかってしまった」とシュルツは説明した。圧倒的な帰属意識、つながり、コミュニティが失われてしまったのだ。
「何かしら悪い決断を下したわけでも、戦術ミスがあったわけでもない。誰かが間違ったわけでもない」とシュルツは続けた。「ダメージはゆっくりと静かに、少しずつ広がっていった。まるで毛糸がほつれて少しずつほどけていくセーターのように」。売上が落ち始めて米国内の100以上の店舗を閉鎖しなければならなかった。「私たちは魂を失ったのだ」とシュルツは認めた(※8)。
■7100店舗を一斉休業し、看板に掲げたこと
2008年2月26日午後5時30分、スターバックスは米国内の7100店舗をすべて休業にし、3時間かけてスタッフの再教育を行い、大逆転を開始した(この休業による売上損失は600万ドル(当時のレートで6億円程度=編集部註)を超える)。
スターバックスの各フロントドアには、こんな看板が掲げられた。「エスプレッソを完璧(かんぺき)にするために時間をかけています。素晴らしいエスプレッソを提供するには訓練が必要です。だからこそ、私たちは技術を磨くことに専念しています」
シュルツは研修の冒頭の短いビデオで従業員に語った。「これは、会社のためでもブランドのためでもない。君のためだ。自分自身でエスプレッソの出来を判断してほしい。私は君たちを全面的に支持するし、最も重要なことだが、私は、君たちに信念と信頼をおいている。1杯の完璧なエスプレッソによって我々の行動を評価していこう」と。
シュルツは後にこう回想している。「あれは、スタッフの心をひとつにする出来事だった。急成長だけに夢中になっていた数年間に失ってしまった、感情的なつながりと信頼を再びとり戻すための、重要な転換点となった(※9)」
■史上初の赤字から売り上げを倍増させた
スターバックスが経験したような運命の逆転に直面した企業の中には、非中核事業への投資を削減することで、コスト削減を図るところもあるだろう。だが、スターバックスはそうしなかった。スターバックスは努力を倍加させた。財団も閉鎖しなかった。2010年からはフードバンクに定期的に寄付を行っている。
その他の新たな取り組みとしては、スタッフへのオンライン大学学位の無料提供(2014年から)、ジム会員割引(2018年)、使い捨てプラスチックストローの禁止(2020年)、1億ドル基金の設立、地元企業の発展を支援するために年間1000万ドル、コーヒー生産地域の支援のために年間200万ドルの寄付(2020年)などがある(※10)。
2013年、スターバックスは史上初の赤字を計上した。しかし、こうした戦略が功を奏し始めた。消費者はスターバックスの目的を再認識し、スターバックスの商品に再び惚(ほ)れ込んだ。スターバックスの売上はその後8年間で倍増し、2021年には、世界84カ国の3万3000店舗から290億ドルの売上と50億ドルの利益を計上したのである。
企業の包括的な目標を設定するだけでは十分ではないことを、肝に銘じておく必要がある。
■日常生活のルーティンに信念を込める大切さ
多くの企業が、ミッション・ステートメントの作成に多大な労力を費やし、その結果、ミッション・ステートメントを実現できないでいる。
そうではなく、ビジョンが、組織のDNA(何を考え、どのように行動するか)の不可欠な一部となったとき、初めて変革が起こる。それは、シュルツがスターバックスで行ってきたことの核心にある考え方だ。そしてそれは、各センテニアルのコアをなしている。
参考文献※1:This is described in more detail in the ‘AboutUs’ section on the Starbucks website: www.starbucksathome.com/gb/story/aboutstarbucks;Howard Schultz, Pour Your HeartInto It.
※2:Herman Melville, Moby-Dick, RichardBentley, 1851.
※3:This is explained in more detail on thecompany history section of its website: https://stories.starbucks.com
※4:Corporate Design Foundation, ‘Starbucks: AVisual Cup o’ Joe’, Journal of Business andDesign, 1995, vol.1, no.1, p.18.
※5:Joseph Michelli, The Starbucks Experience: 5Principles for Turning Ordinary intoExtraordinary, McGraw Hill, 2007, p.48.
※6:Howard Schultz, Onward: How StarbucksFought for Its Life Without Losing Its Soul, JohnWiley & Sons, 2012, p.10.
※7:See, for example, Henry Brean, ‘UNLVProfessor Targets “Wasteful” Dipper Wells’,Las Vegas Review-Journal, 8 June 2009;Melanie Warner, ‘Starbucks Will Use Cupswith 10% Recycled Paper’, New York Times, 17November 2004; Tiffany May, ‘Starbucks WillStop Using Disposable Coffee Cups in SouthKorea by 2025’, New York Times, 6 April 2021.
※8:Howard Schultz, Onward, p.10.
※9:Howard Schultz, Onward, p.19.
※10:See, for example, Henry Brean, ‘UNLVProfessor Targets “Wasteful” Dipper Wells’;Melanie Warner, ‘Starbucks Will Use Cupswith 10% Recycled Paper’; Tiffany May,‘Starbucks Will Stop Using Disposable CoffeeCups in South Korea by 2025. More examplesof what it has done can be seen on its website:https://stories.starbucks.com
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デューク・コーポレート・エデュケーション(米国)教育者、「The Centre for High Performance」共同創設者。同センターは芸術、教育、スポーツなど幅広い分野で高い業績を上げている組織が、より強固な経済、社会、環境を発展させるための支援に取り組んでいる。多数の著書を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビューなどの主要学術誌に論文を発表しているほか、英国政府の教育政策に関するアドバイザーも務めた。
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株式会社ライブクリエイト代表取締役
Apple創業者スティーブ・ウォズニアックを始め、世界的に著名なマーケター達を招致し、マーケティングの普及、後進の育成に努める。マーケティング戦略のプロとしてPRプランナー、出版・SNSコンサルタントなどの顔をもち、特にYouTubeではこれまでに指導・プロデュースした人を含めるとチャンネルの総登録数は9000万人を突破。現在各社のCMOとしてマーケティングと事業のスケールアップまでの指導を行い、M&A、IPOをサポートし自身も投資家として出資を行う。YouTubeチャンネル「マーケティング侍の非常識なビジネス学」(登録者7万人超)を運営。著書は多数あり、『本物の交渉術』(KADOKAWA)などの監修も務める。
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エクスアールジョン代表
慶應義塾大学文学部卒、神戸大学中退、京都芸術短期大学卒。大手アパレルのデザイナーを経て通販業に。その後海外講演者のエージェントおよび企画業として主にデジタルコンテンツ制作を手掛ける。エクスアールジョン株式会社創業者。関西国際大学客員教授。訳書に『影響力の科学』『本物の交渉術』(共にKADOKAWA)、『FIND YOUR WHY』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
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翻訳者
同志社大学文学部卒業。マーケティング、ノンフィクション、ポピュラーサイエンス、IT関連など幅広い書物の下訳を経て、現在Web媒体を中心にフリーランスの翻訳者、Webライターとして活動中。主な翻訳協力に『マネー・コネクション』(KADOKAWA)がある。
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(キングストン大学(英国)教授 アレックス・ヒル、株式会社ライブクリエイト代表取締役 小山 竜央、エクスアールジョン代表 島藤 真澄、翻訳者 服部 聡子)
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