アラサー主任・係長手当5万→1万円に大幅減の悪夢…初任給30万円"爆騰"でシワ寄せは中高年だけじゃ済まない
プレジデントオンライン / 2025年1月24日 10時15分
■誰が初任給引き上げの大盤振る舞いのしわ寄せを引き受けるのか
春闘の賃上げを前に初任給引き上げを表明する企業が相次いでいる。その背景にあるのは言うまでもなく就活本番を迎える2026卒の学生へのアピールだ。
学生優位の売り手市場が続いているが、応募学生の母集団形成に苦労している企業が多く、初任給引き上げはその危機感の表れでもある。
初任給引き上げ競争が本格的に始まったのは2023年からだった。それまでは大企業・中小企業に関係なくほぼ一律の21万円程度だったが、23年から上昇する。
労務行政研究所の調査によると、2023年度の平均初任給額は22万6732円になり、24年度は5.4%アップの23万9078円と、ほぼ24万円に突入した(大学卒)。引き上げた企業の割合は86.8%であり、引き上げ競争が激しくなっている。
引き上げ率や金額で最も激しいのは銀行業界を中心とする大手企業だ。3大メガバンクの2022年4月の大卒初任給は同じ20万5000円だったが、23年4月に三井住友銀行が25万5000円に引き上げると、24年4月に三菱UFJ銀行が25万5000円、みずほ銀行が26万円に引き上げた。これで終わりと思いきや、三井住友銀行が2026年4月から30万円に引き上げると表明。メガバンクの引き上げ競争は加熱している。
銀行だけではない。明治安田生命も2025年度から全国転勤のある採用枠を対象に現行の24万円から27万円に引き上げる。固定残業代を含めると29万5000円から33万2000円、転居転勤のない採用枠も固定残業代を含めて29万5000円になる。
証券業界でも大和証券グループが25年度から現行の29万円から30万円に引き上げることを表明し、岡三証券も25万円から30万円に引き上げる。
深刻な人手不足を抱える建設業でも西松建設が25年4月から30万円に引き上げ、24年4月に30万円に引き上げた長谷工コーポレーションに並ぶ。大和ハウス工業も今月20日、10万円アップの33万2000円に引き上げた。鹿島や大林組など大手ゼネコンも24年4月にそろって28万円に引き上げているが、当然、こうした動きに追随すると推測される。
小売業でも家電量販店のノジマが昨年10月に25年4月から30万円に引き上げると発表。ユニクロを運営するファーストリテイリングと並んだが、1月8日、ファーストリテイリングは33万円に引き上げると発表し、初任給引き上げ競争がエスカレートしている。
大手企業は2023年からわずか3年間で初任給30万円超の時代に突入し、それを同業他社や中堅・中小企業が必死に追いかけようとする消耗戦の様相を呈している。
それにしても30万円といえば、一昔前の30歳前後の給与に相当する。新入社員にとってはありがたいが、単に新卒の数十人、100人単位の初任給だけを引き上げればすむ話ではない。その上の先輩社員の給与も上げなければ当然不満が発生する。会社全体の賃金体系を見直す必要があるが、といっても10%超の初任給のアップ率と同じように先輩社員にも大盤振る舞いできる会社があるとは思えない。
そのしわ寄せを誰かが引き受けることになる。
■中高年の賃金抑制は規定路線…他にも割を食う人がいる
1つが中高年層の賃金の抑制である。世間では2023年以降、大幅な賃上げが話題になっているが、2023年の賃上げ率は労働組合の中央組織の連合集計で3.58%だった。
しかし厚労省の「2023年賃金構造基本統計調査」の年齢階級別の賃上げ率は、20~24歳が2.6%、25~29歳が2.8%(大学卒)であるのに対し、40~44歳は1.0%、45~49歳は0.3%、50~54歳に至ってはマイナス0.3%に落ち込んでいた。つまり、初任給引き上げ競争によって賃上げ原資の若年層への配分を厚くし、40代以降の配分を薄く(もしくはカット)していることがわかる。
中高年だけがしわ寄せを受けているかといえばそうではない。25万円の初任給を30万円に引き上げた場合、先輩社員との給与の逆転現象が発生する。そのため先輩の給与が30万円を上回るように補正しなければならない。少なくとも20代後半までは例えば1万円ずつ上乗せし、29歳で37万円にするなど恩恵を受ける人もいる。
問題はその後である。30歳前後になると多くの会社では主任・係長クラスになり、一挙に手当などで5万円前後アップするところもある。本来なら30歳38万円の基本給プラス5万円で43万円になるが、おそらく会社はそうはしない。主任・係長手当を1万円に減額し、39万円にすることも想定される。今までは手当を含めて36万円だったのでそれでも3万円の賃上げと喜ぶだろうか。
主任・係長からすれば仕事の責任の重さを比べて平社員と2万円しか違わないことに不満を持つ人もいるかもしれない。問題はその後の世代である。多少の賃上げをしても会社全体の平均賃上げ率よりも抑制される可能性が高い。実際に20代の賃上げ率よりも低くなっている。
愛知県経営者協会の「2024年度愛知のモデル賃金等調査結果」によると、24年の22歳(大学卒)の月例賃金(全業種平均)は前年比3.8%、25歳も同様に3.8%上昇している。一方、30歳は3.0%、35歳2.3%、40歳2.7%と、賃上げ率が低下している。中高年層だけではなく、30代の賃上げ率も抑制されている傾向が見てとれる。
ちなみに物価上昇率は3.0%(23年平均)だったが、それを下回る実質賃金のマイナス状況が続いている。
これはまだ良いほうかもしれない。都内のある税理士は「中小企業の中には初任給を上げすぎたために、30代の給与を上げられず、不満や反発が起きている」と語る。新卒獲得の初任給引き上げ競争に追随した結果、在籍社員がしわ寄せを受ける事例はこの会社にとどまらないかもしれない。
■破格待遇の新入社員もその後の給与は決して安泰ではない
実は破格の初任給で迎え入れられる新入社員もその後は決して安泰とはいえないかもしれない。初任給を大幅に引き上げた企業の中には人事制度を改定し、職務給、いわゆるジョブ型賃金に移行したところもある。
職務給とは、職務の内容を定めたジョブディスクリプション(職務記述書)をベースに、責任や仕事の範囲などの職責の格付けを行い、職務等級(ジョブグレード)と報酬を紐付ける仕組みだ。そこでは勤続年数や年齢は関係なく、諸手当もなければ毎年昇給する定期昇給も存在しない。
例えば、初任給を25年4月に25万円から30万円に引き上げる岡三証券は人事制度も改定し、職務給も導入。「毎年の人事評価で職務等級(ジョブグレード)を定め、必要な能力を満たした場合は等級を1年1回引き上げる。大卒の場合、4回等級が上がれば支店長に該当するレベルとなり、最短で20代後半で支店長に昇進できる」と報道されている。支店長の年収は1500万円という。
逆に言えば、必要な能力要件を満たさない人、つまり職務等級が上がらなければ給与はそのまま据え置きとなる。しかも日本型の職務給制度は上位の職務等級に上がっても職責を果たせなければ等級ダウン(降格)によって給与も下がる仕組みを設けている企業も少なくない。
ジョブ型採用を標榜する企業も増えている。ビジネス経験もなく、スキルを持たない学生をポテンシャルで採用している企業が多いなかで、30万円の初任給は企業にとってもリスクがないとはいえない。
一方、学生の側もジョブ型を指向する人も多いが、「やりたい職務」であっても「自分に合った職務」とは限らない。仮に職務の適性がなければ給与が上がることはなく、転職を選ばないといけなくなるかもしれない。
初任給に目を奪われるだけではなく、会社の賃金制度がどうなっているのか、やりたい職務が自分にマッチしているのかをよく吟味してほしい。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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