だから東大でさえ時代遅れ扱いされる…米ハーバード大学の入試で受験生が問われる"たった一つの合否の基準"
プレジデントオンライン / 2025年1月31日 7時15分
※本稿は、茂木健一郎『意志の取扱説明書』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■IQだけでは捉えられない「多様な知能」
20世紀が始まった頃から、人間の知能に関する研究は進んでいて、まずイギリスの心理学者チャールズ・スピアマンが提唱したのが「gファクター(因子)」である。ひとつのテストがよくできた人は、別のテストの成績もよいという事実から、知能には、いろいろな能力をカバーする共通因子があることを見つけて、「gファクター」と名付けた。「知能指数」(IQ)というのは、そうした中からでてきたのである。
それに対し、「人間にはIQといった物差しだけでは捉えられない多重的な知能」があると提唱したのが、ハーバード大学教育学大学院教授のハワード・ガードナーだ。ガードナーの多重知能理論によれば、人には「マルチプル・インテリジェンス」が備わっているという。大きくわけて「八つの知能」があるとし、言語、論理・数学、空間、身体・運動、音楽、人間関係・形成、自己観察・管理、自然と分類している。
知能とは単一なのか、複数の能力によるものなのか――この大論争はまだ決着がついたわけではない。いまだに論争が続いている大きなテーマである。
僕は、受験もそうだし、企業が従業員の能力・パフォーマンスを測るときの物差しがモノカルチャーすぎると考えている。いまでも日本の入試はペーパーテスト絶対主義の傾向が強いから、点数が1点でも高い人を入れる。
■欧米では学力試験さえない大学がある
「公平」のように思うのだが、それもある意味バイアスである。人間の判断を関与させていないのだが、試験日にたまたま頭がボーッとしていて、試験がよくできないということぐらいあるからだ。
だから受験でうまくいった人も、あまり自分の実力を過信せずに歩んでほしいし、受験で失敗したからといって自信をなくす必要はない。後半で述べる方法で十分逆襲できるからだ。
ここからは、制度としては明らかに優れている海外大学の入試の例を記したい。日本の受験生も諸条件が整うのであれば、こちらの大学を受験したほうがいいだろう。
まず、カナダである。
カナダのトロント大学では、学力試験をしない。この大学には、AI研究の第一人者で、“人工知能のゴッドファーザー”の異名をとるジェフリー・ヒントンが名誉教授を務めている。しかもヒントンの弟子にはイリヤ・サツキバーがいる。彼は、OpenAIで、ChatGPTを作った中心人物の一人で、いま非常に脚光を浴びている研究者の一人である。
そんなAI研究の先端を行く人材を生む大学が、学力試験を行わない判断を下したのだ。
■AO入試は「三つのタイプ」の学生をうまく混ぜる
ヨーロッパの入試もそうした傾向になりつつある。
たとえばドイツでは、高校卒業資格があれば、基本的にどこの大学でも行けることが前提になっている。医学部がある大学では、倍率が高いところもあるかもしれないが、どこの大学にも行ける。
アメリカは、SAT(Scholastic Assessment Test)という共通試験をこれまで続けてきたが、直近のトレンドでは、カナダ同様に、それさえもやらなくなってきている。つまりSATのスコアは参照しないという大学が増えてきているのだ。
その代わりに増えてきているのが、アドミッションオフィス入試。つまりAO入試である。AO入試になると、その家庭の経済格差が反映されやすいとか、社会的なリソースの影響を受けやすいといった議論があるのだが、少なくとも、ペーパーテストの点数だけで合否を判断するより、多様な人が大学に入ってきやすくなることは明らかだ。
その結果、いろいろな学生がバランスよくクラスを構成することになる。
大別すると……、
・マーク・ザッカーバーグみたいな「オタク枠」
・イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズのようなオラオラ、イケイケの野心的な「マイルドヤンキー枠」
・実家がすごく経済力があるという「レガシー枠」
これら三つをうまく混ぜるのだ。
■「卒業生がいかに実社会で活躍するか」で評価が決まる
なぜならMeta社は、旧Facebookの時代から、そうした多様な人材の融合の中から生まれてきたからだ。また、Appleも、スティーブ・ジョブズに、スティーブ・ウォズニアックという超オタクがいたからこそ、うまくいったわけだ。ウォズニアックだけでも、ジョブズだけでも、Appleみたいなビジョンは生み出せなかっただろう。
アメリカの大学の評価は、卒業生がいかに実社会で活躍するかで決まる。入試の偏差値や難易度で決まる日本とはまるで違う。
卒業生がどれくらい稼いで、ビジネスでどれだけ活躍して、そして寄付してくれるかを重視する。
だから、活躍している卒業生がどのようにして成功をおさめたかを分析しているはずだ。だから、いろんな人材の最適ミックスを意識しているのだろう。多様な人材の組み合わせが新しいものを生むことを、大学はよく知っているのだ。
日本の大学に喩えると、東京工業大学(東京科学大学:2024年10月1日、東京医科歯科大学と統合し、設立)のようなオタク系大学生と、マイルドヤンキー色が強い慶應義塾大学の学生が合体したような人材を、同じ大学で採用するのだ。日本では、この二つの大学が合体したり、交流をもったりすることはないと思うが。
アメリカの大学では、大学という“クラブ”に誰を入れるのかについては、そのクラブ、たとえば大学院や学部のマネージャーの特権である。それに対して日本の多くの大学は教授会が力を持ちすぎているために、面接にも教授陣がお出ましになるケースが多い。
■ハーバード大学が選ぶ学生の「基準」
ハーバード大学のアドミッションオフィス入試はかなり自由だ。ただ、入試方法や合否の基準は明らかになっていない。数ある大学の中でもこの大学の入試は謎中の謎である。どうやったら入れるかがまったくわからない。どのような学生を採っているのかについてもベールに包まれていて、正確なところはうかがい知れない。しかし実際に関係した人の話を複数聞き、その情報を貼り合わせていくと、かなりわかってきた。
面白いのは、どういう学生を選ぶかという基準である。
どうやら年によってテーマが違うようなのだが、たとえばこんなお題が出される。
〈あなたが10人を選んでパーティーを催すという役目を任されたとする。それを想定して、面白いパーティーになりそうな人を入学させてほしい〉
お題を出すのは、パーティーの主催者である大学院や学部の教授。大学の場合、4年間続くパーティーを主催しているようなものだから、その学部などによって選ぶ人は違ってくるだろう。よいパーティーができればよい授業ができるというふうにも考えられる。
■他の人によい影響を与えられる生徒かどうか
もう一つ興味深いのは、ハーバード大学が一貫して掲げている人物の評価基準。
〈他の人によい影響を与えられる生徒かどうか〉
その人がいることで、前向きに建設的に人生を生きようという気持ちになる。そういう人がたくさんいれば、大学の授業でもサークルでも活動が活発になるだろう。
アメリカは、人が気づきにくいけれども、しっかり社会の根幹を支えたり、よい影響を与えたりする人を見つけて、フォーカスを当てる文化がある。もしかしたらそういう姿勢がアメリカ社会を支えているのかもしれない。
日本では偏差値ばかりが強調される受験業界だが、「他の人によい影響を与えられる人」を積極的に合格させるというアナウンスをすれば社会も変わるのではないか。
他の人によい影響を与えられる学生を採用する大学はすごくいいし、いま自分が受験生だったら入りたいと思う。
■「世界大学ランキング」に騙されてはいけない
いずれにしても、日本の場合、4年間続くパーティーのメンバーを決める自由度は大学当局にない。だからぺーパーテストで点数の高い順番に入学させるという基準しかない。ひょっとしたら、そうした硬直化した入試制度が、日本のここ30年の停滞と関係があるのかもしれない。
AIの時代を生き抜くには、多様な人材が必要になってくるのに、旧態依然としたペーパーテストというフィルターをメインにして人材を集めている。これでは多様な人材を確保しにくいことは明白だ。
もうひとつ付け加えたいのは、「世界大学ランキング」に騙されるなということだ。
あのランキングには、イギリス的というか、アングロサクソン的な賢さがよく表れている。よくできたスキームである。実はあの指標は、英米の大学産業を守るためにつくった、非常に狡猾なランキングなのだ。
そんなランキングを見て、日本の大学は上がった下がったと一喜一憂している。その反応の仕方は低レベルすぎてうんざりする。
関係者に聞いたら、日本の大学が世界大学ランキングのデータを出すときに、少しでもランキングを上げるためにコンサルティング会社に相談しているらしい。「オタクの大学のランキングを上げたいのならば、このコースを履修してもらったら上げ方がわかりますよ」とカネ儲けの材料にしている。コンサルティング会社はいい商売をしているのだ。
そこまでしてランキングを上げようとするのは、それによって受験生が増えたりして、利益になるからだ。こういうビジネススキームをみごとにつくるのは、さすがアングロサクソン系の皆さんだ。
受験生の皆さんはそういうカラクリをわかった上で、世界大学ランキングを参考にしてほしい。
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脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。クオリア(感覚の持つ質感)を研究テーマとする。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。近著に『脳のコンディションの整え方』(ぱる出版)など。
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(脳科学者 茂木 健一郎)
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