録音も日記もメモもない…パワハラ上司に精神を壊された40代男性が賠償金2000万円を勝ち取れたワケ
プレジデントオンライン / 2025年1月30日 17時16分
※本稿は、ブラック企業被害対策弁護団『ブラック企業戦記 トンデモ経営者・上司との争い方と解決法』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■パワハラ企業に2000万円の支払い命令
Aさんは、デザイナーとして入社した広告制作会社で、2013年3月に新しく上司になったSから、「噓つき」「卑怯者」「犯罪者」など人格を否定する叱責(パワハラ)を受け続け、精神疾患(適応障害)を発症し、14年7月に休職。1年後、休職期間満了を理由に解雇された。詳細は、前回をお読みいただきたい。これはその後日談である。
凄絶なパワハラを受けた労働者は自殺することも多い。しかしAさんは生き残った。そして弁護士に相談し、裁判で争うこととした。15年12月10日、Aさんは長崎地裁に提訴。そして3年後の18年12月7日、土屋毅裁判官は、会社に合計約2000万円の支払いを命じ、Aさん勝訴の判決を言い渡した。
マスコミ各社は、この判決を大きく報道した。その要因には、支払い命令が「約2000万円」と大きかったという点もあるだろう。ここには、次のようなさまざまなお金が含まれている。
■1年間のパワハラの慰謝料は250万円
①パワハラの慰謝料・弁護士費用:275万円
判決は、上司Sによる約1年間にわたるパワハラについて、こう総括し、慰謝料を250万円、弁護士費用を25万円とした。
■250万円は特段に高額というわけではない
被告Sによる不法行為は、遅くとも2013年7月頃から約1年間にわたり続き、そのため、原告は適応障害を発病し、最終的には精神的安定を損ない、希死念慮にかられるまで精神的に追い詰められて就労困難な状態に至ったものであり、それから4年が経過した現在においても職場復帰が可能な程度の寛解に至っていないと認められる。
また、被告会社の対応はパワハラによる不法行為の被害者に対する対応として不十分といわざるを得ないことにも鑑みると、休職後の賃金が支払われることで原告の不利益が一定程度回復され得ることなどを考慮しても、原告の精神的苦痛を慰謝するには、250万円が相当であり、また、弁護士費用としては、25万円が相当である。
パワハラ裁判での慰謝料は、被害者が自殺したケースでは1000万円を超えるが、最近は被害者が生き残ったケースでも、500万円以上を命じるケースも見られる(東京地裁平成28[2016]年12月20日判決、山口地裁周南支部平成30[2018]年5月28日判決など)。
そのため、本件の慰謝料250万円は、高額の部類には入るが、特段に高額というわけではない。これは、次で述べる「未払給料」の金額が大きいことが影響したと思われる。
■4年4カ月分の未払い給料が1417万円
②休職してから現在までの給料:1417万円
この会社は、Aさんが休職して以降、給料を1円も支払わず、休職から1年後には解雇した。裁判中、会社は解雇がまずいと思ったのか解雇を撤回してきたが、依然として給料は支払わなかった。
判決は、「Aさんが休職したのは、会社のパワハラが原因なので、Aさんが休職してから現在までの給料は、全額会社が支払わなければならない」とした。給料が出なくなったのは14年8月分からで、直近の給料は18年11月分なので、未払いは4年4カ月分。Aさんの手取りは月27万2500円なので、判決が支払いを命じた給料は1417万円となった。
③残業代・付加金:334万円
この会社はAさんに全く残業代を支払っておらず、裁判でも、「ボーナスが残業代の代わりだった」などという無茶苦茶な主張をしていた。判決は、会社に対し、残業代236万円、付加金(悪質な不払残業に対する罰金のようなもの)98万円の支払いを命じた。
■パワハラ裁判中にパワハラの手紙を送る鬼畜の所業
④「パワハラ裁判中のパワハラ」の慰謝料・弁護士費用:22万円
信じがたいことに、パワハラ裁判中、会社はAさんの自宅や親族の家にAさんを誹謗中傷する手紙を送りつけてきた。Aさんは手紙を読んで、過呼吸の発作を起こした。
判決は、この「パワハラ裁判中のパワハラ」を次のように断じて、会社と社長に対し、慰謝料20万円、弁護士費用2万円の支払を命じた。判決文を読めば、いかに酷い手紙だったかがわかるだろう。
■パワハラの録音は一切残っていなかった
⑤総額:2048万円
以上で総額2048万円。これが「パワハラで2000万円支払命令」の判決の金額の中身である。労働者1人を軽く見て不当な取扱いをすればいかに高くつくか、今回の会社はよく学んだであろう。
しかも③の給料は、会社が支払わない限り今後もずっと増え続ける。また、この2000万円以上の金額の全部に年5〜6%の遅延損害金(利息のようなもの)も付く。この判決によって、抵抗すればするほど不利益を受けるのは会社側となった。Aさんの長い裁判闘争の結果、その努力と執念が実り、裁判所が最後に「正義」を示すに至ったのである。
マスコミからよく質問されるのが、Aさんが勝訴した要因である。Aさんは働いていた当時、上司Sから人格を否定されるような叱責を受けても、「仕事ができない自分自身が悪い」と思い込み、涙を流して謝っていた。それが「パワハラだったのでは」と気づいたのは、休職した後である。そのため、パワハラの録音は一切残っていなかったし、当時の日記やメモもなかった。ではどうしたか。
■一見無関係な資料から記憶を紡ぎ出した
1点目は、Aさん自身の記憶の復元である。Aさんは地道に、自分が仕事中に受けた被害の詳細を一つひとつ思い出していった。その際に役立ったのが、業務日報、妻とのメール、デザインのためにスマホで撮った写真など、一見パワハラとは関係のない資料。業務日報については、労災申請をすると、労基署が会社から取り寄せてAさんに提示してくれた。その他は、Aさんのスマホに残っていた。
Aさんは、そうした客観的な資料を一つひとつ眺めることで、当時あった出来事を具体的に思い出し、時系列に並べることができた。辛い作業だったと思うが、Aさんは、パワハラ裁判を提訴する頃には、79項目ものパワハラに関する出来事を非常に詳しい状況とともに書面にまとめあげていた。
■同じパワハラ被害者の元同僚に証言をお願いした
2点目は、元同僚Bさんの協力である。Aさんの職場には、上司S、Aさん、派遣社員Bさんがいた。Bさんも上司Sからパワハラを受け、Aさんよりも先に退職していた。AさんがBさんに協力を求めたところ、Bさんは快く応じてくれた。Bさんは、労基署の事情聴取に応じ、裁判でも証人として出廷、Aさんがどのようなパワハラを受けていたのか、自分が目撃したことを話してくれた。これは在職中、AさんがBさんに人間的な対応をしていたからこそ。日ごろの生き方は大切である。
3点目は、上司S自身、事実関係をあまり否定しなかったことである。裁判で上司Sは、「そのような発言はあったが、それは、自分の後継者として期待していたAさんへの愛情を込めての厳しい指導だった」と、「パワハラではなく指導だった」という評価の問題として争ってきた。
■記憶力に自信のない人はメモをする癖を
では、裁判で最も重要なのはどれだったのか。私は、①のAさんの記憶の復元だったと考えている。上司Sが事実関係を概おおむね認めたのは、Aさんが詳細な事実を積み上げた結果でもある。非常に詳しい事実を提示したことで、それを全部「Aさんの妄想」と切って捨てることはできなくなったのだろう、と私は思っている。
当然、パワハラ裁判では、上司が事実関係を否定してくる場合もある。協力してくれる同僚がいない場合もある。そんな場合でも、被害を受けた労働者本人のしっかりとした記憶によって、「確かにそのような事実があった」と裁判官に印象付けられるか否かが、非常に重要となるのである。
しかし、人間の記憶はすぐに薄れる。私も、たとえば今年風邪をひいたのが何月だったか、すぐには思い出せない。記憶力に自信のない方は簡単で良いので、その都度、手帳に書き込む、LINEに書く(LINEは自分だけのグループも作れて、それは日付入りの自分専用メモになる)、といった癖をつけてもらいたい。これだけでも随分違うものである。
どんなに絶望的な状況になっても、自分は仕事をしたんだという誇り、労働者としての誇りを失わずに、しっかりと生き残って、過去を冷静に見つめ直すこと。そうすれば必ず、正義はあなたに味方するはずだ。
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(ブラック企業被害対策弁護団)
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