「専業主婦」でも「共働き」でもない…夫婦で4カ月おきに英国大使をシェアした駐日外交官の斬新アイデア
プレジデントオンライン / 2025年1月25日 8時15分
「大阪・関西万博」英国代表、前在大阪英国総領事。イギリス北部のマンチェスター出身。外国語を学ぶことが好きで大学ではドイツ語とフランス語を学ぶ。学生時代の留学経験から外交官の仕事に興味を持ち、外務省に入省。2003年から2015年まで、夫のトマス・カーターさんとジョブシェアで公使や大使の仕事を務め、世界初の「ジョブシェア大使」として知られる。日本語も堪能。
■「キャリア」と「育児」の両立を模索
――デービッドソンさんは、世界で初めてご夫婦で「大使」の仕事をシェアされたそうですね。どのような経緯で始めたのかを教えてください。
私たち夫婦は駐ドイツ英国大使館で働いていた時に出会い、結婚しました。長男が生まれた時に私が育児休暇を取ったのですが、その間に夫は駐タイ英国大使館に異動となり、私と息子たちも一緒にタイで生活しました。
夫の任期がもうすぐ終わるという2002年、次のポストをどうするか二人で話し合いました。私はそろそろ仕事に戻りたいと思ったのですが、子どもは当時、4歳と3歳。もし二人ともフルタイムで仕事をしたとすると、幼い子どもたちに大きな負担がかかります。
一方、夫は働いている間、子どもたちにあまり関わることができないことを変えたいと考えていました。フルタイムとなると、9時から5時まで働くだけでは済みません。長時間働かなければならない日もあって、あまり息子たちと関わることができません。そして働いていないほうは、長すぎるくらいの時間を息子たちと一緒に過ごすわけです。
そこで、夫から出たアイデアがジョブシェア(※)でした。
仕事を半分ずつ分け合えば、両方が息子たちの面倒を見ることができますし、キャリアを続けることもできます。私ももちろん賛成でした。
※ ジョブシェアはフルタイムで働く人が通常、一人で担うポストを複数の人数で担うこと。ワークシェアリングは雇用を維持、または創出するために、労働時間の短縮を行うもの。
――夫婦で大使の職をジョブシェアするという案は、ご本人たちから外務省に持ちかけたわけですか?
はい、私たちから外務省に提案しました。
イギリス外務省のポストは公募制で決まり、「○○という点で私はこの仕事に誰よりも向いています」とアピールしなければなりません。私たちは大使のポストにそれぞれが応募をし、面接も別々に受けました。そして自己アピールとともに、どのようにジョブシェアをするのかについて話しました。
夫と私で4カ月ごとに「大使」の仕事と「家事・育児」を交代します。4カ月としたのは、ある程度、まとまった期間であるためプロジェクトにしっかり関われるためです。これが半年だといつも同じ季節に仕事を担当することになるので、4カ月としました。
■雇用者にとってメリットしかない
――外務省の反応はどうでしたか。
「いいアイデアですね」と言われました。
外務省は研修などで私という人材に投資をしていましたし、実務を通して蓄積した知識もあります。子育てを理由に私が仕事を辞めることは外務省の利益になりません。給料も二人で一人分で済みますし、それに夫婦なら公邸も一つで済みます。
――給料は一人分となるのですね。
はい、そうです。ひとつのポストを二人で半分にして働くわけですから、それぞれもらえる給料は半分になります。
――ジョブシェアをすることで外務省のコストが増えるわけではないのですね。だけど、人事評価の方法は変えなければならないのではないでしょうか。
同じポストの仕事をするには、同じスキルや能力を持っていることが求められます。
しかし、その結果、どのような働きをしたかという人事評価の対象はあくまで一人ひとりのパフォーマンスに対してとなるので、人事評価制度に変更は必要ありませんでした。パートタイムで働く人を評価するのと、同じことです。
■大使としての「能力・経験・人脈」が2倍になる
――実際に二人で大使をされて、赴任先の国ではどのような反応がありましたか。
ジョブシェアで働いたのは2003年から15年の13年間で、スロバキア、ザンビア、グアテマラ、ホンジュラスの4カ国で公使や大使の仕事をしました。
高等弁務官(編集部注 イギリス連邦諸国間における外交使節の代表。わかりやすくするために以下、「大使」と記載)として初めて赴任したザンビアでは、私たちがどのように仕事をするのか、果たして問題はないのか、高等弁務官事務所のスタッフは不安を抱いていたので丁寧な説明が必要でした。大使は一人だと思っていたところに、二人が来るのですから、無理はありません。
1人のスタッフからは「大使のうち一人が外務大臣と親しくなったとしても、もう一人は親しくなかったら、どうするのですか。問題じゃありませんか?」と聞かれました。
私は、「それは問題ではありません」と答えました。「一人だけだったら、外務大臣と親しくない大使だけでした。二人いるからこそ、一人は親しい大使がいることになります。二人いれば、チャンスは2回になります」と。
実際、より良い関係を築けている方が、対応すれば外交的にもメリットがあります。
課題についても二人で相談しながら対応できました。夫婦であることというよりも、二人の違う人間が携わることに意味があります。経験も視点も異なりますから、それだけ選択肢が増えることになります。
■「今日はどちらが大使ですか?」
――大使ですと、新たに就任する時には信任状の捧呈式というのがありますよね。そういったセレモニーやパーティ、公的な文章へのサインなどの仕事もあると思いますが、どのように分担したのですか?
就任のセレモニーには、二人で参加しました。スピーチでは前半部分を私が、後半を夫が読みました。最初の4カ月、私から大使をするからです。
パーティは必要があれば二人で参加しますが、基本はその期間に仕事をしている方が行きます。書類へのサインも、仕事をしている方がします。
ジョブシェア大使という働き方を、外務大臣も大統領も温かく受け入れてくださいました。二人でパーティーに参加した時には「今日はどちらが大使なの?」と聞いてくださったり、面会に訪れるときにも「今日はどちらが来るのかと話していたよ」と、ユーモアをこめて話してくださるのが常でした。
最初こそ説明が必要となりますが、問題となった国はありませんでした。私たちの取り組みが先例となり、フランスやドイツの外務省でもジョブシェアが導入されました。
■協力的であることが大事
――夫婦でジョブシェアをされて、意見の対立からケンカになったりしたことはないのでしょうか?
ないですね。
夫婦に限りませんが、ジョブシェアをうまくやっていくには、協力的であることが大事です。他人との競争心が強い人には向いていません。うまくいくのは協力的な場合だけです。
毎回、引き継ぎは丁寧に行いました。今、課題をいくつ抱えていて、それぞれどんな段階にあるのかとか。誰とどんな会話をしたかも、すべては無理ですが、できる限りシェアしていました。
引継ぎも夫婦だと、やりやすいです。そもそも一緒に住んでいるので、働いていない間も「イギリス本国から大臣が来た時はどうだった」みたいな仕事の話は聞いていましたから。
仕事も子育てもシェアすることで、夫婦のパートナーシップはより深まりました。とにかく私たち夫婦にとって、ジョブシェアは良いことばかりだったんですよ。
(後編につづく)
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国際教育評論家、国際教育コンサルタント
アメリカ生まれ、日本育ちの国際教育評論家。3歳でアメリカの幼稚園を2日半で退学になった「爆速退学」経験から教育を考え続ける。国際バカロレアの教員研修を修了し、インターナショナルスクール経営などを経てie NEXT & The International School Timesの編集長を務める。
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(国際教育評論家、国際教育コンサルタント 村田 学 構成=村井裕美)
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