全国転勤、テレワーク不可、24時間シフト制…空の安全を守る「航空管制官」の就職人気が低迷する残念な理由
プレジデントオンライン / 2025年1月29日 9時15分
■欠員の状態で「過密空港」を動かしている
羽田事故の直後から、事故の遠因の1つといわれているのが管制官の人手不足です。
まず、全国に管制官は何人いるのか、というところから説明していきましょう。国土交通省(国交省)によると、2023(令和5)年度の管制官の定員は2031人。この数はここ数年、1900〜2100人のあいだで推移しており、大きくは変わっていません。
しかし、近年は中途退職や育児休業などが増加し、2024(令和6)年6月時点で113人の欠員が出ているとのことです。つまり、現在は2000人を下回る状態で運用しているということになります。
その一方で、発着する飛行機の便数は増えています。たとえば、羽田空港の年間の発着枠は約49万回。混雑時には4本の滑走路を駆使して航空機が40秒に一度発着しており、世界でも有数の「忙しい空港」として知られています。2010(平成22)年度は約30万回だったので、15年前比で1.6倍の増加です。
■「人数を増やせば解決」とはならない
便数が増えれば、単位時間内に発着する飛行機も当然増えるので、単純にいえば、より過密になるということです。過密になれば、管制の難易度は増します。1人の管制官が同時に抱える飛行機の数は増え、情報処理しなければならない絶対量も増え、予測の難易度が高まると同時に、不確実性も高まります。
では、人数を増やすことが解決につながるのか、というと、それも一筋縄ではいかないといわざるを得ません。人数を増やしたとしても、管制席の数は後で検証するように適正な作業の分担にもとづいて区分されたものだからです。
ましてや、1本の滑走路を2人で処理することなどあり得ません。意思確認の手間が増え、よほど危険なことになります。1人の管制官が1つの滑走路の離着陸を捌かなければならない、という現状は変えようがありません。
■ほかの職場より業務負担を減らしにくい
安全にかける費用は惜しむべきではないという考え方のもと、費用対効果を無視すれば、航空機を受け入れる施設側も拡充することが望ましいといえるでしょう。
ターミナルビルや駐機場を拡張し、滑走路や誘導路を増設・拡張することができれば、より余裕をもって飛行機を受け入れられますが、そのような土地も予算もないことは明らかです。やはり、今ある施設のなかで工夫して対応することが妥当だといえます。
これが一般的な職場であれば、一時的に業務過多が生じたとしても、担当者を増やし、必死にハードワークすることで乗り切るのでしょう。残業や人材投入で対応できるという点では、1人あたりの業務量を単純な人材増加や超過勤務で調整できない管制官より、まだマシだといえます。
そのような制約はありつつも、欠員を早期に補填(ほてん)することで、十分な休憩時間が確保できるというメリットは大きいと感じます。
■勤務時間は「週38時間45分」と決まっている
休憩時間は管制官にとって、非常に重要です。高い集中力を要求される業務であるため、原則として、勤務時間は1週間あたり38時間45分となるように「弾力的に設定する」(人事院規則より)と定められ、現場では休憩を挟みながら30分〜1時間くらいでポジションを交代しながら務めています。いずれも、脳をリフレッシュしながら、集中力を維持するために工夫された勤務形態です。
それだけ、管制官にとって脳を休めることは重要なのです。いわば、管制官1人の脳だけで行なっているような仕事であり、それ以外にリソースがありません。誰もが自分の脳で処理できる限界点がわからないなかで飛行機が少しずつ増え続けているという現状は、疲弊というよりも、むしろ恐怖に近いものといえるかもしれません。
羽田空港航空機衝突事故の「経過報告」では、事故時の滑走路担当管制官は、45分の着席業務を3回続けた後、20分の休息後にまたも45分間、タワー東席を担当したところで事故が起きたとされています。
疲労度は数値などで可視化されているわけではありませんが、本人も自覚のないレベルで脳が疲弊していた可能性は否定できません。羽田空港での事故が起こったことを知った管制官たちはおそらく、「今度は自分の身に起こるのではないか」という思いがよぎったのではないでしょうか。
■航空管制官になるまでの道は狭く、険しい
管制官の担当割りを決めるうえで、処理する交通量や無線時間などをもとに算出するワークロードの机上検証は行なわれています。しかし、管制という業務を一定のモデル化に置き換えること自体、無理があるということです。
安全と効率を維持するために、これまでどおりのやり方をずっと続けてきたけれども、今、能力の限界を超えつつある。その事例の1つが、2024年1月2日に起きた事故なのではないか――少なくとも管制のリアルな現場を知る自分の目にはそう見えるのです。
では、どうすればこの人手不足が解消され、管制官の業務を改善することができるのでしょうか。
まずは単純に、管制官の人数を新たに増やす可能性について考えてみます。新たに人員を増やすには、「新卒採用か、中途採用か」の2つです。
現在、中途採用については管制業務経験者のみの採用となっており、一度離職した管制官を呼び戻すか、自衛隊の管制員を採用するなど限定的です。
では、新卒採用を増やせばいい、ということになりますが、これも現状では難しいでしょう。航空管制官になるには、まず大学、短大、高等専門学校のいずれかを卒業した後、航空管制官採用試験に合格し、国家公務員として国土交通省に採用される必要があります。
■養成施設が全国に一つしかないという現状
その後、大阪の「りんくうタウン」にある航空保安大学校で8カ月の研修を受け、晴れて各地の空港または航空管制部に配属されます。この航空保安大学校が、日本で唯一の国際基準を満たした航空管制官養成組織であり、ここを卒業しなければ、管制官になることはできません。
一時期、団塊世代が定年を迎えることによる大量離職があり、航空保安大学校の採用数が数年間120名程度であったことがあります。このことから、研修受け入れの容量が120名であると推察できます。
毎年120名を上限に新たな管制官が誕生する一方、定年で退職する人、定年を待たずに退職する人の合計人数が上回った現状が、現在の「欠員113人」につながっているといえます。
この現状を打破するには、研修施設を拡張する必要があります。現在、航空保安大学校1校のみですが、航空会社や航空系専門学校・大学と連携するなど、民間と合同で運営する養成施設をつくるなどして、研修の受け入れ人数を増やすことが考えられるでしょう。
ただし、教員やフライトシミュレーターなどの設備をどう確保するのかという現実的な問題をクリアしなければなりませんし、管制官の能力、質を担保する責任を負う国としては、そう簡単に決断できることではありません。
■応募者が半減し、倍率は27倍→8.4倍に
じつは、こうした人手不足に関連して、もう1つ気がかりなことがあります。それは、管制官を目指す志望者が大幅に減少しているということです。
2023(令和5)年度の航空管制官採用試験は応募者数795名、このうち実際に一次試験を受験した受験者は418名、合格者は94名でした。公表されているもっとも古いデータによれば、2010(平成22)年度の応募者数は1708名、合格者は63名です。
この13年間で、応募者数は半分以下に減少。合格倍率(応募者数÷合格者数)は、27倍から8.4倍に落ちこんでいます。
養成する人数だけを考えれば、志望者の数が定員を割りこまない限り、コンスタントに最大120名の管制官を送り出すことができることになりますが、実際に志望者が減少していること、合格倍率も大きく下がっていることは、管制官全体の“質”に影響するだろうと考えています。
■働き続けるモチベーションが下がっている?
約10年前までは、私のように30代で辞める人は珍しい存在でした。20倍近い倍率を乗り越えて、ようやく手に入れた貴重な資格、また厳しい研修や訓練を経てつかみとった仕事です。誰もがそんな思いでこの世界に入ってきているので、みな自分の仕事に誇りを持ち、自己研鑽にも一生懸命に取り組んでいました。
しかし今では、選択肢の幅を広げようと、公務員のほかの職種と併願して受験してみたら合格してしまった、という人もいるでしょう。個々人の基礎能力やスタートラインは同じでも、狭き門を潜り抜ける過程で得たモチベーションの高さは、現状と比較してやはり差が出ているのではと考えます。
そして、そのような志望者が増えてくれば、どうしても将来の管制官全体の“質”に影響するのではないかと危惧しています。
管制官を志望する人が減った理由は、いくつかの要因が考えられます。前述のとおり年間で志望者が半分以下に減少しているということは、単純な労働人口の減少のみでは説明がつきません。私の持論になりますが、その理由を探ってみます。
■海外では「パイロットなみの高給」だが…
【シフトワーク】
管制官の勤務はいわゆる「9時5時の仕事」ではありません。24時間を早番・遅番・夜勤が交代して担当するシフト制です。勤務時間が日によって異なるうえに、土・日・祝日も関係ありません。残業がほとんど発生しないことがメリットではあるのですが、デメリットのほうから敬遠されているように思います。
【テレワーク不可】
「パソコンさえあればテレワークも可能」といった柔軟な働き方ができません。仕事とプライベートを両立させるような働き方は、まず難しいといってよいでしょう。
【異動】
勤務地は全国の空港、管制施設で全国異動が基本です。しかも、空港という施設はたいてい市街地から離れたところにあります。シフトワークの早朝勤務などがあれば、出勤も楽ではないでしょう。
こうした労働環境を敬遠する若年層が増えているということも、志望者減少の一因だといえそうです。
【待遇面で割に合わない】
管制官は身分上、国土交通省の職員、つまり公務員です。給与体系も公務員のそれに準ずることになります。
海外の場合、イギリス、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、スイスなど航空管制機関が民営化されている国も多く、年収を比較すれば日本の管制官と大きな開きがあります。アメリカは公務員に準ずる連邦組織ですが、パイロットなみの高給となる官署があります。
こうしたことから、管制官はストレスも多いのに「割に合わない仕事」だと感じる人がいるのもうなずけます。
■専門職すぎて「つぶし」がきかない
【責任が重すぎる】
管制官は、責任の重い仕事です。場合によっては乗客・乗員の命にかかわる業務ともいえます。それゆえに、何かミスがあれば非難にさらされることもあります。
場合によっては、自分が見ているテレビで自分がかかわった事案が話題になり、管制官の交信、対応は適切だったのか、というコメントがSNS上に溢れることもあるかもしれません。「それは荷が重すぎる」と感じる人もいるでしょう。
【「つぶし」がきかない】
管制官という職種を、いわゆる“つぶしがきかない”と考える人もいます。たしかに管制官は専門職です。先の見えない世の中で、自分が積んだキャリアがしっかりと経験値として蓄積され、将来的には転職などにも活かせるのかどうかは、誰しも気になるところでしょう。その点で、不安を感じるのは当然かもしれません。
【知名度が低い】
本書を手にとってくださっている方なら、管制官という職業について多少なりとも知識を持っていると思いますが、一般的には管制官という職種、その仕事内容について、まだまだ世間に知られていないのではと感じています。
飛行機が空を飛ぶにはパイロットが必要であることは、誰にでもわかります。それに比べたら、管制官は日常生活のなかで自然と知る機会が少なく、身近な存在とはいえません。今に始まったことではありませんが、課題の1つとしてここで取り上げました。
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元航空管制官、航空専門家
管制官時代は成田国際空港で業務に従事する。退職後、航空系ブロガー兼航空管制ゲームの実況YouTuberに。飛行機の知識ゼロから管制塔で奮闘して得た経験をもとに、現在は専門家として「空の世界」をわかりやすく発信している。テレビ出演や交通系ニュースサイトへの寄稿も精力的に行なう。
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(元航空管制官、航空専門家 タワーマン)
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