「目が悪い」は認知症リスクを高める…「メガネをかけていれば大丈夫」ではなかった"近視"の恐ろしさ
プレジデントオンライン / 2025年1月30日 18時15分
■視覚障害があると認知症リスクは2.4倍
日本では65歳以上の15%に認知機能障害が生じていると言われています。15%と言えば約6~7人に一人の割合。年末年始やお盆に実家に帰省した際、親の老いを目の当たりにすると今後の不安も募るものです。
実は、視覚障害は認知障害と密接に関連しているという奈良県立医科大学の調査結果があります。これによると、重度でなくとも軽度視力障害を有する人は、有さない人と比較して、認知症を発症するリスクが2.4倍高かったとのことです。
※ Association of Visual Acuity and Cognitive Impairment in Older Individuals: Fujiwara-kyo Eye Study
この結果を見て、臨床医としても研究者としても長く眼科業界にいる身としては、「やはり、そうか」いう感想を持ちました。
■目は「脳の一部」で大切な臓器
というのも、目は脳の一部であり、脳の一部が飛び出したのが目と言ってもよいと考えているからです。同じく顔にある口や耳、鼻などとは進化の過程が異なるとされ、人間を含めた脊椎動物において目は「脳の延長」として発生したと言われています。
そして人間は外部情報の9割を目に依存し、脳の50%は視覚情報処理に使われています。
特に眼球の奥にあって視神経と繋がっている網膜は中枢神経の一部とされ、身体のなかで最も血流量が多いのは実はこの網膜だと言われています(網膜の次は腎臓)。
中枢神経とは脳と脊髄を指し、全身から集まってくる情報を処理し、指令を発信。その中枢神経から、体温や血圧、内臓の機能を調整し、感覚や運動をつかさどる末梢神経が出ています。
そう考えると、目は直径およそ2cm、重さはおよそ7gしかないとても小さな臓器ではあるものの、脳との密接な関係を持ち、人間の身体においてとても大切な臓器であることがおわかりいただけるかと思います。
■目の健康を保つことが健康寿命を伸ばす
ちなみに、米国では医学部を卒業した最も優秀な学生たちが眼科を専門領域として選びます。目を研究対象とするニューロサイエンス(脳科学・神経科学)の大学院はとても人気で、入試難易度も高いのです。
「目は脳の一部である」という認識が米国では広まっていることが少なからず影響していると思われ、米国における目に対する関心の高さがうかがえます。
現代では、ケガはシートベルトやヘルメットなどの安全対策で軽減し、感染症にはワクチンがどんどん開発されています。生活習慣病に効く薬も増えましたし、がんになってもきちんと治療すれば、その後長生きする人も多くなりつつあります。
そう、人間は超長寿になったのです。残された課題は「健康寿命をいかに延ばすか」。そう考えると、将来の認知機能低下を防ぐためにも、改めて目の健康をどう保つか、もっと真剣に考えていただきたいです。
■眼疾患を引き起こす加齢以外の要因
実は、目の中にがんはほとんどできません。メラノーマや網膜芽細胞腫というまれな例外はあるものの、ほかの臓器と比べてがんの発生が圧倒的に少ないのが「目」なのです。
そう考えると、認知障害と密接に関係する視覚障害を引き起こさないためには、失明リスクにつながる眼疾患に罹らないことが大事ということになります。
視力低下を来たし、失明につながる眼疾患である緑内障、白内障、網膜剝離などは加齢にともない発症します。ほんの100年前までは平均寿命が50代でしたので、老眼や緑内障、白内障になる前に日本人のほとんどが寿命を迎えていました。ですが、平均寿命が男女ともに80歳を超えた今後は患者数がさらに増えていくと予想されています。
そして、このような眼疾患を引き起こす要因は加齢以外に「近視」があります。前回の記事で挙げたように、40代やそれよりも若く眼疾患に罹る事例も耳にしますが、この場合は加齢よりも「近視」が主な原因だと思われます。
つまり、近視を防ぐことができれば、それだけで白内障などの眼疾患発生年齢を先送りできる可能性が高くなります。目の健康を保つには、まずは近視を防ぐのが一番の近道というわけです
■眼球が「真ん丸」から「楕円」になる
近視を防ぐ方法を解説する前に、まずは目の働きを説明しておきましょう。
進化の過程を見てみると、生存という観点から、獲物を見つけたり、外敵から逃げたりするために「遠くを見る力」が極めて重要でした。つまり、人間の目は本来遠くが見えるようにできています。
遠くを見るとき、遠くからの光は網膜でピントがピッタリ合うよう目の構造ができています。一方、近くを見るとき、近くからの光は広がるように入ってくるため、近見作業を長時間続けるとピントの調節力が低下し、ピントが本来の位置より奥となり、眼軸(目の表面にある角膜から、最も奥にある網膜までの長さ)が後ろに伸びていきます。
これが近視の90%以上を占める軸性近視発生の仕組みです。
近くのものを見るように過剰適応した結果、本来は真ん丸に近い眼球が、眼軸が伸びることで卵やナスを横にしたような楕円形となり近視を発症します。
■子どものうちから眼軸が伸びていると…
そして、近視により眼球が奥に伸びれば当然、網膜も一緒に伸びることになります。このとき、あまりに伸びて網膜が薄くなると、穴が空いたり破れたりしてはがれてしまうのが網膜剝離です。
また、伸びて薄くなっている網膜は、眼圧に対してもろい状態になり、血流も悪くなり、神経が死ぬリスクが高まります。これが緑内障発症の原因となります。近視によって眼球の形が変わることで、眼球内の代謝も悪くなる可能性が上がり、それがひいては白内障になるリスクを高めるという考え方もあります。
眼軸はおよそ10代後半から20歳くらいで24mm程度になるようにプログラムされています。ですが、2022年6月に文部科学省が発表した「令和3年度 児童生徒の近視実態調査」によると、小学6年生男子で眼軸長の平均値が24.22mmとすでに大人と同じ程度に達していました。
今の子どもたちが大きくなったとき、網膜への負担が心配です。
■眼鏡をかけても眼軸の問題は改善できない
最新の研究では、一度伸びた眼軸が場合によっては短くなる可能性が報告され始めてはいますが、現状では身長と同じで、一度伸びた眼軸が短くなることはほとんどないというのが一般的な認識です。
眼鏡をかけていれば視力は改善しますが、近視の根本原因である眼軸の伸びは改善できないのです。
これ以上近視を進行させないことが、将来の目の健康を守ることにいかに重要かおわかりいただけたかと思います。
年末、厚生労働省が、国内で初めて近視の進行を抑える目薬の製造販売を正式に承認しました。ですが、この目薬はあくまで軽度から中等度の近視の子ども向けです。
その他にもオルソケラトロジー、軸外収差メガネ、紫や赤などの光を照射するデバイスやクボタグラスなどの新たな治療法も研究はされています。
■「遠くを見る」+「太陽光を直接浴びる」
日米両国で目の研究をしてきた眼科医として、近視の進行を食い止めるための3つの提言をしたいと思います。
①一日約2時間屋外で過ごし、太陽光を直接浴びる
前回記事でお伝えしたとおり、台湾では2010年より小学校で一日2時間程度の屋外活動を義務づけた結果、子どもの近視発症割合が減少しました。
屋外で一定時間過ごすことで、近視抑制に効果的とされる、半径5m以内に何もない空間に身を置いて「遠くを見ること」と、すべての波長が目に届くよう「太陽光を直接浴びること」の双方を一度に叶えることができるからです。
最先端の近視研究が盛んな国のひとつであるオーストラリアで行われた研究によると、屋外活動は大人の近視抑制にも効果があるとの報告があるので、あらゆる世代にむけておすすめしたいです。
②眼鏡は、しっかりと見えるフルコレクション(完全矯正)の度数にする
ひと昔前は「遠くが見えすぎるともっと度が進むのではないか」と、完全矯正を避け「ちょっと弱いくらいの度のメガネをかけるのがよい」と信じられていた時代もありました。ですが、大規模臨床試験で、度の弱いメガネをかけている子どものほうがより近視が進むということがわかりました。これは大人にも言えます。
定期的な検査を習慣づけ、度が進んでいたらそれに合わせて完全矯正のメガネに替えることを心がけてください。
■自分の「度数」を把握しているか?
③きちんとした測定装置で「度数」を継続的に調べる
私が常日頃残念だなと思っているのは、日本で「あなたは目がいいですか」と聞くと、視力についてしか答えが返ってこないことです。
というのも、「視力」は主観的な指標で、視力検査ではランドルト環(Cマーク)の穴の空いた方向を答えるわけですが、はっきり見えた人も、当てずっぽうに答えた人も、穴の方向が合ってさえいれば同じ結果になり、とてもバラツキの大きい指標とも言えます。
また、目に問題がなくとも、脳の機能が落ちたら視力も落ちます。そう考えると、視力は、角膜、水晶体、網膜、そして脳の“総合力”の結果とも言えます。かつ、日本の視力検査で測るのは静止視力のみです。
私がオススメするのは、水晶体のレンズの強さを数値で表す屈折率を示す「度数」を計測してもらうことです。例えば、視力は左右それぞれ0.2と同じ数値でも、度数を測ると-1.75Dと-2.25Dと違う結果が出ることがあります。
度数は測定装置があればすぐに測れますので、眼科ではもちろん正確に、メガネ店でもきちんとした装置があればだいたいの値は測れます。客観的に計測される度数の指標は安定しているので、定期的に度数の検査もすることで、近視の進行具合を客観的に把握できます。
■目の健康維持が老後のQOLを左右する
冒頭にご説明したとおり、目も人間の臓器の一つ。ほかの臓器と同じく、年齢とともに性能が落ちていかざるをえません。例えば、水晶体は少しずつ固くなるだけでなく、濁ってきて加齢性白内障の発症に繋がります。
そして、暗いところが見にくくなったり、細かなものが見にくくなったりするのは、視細胞の密度が年とともに少しずつ減っていってしまうことも影響しています。脳細胞や視細胞などの、中枢神経の細胞には再生能力がなく、年とともに減る一方です。
改めて、目の寿命をいかに伸ばすか、そのためにいかに近視進行を防ぐかが、老後のQOLを左右する大事な指標になると考えられます。
今回挙げた3つの提案は、どれも意識すればすぐに実践できることばかり。ぜひ行動に移してみてください。
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医師、医学博士、窪田製薬ホールディングス株式会社 代表取締役会長、社長兼最高経営責任者(CEO)
慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学大学院に進み眼科学研究において博士号を取得。その研究過程で緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見、「須田賞」を受賞。眼科専門医として緑内障や白内障などの手術の執刀経験を持つ。慶應病院や虎の門病院などの勤務を経て2000年より米国ワシントン大学に眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。2011年、『日経ビジネス』誌が選ぶ「次代を創る100人」にて、日本の次世代にもっとも影響力のある1人として選出。慶應義塾大学医学部客員教授、米国NASA HRP研究代表者、米シンクタンクNBR理事などを歴任。米国眼科学会(AAO)、視覚眼科研究協会(ARVO)、日本眼科学会、慶應医学会、在日米国商工会議所(ACCJ)、一般社団法人日米協会会員。2024年5月に東洋経済新報社より『近視は病気です』を出版。近視をゼロに、世界中から失明を無くすことを目標に活動している。
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(医師、医学博士、窪田製薬ホールディングス株式会社 代表取締役会長、社長兼最高経営責任者(CEO) 窪田 良)
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