「アニメで見た月見うどんを作りたい」アメリカ人の希望に元舞妓ユーチューバーの"そこまでやるか"な神対応
プレジデントオンライン / 2025年1月29日 7時16分
■開設1年で80万人がフォロー
(前編から続く)
高校を中退して舞妓になり、22歳で引退して結婚したモエさんは、再婚と出産を経て、2020年2月に、海外に向けて日本の生活や和食について発信するYouTubeのチャンネル「Kimono Mom」を開設した。1年後の2021年2月、フォロワーは80万人を超えた。
彼女が紹介する和食レシピや着物姿には、日本に興味を持つ海外の人々からの注目が集まった。また、母親、主婦、女性としての生き方、産後うつから立ち直った経験に対しても、世界中の女性から共感が集まった。アメリカに住む女性からは「モエの動画を見て、今から新しいことに挑戦したってまだ遅くないと気づかせてもらった」というコメントが届いた。フォロワーの多くはアメリカ人女性だが、ヨーロッパやアジアなど全世界に幅広くファンが広がっている。
コロナ禍の2020年頃には、外出もできず、家族にも会えなくなった日系アメリカ人から、この番組に助けられたと声が届いた。「自分のルーツを学びたくてあなたの番組を見るようになった」「小さい時に食べていた和食を自分でも作れるようになってうれしい」といったコメントも寄せられた。
一方で、「動画で紹介されている和食を作ってみたいけれど、材料が手に入らない」という悩みを訴えるメッセージも、世界各地から相次いでいた。アメリカのアラスカ州に住む女性からは、こんなメッセージが届いた。
「アニメで見た『月見うどん』を作ってみたいんだけれど、どうやったら作れますか?」
「まずは、だしから」と伝えたところ、近くのスーパーで扱っているアジアの食材は醤油しかないという返事が。海外でのアジア食材事情を知らなかったモエさんはこれに驚いた。
「日本のアニメが届いているエリアであっても、手に入るアジア食材は醤油だけ。世界にはそういう場所がたくさんあるんです」
■夫を事業に引き入れ「ウマミソース」開発
海外で和食を作る時、最初にぶつかる壁は、だしだ。だしの材料となるかつお節や昆布、いりこなどはもちろん、インスタントのだしの素なども手に入りにくい。
さらに、海外では宗教や健康上の理由から厳しい食事制限をしている人も多い。そこで、原材料に動物性の材料や小麦粉、そしてアルコールを使わないめんつゆの製造を決意する。2021年夏にフォロワー数が100万人を達成し、「日本版マーサ・スチュワート」を目指すようになった頃だ。マーサ・スチュワートはアメリカで有名な料理家で、主婦としての経験を活かして自身のブランドを立ち上げ、キッチン用品などを販売しており、「カリスマ主婦」と呼ばれている。
目指すめんつゆを「ウマミソース」と名付け、2021年10月から醤油メーカーとの商談を始めたが、大手数社からは断られた。インフルエンサーとして真剣に話を聞いてもらえなかったり、「Kimono Mom」のブランドで売り出すことへの抵抗が強かったりした。
事業をひとりで進めることへの難しさを感じていたこの時期、レストラン経営を辞めてコンサルタントとして独立していた夫をウマミソース事業に引き入れた。
「私はこうだと思ったら突き進むタイプ。夫はそれをよくわかっており、冷静にアドバイスをしてくれますし、計画を実行するためのサポートをしてくれるタイプ。一緒にビジネスをするならこの人しかいないと思ったんです。だから、夫に頼み込んでチームに入ってもらいました」
2022年2月、夫とともに「ForSmiles株式会社」を設立。翌月には茨城県の柴沼醤油醸造と出会う。「モエさんのようなインフルエンサーが醤油業界に加わることは、日本文化を守る力になる」と考えた柴沼醤油醸造は、商品開発に協力したいと申し出てくれたのだ。ウマミソースの実現に向けてやっと一歩踏み出した。
■「味が良く、ビーガンでアルコールフリー」に苦労
商品開発で絶対に譲れないと考えていたのが、フォロワーからの要望が多かった、「ビーガンにも受け入れられる商品であること」だった。ビーガンとは、肉や魚だけでなく、卵や牛乳も食べないという食生活を送る人たちだ。
しかし、ビーガンの食材制限に忠実であろうとすると、味が落ちてしまう。そのうえ、日本国内で製造すると、コストがかかる。「そんなに高いお醤油を作って、誰が買ってくれるんですか」一緒に開発を進めていた醤油の専門家からの指摘に、モエさんは頭を抱えた。
2023年2月にドバイの展示会で試作品を出品した時には、アルコールの問題にも気付かされた。品質保持と風味向上のため、醤油やめんつゆにはアルコールが入っていることが多く、この時の試作品にも含まれていた。ところが、アルコールの摂取を禁じられているイスラム教徒には、その成分が含まれる商品に触れようともしない人もいた。広く海外で受け入れられるためには、アルコールを使わない商品にしなくてはと実感した。
■お披露目イベントでは600本が完売
考案から3年近くが経った2023年8月、ようやくウマミソースが完成した。外国人にわかりやすく「ソース」という名前にしたが、めんつゆと醤油をかけあわせたような万能調味料だ。水で薄めればそばやうどんのつゆになり、だしのきいた煮物のベースにもなる。バニラアイスクリームにかけると、キャラメル味のトッピングにもなる。
初めてのお披露目イベントとなった、東京ミッドタウン内の伊勢丹サローネのポップアップストアは、初日に500人以上が列を作った。1週間のイベント期間終了を待たず、600本のウマミソースは完売。お客さんの多くが、世界中から集まったKimono Momのファンたちだった。
その後、シンガポール、タイ、香港、アメリカのニューヨークやロサンゼルスの展示会などチャンスがあれば意欲的に出品し、現地のバイヤーやお客さんから直接話を聞くことで海外の反応に手ごたえを感じていった。
■現地製造を実現し大手スーパーでも販売
日本での発表と同時に、ウマミソースの需要が高かったアメリカでオンライン販売も開始した。しかし、日本で製造した商品を海外に発送していたため、輸送費と販売サイトの手数料がかさみ、利益はほぼゼロの状態だった。コスト削減のためアメリカでの製造を考えていたモエさんは、柴沼醤油醸造の紹介で、三重県の老舗醤油醸造メーカーの子会社として設立されアメリカでしょうゆなどを製造・販売するSAN-J社の佐藤隆氏と出会う。
佐藤氏は、モエさんから「ウマミソースは必ず消費者に喜ばれる商品になる」という強い自信を感じたと話す。
「彼女は、海外で和食を作るために具体的にどんな要素が足りないのか、はっきりと理解していました。オンラインとはいえ、彼女は、『数百万人のフォロワーの体験』というリアルな情報を持っているからです」
SAN-Jと出会い、アメリカでの製造が実現しつつあった2024年6月、ニューヨークの展示会で、アメリカの大手スーパー「ホールフーズ」との販売契約を獲得する。9月にはアメリカ・バージニア州のSAN-Jの工場で、日本で完成したウマミソースと同品質の商品の生産体制ができあがり、ホールフーズでの販売を開始した。
モエさんの「商品への強いこだわり、泥臭い行動力、そしてあふれんばかりのパッション」は、ウマミソースの魅力が誰にでも伝わる説得力となっていると佐藤氏。
「だから、ホールフーズのバイヤーに会えば即決で全米採用につながり、イベントに立てば1本2000円以上の商品を1日で数百本売り切ってしまう」(佐藤氏)
モエさんの商談力の秘密は、高いコミュニケーション能力とカッコつけずに本音を話すスタイルにありそうだ。
「商談も、YouTubeの動画撮影と同じスタイルでやっています。自分のストーリーや本音を飾らずに伝えています。それで私が失うものは何もないですから。『私たちは、このウマミソースで世界が救えると本気で考えている』と、いつもストレートに伝えています」
■「全米を横断しながらウマミソースを広めるツアー」スタート
現在、アメリカのオンラインストアと、全米の500店舗以上のスーパーの棚には、日本で生まれたウマミソースが並んでいる。価格は16.90米ドル(日本円で約2600円)だ。「ウマミソースで、世界中の食卓に和食を」というモエさんのビジョンに、一歩一歩近付きつつある。
日本にいながらアメリカで商品が売れることを願うだけではなく、現地の人に直接ウマミソースの良さを伝えたいと考えたモエさんは、クラウドファンディングで500万円の支援を集め、2024年11月から「全米を横断しながらウマミソースを広めるツアー」をスタートさせた。
モエさんは当初、ウマミソースの販売を推進するため、家族でアメリカに移住することを考えていたが、商品の開発に予想以上の年月とコストがかかり、計画を断念せざるを得なくなっていた。移住ができないなら、車でアメリカをまわればいいと考えたのだ。
「アメリカで商品を広めようとしているのに、私はアメリカのことをあまり知りません。この国のことをもっとよく知りたいですし、消費者の反応も直接知りたいです」
■日本のキッチンから全米のスーパーに
現在は、全米各地のスーパーマーケットで実演販売をしている。ツアーを終える1年後には、現在の500店舗での取り扱いを1万店舗まで増やすのが目標だ。
「産後うつからスタートしたのがKimono Momです。自宅のキッチンから動画配信をしていた私が作った商品が、今では海外のスーパーに並んでいるなんて夢があると思います。日本や世界の女性たちが、『モエにできたなら、私にもできるかも』と感じてもらえたら嬉しいです」
「割烹着を着て料理をするモエさんの姿は、『料理は女性の仕事』という固定観念を連想させることにはならないだろうか?」――。筆者の質問に、彼女は「全くそんなことはない」と断言する。
「私の人生と着物は切っても切り離せません。私が一番自分らしくいられるのが、着物を着ている時。たくさんの選択肢の中から自分の意志で選んで着物を着ている私の姿を見てもらうことで、女性にはいつでも選ぶ自由があることを伝えたい」
アメリカ出発直前のインタビューで、準備は万端かと聞いたところ、遠足前日でワクワクした気持ちを隠し切れない子供のような満面の笑みでこう答えた。
「着物だけ持って、必要なものがあれば、あとは現地調達です!」
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香港在住ライター
民放キー局で15年以上、アメリカの政治家へのインタビューや日米外交に関する取材を行ってきた。2024年にタンザニアに移住しライター活動をスタート。現在は拠点を香港に移し、海外で活躍する日本人をテーマに取材を続けている。著書に『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法』(Kindle版)がある。
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(香港在住ライター ベック 知子)
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