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まるで「習近平体制の厳しさ」を描いたよう…中国の若者が闇ルートで入手してまで愛読する日本の大ヒットマンガ

プレジデントオンライン / 2025年2月6日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

中国共産党はエンタメ作品に対して厳しい統制を行っている。日本のマンガ・アニメは人気だが、中には輸入が許されない作品もある。フリージャーナリストの武田一顕氏は「『進撃の巨人』は、中国共産党にとって都合の悪い世界観を描いている。映画はもちろん、原作コミックも禁書扱いだ」という――。

※本稿は、武田一顕『日本人が知っておくべき中国のこと』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。

■中国人は千昌夫の『北国の春』が好き

中国の歌手は、ほとんどがきちんとした音楽教育を受けています。言い方は悪いですが、歌はうまくないけれどかわいい女性アイドルやかっこいい男性アイドルは、中国にはまずいません。上の世代のレジェンドの弟子になって、下積みを重ねてデビューするというケースもありません。

多くの歌手や演奏家は、北京にある中央音楽学院という名門音楽学校を卒業しています。この学校には、曲、音楽学、指揮、ピアノ、オーケストラ、民族音楽、声楽オペラなどの学科があり、専門的な音楽教育が施されます。

また、中国では共産党公認の歌手や演奏家でないと、コンサート活動が難しいので、音楽家人口がなかなか増えません。

そういう環境だからでしょうか、中国人は自分たちの国にいないタイプの日本人歌手が好きです。私が北京にいた90年代には、日本で1977年にリリースされた、千昌夫の『北国の春』が人気でした。

雪どけ、朝霧、水車小屋……、そして、おふくろ。『北国の春』は故郷を思い、帰りたくなる歌です。

■カラオケと回転テーブルは「日本の素晴らしい発明品」

中国の都市部で働いている人の多くは故郷を後にしています。広い国ですからなかなか帰れません。そんな人たちの心に、この曲が響いたのでしょう。望郷は漢詩の主要なテーマでもあります。中国人とカラオケに行くと、中国語版『北国の春』を歌う人は多かったです。日本人と同じく、中国人も概してカラオケが大好きのようです。

中国で生まれ世界に広まったものは多く、火薬、活版印刷、紙など、中国人はその多くの発明を誇りに思っています。

寿司も中国の発明だといわれており、確かに、雲南省に日本の熟れ鮨の原型のような食べ物があります。雲南には海がないので、発酵食品が進化しているのです。

日本の江戸前寿司に関しては、そこから大きく発展したものといえるので、発明を語られても日本人としては少々違和感があるところですが、中国人は発明に対するプライドは高く持っているようです。

それでも、カラオケに関しては日本発祥の素晴らしい発明であると認めています。

そして、中国人も認める日本が開発した意外なものがもう1つあります。それは円形の回転テーブルです。

回転テーブルは、日本の「目黒雅叙園」の創始者によって、1932年(当時は和食と北京料理を扱う料亭だった)に開発されました。あの中国料理を楽しむ、大きくて、円形で、クルクル回るテーブルは、実は日本発祥なのです。

■中国出身俳優はなぜハリウッドで成功しやすいのか

中国で活動している音楽家たちが中央音楽学院を卒業しているのと同じように、中国の演劇界や映画界で活躍するには、北京の中央戯劇学院や上海戯劇学院を卒業する必要があります。

どちらも国立大学で、それぞれ、演劇・ミュージカル、ディレクター、舞台芸術、映画、ダンスなどの学科に分かれています。ジャン・ウェン(姜文)、コン・リー(鞏俐)、チャン・ツィイー(章子怡)は、中央戯劇学院出身の俳優です。コン・リー主演でベルリン国際映画祭金熊賞受賞作『紅いコーリャン』の監督チャン・イーモウ(張芸謀)のような別の学校を卒業して成功した映画人はレアケースです。

日本のように歌手やモデル出身で、顔がきれいで演技は上手でないタイプの俳優はまずいません。日本の場合は、歌手やモデル、あるいはスポーツ選手出身でも場数を踏むことで俳優として成功することもあります。中国ではそういうケースもまずありません。

中国の映画・演劇界で成功を収めるには高いハードルを越えなくてはいけません。

ただ、中国出身の俳優は基礎ができているので演出家は起用しやすく、ハリウッドへ進出すると成功しやすいといわれています。中国人女優のリウ・イーフェイ(劉亦菲)は、ディズニーの実写版映画『ムーラン』の主役に抜擢され、ハリウッド女優としての地歩を固めました。

■共産党の覚えめでたい女優が映画賞を総なめ

中国で成功するには、まず共産党に評価され、好かれなくてはいけません。映画・演劇でさえ、中国共産党宣伝部の管轄下にあり、表現の自由はありません。従って、共産党のさじ加減ひとつで、上映禁止にできるのです。ただし、共産党に愛されると様々な選択肢を持つこともあります。

私が北京にいた1990年代は、リウ・シャオチン(劉暁慶)という女優が大活躍していました。日本では1985年に公開された『西太后』で残忍な西太后役を演じた女優です。中国共産党の歴史観では、西太后は中国の利益を外国に売り渡した悪女なので、史実を折り曲げて西太后を残忍な為政者として描いています。

彼女は1987〜89年までに、中国の3大映画賞の1つ「百花奨(パイホワチャン)」で、3年連続で最優秀主演女優賞を受賞しています。一方で、1988年には中国の議会に当たる政治協商会議の全国委員に選出され、1998年まで政治家としても活動しています。共産党の覚えがよかったのでしょう。

■「共産党の犬」と呼ばれるジャッキー・チェン

やはり共産党との蜜月関係を維持し続けている俳優が、『酔拳』『プロジェクトA』『ポリス・ストーリー』シリーズなどで人気の世界的アクションスター・ジャッキー・チェンです。ジャッキーは香港で生まれ育ちました。1989年の天安門事件のときには学生たちを支持し、中国共産党に対して批判的な立場でした。

ところが、その後は人口の多い中国マーケットに魅力を感じて、態度を一変させます。また息子の大麻事件のときには中国政府に減刑してもらい借りをつくり、徐々に中国共産党寄りの発言が目立つようになりました。

彼はとても戦略家で、2021年に行われた中国共産党結党100周年記念座談会では、かつてと真逆の立場を明確にしました。

「私は中国人になって光栄だが、共産党員がうらやましい。私も党員になりたい」(「朝日新聞デジタル」2021年7月12日)

そんな発言をしたので、香港市民や中国の識者たちの間では“共産党の犬”と呼ばれています。その分共産党には大切にされ、ジャッキーの出演作は規制の厳しい中国でも公開され、多大な興行収入を上げています。

ハリウッドウォークオブフェイムのジャッキー・チェンの星
写真=iStock.com/tupungato
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tupungato

■『君の名は。』の興行収入は130億円を突破

中国では海外映画公開の規制は厳しく、政治的な映画、暴力映画、ポルノ映画はまず許可されません。流血や裸は論外のようです。

そもそも共産党には、西洋文化が国内に入ることに強い抵抗があるので、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ゴースト・バスターズ』など共産党的な道徳にさしさわりなさそうな映画でも公開を許していません。

そんな中でも日本のアニメは中国では大人気です。

最近中国で公開され、人気の高かった日本映画の1つが新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』。東京で暮らす少年と飛騨の少女が入れ替わるこの物語は、日本でも大ヒットしました。政治的でも暴力でもポルノでもない、無害な作品と判断されて中国でも2016年に上映され、2024年7月に再上映、累計の興行収入は6億元(約130億円)突破という大ヒットを記録しました。

中国では海外映画の輸入規制により、年間に上映される日本映画は数本と限られていましたが、2016年は、前年の『STAND BY ME ドラえもん』のヒットもあり、アニメ作品を中心に、10本を超える日本映画が公開されました。『君の名は。』で注目すべきなのは、日本よりも中国での観客動員数が多かったことです。人口が多いことは、それだけで豊かなマーケットであることが再認識されました。

■『スラムダンク』聖地巡礼にやってくる中国人観光客

中国で人気になった日本のアニメをずらりと挙げてみましょう。『ちびまる子ちゃん』『スラムダンク』『ポケットモンスター』『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』『美少女戦士セーラームーン』『ONE PIECE』『NARUTOーナルトー』『ドラえもん』『ドラゴンボール』などです。

新型コロナウイルス感染のピークが過ぎ海外旅行者が日本に大挙してくるようになると、日本人にとって想定外の場所が賑わいました。その1つが、神奈川県鎌倉市の鎌倉高校近くにある江ノ島電鉄の踏切です。そこは、アニメ『スラムダンク』のオープニング映像に登場する場所だったのです。

国道134号線と江ノ電が並行して走る踏切には多いときで100人を超える人が集まり、多くの中国人も競うように撮影をしていました。危険な行為もあり、テレビなどでも報道されていましたが、日本のアニメの人気を象徴する出来事でもあります。

■『進撃の巨人』原作コミックは禁書扱い

その一方で、中国での公開が難しいアニメもあります。反乱作品や暗殺シーンがある作品は、国民が刺激されると共産党は判断します。たとえば『進撃の巨人』のような作品は、中国での映画上映のハードルが高いようです。

武田一顕『日本人が知っておくべき中国のこと』(辰巳出版)
武田一顕『日本人が知っておくべき中国のこと』(辰巳出版)

『進撃の巨人』は、巨大な壁の中に閉じ込められた人類が、壁内の秩序に反乱し、やがて壁の外の世界に飛び出ていく物語です。極端な情報統制を行い、壁の外の自由な世界を見させないようにしている現在の中国の国家体制からすれば、許されない世界観が描かれています。

それゆえ、中国国内ではコミックは禁書となっていますし、映画版も上映されていません。しかし、日本の漫画文化に強い関心を持つ中国の若者たちは、『進撃の巨人』を様々な手段で手に入れて読んでいるとのことです。禁書はいつの時代も、人々の憧れなのですね。

アニメや漫画、あるいはアイドルのようなサブカルチャーに詳しく熱烈なファンのことを日本ではオタクといいますが、中国でもオタクは増えていて、「宅男(ジャイナン)」と呼ばれます。日本からの文化輸出といえそうです。

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武田 一顕(たけだ・かずあき)
ジャーナリスト
1966年生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。元TBS報道局記者。国会担当記者時代の“国会王子”という異名で知られる。また、『サンデージャポン』の政治コーナーにも長く出演し親しまれた。2023年6月TBS退社。大学在学中には香港中文大学に留学経験があり、TBS在職中も特派員として3年半北京に赴任していた経験を持つ。その後も年に数回は中国に渡り取材を行っている「中国通」でもある。

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(ジャーナリスト 武田 一顕)

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