だから大谷翔平はMLBで打者として大成功できた…データを見てわかった「第2の大谷」の可能性を持つ日本人選手
プレジデントオンライン / 2025年1月23日 8時15分
■「お荷物」の評価を下されたメジャー日本人野手
MLBのストーブリーグが後半に差し掛かっている。そこで、レッドソックスの吉田正尚の名前が度々話題に上がっている。
NPB屈指の安打製造機にしてクラッチヒッターの吉田は、2023年の第5回WBCでの「ベストナイン」を手土産に、ポスティングシステムを利用して、オリックスからレッドソックスに移籍した。以後2年間の打撃成績は図表1の通りだ。
2023年
140試合537打数155安打15本塁打72打点、打率.289
2024年
108試合378打数106安打10本塁打56打点、打率.280
23年は新人ながらアメリカン・リーグ6位の打率.289をマーク。新人王投票でも6位になった。24年は故障もあって規定打席には達しなかったが、それでも二桁本塁打、打率.280をマーク。
日本の野球ファン的に言えば「抜群ではないけどよくやっている」と評したいところだが、吉田はレッドソックスのチーム編成上で「お荷物」になりつつある。
1年目は左翼を87試合守ったのだが、守備範囲が狭い上に肩も強いとは言えなかった。
吉田はNPB時代から外野守備は得意とは言えず、日本シリーズなどでも判断の悪さから走者に失点を許すケースがしばしば見られた。
2年目は「外野手としては使えない」と判断され、外野は1試合守っただけ。シーズンの大部分をDH(指名打者)として出場した。
しかしDH専従の打者としては、吉田の成績は物足りない。打率はともかく、もっと長打を打ってほしい、という評価になっている。
■「そこそこの成績」ではダメ
MLBでは打率や打点などは全く評価されない。今の選手の評価は野球の統計学であるセイバーメトリクスに基づくWAR(Wins Above Replacement)が最も重視される。
吉田正尚のWARは、2023年が1.4でレギュラー野手の中では8位、投手も含めたチーム全体では14位。2024年も1.4だったがやはり野手の中では8位、チーム全体では13位だった。しかし吉田の年俸は2023年がチーム5位の1560万ドル(約24億円)、24年が3位の1860万ドル(約30億円)。
打撃成績はそこそこでも、吉田は「年俸のわりに働いていない」選手だとみなされている。しかも吉田の契約は2027年まで。あと3年ある。毎年、2024年と同じ1860万ドルを支払うことになっている。
チームとしては、若くて優秀な選手を獲得するために、吉田を含めた選手のトレードを画策しているのだが、吉田の高年俸が、足かせとなって成立していないのだ。
今から、吉田正尚の守備が見違えるように良くなって、外野手として素晴らしいパフォーマンスを発揮することは考えにくい。吉田としては打撃成績を上げていくしかない。しかしMLBではより年俸が安くて伸びしろのある選手にチャンスを与えるためにベテランの出場機会を減らすことはよくある。それが高年俸の打者でも躊躇はない。
ある意味、吉田の年俸を「サンクコスト=戻ってこない投資」とする可能性さえある。
吉田正尚の今の境遇は、近い将来のヤクルト、村上宗隆や巨人、岡本和真の境遇であるかもしれない。
■「ホームラン打者→ゴロヒッター」に
本塁打王3回、打点王2回、首位打者1回、三冠王1回、間もなく25歳になる村上宗隆と、本塁打王3回、打点王2回、28歳の岡本和真は、ともにMLB挑戦を公言している。
この2人は間違いなくNPB最強の座を競う屈指の強打者ではある。しかし、MLBでNPB同様の成績をあげるかどうかは、また別の話だ。
NPBからMLBに移籍した打者は、ごく一部の例外を除いてすべて「小型化」する。
図表1は、2001年のイチロー以降、NPBからMLBに挑戦した主要な強打者(タイトルホルダー級)の打撃成績の変遷だ。
OPSは出塁率+長打率を表し、打撃の総合指標としてMLBでは重要視される。
MLBの野球殿堂入りが確実視されるイチローも含め、ほとんどの選手の打撃成績は小型化しているのだ。
特に顕著なのが、本塁打率だ。ざっくり言えば半減する。日本ではリーグ屈指のスラッガーがアメリカでは「並の打者」になってしまうのだ。
そんな中でたった一人、MLBに来てから本塁打、OPSを大幅に増大させたのが大谷翔平だ。
彼は、MLBに来てから肉体が巨大化した。NPB時代は一度も取っていない本塁打王を2回獲得するなど、ヤンキースのアーロン・ジャッジと並び称されるMLB最強打者になった。
しかし大谷翔平以外は、誰も「小型化の壁」を越えることができていない。
■村上と岡本の予想成績
大谷翔平の後からMLBに渡った4人の打者はいずれもメジャー契約で、大型年俸を獲得しているが、彼らは現時点では誰もMLB球団の期待に応えていない。筒香、秋山はすでにNPBに復帰している。
これらの打者のNPBとMLBの減少率を平均すると、打率は88.9%。本塁打は52.4%、OPSは84.3%になる。
この数字を、村上宗隆、岡本和真の過去3年の成績の平均に当てはめることで、MLBでの2人の成績をある程度予想することができる。
日米の打数を揃えて打撃成績をはじき出すとこうなる(図表2)。
ここ2年のNPBは異常な「投高打低」が続いている。これをベースにしたので2人のMLBでの打率は.250を割り込んでいる。もう少し上がる可能性はあるだろう。ただ、MLBでは打率は重視されていない。むしろOPSが重視される。0.700~ならレギュラークラス、0.800を超えれば中軸クラスと言われる。
その点では、岡本も村上もMLBで通用するレベルではある。しかし大谷翔平のように本塁打王争いをするような選手ではない。
問題なのは、岡本も村上も内野手だと言うことだ。ともに一、三塁を守るが、NPB出身でMLBの三塁手が務まった選手は、過去にはいない。岩村明憲や川﨑宗則、筒香嘉智が少しだけ守っただけだ。
■日本人投手は○だけど日本人野手は×
イレギュラーの少ない人工芝の内野での守備に慣れたNPBの内野手は、天然芝、土のグラウンドのMLBでは通用しないのが定説だ。だとすれば、一塁またはDHというになるが、吉田正尚同様「この打撃成績で一塁、DHは荷が重い」ということになりかねない。恐らく2人とも外野手としても起用されるだろう。下手をすれば守るところがない可能性もある。
ちなみに、岡本、村上の契約においても、吉田正尚や鈴木誠也の契約と比較して年数、金額ともに「小型化」すると思われる。
大谷翔平が周囲の期待をはるかに上回る成績を出し続けたことで、大谷以後の選手の多くは投打ともに大型契約を結んでいる。大谷によって日米の交換レートが「上がった」と言える。
投手はその期待にたがわず結果を出しているので、以後も大型契約が見込まれるが、打者はほとんどが厳しい結果となっている。つまり交換レートが下がる状態になっているので、岡本と村上の契約は、それほど大きなものではないはずだ。
そんな中、大谷以後の日本人野手で少し期待を持たせる成績を残している選手がいる。カブスの鈴木誠也だ。
■メジャーの打者で重要な数値
鈴木のOPSは1年目の2022年は.770、23年は.842、24年は.848。OPS.848は、2024年のナ・リーグ、規定打席以上では9位になる(1位は大谷翔平の1.066)。
鈴木誠也は同い年の大谷翔平ほどではないが、MLBに来てから少しずつ進化しているのだ。
それを象徴する数字がある。
MLBの公式戦では、投球速度、回転数、変化量、打球速度、飛距離などの数値がすべて「ホークアイ」を基幹とするトラッキングシステムで捕捉されて、MLB公式サイトの「スタットキャスト」というコーナーで公表されている。
打者の場合、最も重視されるのは「Exit Velocity(打球の初速)」だ。「フライボール革命」後のMLBでは、打球速度が時速158キロ以上、打球角度が26度~30度(バレルゾーン)で上がった打球が最もヒットやホームランになりやすいとされる。前提となるのが打球速度であり、それを端的に表しているのが初速なのだ。
スタットキャストで公開されている2024年の「打球の初速ランキング」5傑は図表3のようになっている。
ナ・リーグの本塁打王、大谷は405人中の3位、ア・リーグの本塁打王、ヤンキースのアーロン・ジャッジは6位。ともにトップクラスにいる。
2人と同じくらいの打球速度で、本塁打数が少ない打者もいるが、それはバレルゾーンにボールを飛ばす技術がない、または打席数が少ないからだ。とにかく、打球速度が遅ければ「お話にならない」のだ。
■だから吉田は厳しいと判断される
大谷翔平の打球の初速は、MLB初年度の2018年が時速183.3キロで390人中54位、19年は185.23キロで406人中27位、20年は180.08キロで194人中50位だった。全選手中の上位ではあるがトップクラスとは言えなかった。
しかし2021年に191.51キロで404人中4位と急上昇。本塁打46本でリーグ2位となりMVPを獲得。22年は191.67キロで411人中3位。23年は190.86キロで408人中5位、44本塁打で本塁打王、2回目のMVPを獲得した。
そして24年は191.83キロで405人中3位。54本塁打で2年連続で本塁打王、3回目のMVPを獲得した。
大谷翔平は、2020年オフに先進の機器を備えたトレーニング施設「ドライブライン」に行って自身の投打の改造を始めたとされるが、その翌年から打球速度が急上昇し、リーグトップクラスの打者になったわけだ。
ちなみに吉田正尚は23年が180.72キロで408人中116位、24年は178.79キロで405人中154位と、むしろ2年目で打球速度は下落している。球団側もこの数字を把握しているから、吉田は「厳しい」という判断になっているのだ。
■成長著しい鈴木誠也
これに対して鈴木誠也は1年目の22年が179.12キロで411位中152位だったのが、23年は184.43キロで408位中36位、そして24年は185.87キロで405人中24位とじりじりと浮上している。鈴木はNPB出身選手としては大谷に続いて、MLBに来てから大型化した選手になろうとしているのだ。
鈴木は今季DHで起用される。本人は守備に就くことを希望したが、チームは「鈴木の打撃ならDH専任でもいい」と評価したのだ。この点「DHしか出番がない」吉田正尚とは似て非なる立ち位置だ。
2023年の第5回WBCの試合前の打撃練習で、村上宗隆は、大谷翔平がすさまじい打球を飛ばすのを見てショックを受けたといわれる。村上がショックを受けたのは飛距離ではなく打球速度だった。おそらく初速190キロ超えを連発していたといわれる。村上もWBCでは185.3キロを記録したが、それでも大谷との差を実感して衝撃を受けたのだろう。
村上宗隆も岡本和真も、打球速度を上げてMLBでの「大型化」に対応しなければ、短期間でNPBに復帰することになりかねない。フライボール革命への適応に、今季から着手すべきだろう。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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