平均年収がこの10年でいちばん伸びている…データから検証する「建設業界は高収入か、低収入か」への回答
プレジデントオンライン / 2025年1月27日 8時15分
※本稿は、髙木健次『建設ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■定年後の年収ダウンが他業界より少ない
本稿では、建設業界の給与の4つの特徴を解説します。
① 手に職 若い時から稼げて60代以降も下がりにくい
建設業の世代別平均年収を見ると、20~30代は製造業など他産業を上回り、40~50代で製造業に抜かれるものの、60代以降の年収が下がりにくい特徴があります。
「手に職」と言われますが、技術と資格があれば若いうちから稼げて、サラリーマンのような「役職定年による年収の大幅ダウン」が少ないのです。言い換えると年功序列色が薄い、実力主義の世界とも言えます。
■収入を支えている「残業」で悲劇も
② 年収に占める残業代の比率が高い
年収に占める残業代・休日手当の比率が他産業より高いのが建設業界の特徴です。賞与を含む年収の10%前後が残業・休日手当です(※)。
※厚労省「2022年賃金構造基本統計調査」
施工管理は建設業界の中でも特に残業時間が長いです。厚労省のガイドラインで過労死のリスクが高まるとされる「月80時間残業をしている社員が一人でもいる事業所の比率」を見てみると、施工管理で33%、職人で22%です。
これは事業所単位の集計なので「社員全員が長時間残業をしている」わけではありません。実際は特定の数名に残業が集中していることが多いです(※)。
※厚労省「2018年過労死等に関する実態把握のための労働・社会面の調査研究」
特に大手、建築の現場の施工管理ほど残業が長時間化しやすくなります。これは関わる会社数が増え、調整や発注業務が複雑化し、作成書類が多くなるためです。県と市で書類の書式が違うなどの行政側の問題もあります。
職人たちが定時で帰った後に施工管理は残業で書類仕事、というケースも多いです。2021年にはゼネコン最大手の清水建設の男性社員が過労自殺する、痛ましい事件が起きています。
土木の現場の施工管理の残業は長時間化しにくいものの、建築と比べ、屋外の業務が多くなります。
■勤怠のためだけに事務所に寄る「無駄」
職人は残業が少なく、定時上がりが多いです。しかし、後述の「日給制」という独特の給与計算方法の問題があります。
また、建設の仕事は自宅、会社のオフィス、現場の距離が離れています。そのため職人としては自宅から現場に直行直帰したいのですが、半数近くの会社で勤怠管理方法が「タイムカード」「紙の手書き」であるため、わざわざ打刻のために会社の事務所に寄る「無駄な移動」が発生します。
そのため職人は会社までの通勤、現場までの移動時間を含めた「総拘束時間」が長くなる傾向にあります。都市部の現場の場合、渋滞を避けるため早朝の移動などもあります。
■若手の離職理由トップは「日給制」
③ 中小企業の日給制
「職人殺すに刃物はいらぬ、雨が三日も降ればいい」。業界でかつて言われていた言葉です。毎月収入が変わらないサラリーマンと違い、職人は台風などで出勤日数が少ない月は給料が減ることがある、と聞くと驚かれることでしょう。
この出勤日数に応じて月収が変動する「日給制」の職人が全体の4割弱です。施工管理でも2割弱が日給制です(※)。企業に雇用されない「一人親方」の場合、さらに日給制の比率は上がります。
※厚労省「2018年過労死等に関する実態把握のための労働・社会面の調査研究」
最近は職人の待遇改善が進み、月給制の会社が増え、日給制の会社は減りましたが、未だに中小企業を中心に「日給制」が残っています。建設業界は毎年3月に年間の受注の2割以上が集中するなど季節産業であることもあり、高度経済成長期にこのような給与の払い方が定着し、現在も残っているのです。
この日給制は若手に大変評判が悪く、国交省の調査では建設会社の若手の離職理由のトップがこの日給制です。ちなみに、2位が移動の多さ、3位が休みの取りにくさで、給料への不満は実は4位です。繁忙期にたくさん出勤すると稼げるので、日給制の方が良い、という年配の職人も多く、「日給制問題」は世代間のギャップが大きいです。
■なんとなく続けても給料は上がらない
④ 基本給を抑え、手当や賞与を厚くする
建設業は基本給を低めに抑え、資格手当、役職手当、賞与を厚く払う会社が多いため、業界経験が長くても「無資格・役職なし」の社員の給料は上がりにくいです。「職長」と呼ばれる職人のリーダーや、腕のある「職人」と「単なる作業員」の間に格差があるのです。経験年数が短くても「腕と統率力」で職長になれば稼げる仕事と言えます。
「資格がなくても腕のいい職人はいる」のは事実ですし、資格が無くてもできる作業は多くあります。しかし、法令上、有資格者を配置する必要のある現場もあり、有資格者が社内にいると「売上につながりやすい」です。そこで、資格手当を厚くする会社が多くなります。
また、職人の「腕」は工事の技術に加え、近隣住民へのあいさつや取引先とのコミュニケーション、段取りや判断力なども含まれます。「飲食業界出身でコミュニケーション力の高い職長の下に、口下手の職人が付く」ことも現場では起きています。「なんとなく続けても給料は上がらない」世界です。
■この10年で平均年収が「+23%」
「建設業界の給料は低い」、国交省の資料にもそう記載があるので、若干誤解を招いています。きちんと統計を検証してみると、以下の通りです。
・建設業の男性の平均年収は製造業と比較すると低いが、卸小売業、サービス業より
高い
・建設業の女性の平均年収はサービス業などの他産業比で高く、男性と同じくらい稼
げる
・ただし、労働時間が長いため「時給ベース」では製造業に劣る
・あくまで全体平均で、小さな会社で働く職人や一人親方の給料は上がっていない
国税庁・民間給与実態調査の2022年と2012年の産業別平均年収の比較を見てみると、建設業の平均年収が伸び、サービス業、卸小売業があまり伸びていないことがわかります。
10年前の建設業の年収水準が低すぎたせいでもあり、上がったというより「適正水準になりつつある」とも言えます。
■過酷な労働環境が給料に反映されていない
2022年の産業別年収を男女別に見てみます。
男性は製造業、卸小売業、サービス業、建設業で働く人が多いです。この4産業を比較してみると、建設業の年収水準は製造業に若干劣るものの、卸小売業、サービス業と比較すると年収300万円以下で働く層が13%と少ないです。
これは建設職人の人材派遣が法令で制限されているため、非正規雇用が少ないことが影響していると考えられます。「建設業の給料は世間で言われるほど今は悪くない」と言えます。
ただし、建設業は酷暑、厳しい寒さでの屋外業務があり、さらに災害後の復旧にも従事します。屋内作業が多い製造業と比較すると、「過酷な分もっと給料を上げるべき」と言えます。
■「女性の貧困」を救うかもしれない
女性は医療福祉業、卸小売業、サービス業、製造業で働く人が多く、女性就業者全体の2~3%しか建設業就業者はいません。
卸小売業、サービス業で働く女性の6~7割が年収300万円以下と男性と比較すると年収が著しく低いことがわかります。介護関係の就業者が増加している医療福祉業でも、4割以上が年収300万円以下です。
その中で、建設業で働く女性の平均年収は、男性と大差がありません。建設業で働くシングルマザーの方も「男性と同じ額の給料が稼げる」と述べており、「建設業は女性の貧困を救う可能性がある」のです。
■男女の賃金格差が大きいという重要課題
「日本人の給料が上がらない」のは女性の給料が低く抑えられ、特に卸小売、サービス業の非正規雇用が多く、給料が低いことが影響しています。
経済協力機構(OECD、日、米を含む先進国38カ国が加盟する国際機関)のデータによれば、2022年の日本の男女賃金格差はOECD諸国平均の2倍です。「130万円の壁」と言われる社会保険制度上の特徴から「非正規雇用で働き控え」をする女性が多いなどの背景もあります。
女性の給料を上げていくためには、製造、建設、ITなどの業界の正規雇用で働く女性を増やす必要があります。IT業界では女性にITスキルを身に付けてもらい、年収を上げる取り組みが始まっています。女子大で「リケジョ」を増やす取り組みが盛んなのも似た狙いと考えられます。
■「ブラック業界」の汚名返上なるか
建設業の労働時間は他産業より長いです。産業別月間出勤日数を例にとると、主要産業で最も出勤日数が多いです。他の産業では祝日に休めているのに、建設業だけ祝日がないことが「建設業界がブラック」と呼ばれてしまう背景にあります。
2024年問題をきっかけに業界を挙げて休日を増やす活動をして、労働時間は毎年短くなっていますが、週休2日も定着しているとはいえません。
民間工事と公共工事で比較すると、公共工事の方が休みの面では改善傾向にあります。他方で公的機関に寄せられる労働相談件数を産業別に見るとサービス業、福祉関係が多く、建設業は多くありません。「手に職」の業界なので「会社で嫌なことがあったらすぐ他社に行けるから」と考えられます。
「業界全体で平均年収は上がっているかもしれないが、自分たちは恩恵を受けていない」。こういう意見も多くもらいます。
この意見に対する回答は「建設業界は他産業よりも小さな規模の会社で働く人が多く、その人たちに恩恵が行き渡っていない」「お金があるのに人に投資していない会社が多い」「関西の建設職人の給料の上がり方が遅い」です。
著書『建設ビジネス』の中では「建設業の給料をどう上げるのか?」をさらに深掘りしています。
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クラフトバンク総研所長/認定事業再生士(CTP)
1985年生まれ。京都大学在学中に塗装業の家業の倒産を経験。その後、事業再生ファンドのファンドマネージャーとして計12年、建設・製造業、東日本大震災の被害を受けた企業などの再生に従事。その後、内装工事会社に端を発するスタートアップであるクラフトバンク株式会社に入社。社内では建設業界未経験の新入社員向けのインストラクターも務める。2019年、建設会社の経営者向けに経営に役立つデータ、事例などをわかりやすく発信する民間研究所兼オウンドメディア「クラフトバンク総研」を立ち上げ、所長に就任。テレビの報道番組の監修・解説、メディアへの寄稿、業界団体等での講演、建設会社のコンサルティングなどに従事。
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(クラフトバンク総研所長/認定事業再生士(CTP) 髙木 健次)
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