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理念だけでは成功しない…橋下徹「改革実現のためリーダーが必ず身に付けるべき判断基準」

プレジデントオンライン / 2025年1月27日 9時15分

1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最近の著作に『政権変容論』(講談社)、『情報強者のイロハ』(徳間書店)などがある。 - 撮影=的野弘路

元大阪市長・大阪府知事で弁護士の橋下徹さんであれば、ビジネスパーソンの「お悩み」にどう応えるか。連載「橋下徹のビジネスリーダー問題解決ゼミナール」。今回のお題は「リーダーの判断基準」です──。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2025年2月14日号)の掲載記事を再編集したものです。

■Question

目指すべき理念と、生身の人間の現実をどうバランスさせるか

前回、橋下さんはロシアによるウクライナ侵攻を例に、一般国民の生活や生命といった「人間の実存」を離れた理念先行の抽象的な思考が時に危険であることを指摘されました。一方で、リーダーには行くべき道を指し示す「理念」が必要です。両者のバランスをどう考えるべきでしょうか。

■Answer

勝手な理念を押し付け、若者を死なせてはならない

人間誰しも自分は賢いと自負すればするほど「人間の実存」から遠のいてしまいます。典型的には大学の先生ですが、そうした自信満々の専門家やコメンテーターたちは「理念」を熱く語る一方で、生身の人間の現実的な暮らし、息遣い、苦悩を見逃してしまいがち。かくいう僕も、弁護士として活動し始めた頃は理念に偏った思考を展開することに快感を覚えていました。法律や法廷の世界は極めて理論的で演繹(えんえき)的、抽象的なものですから。しかし一転、政治家になってみると、今度は理念より人間の実存を重視する世界が待ち構えていました。日本の政治家は、同じ政治グループや派閥仲間、地元有権者たちの喜怒哀楽、苦悩にとことん寄り添う存在です。つまり理念よりもまさに人間の実存重視。それが度を越えると、理念などそっちのけで、自分が当選し続けるために自分の選挙区のことばかり考える視野の狭い政治家となってしまいます。

そんな中、僕は大阪の行財政改革を掲げて大阪府知事に立候補し、政治の世界に飛びこみました。ここで人間の実存だけを考える思考に浸かってしまっては、改革など一つも成就しません。改革には必ず反対者が出ますから。

案の定、あらゆる方面から改革反対の嘆願・陳情・脅しの類いが襲ってきましたが、ここは理念を持って人間の実存を振り切り、改革を進めるほかありません。私学助成金の削減を決めたときは、涙ながらに助成継続を陳情する私立の女子高生に「経済的に苦しいなら公立高校に行けばいい」と発言し、世間から大バッシングを受けました。

もちろん僕だって心が痛みます。彼女たちの怒りや悲しみという実存に寄り添いたい、という気持ちはありました。でもそうした陳情に応じてしまっては、府の財政を立て直すことはできません。一旦助成金改革を実行した後に、再び教育予算を拡大すればいいという腹で改革を断行しました。その後計画通り、教育予算を拡充し、私立高校の実質無償化を実行していきました。泣きながら僕に抗議をした高校生たちは助成金削減に直面しましたが、その後の世代は無償化の恩恵を受けることになったのです。

また、このような理念中心の改革を断行する一方で、障がい者福祉関連の予算は削りませんでした。子どもを私学に通わせている家庭には多少我慢してもらうとしても、障がいのある方々を同列に扱ってはいけないと考えたからです。つまり、より弱い立場の人の実存に寄り添うことにしたのです。

とはいえ「より弱い立場」といっても、その境界線はどこに引くべきでしょうか。当時の僕の判断に明確な基準があったわけではありません。だから「橋下の恣意的な線引きじゃないか」と言われても、返す言葉はありません。

しかし、そもそも理念と実存のバランスに教科書的正解はありません。それまで歩んできたその人の人生の中で培われた、その人なりの「判断基準」に従うしかない。逆にいうと、人はそうした判断基準を持つために人生の経験を積むのです。

僕も知事になるまでの38年の人生経験から「私学助成は一旦減らすが、障がい者福祉は守る」という自分なりの基準をもって決断をし、ほかにも自分の人生経験による基準に照らしながら改革の判断をしていきました。その結果、大阪府と大阪市の行財政改革は一定の成果を収めることができました。今年4月開幕の大阪・関西万博や2030年開業予定のカジノを含む統合型リゾート施設もその成果の一環です。

2025年大阪万博
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

理念と実存のバランスを取ることは組織のリーダーにとって非常に大事な能力です。僕自身は大阪という巨大な自治体の運営を担う中で思い知らされましたが、これは国家の指導者こそ肝に銘じなければならないことでしょう。

例えばウクライナでは今も大勢の一般市民がロシアによる侵略攻撃で亡くなっています。「国際法秩序を守れ!」「反民主主義に屈するな!」と理念を訴え続ける先進諸国のリーダーたちは、結局、ほぼ3年が経過したのに侵略を止めることができていません。日本を含めた西側諸国のリーダーたちは「ロシアに対する経済政策でロシアを屈服させる!」とあれだけ息巻いていたのに。現実には、ウクライナ側の戦死者は4万3000人を超えると言われています。

■伝統にこだわる論者が見落としがちなこと

翻って1月から米大統領に復帰するトランプ氏は、理念よりも実存を重視する人物です。取引を優先する「理念なきリーダー」として、しばしば西側諸国の首脳陣や国民からは非難されますが、世界中で異なる理念・価値観同士がぶつかり続ける中で、人間の実存に寄り添う決断をできるのは彼しかいないのでは、と僕は期待しています。

政治家は威勢のいい理念を訴えることが好きです。特に自分の命に危険が及ばない場合には、カッコいい理念だけを声高に叫ぶ。他方、自分の命に危険が及ぶ場合には、自分の命という実存を重視する言動をとる。所詮、政治家なんてそんなものです。

ここで思い出すのが、太平洋戦争下の日本です。当時「国体護持」というゴリゴリの理念を振りかざし、人間の実存をとことん軽視した政治姿勢が、「一億総玉砕」の国家方針を導き出しました。とりわけ純粋な若者たちはその理念を信じ、自分の命を投げ出しました。そんな方々に僕は深い尊崇の念を捧げます。ただし今、同じことを自分の子どもたち世代にさせたいかと問われれば、断固反対です。

ひとつには、人生経験を積み重ねるうちに見えてくるものがあるからです。それが先述した「判断基準」です。

例えば戦時中、あれだけの人命を賭して守ろうとした国体という概念は、敗戦とともに砕け散りました。「鬼畜米英!」を呼びかけ続けてきた大人たちは、敗戦後百八十度態度を反転。国体の概念を墨で塗り潰すよう子どもたちに指示しましたよね。代わって現れた新概念・理念とは、国民主権を基礎とする米国型の民主主義思想でした。

加えて国家や軍の指導者たちは、自分の命という実存を守るために理念などそっちのけでなり振りかまわず生き続け、人生を謳歌しました。つまり社会を主導する理念は時代によって変わるのです。いかに立派に見えても、目の前の崇高に見える理念なるものは、かけがえのない若者たちの命を捧げるほどのものではない。崇高なる理念であれば、それは長老たち、組織の幹部たちが命をかけて守ればいい。

若者たちが人生を歩む時間の中で理念も社会も大きく変わるのだから、一時的な理念のために死ぬ必要はない。生きていればまた道は拓ける。僕の中には現在に至るまでの人生経験や勉強から、そういう判断基準が育ちました。

大阪・千日前、1970年代
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

別の例を挙げましょう。理念を重視するあまり、人間の実存を軽んじてしまう傾向は皇室制度の議論にも見られます。「皇室の伝統を大切に」と訴える保守派に限って、天皇や皇族方の人間性を無視するような言動をしがちです。例えば上皇陛下が公務負担を理由に生前退位を望まれた際、「皇室制度に反する」と大反対した人たちは、陛下の人間としての尊厳や実存をどのように考えていたのでしょうか。また「男系男子」という理念・概念の皇位継承を絶対視する人たちは、皇后陛下に男児を必ず産まなくてはならないという強烈なプレッシャーがかかる苦悩の実存を推察したことがあるのでしょうか。

国家や社会、法律などの理念は、そこで生きる人々の幸福を守るために存在します。理念・概念・制度は人間の実存のためにある。人間の実存を無視した理念・概念・制度は百害あって一利なしだという感覚、判断基準をリーダーには持ってほしいと思います。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美)

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