やっぱりイチローはかっこよかった…MLB殿堂入りに「1票足りないのはすごく良かった」と言った真意
プレジデントオンライン / 2025年1月31日 10時30分
■MLBで殿堂入りのすごさを解説する
今年1月16日、公益財団法人野球殿堂博物館は、イチローの野球殿堂入りを発表した。候補になって1年目の選出だった。
さらに21日(日本時間22日)には、米国野球殿堂(Hall of Fame)が今年の殿堂入りメンバーを発表し、日本人で初めてイチローが選出された。こちらも候補になって1年目で選出された。日米同時の殿堂入りはまさに快挙というべきだろう。
NPBからMLBに移籍する選手は、少なくとも数年は日本で活躍してからMLBに移籍する。そこから殿堂入りする成績を残すのは、信じられないような偉業である。
イチローは、1992年から2000年まで9シーズンNPBで活躍。獲得したタイトルは、7年連続首位打者、打点王1回、盗塁王1回、最多安打5回、MVP3回。さらにベストナイン、ゴールデングラブは各7回、オールスターに7回も出場している。
1994年には当時のNPB記録のシーズン210安打をマークした。通算打率.353は、NPB基準の4000打数には未達だが、NPB史上では断トツの1位である。
27歳でMLBマリナーズに入団。MLBでは2001年から19年まで19シーズンを過ごした。
獲得したタイトルは、首位打者2回、盗塁王1回、MVP1回。タイトルではないが最多安打は7回。2004年にはMLB記録のシーズン262安打をマークした。
シルバースラッガー3回、ゴールドグラブ10年連続10回、さらにオールスターにも10年連続で選出された。そしてマーリンズ時代の2016年にはMLB史上30人目の3000本安打を記録している。
■1年目での当選もほぼ確実だったが…
NPBの野球殿堂は、実質的にNPB、MLBの成績の「合わせ技」で評価されたと思われるが、MLBでは海外のプロ野球やマイナーリーグの実績は一切考慮されない。イチローは27歳からMLBに挑戦し、MLBの球史に残る成績を残したのだ。
特に3000本安打は、殿堂入りの「パスポート」と言っても良い。
昨年まで33人が「3000本」をクリアし、そのうち28人が殿堂入りしている。
5人の内訳は、殿堂入りの候補資格ができる引退後5年未満の選手2人(アルバート・プホルズ【歴代10位、3384安打】、ミゲル・カブレラ【17位、3174安打】)と、野球賭博で球界追放となったピート・ローズ(1位、4256安打)、薬物疑惑が報じられたアレックス・ロドリゲス(23位、3115安打)、ラファエル・パルメイロ(30位、3020安打)の3人だ。
発表前からイチローの殿堂入りは確実視されていた。それだけでなく、日本出身で初の野手(新庄剛志も同時にMLBに移籍)、MLBシーズン最多安打、打撃だけでなく「レーザービーム」など守備でも沸かせたことを考えると、1年目での当選もほぼ確実だった。薬物疑惑やスキャンダルが一切なかったことも、好感を持って受け止められた。
しかしながら「満票」はどうだろうか?
■日本野球殿堂の得票率上位5選手
今回の報道では、イチローの得票が、日米いずれの殿堂入り投票でも「満票」でなかったことが、さも「大事件」のように報じられている。
日本野球殿堂
イチロー得票 323票(有効投票数349票 得票率92.6%)
MLB野球殿堂
イチロー得票 393票(有効投票数394票 得票率99.7%)
日本の殿堂入りではあと23票、MLBではあと1票足りずに満票を逸している。どちらの野球殿堂も75%以上で選出が決まるから、余裕での選出ではあった。
しかしファンやメディアからは「なぜ満票じゃないんだ」という声があがっている。「イチローのようにすごい選手に投票しない選考委員がいるなんて、おかしいじゃないか」と言うのだ。
しかしながら野球殿堂の選考に満票はそぐわない。過去の得票率上位5傑を見てみよう。
ヴィクトル・スタルヒン 97.9%(1960年)
稲尾和久 94.8%(1993年)
若松勉 94.7%(2009年)
王貞治 93.2%(1994年)
イチロー 92.6%(2024年)
これまで満票の選手はいない。NPB史上最多本塁打(868本)の王貞治は93.2%、最多勝(400勝)の金田正一は84.3%(1988年度)、最多安打(3085安打)の張本勲は76.8%(1990年度)、ミスタープロ野球と言われた長嶋茂雄は90.1%(1988年度)だった。
日本プロ野球90年の歴史を飾ったそうそうたる野球人の誰もが満票を得ていない。「イチローは、こうした野球人よりすごい記録を作ったんだから、満票で当然だ」と言うかもしれない。
■イチローはべーブ・ルースより上だが
しかしイチローの通算4367安打の内、NPBで打ったのは1278安打にすぎない。選考基準に実働年数の規定はないが、NPBではわずか9年しかプレーしていない。
もちろん7年連続首位打者、通算打率.353は驚異的だが、20年以上NPBでプレーして偉大な記録を残した王、金田、張本らと「肩を並べた」あるいは「それ以上だ」と断言することはできないのではないか。
アメリカ野球殿堂ではどうか。過去の得票率上位5傑を見てみると、
マリアノ・リベラ 100%(2019年)
デレク・ジーター 99.748%(2020年)
イチロー 99.746%(2024年)
ケン・グリフィーJr. 99.3%(2016年)
ノーラン・ライアン 98.8%(1999年)
イチローは僅差で3位だ。近年、アメリカ野球殿堂の記者投票は、特定の選手に集中する傾向にあるが、ベーブ・ルースは95.1%(1936年)、タイ・カッブは98.2%(1936年)、ヘンリー(ハンク)・アーロンは97.8%(1982年)だった。
率直に言って、メジャーリーガー、イチローがルース、カッブ、アーロンなどを上回る実績を挙げたとはいいがたい。
■どうやって「殿堂入り」は選ばれるのか
MLBでは、投打の総合指標としてWAR(Wins Above Replacement)が重要視されるが、イチローのトータルでのWARは記録サイトBaseball Referebce によれば60.0、これは歴代194位。1位のバリー・ボンズは162.8、2位のベーブ・ルースは162.2だ。現役選手でもマイク・トラウトはすでに86.2(32位)だ。
WARは選手のパフォーマンスを「チームの勝利数」に変換するものだ。野手で言えば、長距離打者に有利になる傾向がある。「安打製造機」タイプのイチローはやや不利ではある。また19年の実働期間は、殿堂入り級の大選手の中にあってはむしろ短い方だ。
そんな中で、満票に1票足りない99.7%は「過分」という言い方をしてもいいかもしれない。
WAR全盛の現代にあって、投票した記者は安打製造機・イチローの価値を最大限評価したといえるだろう。
気になるのは、「イチローに投票しなかったのは誰だ」みたいな記事がおどっていることだ。同調圧力のようなものを感じるし、誠に気持ちの悪い風潮だ。
そもそも野球殿堂は一人を選ぶものではない。
引退してから一定の年限が経過した選手の中から、殿堂にレリーフと銘板を掲げて永久にその名を顕彰すべき偉大な野球人を選出するのが目的だ。
選考の価値基準は一方向でなくてもよい。野球という競技には「投、打、守備、走」それぞれにさまざまな価値観がある。投票者には、それらを総合的に勘案する深い知見が求められる。
■ベストナイン選考との決定的な違い
日本野球殿堂は記者歴15年、MLB野球殿堂も記者歴10年以上のベテラン記者に投票権を付与しているのも「広い視野」「見識」を求めているからだ。
また日本野球殿堂は最大7名連記、MLB殿堂は10名連記までが可能だ。つまり一人最大7票、10票を持っているのだ。一人の選手だけでなく、候補に挙がった選手に広い目配りをして「これは」という選手を、余すところなくピックアップするためにある。
日米の殿堂入り投票は人気投票ではないことを、改めて認識すべきだろう。
この点、ポジション別にシーズンで最も活躍した選手を1人選出する年度表彰とは似て非なるものだ。NPBのベストナインとゴールデングラブ、MLBのシルバースラッガーとゴールドグラブは、各リーグでの打撃、守備で最も活躍した選手を選出するものであり、一人1票だ。
こうした年度表彰で、誰が見ても「この選手しかいない」という傑出した選手がいるのに、それ以外の選手、個人的に親しい選手や、自分が番記者として担当している選手などに入れるのは、適切とは言えないだろう。「誰だ、こんな選手に投票するのは」という声が上がるのも仕方がないだろう。
しかし、殿堂入りはそういう種類の投票ではないのだ。
■なぜ1月に発表されるのか
野球殿堂入りの発表は、日米ともに毎年1月、春季キャンプやオープン戦などが始まる前に行われる。
それは、新しいシーズンの前に、野球の歴史を紐解き、過去の偉大な選手たちに思いを致すために行われるといっても良い。
近年、MLBはアフリカ系アメリカ人選手のプロ野球リーグである「ニグロ・リーグ」の歴史を掘り起こしている。そして「ニグロ・リーグもメジャーリーグである」として、MLBの通算成績に「黒人野球選手」の記録を加えるようになっている。
これまで、MLBの最高通算打率は、タイ・カッブの.367だった。筆者などは子供のころから、空で言えるくらいに覚えていたが、今のMLB公式サイトには、ニグロ・リーグの大捕手のジョシュ・ギブソンが.372でその上にある。そしてもちろん、ギブソンも殿堂入りしている。
改めて言うが、日米の野球殿堂とは、その国で野球の発展のために尽くした選手、野球人を幅広く顕彰するためにある。スター選手の人気投票ではない。
■「1票足りないというのは凄く良かった」
2001年、マリナーズに移籍したイチローは、いきなり首位打者、盗塁王、新人最多安打、新人王、MVPと最高のスタートを切ったが、同時にMLBのすごさ、レベルの高さに畏敬の念を抱いたはずだ。
MLBには、自分よりもはるかにすごい選手がたくさんいる。そして彼らはNPBよりもはるかに厳しい競争環境を生きている。
イチローはそのことを肌身で知って、なおのこと研鑽を積んで3000本安打を打ったのだが、その間、彼は「自分こそがMLB最高の選手」などと思ったりはしなかったはずだ。
殿堂入りは、彼が尊敬するケン・グリフィー・ジュニアをはじめとする一流選手の仲間入りができた、という認識ではなかったのか。「満票をとって当然」などとはみじんも思っていなかっただろう。
だからこそ「1票足りないというのは凄く良かった」という意味深なコメントをしたのではないか。
グリーンフィールド神戸が本拠地だったオリックス時代からずっとイチローのプレーに魅了されてきた筆者は「それでこそわれらがイチローだ」と思った次第だ。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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