トランプ大統領は本当に日本から米軍を引き上げるのか…「遠い国の戦争」に首を突っ込む米国の真の狙い
プレジデントオンライン / 2025年1月24日 8時15分
■なぜアメリカは日本を守ってくれるのか?
日本やNATOなどの大陸諸国はアメリカやイギリスなどの海洋国家の支援を受けることで、自らの安全を保障できます。潜在覇権国(※)も、近場の大陸諸国の台頭を防止する上で、海洋国家の関与に助けられます。
※将来的にすべての国を支配する勢力を持つ覇権国になるかもしれないほど強い国
しかし、1つだけ未解決の疑問があります。それは、「海洋国家は何を得るのか」です。海洋国家の関与によって、大陸諸国が救われることはわかりましたが、海洋国家は何を目当てに大陸諸国を助けるのでしょうか? 海洋国家だって自国の生存が第一であり、わざわざ遠くの大陸諸国まで守ってあげる道理はないはずです。
例えば、日本やドイツはアメリカに「守ってほしい」とお願いしますが、アメリカにはそれを拒否する権利があります。アメリカが守らなければならない絶対的な義務はありません。もしこれを拒否して、日本とドイツが潜在覇権国に征服されたとしても、それはアメリカの責任ではありません。
だとすれば、アメリカが外国を義務的に守る今の体制に、合理性はあるのでしょうか? 要するに、800か所の海外基地、100兆円以上の軍事費、数十万人もの米兵を海外に投じるよりも、ユーラシア大陸からは一切手を引いて、本土の防衛だけに集中する方が、より確実かつ楽に、アメリカの生存を守れるのではないでしょうか?
■「大陸政治に可能な限り一切関与しない」
実は、このような主張は「非干渉主義」という、アメリカで長年根強く支持されてきた考え方です。
非干渉主義は、他の大国から海で隔てられていて、直接的に侵略される可能性が低い海洋国家で支持されやすい発想です。イギリスでも、幾度となく登場してきました。
1723年にイギリスの初代首相ロバート・ウォルポールは、「私の政治方針は〔大陸政治に〕可能な限り一切関与しないことだ」として、ヨーロッパ大陸に介入する負担を減らすことを訴えました。ウォルポールのこの方針は、アメリカ人の思想にも広く影響を与えました。アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンは1796年、自身の辞任演説にて、次のように述べてアメリカ非干渉主義の原型を作りました。
■戦争に積極的に参加してこなかった歴史がある
第5代のモンロー大統領はこの方針を受け継いで、有名な「モンロー教書」を発表しました。この教書では、ヨーロッパ諸国はアメリカに対して干渉するべきではないと同時に、アメリカはヨーロッパ諸国に干渉するべきではない、と表明しました。
第一次世界大戦でも、アメリカは前半まで不参加を貫き、後半になってやっと参戦しました。そして戦後、ウィルソン大統領は国際連盟創設を提案し、アメリカがその後も大陸情勢に関わり続けようとしましたが、議会がこれに反対した結果、非干渉主義に戻ることとなりました。同様に、第二次世界大戦の際、ヨーロッパとアジアで戦争が激化しても「不参加を保つべき」との声が根強く残り、真珠湾攻撃を受けてようやく参戦に転じました。
■なぜアメリカは大陸に関わらないといけないのか?
戦後も「アメリカは孤立状態に戻るべき」との意見が少なからずありましたが、アメリカは国際連合やNATOを通じて大陸政治に積極的に関わる方針に転換して、今日に至ります。それでも2016年と2024年にドナルド・トランプ氏が、「自国第一主義」を掲げ、世界から米軍を引き上げようと訴えて大統領に当選したことからわかる通り、非干渉主義は今日でもアメリカが取ってもおかしくない外交姿勢なのです。
では、非干渉主義は今日でも妥当なのでしょうか? トランプ氏の訴えるように、海外から手を引いて、本土防衛だけに集中した方がアメリカにとって良いのでしょうか? 実は、地政学的にいえば非干渉主義は理に適(かな)っていません。古典地政学者のマハン、マッキンダー、スパイクマンは、全員揃って非干渉主義を否定しました。
そして、海洋国家は大陸に積極的に関わることを議論の大前提としました。この3人は、海洋国家のイギリスとアメリカの出身です。その上で、「母国の安全を保つためには、非干渉主義を否定し、ユーラシア大陸情勢への関与が必要だ」と訴えたのです。
では、一体なぜ海洋国家は大陸に関与しなければならないのでしょうか? これが、いよいよ地政学で最も重要な考え方である、「海洋勢力と大陸勢力の戦い」に繋がります。
■地政学では大陸は1つしかない
まず、地政学では世界の大陸を一般的な見方とは異なる視点で捉えます。一般的に学校の地理の授業では、世界は7つの大陸(ヨーロッパ、アジア、アフリカ、北米、南米、オーストラリア、南極)で構成されると習います。
しかし、地政学はこれとは違い、世界は1つの大陸(ユーラシア大陸)と、それを囲む島々(北米、南米、アフリカ、オーストラリア、南極、イギリス、日本など)で構成されると解釈します。なぜユーラシア大陸のみを「大陸」と表現するかというと、ここがそれだけ単一の陸地として別格の力を持つからです。
ユーラシア大陸は地球上の陸地全体の約4割を占める、地球最大の大陸です。人口に関しては世界全体の7割、そして世界のGDPの6割が集中します。天然資源も豊富で、石油埋蔵量は6割を占め、天然ガスの7割、石炭の5割がこの大陸に埋まっています。
『あの国の本当の思惑を見抜く 地政学』(サンマーク出版)のPART1では、世界を征服できる勢力を持つ国を「覇権国」と呼びましたが、この覇権国が出現し得る唯一の大陸が、ユーラシア大陸です。なぜなら、この大陸のみが圧倒的な人口、資源、工業力を有し、残りの島々を征服できるほどの勢力を持つからです。スパイクマンはこう言いました。「ユーラシアを制する者は世界の運命を制する」。
■大陸諸国は長年、覇権争いを繰り広げてきた
ユーラシア大陸には、潜在的に征服を実現できる大国がたくさんあります。フランス、ドイツ、ロシア、中国など、ユーラシア大陸には大国が集中しています。これらの国々は陸で?がっているので、構造的に安全保障のジレンマを抱えやすい環境にあり、常に「他の大陸国家を征服しなければならない」という潜在的な意識の下に動きます。
そうした攻防が行われるうちに、やがて潜在覇権国と呼ばれるような、群を抜いて強い国が現れます。そうすると、半ば必然的に勢力均衡の原理が働き、他の大陸諸国は対抗連合を組んで潜在覇権国を封じ込めようとします。
しかし、大陸諸国が対抗連合を組んでもなお対抗し切れない、非常に強い潜在覇権国が登場することもあります。例えば、ナポレオンは一時ヨーロッパのほぼ全土を征服し、ヨーロッパ大陸に、他に対抗できる国がなくなったことがありました。第二次世界大戦時のドイツも同じです。第二次世界大戦直後のソ連も非常に強力で、フランスとドイツ、その他の西欧諸国が束になっても対抗し得ませんでした。
■もし、強力な大陸国家が海軍を創設したら…
このように強力な大陸国家を放置していると、海洋国家まで危うくなります。普通は、ユーラシア大陸から海で隔てられていれば安全です。しかし、ユーラシア大陸を征服できるような大陸国家が成立した場合は話が別です。なぜなら、その国は、ユーラシア大陸の膨大な資源を活用して、圧倒的に強い海軍を創設し、海を越えて沖合の島々を攻撃できるようになるからです。
上陸作戦は通常難しく、なかなか成功しませんが、圧倒的な戦力を投入すれば成功します。ユーラシア大陸を制覇した国は無敵の海軍を手に入れるので、いくら「上陸作戦が難しい」といっても、イギリスや日本だけでなく、広い海を越えてアメリカさえ征服できるほどの力を持ちます。
まとめると、次のようになります。
②ユーラシア大陸の中で、勢力均衡の原理に基づき潜在覇権国の封じ込めが試みられる
③勢力均衡政策が失敗すると、潜在覇権国はユーラシア大陸全体を征服する
④「覇権国」となった国は、ユーラシア大陸の膨大な資源を活用して大海軍を創設する
⑤覇権国はその大海軍で沖合の島々を征服していく
■アメリカがNATOを作った理由
では沖合の島々にある国、すなわち海洋国家はどうやって征服を防げば良いのでしょうか? ③のユーラシア大陸が一度征服された時点では、もはや手遅れです。たとえ上陸して攻撃しようとしても、大陸の陸地がすべて抑えられているので、上陸地が残っていません。
従って、海洋国家が取るべき方策は、勢力均衡の操作となります。②の時点で、勢力均衡は大陸の内部、つまり潜在覇権国と大陸諸国の間で発生します。しかし、③で勢力均衡が失敗した場合、海洋国家は危機に陥ります。よって、海洋国家は大陸にテコ入れして、大陸諸国(対抗連合)の勢力が潜在覇権国と均衡するようにしなければなりません。海洋国家がユーラシア大陸の勢力均衡を保つ方法はさまざまですが、概ね次の3つに集約できます。
①大陸諸国同士の協力を仲介する
具体例:NATO設立。アメリカは冷戦時代に、イギリス・フランス・イタリアなど西欧の10か国に対し、潜在覇権国ソ連から攻撃を受けた場合は、すべての国が協力して守り合うよう呼びかけ、これがNATO設立に至りました。特にフランスは戦後も西ドイツを警戒していましたが、アメリカの仲立ちにより、西ドイツと協力関係を築けました。また、歴史問題で反発し合う日本と韓国に対し、アメリカがそれを乗り越え協力するよう働きかけているのも、この一環です。
■経済援助、軍需物資提供、同盟国への派兵も
②大陸諸国を経済的・軍事的に後方支援する
具体例:冷戦期の経済援助。アメリカは戦後荒廃していた西欧諸国と日本に対し、経済援助を行うことで復興を支援しました。こうすれば、大陸諸国が勢力を取り戻し、自力でソ連に対抗できるようになるからです。第二次世界大戦では、イギリスやフランス、中国、ソ連に軍需物資を提供しました。
③大陸諸国が攻撃された際は派兵する
具体例:アメリカの同盟。アメリカはNATOを組織するだけでなく、大陸の加盟国が攻撃を受ければ直接派兵することを確約しています。大陸の加盟国だけでは戦力が足りないからです。日本と韓国との同盟も同じ意図です。第二次世界大戦では、①と②でも対抗し切れないほどドイツが強力だったため、大陸に直接派兵しました。
■各国を「チェスの駒」のように動かしている
これらの方法で、海洋国家は外部から勢力均衡を操作することによって、潜在覇権国がユーラシア大陸の外に出てこられないようにするのです。言い換えれば、ユーラシア大陸の国々がお互いを弱め合うよう促すことで、どの国も強くなりすぎないよう調整しているのです。アメリカがユーラシア大陸に基地と同盟国を多数配置するのは、ロシアや中国のような潜在覇権国がユーラシア大陸を一挙に支配しないようにするためです。
政治学者ズビグネフ・ブレジンスキーは、ユーラシア大陸を1つの大きなチェス盤、各国を駒、アメリカをチェスの指し手に見立てました。潜在覇権国(ロシア、中国など)に対し、駒(イギリス、フランス、ドイツ、日本など)を戦略的に動かして、封じ込めていくというたとえです。今の国際政治は、単に大国同士の力比べではなく、大陸の潜在覇権国に対し、海洋国家アメリカがどの国をどう味方につけるかによって動いているのです。
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YouTubeチャンネル「社會部部長」。一切の素性を隠したままわずか30本ほどの動画で33万人登録、3000万回再生を達成した今最も注目される歴史・地政学解説チャンネル。
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(社會部部長)
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