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なぜiPhoneはアメリカで生まれたのか…天才スティーブ・ジョブズの功績だけではない意外な要因

プレジデントオンライン / 2025年2月8日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yuriz

イノベーションを起こすのは民間企業であって、政府には、世の中をよくするような次世代の技術や、成長する産業を見つけて育成する能力はないと信じられてきた。評論家の中野剛志さんは「iPhoneはスティーブ・ジョブズの天才性から生まれたものだが、手厚い支援なしには実現しなかった。イノベーションを生み出すためにはこの支援が絶対に必要」という――。

※本稿は、中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■政府が大きな役割を果たしているアメリカのイノベーション

アメリカのイノベーションにおいて政府の役割がいかに大きいのかを、鮮やかに示したことで有名な研究があります。それは、2013年にマリアナ・マッツカートが著した『企業家としての国家』(経営科学出版)です。

マッツカートもまた、シュンペーターの流れを汲んでイノベーションを研究する経済学者です。彼女は、シュンペーター的な視点から科学技術政策を研究するサセックス大学科学技術研究部門に所属していた時に、この『企業家としての国家』を発表し、現在は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの教授です。

また、マッツカートはラゾニックとも共同研究を行なっており、同書の謝辞においてラゾニックへの感謝を述べています。2013年、『ニュー・リパブリック』誌は、「イノベーションに関する最も重要な三人の思想家」のうちの一人にマッツカートを選出しています(*1)

ちなみに、社会学者のフレッド・ブロックも、この三人のうちの一人として選ばれています。

そのブロックが2008年に発表した論文は、アメリカ政府が市場への介入に消極的であるというのは幻想であり、実は、DARPA(国防高等研究計画局)をはじめとする政府機関が、非常に強力な産業政策を行なっていたことを明らかにしたものです。マッツカートも、この論文を参照しています。

■アメリカ政府の産業政策を明らかにした思想家

アメリカは、1980年代から1990年代にかけて、通商産業省の産業政策が市場の競争を妨げるアンフェアなものであると日本を激しく批判し、産業政策をやめるよう外圧をかけていました。

それを受けて、日本でも、産業政策は無駄であるとか、市場競争を歪めるので有害であると考えられるようになりました。その結果、通商産業省、そしてその後継組織である経済産業省は、産業政策をやめてしまい、新自由主義的な構造改革に邁進するようになりました。

ところが、その当のアメリカは、日本よりもはるかに強力な産業政策をやっていたのです。しかも、それは、政府が企業に基礎研究資金を助成するというレベルにとどまらず、政府職員が積極的に活動し、民間企業とネットワークを形成し、技術開発の方向性を指示していました。そのことを明らかにしたのが、フレッド・ブロックなのです。

「イノベーションに関する最も重要な三人の思想家」のうち二人が、政府の産業政策がイノベーションの源泉となっていることを最大限に強調した研究者であることは、実に印象的です。

■アメリカのイノベーションの源泉となった4つの政策

マッツカートは、アメリカ政府の積極的な活動がイノベーションの源泉となっていることを証明するために、4つの印象的な例を挙げています。DARPA、SBIR(中小企業技術革新研究)プログラム、オーファンドラッグ(希少疾病医薬品)法、国家ナノテクノロジー・イニシアティブです。

DARPAは、1957年のソヴィエト連邦によるスプートニクの打ち上げに衝撃を受けた国防総省が、ソ連との軍事技術競争に勝利することを目的に、1958年に立ち上げた部署です。

DARPAは、単に研究資金を提供しただけではなく、大学のコンピューターサイエンス学部などの創設を援助し、企業の初期研究や半導体研究の支援を行なってきました。中でも有名なのは、初期段階のインターネット(ARPANET)を管轄していたことです。アメリカのコンピューター産業におけるイノベーションは、DARPAなしでは語れないと言っても過言ではありません。

DARPAには最高の人材を職員として集め、将来性のあるアイディアに予算をつける権限を与えました。しかも、助成は、スタートアップ企業や中小企業に限らず、大企業や産業コンソーシアムも対象にしていました。特に重要なのは、DARPAや関連する政府機関が、民間企業と直接共同作業を行ない、官民のネットワークを形成したことです。

■年間20億ドルの資金でハイテク中小企業を助成

SBIRプログラムは、1982年に開始されたもので、年間20億ドル以上の資金を投じて、ハイテク中小企業を助成しています。SBIRがハイテクのスタートアップ企業の成長に果たした役割は非常に大きなものがあったと考えられています。特に、近年、ベンチャー・キャピタルがますます短期的な利益を追求するようになっている中、SBIRは、初期段階にあるハイテク・スタートアップ企業に対する資金供給源として、その重要性を増しています。

1983年に成立したオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)法は、稀な疾病治療のために開発した薬剤に対する知的財産権と市場の保護の強化、税制上の優遇、臨床治験や研究開発に対する助成、優先審査と迅速承認などを定めた法律です。

このオーファンドラッグ法のおかげで、バイオ医薬品産業は大きく発展し、ジェンザイム、バイオジェン、アムジェン、ジェネンテックなどの大手バイオ医薬品産業の成長をもたらしました。

■民間ではなし得なかったナノテクノロジーの推進

最後に、マッツカートは、国家ナノテクノロジー・イニシアティブを例として挙げています。

1990年代、アメリカ政府はインターネットの次の新技術を模索し、ナノテクノロジーをターゲットにしました。しかし、ジョセフ・シュンペーターの理論を継承する経済学者ラゾニックが描いたように、1980年代以降、民間企業は、短期的利益を志向するようになっていたため、ナノテクノロジーの技術開発投資は、民間主導では期待できませんでした。

そこで、政府が、ナノテクノロジーの技術開発に、年18億ドルという支出を行なうことを決めたのです。

マッツカートは、この国家ナノテクノロジー・イニシアティブの事例は、政府が、単に民間企業の技術開発に助成したり、基礎研究に資金を投じたりするだけではなく、目的を明確に設定し、民間企業ができない長期的な投資を行なうものであることを示すものだと述べています。

■アメリカ政府の産業政策が生み出したiPhone

さらに興味深いことに、マッツカートは、アップル社のスティーブ・ジョブズによるイノベーションとされるiPhoneが、実は、政府による手厚い支援なしには実現しなかったことを明らかにしています。

例えば、インターネットがDARPAによるイノベーションであることはすでに述べました。他にも、iPhoneの要素技術であるマルチタッチスクリーン、DRAM内蔵、リチウムイオン電池、液晶画面、NANDフラッシュメモリ、マイクロプロセッサなど、いずれをとっても、政府の資金が投入されていないものはありません。

もちろん、それらの要素技術の「新結合」によって、iPhoneを生み出したのは、スティーブ・ジョブズの天才によるのでしょう。しかしながら、政府の支援なしには、生み出し得なかったであろうことは否定できません。

さらに、アメリカ政府や州政府は、アップル社の研究開発に対する税制上の優遇や、政府調達といった支援を行ないました。また、アメリカ政府は、アップル社が世界市場に参入して競争を有利に進められるように、様々な支援を行なってきました。

要するに、かのiPhoneは、アメリカの産業政策の産物だったのです。

アップルストア
写真=iStock.com/ViewApart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ViewApart

■多くの経済学者や経済アナリストの間違った視点

以上のように、マッツカートは、政府がイノベーションを起こすのに大きな役割を果たした実例を豊富に示しながら、シュンペーターやラゾニックと同じように、主流派経済学や、主流派経済学に基づく世間の常識を厳しく批判しています。

主流派経済学では、次のように想定しています。

中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)
中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)

市場は、価格メカニズムを通じて最も効率的な資源配分を行なう。このため、政府は、市場の価格メカニズムが正常に機能するように邪魔をしないことが大事なのであり、政府が資源配分に介入するのは望ましくない。仮に政府の介入が正当化されるとすれば、それは「市場の失敗」、つまり市場が最も効率的な資源配分を行なうことができない場合に限定すべきである。

こうした主流派経済学の市場均衡理論を根拠にして、多くの経済学者や経済アナリストが「イノベーションを起こすのは民間企業であって、政府には、世の中をよくするような次世代の技術や、成長する産業を見つけて育成する能力はない」と言いふらしてきました。そして、多くの人々が、そう信じるようになっています。

しかし、マッツカートは、先ほどのアメリカの実例を示しつつ、政府には、明確な目的をもって、次世代の技術を特定して資源を重点的に配分することで、特定の産業を成長させる能力があると主張したのです。

*1 The New Republic「The Three Most Important Thinkers About Innovation You Need To Know」

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中野 剛志(なかの・たけし)
評論家
1996年東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。2001年エディンバラ大学より優等修士号(政治理論)、2005年同大学より博士号(政治理論)取得。特許庁制度審議室長、情報技術利用促進課長、ものづくり政策審議室長、大臣官房参事官(グローバル産業担当)等を経て、現職。

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(評論家 中野 剛志)

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