「創業家一族出身の理事長が絶対的な権力者として君臨」日本の私立大学から不祥事が消えない本当の理由
プレジデントオンライン / 2025年1月29日 10時15分
■理事長には大きな権限が与えられていた
東京女子医科大学(東京都新宿区)の理事長を昨年夏に解任された岩本絹子容疑者(78)が逮捕された。新校舎建設を巡って大学から1級建築士に業務の実態がないのに約1億2000万円のアドバイザー報酬を支払い、大学に損害を与えた背任の容疑だ。その資金が岩本容疑者に環流していたことも疑われている。2021年に現職のまま逮捕された日本大学の田中英寿理事長(脱税で有罪確定。故人)のケースでも、附属病院建て替え工事を巡る金銭授受が行われており、それに極めて似た構図と言える。
なぜこれほどまでに私立大学で不祥事が続くのか。2025年4月に施行される改正私学法は、学校法人のガバナンス強化が大きな狙いだが、この法改正によって理事長の暴走はなくなり、学校法人の経営に規律が働くようになるのだろうか。
「創業家との決別という意味では、岩本容疑者の逮捕は悪いことではないと思います」
東洋経済オンラインのインタビューに応じた東京女子医大の山中寿学長はこう語っている。記事のタイトルには「女帝逮捕」と書かれ、岩本容疑者にいかに権力が集中していたかが批判の的になっている。
私学法ではこれまで、私立大学を経営する学校法人の理事長に大きな権限を与えてきた。理事長が理事会を通じて全権を握り、職員人事や事業計画や予算の策定、その執行に圧倒的な権限をふるってきた。こうした強権を持った理事長が時に暴走し、不祥事が発覚、刑事事件になってきたのだ。
■「創業家との決別」が重要な理由
ガバナンスの強化が求められてきた上場企業などでは監督機能と執行機能の分離など、社長に対する牽制機能の強化が進んできた。また、公益法人の場合、執行に当たる理事会と、監督権限を握る評議員会の機能を明確化して、理事長や理事会への牽制機能を働かせようとしてきた。もちろん、それでも不祥事は起きているが、ことガバナンスに関する限り、学校法人は株式会社や公益法人から大きく劣後している。理事長の暴走を止める仕組みがなかったと言っても過言ではなく、それが不祥事がなくならない最大の理由だと言える。
学校法人の最大の問題は、経営の責任者である理事長をどう選ぶかというルールが緩いことだ。新学長が「創業家との決別」と言っている背景は、それが東京女子医大で岩本容疑者が「女帝」になった最大の理由だったという意味だろう。記事にはこう書かれている。
「岩本容疑者は女子医大を卒業後、自ら経営する産婦人科クリニックで診療に当たっており、大学での研究や教育の実績はほとんどない。いわゆる町医者の岩本容疑者が理事長になれたのは、創立者・吉岡彌生(やよい)の血族だったからだ。今回の逮捕で、女子医大の世襲制に終止符を打つという」
創業家との決別が大きな意味を持つというのだ。
■理事長を世襲することで権力を握り続ける創業家
実は、逮捕されるような不祥事を起こしていないまでも、絶対的な権力者として大学に君臨している創業家一族出身の理事長は少なくない。創業から50年以上経って創業者はとっくに世を去っていても、その子どもや孫が大学経営を受け継いで理事長になっているのだ。私学法では創業家から多数の人が理事になり理事会を支配することは事実上禁じている。その一方で、理事長に圧倒的な権限を集中させることが可能になっていて、創業一族は理事長を世襲することで権力を握り続けてきた。
一方で、日本大学のように創業家が残っていない大学でも、理事長になった人が全権を握り、独裁になるケースが少なくない。理事長の座を巡って泥沼の権力闘争になることも多々ある。
何でこんなことが起きるのか。
日本では、私立大学は「誰のものなのか」というガバナンスの議論が決着していないことに問題がある。企業ならば「株主」に決定権が与えられているのは明確だし、米国の私立大学ならば寄付金を出して経営を支える「卒業生」が大きな力を握っている。ところが日本の場合、「誰のものか」という議論になると、学生のものだとか、地域社会のものだとか、教職員のものだとか、あらゆるステークホルダーのものだ、といった情緒的な答えに終始する。
■「創業家のもの」とは言えないのが今の私立大学
そんな中で、創業家一族の人にしてみれば、大学は創業家のものに他ならないと思っているケースが多い。確かに、設立当初は創業者が資金の大半を出していたり、資金集めの中心だったケースが多い。だが、学校法人は株式会社と違って出資金の持ち分という概念がないので、創業家は持ち株などで学校法人を所有することはできない。特定の個人に所有させない「公器」だということなのだ。
設立後は、私立大学の場合、国や地方自治体からも多額の補助金が投入され、税制上の優遇措置もある。あるいは卒業生の寄付によって校舎を建てるなど、卒業生の資金もつぎ込まれている。つまり、設立初期こそ創業家の貢献が大きかったとはいえ、その後は「創業家のもの」とは言えなくなっているのが私立大学なのである。
にもかかわらず、創業家の利益を守るために、私学法は長年、理事長に強大な権限を与える一方、理事長を選んだり、クビにしたりする「牽制機能」を持たせることには慎重だった。慎重だったというよりも、創業家理事長を中心とする学校経営者たちが、政治力を使って、法改正に抵抗してきたというのが実情だろう。
■改正私学法も理事長の暴走を防ぐには不十分
2025年4月から施行される私学法の導入議論では、理事会に対する牽制機能を評議員会に持たせることが焦点だった。他の公益法人では、理事を選ぶのは評議員会で、理事長を解任することもできる。いわば「最高監督機関」なのだが、これまでの私学法では、評議員会は「理事会の諮問機関」に過ぎず、評議員の半数までは理事が兼務できた。
改正では理事と評議員の兼務が禁止されることになったものの、位置付けは「諮問機関」のままだ。私学業界の根強い反対の中で、兼務禁止が改正法に盛り込まれたのは一歩だが、理事選定機能は評議員会に一本化されなかった。理事の選び方は従来通り、「寄付行為(定款)」で決めることができる玉虫色の改正になっている。
改正私学法は、日本大学の不祥事と時を同じくして作られたが、理事長の暴走など不祥事を防ぐのに十分なガバナンスが求められる法律体系にはなっていない。半歩前進といったところで、まだまだ改正の余地はある。おそらく、また世の中を騒がす不祥事が起きた時に再度ガバナンスを強化するという議論になるのだろう。
■学生の人口増でやってこられた時代は終わった
それでも、大学自身が「寄付行為」で定めれば、評議員会の権限を強くするなど、独自のガバナンスの仕組みを構築することも可能だ。つまり、「寄付行為」を読めば、その大学の体質が一目瞭然になるわけだ。中には、創業家以外の人間が理事長に就任することを防ぐような規程を残す学校法人も少なからずあると思われる。
いったい大学は誰のものなのか。誰が経営に責任を負うのだろうか。18歳人口の激減が目前に迫る中で、経営力のある人物たちで理事会を構成し、理事長を選ぶようにしなければ、経営破綻を免れない。これまでのように経営力がなくても学生の人口増でやってこられた時代とは全く環境が違う。
「権力が集中する独裁体制の方が決断が早く経営はうまくいく」という声も聞く。理事長が強い権限を持って経営に当たることに異存はないが、暴走した時にブレーキをかけたり、暴走させたりしないための牽制機能がないのは危険極まりない。
かつてコーポレートガバナンスの強化が課題になった頃、「経営がアクセルを思いっきり踏むには、きちんとしたブレーキが必要なのだ」ということが言われた。また、強い権限を理事長や理事会が持つためには、その選定方法が透明でなければ、レジティマシー(権力の正当性)は得られない。4月の改正私学法施行を機に、どう大学のガバナンスを強化していくかを考えることこそ、強い大学として生き残っていくために必須だろう。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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