1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「無期懲役囚の時は止まっていた」手弁当で537回の慰問コンサートをした女性デュオが感じる"塀の中の変化"

プレジデントオンライン / 2025年1月24日 10時15分

2023年6月29日。月形刑務所ライブ - 写真提供=Paix2

■刑務所、拘置所、少年院…全ての「塀の中」でコンサート537回

「塀の中」が大きく変わろうとしている。2025年6月、「懲役」の廃止などを盛り込んだ刑法改正が施行される。さらに受刑者を「さん」付けにし、刑務官を「先生」との敬称で呼ばせない管理法の導入が進むなど、犯罪矯正のあり方が過渡期に立っている。

そうした動きの中で長年、受刑者の「立ち直り」に寄与してきた歌手がいる。全国の刑務所での慰問コンサートを長年続け、保護司としても活動する井勝めぐみさんと北尾真奈美さんによる異色の女性歌手デュオ「Paix2(ペペ)」だ。今年、活動25周年の節目の年にあたる。コンサートの回数は500回を超えた。Paix2のふたりが、刑務所の現状と犯罪矯正のあり方について語った。

「苦しかったのはコロナ禍の3年間ちょっとですね。刑務所で、生のコンサートがほとんどできませんでしたから。仕方がないのでDVDで無観客のライブ映像を収録して、それを全ての施設に配って、見てもらっていました。それが、ようやくコロナ前のペースに戻ってきたという感じです」(北尾さん)

フランス語で「平和」を意味する女性デュオ「Paix2」。看護師だった井勝さんと、岡山大学固体地球研究センター(現岡山大学地球物質科学研究センター)で技術補佐員をしていた北尾さんが、2000年に結成した。

2002年より刑務所や少年院といった矯正施設での「Prison(プリズン)コンサート」を開始。着実に実績を重ね、2024年末までには537回に上った。なんと、全国にある矯正施設(刑務所、拘置所などの成人矯正施設84カ所、少年院43カ所、閉庁した施設53カ所)すべてを訪問しているという。なかには15回以上ライブを重ねた刑務所もある。その活動は高く評価され、法務大臣表彰など数多くの賞を受賞している。

彼女らはただ現地に行って、歌って帰るだけではない。コンサート前日までにトヨタのハイエースに音楽機材を積み込んで出発。マネージャーと交代で運転して、長距離を移動する。刑務所に到着すれば、体育館などに重い機材を運び、音響のセッティングとテストを重ね、その上で本番のステージに立つ。

2023年6月29日、月形刑務所ライブにて
写真提供=Paix2
2023年6月29日、月形刑務所ライブにて - 写真提供=Paix2

10数曲を歌いながら、受刑者に向けて自覚を促したり、励ましたりする。そして撤収して、次なる刑務所へと移動……。ヘトヘトになりながら車で帰路につくこともしばしばだ。この慰問コンサートは、薄謝か無報酬という。

「10年ほど前から法務省矯正支援官を任されるようになりました。その肩書が付いてから、刑務官や職員の方が荷物運びなどを手伝ってくれるようになりました。これも、長年続けてきた成果かも(笑)。刑務所によっては長期の受刑者もいて、私たちのライブを何度も聞いてくれるケースもあります。なので、毎回飽きさせないように、前回のライブと内容を変えるように工夫したりしています」(井勝さん)

■無期死刑囚と対面「時が止まっている」「ここで人生を全うする」と感じた

近年における、印象深いシーンは3年前の岡山刑務所でのこと。岡山刑務所は、無期懲役など受刑期間が長い受刑者を多く収容している施設で知られる。無期懲役囚の多くは、殺人などの重罪を犯した人物である。

「この時、無期懲役の20人ほどの方を相手に、個別で対話する機会が設けられました。当時の所長さんの英断で、サプライズで受刑者と私たちとの接点をもたせようとしたそうです。無期懲役というのは大変な犯罪者なのでしょうけれど、みなさん、真面目で礼儀正しい。ある方は『(昭和41年に日本武道館で開催された)ビートルズの公演に行って以来、音楽が好きになりました』と言っていらっしゃいました」(北尾さん)

「この方たちは、時が止まっているな、この施設で人生を全うするんだ、と覚悟を決めておられるんだなと感じました。誤解を恐れずにいえば、悟りの境地にあるような方ばかり。不思議な感覚になりました。眼の前にいるこの人が、どうしてそんな重い罪を犯してしまったのだろうと。同時に、ただの一方通行のライブを開催するだけではなく、受刑者の皆さんとのコミュニケーションの機会が与えられたことは私たちにとっても、大変、勉強になりました。所長さんは、受刑者のことを本気になって考えて行動されているんだな、と感動しました」(井勝さん)

比較的刑期が短い受刑者は、出所後にPaix2のライブに足を運んでくれたり、グッズを買ってくれたりする。ライブ会場で「あの時、Paix2に励まされ、助けられた」と声をかけられることはしばしばで、その言葉が彼女らの大きな支えになっている。

ライブの様子
写真提供=Paix2
2023年6月29日、月形刑務所ライブにて - 写真提供=Paix2

四半世紀にわたる活動の中で、「塀の中」はどう変化してきたのか。全国の刑務所を数多く慰問して回った立場として、近年の犯罪傾向を分析してもらった。

「高齢化の波は、着実に刑務所にもやってきています。20年ほど前は、ライブに参加する平均年齢が40代くらいだったと思いますが、今は50代になってるんじゃないですかね。車椅子率も上がっている気がします。受刑者の介護を、受刑者がやるということも増えているようです。一方で少年院は、圧倒的に数が減ってきています。昔は暴走族や暴力団に所属した経験があって、いかにもやんちゃだな、と感じる分かりやすい子たちが多かったですが、今、少年院にいる子どもは、社会の中にいる子とほとんど変わらないですよ」(井勝さん)

2020年1月18日、横浜刑務所
写真提供=Paix2
2020年1月18日、横浜刑務所 - 写真提供=Paix2

「いわゆる闇バイトで、『受け子』をやって逮捕された子たちもいます。経済犯や知能犯といった部類でしょうね。彼らは罪の意識や、善悪にたいする感覚が乏しい感じがします。あと、発達障害の子どもも増えているようです。彼らは加害者である一方で、犯罪組織にうまく利用された被害者でもある気がします。『親元に戻りたくない。このままここにいたい』というケースも多く、彼らにとっては生きづらい世の中になっているなと感じます」(北尾さん)

2020年1月18日、横浜刑務所
写真提供=Paix2
2020年1月18日、横浜刑務所 - 写真提供=Paix2

■「塀の中」と「社会」を行き来して「自分が矯正された」との思い

受刑者の処遇が、今年6月から変わる。政府は刑法の一部を改正し、これまでの懲役刑と禁錮刑を合わせて「拘禁刑」という新たな刑罰に一本化する。懲役刑の廃止といっても、刑務作業がなくなるわけではない。木工や洋裁などが義務でなくなり、立ち直りに向けた指導・教育に多くの時間をかけることが可能になる。増加する高齢受刑者のリハビリや、若年受刑者の更生指導を手厚くできるようになる。

あくまでも今回の法改正は、受刑者の属性や事情(高齢化など)などによって、柔軟に矯正プログラムと刑務作業を運用していくための手段だ。「懲らしめ」から「立ち直り」に重きを置いた犯罪矯正の時代を迎えつつある。

また、施設内の規律も緩めていく方向だ。これまで、受刑者は刑務官を「先生」と呼び、刑務官は受刑者を「呼び捨て」にするなど、上下関係が徹底されていた。受刑者への人権の配慮も、時代の変化といえる。

2024年11月1日松本少年刑務所
写真提供=Paix2
2024年11月1日松本少年刑務所 - 写真提供=Paix2

矯正のあり方が変わった背景には、再犯率の高さがある。現在、全国の矯正施設における1日平均収容人数は4万853人(矯正統計調査、2023年)。刑法犯の摘発は2003年以降、減少傾向にあるものの、再犯率は近年50%ほどで高止まりしている。つまり、矯正施設において、懲らしめること以上に、手厚い「再教育」を施し、二度と犯罪に手を染めさせないことが重要になってきている。Paix2のふたりに意見を聞いてみた。

「受刑者に対する『さん付け』などは、法改正の機運が高まってきた数年前から、早くも実施し始めた施設がありました。最初は職員も受刑者も『いや、そういう言い方、言われ方は困ります』というような雰囲気があったのは確かですが、昨年訪れた施設で聞くと、それぞれ適応はしてきている、良い効果も出てきている、などというポジティブな意見がありました」(北尾さん)

「この新しい体制は、彼らが社会に出てからのことを考える上では、大事な流れになっているなと思います。これまで人との交わりが少なかった受刑者が、コミュニケーション力をつけていくということはとても大切ですから。ただ一方で、刑務所ならではの厳しさっていうのもないといけないとは思います。『こんな場所に、二度と帰りたくない』という要素は、私はあったほうがいいと思います。もっというと、施設内での矯正プログラムの重要性はわかるのですが、それでなくとも人手不足の現場で、職員さんがやり切れるのか。机上の議論では理想を語っていても、実際の運用面が心配です」(井勝さん)

Paix2のふたりは「保護司」としての活動もしている。保護司とは犯罪を犯した人の立ち直りを支える非常勤の国家公務員のことだ。全国におよそ4万7000人が活動している。彼らは、完全にボランティアで給与は支払われない。彼女らに任されているのは保護司界の広報を通じて、認知度を高め、社会の関心を向けることなどだ。

保護司は、矯正施設から釈放された者が、スムーズに社会生活が営めるように、住まいや就業などの調整や相談、さまざまな助言などを行い、立ち直りを支援する。強い使命感と忍耐力が必要な仕事だ。保護司の活動は、再犯罪抑制に極めて重要な意味をもつ。だが、2024年には滋賀県大津市で男性保護司が、担当していた保護観察中の男に殺害される事件が起き、保護司界に衝撃が走った。

「これまで、保護司の世界は『現場任せ』だったと思います。きちんと更生していくんだという意識の高い方がいる一方で、中には逆恨みする人もいる。自宅で、1対1で面接することもあり、ある女性の保護司の方は男性と面談するように言われて、さすがにそれは、とお断りされた話も聞きました。大津の事件は痛ましいことでしたが、保護司界の改革につなげていってほしいです」(北尾さん)

2024年11月1日松本少年刑務所
写真提供=Paix2
2024年11月1日松本少年刑務所 - 写真提供=Paix2

四半世紀にわたって「塀の中」と「社会」とを行き来し、社会の暗部に光を当ててきた、ただ唯一の存在であるPaix2。5月24日、鳥取市内で「25周年記念コンサート」を開く予定だという。

「25年間ずっと自分たちで車を運転して、機材を運んで、手弁当でやってきたのですが、活動当初にはちょっと想像がつかないことでした。でも、このスタイルはたぶんこれから先も続いていくんだろうな、と思います」(北尾さん)

「振り返れば、私自身が“矯正”された25年間だった気がします。若いときは、自分のことしか考えてこなかった私ですが、プリズンコンサートを通じて社会のことに目を向けることができ、視野が広がった気がします。大変でしたが、良い25年間だったと思います」(井勝さん)

----------

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

----------

(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください