だからフジは日枝久氏を会見に出さなかった…歴史評論家が見た「白河上皇による院政」とフジテレビの共通点
プレジデントオンライン / 2025年1月28日 18時15分
■フジの幹部から漂った「日枝久氏に触れたくない」空気
1月27日16時にはじまったフジテレビの会見。日付をまたいで午前2時24分まで行われ、その半分程度を視聴したが、出席を期待されながら欠席した取締役相談役(フジ・メディアHDの相談役兼務)の日枝久氏に関しては、納得のいく答えが最後まで得られなかった。
中居正広氏と女性社員とのトラブルが、港浩一社長がいったように「当事者2人のきわめてセンシティブな内容」であったなら、会見でその具体性に踏み込めないのは当然だ。それにオープンな会見であるほど、女性のプライバシーに踏み込むリスクを避けるべきである。
このために語れることがかぎられる面はあったが、背水の陣で臨んだ役員陣が、可能なかぎり答えようとしているという姿勢は伝わった。むしろ、あえてプライバシーに踏み込んで言質をとろうとする、すでに問われた質問を何度でも繰り返す、といった記者たちのマナー違反が目立つ会見でもあった。
しかし、記者からの質問でもっとも多かったのは日枝氏に関するものだったのに、それに関しては経営陣の回答は一様に逃げ腰で、タブーに触れたくないという空気を濃厚に漂わせてしまった。さすがにいただけない。
■なぜ踏み込めないのか
若干踏み込んだのはフジ・メディアHDの金光修社長で、「現場に直接タッチしていない立場ですが、その影響力は大きいと思います。企業風土の礎を作っていることは間違いない」と回答。また、遠藤龍之介副会長は「その(第三者委員会の報告が出る)時期をメドに、それぞれの役員がそれぞれの責任をとるものだと考えています。これは常勤役員全員に波及するものだと思っています」と、今後は日枝氏も責任をとるであろうことを示唆した。
だが、それ以上は踏み込まないので、踏み込めない事情が種々に憶測されてしまう。
嘉納修治会長は「日常の業務というのは、私と港社長で決めておりました。したがって今日、この会見に(出席すべき)ということでございますけれども、日枝氏は相談役ですから業務執行はしない。今日、ここに出席していないのはそういうことです」と回答。その後も問われるたびに同様の回答を繰り返した。
しかし、日枝氏については、労働組合から会見に出席するようにとの強い要請があり、大株主のダルトン・インベストメンツからも、同氏が41年にわたり君臨していることを問題として指摘されていた。そうした要請があるのに、「業務執行しないから出席しない」と返答しても、まったく答えにならない。
■これぞまさしく院政
また、会見終了後、スポンサーからは「港社長と嘉納会長が辞めても、日枝氏が残るのではトカゲの尻尾切りのようだ」という声が上がっているという。そうした反応が生じることは、会見を開催する前から容易に予想できたはずだが、なぜ日枝氏のことになると、途端に歯切れが悪くなるのか。
一方、会見当日の朝から午後にかけてワイドショーなどを見ていたら、日枝氏は会見に出る必要がない、という主張も聞かれた。
法律家からは、日枝氏が現在は代表権を有していない以上、勝手に発言すると越権行為になる、という趣旨の発言があり、複数の法律家が似たような発言をしていた。企業のリスクマネジメントの専門家も、今回の中居氏と女性の事案には日枝氏が関わっていないという前提で、「ガバナンスの問題と事実の認定は分けるべき」なので、日枝氏が会見に出席する必要はないと主張していた。
しかし、いみじくも金光HD会長がいった「企業風土の礎を作っている」人物に関しては、往々にして「ガバナンスの問題と事実認定」を「分ける」ことができない。それを指して「院政」とは、よくいったものだと思うのである。
■ガバナンスの外に権力の中心をもうけた
院政とはいうまでもなく、天皇の位を譲った太上天皇(略して上皇、出家すると法皇。院とも呼ばれた)が行った政治で、上皇が命令を下す院宣や、上皇の役所である院丁をとおして出される院庁下文という命令を介して行われた。――というのは中学や高校の歴史の授業で習う内容である。では、なぜ「退任」した人物が力をもつことができたのか。
院政をはじめたのは白河天皇で、譲位後はひ孫の崇徳天皇まで3代の天皇の治世で実権を握り続けた。その権力の根拠は、天皇の父や祖父、あるいは曾祖父でもいいが、天皇家の家長であることにあった。
もちろん朝廷には、旧来と同じように律令制にもとづいた精緻な政治組織があった。かつての公地公民制にもとづいて整備された組織は、国土が荘園や公領(朝廷の私有地)にどんどん分節し、武士が台頭する時代において、適合できなくなっていたのはまちがいない。だが、ともかくも、「ガバナンス」の中心地たる組織は天皇の周りにあった。
だが、そこを介していると、どうしても煩雑な政治手続きに縛られてしまうので、天皇を中心とした「ガバナンス」の体制は建前として維持しながらも、そこから自由でいられるようにしたのが院政であった。
■「代表権」がない絶対的権力者
もう少し具体的に説明しよう。律令制のもとでは「叙位」「除目」と呼ばれた人事が非常に大事だった。叙位とは一位、二位といった位階を授けることで、除目とは官職を決めることで、これらは天皇の前に公卿たち、企業にたとえれば「役員」が集まって決めていた。
また、重要な問題があると「太政官奏」が行われた。太政官で政務を担当する「役員」たる公卿たちが、大事な問題をまず「役員」たちで議論したうえで、天皇の決裁を仰でいたのである。
こうした形式は時代とともに徐々に崩れ、とくに摂関政治の時代にはかなり形骸化していたが、それでも元来の「ガバナンス」はかろうじて効いて、一定の透明性は担保されていた。ところが、白河上皇に時代になると、叙位や除目にしても、ほとんどが院主導で行われることになったのである。
息子で幼い堀河天皇とその周囲の組織は、事実上、飾りのようなものとなった。叙位と除目も、摂政が白河上皇のもとに出向いて決めてもらうか、院の近臣が内裏に派遣されて上皇の意思を伝えるかのどちらか。人事はなんの手続きも経ないまま、上皇の意思だけで決められるようになってしまった。
こうして人事権を握られると、下の人間たちはみな法皇に従い、忖度するようになる。結果として、法皇は絶対的な権力者として君臨することになった。しかし、法皇とはあくまでも律令制の埒外の立場にいて、彼に「代表権」はなかったのである。
■フジテレビの天皇ではなく「上皇」
したがって、もしフジテレビに日枝相談役による「院政」が敷かれていたなら、日枝氏が業務執行していないので、会見に出席しなくていいという回答は、ナンセンスきわまりないということになる。
900年以上前ならともかく、現代において代表権もない人間が絶対的な権力を握り続けることなどできるのか、と疑問に思う向きもあるかもしれない。だが、じつは私自身、かつてある企業に勤務していたとき、「院政」を目の当たりにしたことがある。
すでに取締役でさえない黒幕がすべてを決めていた。所属長が部員たちの成果を担当役員に伝えると、担当役員が「黒幕」に上奏。それを受けて「黒幕」が決定したことが担当役員経由で所属長に伝えられ、部員たちに下達された。
すなわち、責任を負っているはずの所属長や担当役員には決定権はなく、なんら責任を負っていない「黒幕」の意思を実現すべく動いていた。だから、所属長や担当役員が対外的になにを発信していても、空疎にしか聞こえなかった。傍から眺めたらいかに滑稽だろうと想像しつつも、そのころの私は当事者として、その状況を笑うことなど到底できなかった。
繰り返すが、こういう体制を「院政」とは、よくいったものだと思う。付言すれば、日枝氏を「フジテレビの天皇」と呼ぶのは当たっていない。あくまでも「フジテレビの上皇」である。
■フジテレビが変わるために必要なこと
1961年にフジテレビに入社した日枝氏は、83年に45歳の若さで取締役になり、88年には50歳にして、会社がはじまって以来の生え抜きの社長に就任した。役員歴は41年におよび、その間、フジテレビに君臨して「企業風土の礎」を築いてきた。
たしかに2017年6月、フジ・メディアHDとフジテレビの両代表取締役会長兼CEOを退き、代表権がない取締役相談役として現在にいたっている。建前としては、会社を代表できない立場である。
それでも1月23日に行われたフジテレビ社員への説明会で、日枝氏の進退を問う悲痛な声が上げられるなど、社員から日枝体制を問題視する声がやまず、労働組合も会見への日枝氏の出席を強く求めた。それは私がかつて見たような院政の実情を、フジテレビの社員たちが見聞きしているか、肌で感じているからではないだろうか。
また、社員からも株主からもスポンサーからも求められながら、港社長以下が日枝氏を会見に出席させず、出席の必要性がなかったと強弁することに対しては、強い違和感を禁じ得ない。日枝氏とは、それだけ忖度しなければならない怖い存在なのだろうか。
「院政」とは既述のようにガバナンスの埒外にあるから、外部からは見えにくく、隠れ蓑にもなりやすい。それだけに、もし日枝氏が「院政」を敷いているのであればなおさら、強い決意をもって日枝氏を退けないかぎり、フジテレビは変われない。それ以上に、変われないという印象を周囲に強くあたえることになってしまう。
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歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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