日本の半導体産業の未来を担うプロジェクトの相棒は"カナダのスタートアップ"…ラピダスが組んだ相手の正体
プレジデントオンライン / 2025年2月7日 9時15分
※本稿は、山野内勘二『カナダ 資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■ラピダスと組むカナダのスタートアップ企業
現在、AI(人工知能)は加速度的に進化し、医療、金融、自動車、家電、小売業、教育、交通、天気予報、エンターテインメント、農業、さらには国防など社会のあらゆる局面で活用されている。そして、AIを効率的に活用するためには、用途と分野に応じて、個々のAIに特化した専用の半導体が不可欠だ。AI半導体の世界市場は、2022年の442億ドルから、27年には1194億ドルと、5年で2.7倍に拡大すると見込まれている。
そんな中、24年2月、ビジネス関係者が注目する大きなニュースが流れた。日本の半導体産業の未来を賭けたラピダスとカナダのスタートアップ企業テンストレントが最先端のAI半導体の開発について連携すると発表したのだ。
ラピダスは、22年8月に、ソニーグループ、トヨタ自動車、デンソー、キオクシア、NTT、NEC、ソフトバンク、三菱UFJ銀行の日本の大手企業8社が出資して設立されたオール・ジャパンの新しい半導体製造会社だ。日本政府も3300億円の開発費を拠出している。その背景には、日本はかつて世界のシェア5割を超える押しも押されもせぬ半導体大国であったものの、19年には世界シェア1割にまで縮小した日本の半導体産業を復権させるというヴィジョンがある。また、現在、最先端の半導体は量産できる国が限られており、地政学リスクやサプライ・チェーンの混乱に脆弱性を抱えている中、経済安全保障の観点からもきわめて重要だ。
■アップルで活躍したエンジニア率いる半導体設計会社
そこで、ラピダスは、2ナノ・メートル(ナノは10億分の1)という史上最小の半導体を世界に先駆けて量産する目標を掲げている。そのきわめて野心的な計画の最重要パートナーとして選ばれたテンストレント社は、アップルのプロセッサー開発を率いた伝説のエンジニア、ジム・ケラー氏がCEOを務める半導体設計会社だ。AIに不可欠な膨大な計算を超高速で行うCPU(中央演算処理装置)を開発する役割を担う。
日本の国家的な起死回生の核心をカナダのスタートアップ企業が担うというのは、示唆に富む。というのも、カナダの科学技術分野での力量は、突然降って湧いたものではなく、それぞれの時代のハイテク、最先端の技術を担ってきた歴史があるからだ。
時を遡って、19世紀。当時の最先端通信機器の電話について見てみよう。電話は、イタリア人アントニオ・メウッチが1854年に発明した説が有力である。しかし、実際に長距離で会話が可能な電話機を実現したのは、グラハム・ベルだ。ベルは1847年、スコットランドのエジンバラ生まれ。1870年、23歳の時にカナダに移住。オンタリオ州ブラントフォードに居を構える。近所に住む先住民モホーク族の名誉酋長になるなど、カナダの社会に溶け込んだ。
自らの仕事場の周辺の土地を「夢見る場所」と呼び、電気と音声について研究と実験を本格化させる。そして、1876年3月、電話の技術で米国初となる特許を取得。同年8月3日、地元オンタリオ州ブラントフォードの基地局と8キロ離れた商店との間で、世界で初めて長距離電話での会話を実現させる。
■世界で3番目に人工衛星を設計・製造し軌道に乗せた国
そして、第二次世界大戦中のことだ。英国は、ナチ・ドイツからの空爆に晒されていた。そこで、チャーチルは、英国が誇る航空関連の最先端の研究拠点をドイツから攻撃を受けないモントリオールに移転することを決断した。以後、モントリオールには、航空宇宙産業関連の技術と人材が集積し、カナダ宇宙庁も郊外に置かれている。
知る人ぞ知るが、カナダは、ソ連、米国に次いで世界で3番目に、人工衛星を設計・製造し、軌道に乗せた国だ。カナダ国防研究通信研究所の科学者ジョン・チャップマンとエルディン・ウォレンが開発・設計・製造したのが人工衛星アルエット1号である。ただし、カナダは、独自のロケット発射場は有していなかったので、アルエット1号は、1962年9月、NASAによって米カリフォルニア州のヴァンデンバーグ空軍基地から打ち上げられた。軌道に投入されるとただちに電離層観測を開始した。
特筆すべきは、設計寿命は1年にもかかわらず、10年間にわたりミッションを遂行し、100万枚以上の電離層の画像を地上に送った。また、1972年には、人工衛星アニクA-1が打ち上げられ、カナダは静止軌道に通信衛星ネットワークを世界で初めて構築した国となっている。
■海外の人材や資金を取り入れて新技術を追求
異文化を受容し尊重する開放性と包摂性は、若い移民国家・カナダの個性だ。海外の人材や資金を取り入れて新しい発見・発明・技術を追求するDNAは、現代に連綿と繋がっている。まず、AIを見てみよう。
AIは、21世紀に生きるわれわれの暮らしと仕事のスタイルを根本的に変えつつある。老若男女、誰もが画像認証機能を有する携帯電話を持ち、キャッシュレスで買い物し、Siriに道順を尋ねる。Netflixが個々人にお勧めの映画情報を提供し、ドローンが時間に合わせて宅配する。ChatGPTが論文まで仕上げる。そんな時代だ。
そして、AIは、岸田文雄総理(当時)が議長を務めた2023年のG7広島サミットでも主要な議題となった。21世紀の厳しい現実に直面しつつも核軍縮不拡散に向けた明確な意思を確認し、ウクライナ危機、経済安全保障など現在の国際社会が直面する課題に日米英独仏伊加EUの首脳が率直に議論し、首脳コミュニケを発出した。喫緊の課題の一つとして、生成AIについて議論を進める「広島AIプロセス」も発足した。
■AIの「ゴッド・ファーザー」が鳴らす警鐘
「広島AIプロセス」とは、G7の関係閣僚が中心となってAIの活用や開発、規制に関する国際ルール作りを推進するための議論の枠組みだ。AIは、創造性や革新性を高めてより良き社会に貢献する一方、偽情報やフェイクニュースの流布、著作権侵害など深刻なリスクも伴う。AIの安全性と信頼性を確保するためのガバナンスが不可欠だ。
G7首脳が広島でAIについて議論している頃、AIの「ゴッド・ファーザー」と呼ばれるトロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントン博士もまたAIに関して警鐘を鳴らしていた。「ChatGPTに代表される、生成AIは、質問を入力するだけで、まるで人間が書いたような文書で回答を作成できる。その解き放たれた高度な技術は人々の暮らしを豊かにする一方で、核戦争並みの脅威になりうる」と。「人類の終わりを意味する可能性がある」とまで述べている。そこまでの警戒心を抱いたきっかけが非常に興味深い。
■AIの光と影を熟知するヒントン博士
ヒントン博士がたまたま思いついたジョークをグーグルのAI言語モデル「PaLM」に説明するよう指示したところ、そのジョークの面白さを的確に説明できたという。しかも、このPaLMは人間の脳に比べれば、そこまで複雑ではないにもかかわらず、人が一生をかけて獲得する論理性をすでに手にしている。数年以内に人間を凌駕する可能性があると確信したという。
ヒントン博士こそがAIの可能性を信じ、革命的進化をもたらした人物だ。AIの光のみならず影をも熟知するがゆえに、警鐘を鳴らす。人生の大半をかけてAI開発に取り組んできたのに何とも言えない皮肉な展開だ。それでも、ヒントン博士のAI研究は、カナダの先端技術研究の奥深さを示す格好の事例だ。
----------
駐カナダ日本国特命全権大使
1958(昭和33)年生まれ、長崎県出身。1984年、東京外国語大学卒業、外務省入省。在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官、九州・沖縄サミット準備事務局次長、在大韓民国日本国大使館参事官、北米第一課長、総理大臣秘書官、アジア大洋州局参事官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、経済局長、在ニューヨーク日本国総領事・大使などを歴任して、2022年5月より現職。
----------
(駐カナダ日本国特命全権大使 山野内 勘二)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
「収穫できるのは早春の限られた期間だけ」メープル・シロップが"カナダの名産品"になった歴史的背景
プレジデントオンライン / 2025年2月1日 9時15分
-
山火事の発生件数は40年で10倍に増大…「米国の3倍、世界の2倍」のスピードで温暖化が進むカナダの現状
プレジデントオンライン / 2025年1月30日 9時15分
-
この国が存在しないと"フライドポテト"が食べられない…「食料自給率230%」日本人の食生活を支える国の名前
プレジデントオンライン / 2025年1月28日 9時15分
-
豊田章男会長はこのビジネスチャンスを見抜いていた…「経済大国ニッポン」復活に必要なたった一つのこと
プレジデントオンライン / 2025年1月20日 9時15分
-
トランプ発言で注目「カナダ」の日本との"深い縁" キャノーラ油の品種改良の背景に"両国の信頼"
東洋経済オンライン / 2025年1月15日 16時0分
ランキング
-
1「パズドラ」ガンホー、株主がかみついた"高額報酬" 業績・株価低迷の一方、社長報酬は任天堂に匹敵
東洋経済オンライン / 2025年2月7日 7時30分
-
2「顔パス」で現金引き出し…カードもスマホもいらないセブン銀行の顔認証ATMスタート
読売新聞 / 2025年2月6日 17時10分
-
3「トランプ関税」発動なら原油価格はどうなるのか 価格高騰か、それとも生産増加で急落か
東洋経済オンライン / 2025年2月7日 10時0分
-
4トランプ関税の脅威、企業と家計に既に影響=カナダ中銀総裁
ロイター / 2025年2月7日 10時25分
-
5日産、統合は白紙でもEVは協力…ホンダは承諾するか
読売新聞 / 2025年2月6日 19時45分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください