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平成のAKB誕生の200年以上前…江戸時代で「会いに行けるアイドル」システムを構築した人のべらぼうな遊び心

プレジデントオンライン / 2025年1月26日 11時15分

画像=プレスリリースより

ノルマ、売上、利益率……仕事上、数字を追い求めるのは重要だが、そればかりでは息が詰まる。時代小説家、車浮代さんは「NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公である江戸の天才出版人・蔦重は仕事に心底惚れこみ、まるで遊ぶように働いていた。数字など頭にないくらいの純粋さで仕事を楽しむ人ほど、結果は出やすくなる」という――。

※本稿は、車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■自分の仕事にときめける人は無敵

江戸の天才出版人・蔦重はとにかく、新しい企画を練るのが大好きでした。常に頭の中は、「今度はどうやって世の中のみんなを驚かせてやろうか」ということでいっぱい。斬新な作品が生まれるたび、世間の人々は熱狂しましたが、毎回、一番高揚していたのは蔦重自身だったのかもしれません。

「てめえが好きでやってる仕事が人に喜んでもらえるなんてよ、こんな目出てえことはねえと俺は思うぞ。それこそ天分を活かす、ってやつだ。俺が版元なんて商売を始めたのも、てめえの好きと、人様を驚かしてえ、喜ばしてえって気持ちが合致したからだ」とは、拙著『蔦重の教え』(飛鳥新社/双葉文庫)に出てくる蔦重の言葉です。

蔦重は自身の仕事に、心底惚れ込み、ときめいていました。だからこそ、寛政の改革で弾圧されながらも、矢継ぎ早に面白い仕掛けを思いついていったのでしょう。

たとえば遊女の絵を禁じられれば、代わりに町で評判の美しい娘たちの着物姿の絵に、彼女たちの名を入れて売り出します。これもたちまち大評判となり、モデルになった彼女たちは、まるで「会いに行けるアイドル」状態に。お店には行列ができるほどになりました。

それに対して、美人画に特定の人物の名を入れることを禁じられれば、今度は暗号のようなもので対抗……と、制圧に屈することなく、遊び心に満ちた仕掛けを繰り広げていったのです。

ときめく心は熱いエナジーとなり、作品たちに宿ります。消費者、購買者は、作り手が思っている以上に研ぎ澄まされた感性を持っているもの。ときめきが宿った作品であれば、敏感にそのエネルギーを察知します。

大好きな人と、そうでもない人と、あなたはまったく同じ態度や感情で接することができますか? おそらくほとんどの人にとって、それは至難の業でしょう。仕事もそれとまったく同じです。仕事を愛している人と、そこまでの思い入れのない人とでは、仕事に向き合うときの姿勢には、その所作一つひとつに及ぶまで、歴然とした差が生まれてくるはずです。

どんな職種であっても、あなたがその仕事に愛情を持っていれば、それは必ず周囲に伝播していきます。仕事において、ときめく心を持てる人は最強です。好きだからこそ全力を尽くせるし、愛があるからこそ真心を込められます。そんなふうにして手がけた仕事が、人の心を動かさないわけはありません。だからこそ蔦重はいつでも胸を張って、作品たちを世に送り出すことができたのです。

好きな仕事をしていると、「働かされている」という感覚はなくなっていきます。そこにあるのは義務感や疲労感ではなく、楽しさや爽快な没入感でしょう。

私自身、周囲から「歴史小説を書くなんて、調べ物が多いから大変でしょう」と言われることも多いのですが、資料を調べるのは、まったく苦ではありません。江戸文化が大好物の私にとって、調べ物に没頭している時間はとても楽しく、心躍るひとときです。「えっ、そうだったの⁉」「あれとあれがこう繋がっていたのか……」などと新しい発見をするたび、高揚感に満たされます。

時間を忘れて何かに夢中になっているとき、脳はいわゆる「フロー状態」にあります。リラックスしながらも高い集中力を発揮するこの状態なら、アイディアやひらめきも降りてきやすくなります。

どんな状況のなかにも、必ずときめきの種はあります。どんなにささやかだったとしても、まずはその種を大切に育ててみることが、自分を輝かせてくれます。

■健やかな自尊心と承認欲求は、強い原動力になる

驚くような成功を収めた人のなかには、幼少期、家庭環境に恵まれなかったという人も多くいます。

小さな頃、親から十分な愛情を受けたり、認められたりするという経験が乏しかったことを埋めるかのように、「周りから評価されたい」という想いが人一倍強くなり、ハードな努力もいとわなくなるためです。

幼い蔦重も、両親が自分のもとを離れていったことで、強い孤独感を感じたことでしょう。もっと自分を見てほしかった。もっと褒めてほしかった。そんな寂しさは、大人になってからも、常に心のどこかにつきまとっていたかもしれません。あるいは不遇な生い立ちを持つ自分を、どこか後ろめたく感じてしまうこともあったかもしれません。

そのようなハンディを打ち消すかのように仕事に精を出したことが、彼を成功へと導いた可能性も否定はできません。両親から褒められなかったぶん、たくさんの人たちからの称賛を浴びたいという思いも抱いていたはずです。また、いつか大物になることで、離れて暮らす両親に、自分の存在を知らしめたいという思惑もあったことでしょう。

もし恵まれた環境に生まれていたとしたら、「偉大なる出版人、蔦屋重三郎」は誕生していなかったかもしれないのです。

これは極端なケースと言えるかもしれませんが、「評価されたい」「褒められたい」という思いは、時に大きな原動力となり、モチベーションを爆発的に上げてくれます。

「褒められたいという想いで仕事をするなんて、邪なのでは?」と思われるかもしれません。

けれど、人は社会的な生き物である以上、他者からの評価が気になるのは当然のことです。ですからその想いに無理やり蓋をする必要はないのです。むしろ開き直って、「褒めてほしい!」「すごいと思われたい!」という欲を最大限に活用してしまいましょう。

褒められる自分を想像しながら仕事をすれば、そのクオリティを高めていくことができるもの。逆にこういった想像力を働かせられなければ、「他者からの評価を気にしない」ということになり、結果的に独りよがりの仕事になってしまいます。蔦重は常に、世間からの評価を真摯にフィードバックしていました。

車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)
車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)

自分の仕事、そして自分はどのように見られているのか、そしてどんなことを求められているのか。そのフィードバックに基づき、丁寧に分析することで、次につなげていったのです。

人目を気にすることに多くの人が疲れを感じ始めてきた現代は、「人に振り回されず、自分の好きなように生きる」ことの大切さが叫ばれていますね。もちろん、そんな姿勢は大いに自分を守るものですし、過度な承認欲求は、自身を追い詰めていくだけだと思います。

ただ、健やかな自尊心や適度な評価欲は、上手に利用すれば、驚くほどのパワーを与えてくれるもの。「人の目なんて気にしない」とすかしている人より、「みんなに褒められたいんです!」と素直になれる人に、チャンスは舞い込んでくるのです。

■「本を売ってんじゃない! 感動を売ってんだ!」

商売とは、数字を追い求めなければならないもの。それはどうしようもないことです。今日の売り上げはこのくらいだった、今月の利益はこのくらいだった……というように、常にみな数字に追われ、結果を求められます。

けれど、今、目の前にある仕事を単なる数字でしか見られなくなってしまったら、たちまちそこからは光が失われ、味気ないものになっていくでしょう。

たとえばあなたがとあるメーカーの社員だとします。そうしたら、今月はこの製品がいくつ売れた、何人が購入した……という数字だけでなく、その数字の向こう側にある、一人ひとりの笑顔を思い浮かべてみてください。

この製品を買ってくれた人が、どんなふうにその生活を豊かにしてくれたのだろう。どんなふうに幸せになってくれたのだろう。そんなふうに想いを馳せてみるのです。

どんな仕事も、その本質は、人に感動を与えるためのものです。

扱っているものを単なる「製品」、利用してくれる人や購入してくれる人を、単なる「数」としてしか見られなくなってしまえば、その本質から大きく外れていくことになります。そして何より、自分自身が楽しくなくなってしまうでしょう。

自分の仕事は、人を感動させる仕事。そんなふうに、誇りを持ってください。

蔦重にとっても、もちろん売上は大切でした。けれど、それだけを追求するビジネスなんて、願い下げだったことでしょう。一番大切にしていたのは、「気の短い江戸っ子を、あっと驚かせて感激させること」。お金はそのあとからついてくるものでした。

浮世絵師・東洲斎写楽の売り出しは、そんな「感動」を追求した蔦重の、まさに集大成ともいえるものでした。写楽が描いた、背景を黒雲母摺(くろきらずり)で塗りつぶした役者絵二十八枚を、壁や飾り棚を使って一挙にディスプレイしたことで、まるで芝居小屋にいるかのような臨場感を演出し、訪れた人々を感嘆させたのです。

しかもこれらは、ファンに向けて美化されるのが当然の役者絵を、女形(おんながた)でさえも容赦なく本人そっくりに描いた、滑稽でグロテスクな作品群でした。

当然、当の役者や贔屓筋からは不評を買いましたが、これらの作品は、寛政の改革でくさくさしていた人々に、大いなる笑いと感動を与えました。「正体不明の謎めいた絵師」という演出も相まって、しばらく江戸の町は、写楽の話題で持ちきりだったそうです。

私自身も以前、蔦重に倣い、写楽の絵二十八枚を、同じように壁に並べてみたことがあります。壁一面に飾られた黒塗りの役者絵は、何とも言えない重厚感を醸し出し、江戸っ子たちもさぞ惚れ惚れとしたことだろうと、ため息が出るような思いでした。

「ただ物が売れればいい」とか「ただお金を稼げればいい」という考えの持ち主が、こんなべらぼうな仕掛けを思いつくわけがありません。

人は、感動に時間とお金を使いたいのです。どんな職業であっても、感動を売ることはできます。どうすれば自分の仕事で人を感動させることができるのか、真剣に考えてみてください。

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車 浮代(くるま・うきよ)
時代小説家、江戸料理文化研究所代表
浮世絵をはじめとする江戸文化、江戸料理に造詣が深く、さまざまな媒体を通じて江戸文化の魅力を現代に伝える。1964年大阪生まれ。大阪芸術大学卒業後、東洋紙業でアートディレクター、セイコーエプソンでデザイナーを務める。その後、第18回シナリオ作家協会「大伴昌司賞」大賞受賞をきっかけに会社員から転身、映画監督・新藤兼人氏に師事し、シナリオを学ぶ。現在は作家の柘いつか氏に師事。ベストセラーとなった小説『蔦重の教え』(当社/双葉文庫)のほか、『Art of 蔦重』(笠間書院)、『居酒屋 蔦重』(ORANGE PAGE MOOK)、『蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人』(PHP文庫)など、著書多数。2024年春、江戸風レンタルスタジオ「うきよの台所 ─Ukiyo's Kitchen─」をオープン。江戸料理の動画配信も行っている。

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(時代小説家、江戸料理文化研究所代表 車 浮代)

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