カナダ首相も少年時代は"道場"に通っていた…日本人にはおなじみの「カナダで盛んなスポーツ」の名前
プレジデントオンライン / 2025年2月11日 9時15分
※本稿は、山野内勘二『カナダ 資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■100年余におよぶカナダ柔道の歴史
カナダはスポーツ大国だ。
広大な大地が提供する多様な環境、世界中から受け入れている移民、先住民の伝統が織りなす多彩なスポーツが愛好されている。国技と目されているのが、アイスホッケーとラクロス。サッカー、アメリカン・フットボールに似たカナディアン・フットボール、バスケットボールが人気だ。さらに野球、クリケット、テニスなども盛んである。
そして、柔道も競技人口3万人を誇るカナダの主要スポーツの一つだ。日本の競技人口が約12万人なので、人口比を考えれば、柔道の母国、日本に匹敵する存在感を誇る。100年余のカナダ柔道の歴史は、日加関係とも重なる。
鳥取出身の佐々木繁孝は、19歳の時、BC州バンクーバーに移住。1922年のことだ。商店の店番をしながら経営学を学び未来を夢みていた。実は、12歳から柔道を始め、2段の腕前。鳥取県のチャンピオンになり、米子高校で柔道を指導した経験もあった。
24年、佐々木はバンクーバーのダウンタウン、パウエル通りに、ザ・バンクーバー・ジュードー・クラブ「体育道場」を設立した。嘉納治五郎が始めた柔道の二つの基本、「精力善用」と「自他共栄」を実践する場とした。道場には多くのカナダ人が通い始め、佐々木と彼の弟子たちは、BC州各地に支部を開設。多くのカナダ人が入門する。
■4人の五輪選手を輩出している「タカハシ道場」
32年には、バンクーバー警察の訓練科目として、ボクシングとレスリングに代わり柔道が採用される。この年、ロサンゼルス・オリンピックの日本選手団を率いた嘉納治五郎は、日本への帰途、バンクーバーに立ち寄り、佐々木らを激励。体育道場に「気道館」という名称を授けた。近代柔道の創始者のお墨付きを得て、カナダ柔道は一層発展する。佐々木は、Shigetaka “Steve” Sasakiと呼ばれ、「カナダ柔道の父」と目されている。
BC州から始まったカナダ柔道は、首都オタワでも大きな存在感を示す。その拠点となっているのが、日系カナダ人2世の柔道家マサオ・タカハシ8段(当時4段)が69年に立ち上げたタカハシ道場だ。全国的なカナダ柔道の発展に顕著な役割を果たしている。
タカハシ道場の畳から、これまで4人のオリンピック選手、18人のカナダ・チャンピオン、「カナダ柔道の殿堂」入りした柔道家5人を輩出しているのだ。
特筆すべきは、ピエール・トルドー首相が現役の首相時代に、タカハシ道場で汗を流したことだ。柔の技と精神が、心身ともにきわめて過酷な負担を強いられる長期政権を支えたと言っても過言ではない。
■ジャスティン・トルドー首相も通っていた
そして、閏年84年2月29日の水曜日。トルドー首相は、タカハシ道場で汗を流した後、「雪の中の散歩」をし、辞任を決意。翌3月1日にその旨を表明した。国政の最も重要な瞬間に、タカハシ道場が関わっていたのだ。
実は、P・トルドー首相の長男ジャスティンも少年時代にタカハシ道場に通った。筆者はジャスティン・トルドー首相と話す機会があった時に、タカハシ道場について言及したところ、首相は懐かしそうに微笑み「良き思い出です」と述べたのが印象的だった。そして、ジャスティン・トルドー首相もまた御子息と御息女を道場に通わせた。さらに、日系カナダ人とのリドレス合意を達成したマルルーニ首相も御子息を道場に入れた。タカハシ道場は、日本文化の普及と日本とカナダの友好親善の発展に大きく貢献している。
マサオ・タカハシは日系カナダ人2世で、その人生は、日本とカナダの関係の歴史的な変遷を体現している。
彼は、カナダに移住してきたタカハシ・キュウキチとミネの長男として、29年6月、BC州に誕生。8歳の頃から柔道を学び、瞬く間に上達した。
![柔道](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/a/1200wm/img_1a036221aeb444e7d99c00fb3c7a8173761507.jpg)
■日系カナダ人の地位向上につながった
しかし、41年12月7日(カナダ時間)、マサオ少年が12歳の時に、太平洋戦争が勃発。日本とカナダは敵として戦う。開戦直後にカナダ政府は、日系カナダ人を敵性国人として指定。タカハシ一家も財産を没収されアルバータ州レイモンドに強制移住させられる。マサオ少年は、ビート農場で働かされ、学校へ通うことも禁止された。過酷な環境にあって、柔道の練習だけは続けた。
終戦後、日系カナダ人のBC州への再移住は、49年4月まで認められなかった。白人が多数を占める社会の中にあって日系カナダ人は、旧敵性国民として、また民族的マイノリティーとして、陰に陽に言われなき差別を受け続けた。
そんな中、マサオ少年は48年、高校を卒業。翌年、少数民族の採用を始めていた国防省に採用され、空軍に就職。モントリオール、トロントを経て、オタワの航空エンジニア部門に配属された。空軍での業務に当たる傍ら柔道の修行に励む。同時に、空軍内、さらには、オタワ地域において精力的に柔道の指導に携わり始める。折しも、64年の東京オリンピックで初めて五輪種目となった柔道は一層注目される。マサオ氏は、空軍関係者およびオタワの地元民の間で、柔道家として尊敬を集める存在となった。それは、決して容易でない境遇に置かれていた日系カナダ人の地位向上に直結した。
■オタワに開設された「タカハシ道場」
69年10月、マサオ氏は、オタワのダウンタウン、メルローズ通りに、タカハシ道場を開設。不惑の年を迎え、空軍に籍を残しつつも、柔道指導者として第二の人生を歩み始めたのだ。70年1月には、当時の近藤晋一駐カナダ特命全権大使も参加して、道場で日本の伝統に則り正月の餅つきや鏡開きも行われた。マサオ氏の長男アリーン・タカハシさんは当時中学生で、その様子を鮮明に憶えていると筆者に語ってくれた。
そして、マサオ氏は、空軍勤続22年を経て除隊。タカハシ道場の運営に専念する。そもそも道場の開設前から、マサオ氏はオタワ在住の青少年に柔道指導を行っていたがゆえに、道場には人種を超えて多数のカナダ人青年が参集するようになった。
技だけではなく心をも鍛える柔道の核心に依拠する、カナダにおける最高レベルの柔道指導だ。世界レベルの柔道家を多数育成した。
■カナダ柔道界の「生みの親」に
その上、マサオ氏は講道館の国際部とも緊密に連携し、門下生を日本に派遣。柔道の母国での修練の機会を与えると同時に、日本からも柔道訓練生を積極的に受け入れた。柔道を通じた日加青年交流にも貢献した。
![山野内勘二『カナダ 資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』(中公新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/3/1200wm/img_631756ce9f0fe13568465f42ddf93155207904.jpg)
やがて、マサオ氏は、カナダ柔道界の「生みの親」たる存在として名声を得るに至る。高潔かつ誠実な人柄やリーダーシップと実行力は、空軍、オンタリオ州政府さらには地域の柔道関係者から高く評価され、後年、カナダ国政府、オンタリオ州政府などから多くの賞が授与されることになる。
歳月は流れ、2002年、72歳になったマサオ・タカハシ氏は瑞宝章を叙勲される。功績は、①戦後のカナダにおける日系カナダ人の地位向上、②柔道を通じた日本とカナダの友好親善の促進、③オタワにおける日系カナダ人コミュニティーの発展、だ。
今日のきわめて良好な日加関係と大きな尊敬を集める日系カナダ人を思う時、マサオ・タカハシ氏の功績は非常に大きい。
柔道は、カナダにおける主要なスポーツにして、日加関係の象徴でもある。
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駐カナダ日本国特命全権大使
1958(昭和33)年生まれ、長崎県出身。1984年、東京外国語大学卒業、外務省入省。在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官、九州・沖縄サミット準備事務局次長、在大韓民国日本国大使館参事官、北米第一課長、総理大臣秘書官、アジア大洋州局参事官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、経済局長、在ニューヨーク日本国総領事・大使などを歴任して、2022年5月より現職。
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(駐カナダ日本国特命全権大使 山野内 勘二)
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