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「ものづくり日本」はウソである…養老孟司「職人気質の日本人がナマケモノな欧米人に技術力で勝てない理由」

プレジデントオンライン / 2025年2月6日 8時15分

養老孟司さん(2017年11月) - 写真提供=共同通信社

日本人にはどのような特性があるのか。解剖学者の養老孟司さんと作曲家の久石譲さんとの対談を収録した『脳は耳で感動する』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。

■技術者がホンネを言いづらい環境になっている

【養老】日本人の変化としてもう一つ感じるのは、技術者がホンネを言いづらい環境になっているのではないかということですね。

それを感じたのは10年ほど前、横浜市に建設されたマンションを支える杭が、本来よりも短かかったために、固い地盤に届いていないことがわかったという報道があったんです。つまり耐震性が保証されていなかった。完成したのは2007年なんですが、施工業者は、杭が設計通りにちゃんと地盤に届いているかを確認する義務があるんですが、それをやっていなかった。原因は施工のときに、納期を急いだためだったという話になっていましたが、現場で仕事をする人の立場から考えると、確認作業などに時間がかかって納期がやや遅れぎみになるというのならば想像できるんですよ。ちゃんとやろうとすれば納期は間に合わない場合もありますからね。

【久石】納期を間に合わせるために無茶をやってしまったということですね。形だけを整えてしまうというか。

【養老】そこが問題なんですよ。そういう仕事をやってしまうとなると、もう終わりだなという気がしますよね。

【久石】何が変わったのでしょうか?

■言葉が先か、実態が先か

【養老】納期とか人間の約束の方が重要になってしまったということですね。現場の職人の考えよりもね。

最近、ずっと言葉の問題を考えているんです。一言でいえば、「言葉が先か? 実態が先か?」ということ。日本人のいいところは実態を先に置いてきたこと、つまり実態を優先してきたということなんですね。マンションの例でいえば、現場、職人という実態を優先してきたんですね、これまでは。ところがここへ来て、「納期」「約束事」という言葉が人間よりも優先されてきている気がします。日本人がヘタに言葉を優先し始めると、とんでもないことをし始めるので危惧しているんですけどね。

戦争中でいえば、「一億玉砕」「本土決戦」みたいなことを言い始めるんですよ。そんなことは無理に決まっているし、言っている人も無理だということがわかっている。なのに突き進んでいく、というようなことになりかねない。

いま世界中がそうなってきているんですよね。だから本当は日本がブレーキになってなければいけないんだけど。

【久石】面白いですね。「実態が先だ」という態度が変化しているとなると、日本人の文化にもかなり影響を与えますね。

■「もののあわれ」と思考形態

【養老】日本人は物事が起こって言葉が生じてくる傾向が強いと思うんですね。その事例として、日本人は季節が変化して、折に触れて何かを感じる。それを「もののあわれ」だというでしょう。そこから詩や歌が生まれる。日本人はそういうふうに言葉を捉えてきたわけです。三島(由紀夫)のように花鳥風月がない人は、日本人では少数派だと思いますよ。

三島事件。バルコニーで演説
三島事件。バルコニーで演説する三島由紀夫(1970年11月25日、市ヶ谷駐屯地にて)[写真=ANP scans 8ANP 222)/CC-BY-SA-3.0-NL/Wikimedia Commons]

僕は「上」と「下」という言い方をよくするんですが、「上」は言葉(頭)、「下」は実態のことです。つまり、日本人は「下」が「上」に影響を及ぼす。どちらかというと「下」に寄った言葉なんですね。だからたとえばオノマトペが日本語には豊富にありますね。「ニャーニャー」「がやがや」といった擬音語、「つるつる」「じろじろ」といった擬態語。日本人は感覚をオノマトペにするのですが、欧米系の人たちはダメなんですよね、幼児言語だという認識なので。

しかし、日本人は「上」にある言葉が、実態である「下」を規定する力が弱い。その典型例が、日本国憲法第9条ですよ。何を書いてあるか、議論さえしない。もちろん研究者やメディアなどといった一部の人たちは議論していますよ。でも国民的な関心になってこないでしょ。憲法9条などは、日本は現状が先にあって言葉ができる国民性だから、「憲法解釈」によって事を進める。“目はこう言ってるけども、口ではこう言ってるよ”みたいなことが出てきてしまうわけですよね。

■「ものづくりの日本」は本当なのか

【久石】いまのお話と関係するかわかりませんが、「ものづくりの日本」などと言われて、日本の職人の腕のよさがクローズアップされることがありますよね。でも日本人が作るものについて気になっていることがあるんです。旧版『耳で考える』でも触れたことですが、(日本の伝統工芸品は別にして)レコーディング機材を例にとれば、イギリス人ってナマケモノのイメージがありつつも、圧倒的に最上級の機材を作っているんです。でも日本製は、それに匹敵するものは作れていなくて、安いものをものすごく精密にこしらえている印象です。飛行機もなかなか完成しないでしょう。ロケットも日本製はなかなか飛ばない。

以前先生が、日本語というのはもしかしたら論理的じゃないからかもしれないねという話をされていたんだけれども、それが影響しているのかなと思ったりしています。

■「イエス」でも「ノー」でもない…

【養老】それは、日本人の場合は実態が先行するからです。こうでなければならないという論理が先行すると、それに伴って実態が変更されるわけですよ。日本人はそれをやらないんですよね。

【久石】それを突き詰めていくと、日本人って何なんだろうという問いに行きつくんだけれども、実態に従順なんですよね、受け入れてしまうから。僕自身もこうあらねばならぬと思って多少対応しているのだけれども、振り返るとたいてい受け入れてしまっていて、数時間後か一晩寝た後で“クソッ!”と反省している日々なので。

でも、外国の人たちは「イエス」と「ノー」がはっきりしている。しかも反応が早い。いろんな国の人が全部そうであるわけではないけれども、大概の日本人の人は「イエス」と言うのが、感覚的には20パーセント前後なんですよね。「ノー」も20パーセント。残りの60パーセントはどっちでもないんですよね。「いいと思います」とか、いいのか悪いのかどっちなんだという反応をする。日本語というのはほぼそんな感じで表現されます。

自分を守るためなんですかね、断言したがらない。それをずっと繰り返していると、たとえばロケットを作るときに、「これでいいと思います」といった反応ではなかなかうまくいかないかもしれないですよね。現場はやはり「イエス」「ノー」でちゃんと決めていかないとダメだと思うんですよ。

【養老】いずれまたそのうちとかね。時間的なものでも。

■パイロットの適性を「人相見」で決めた

【養老】もう一つの例を言うとね、日本の戦争末期に、パイロットが足りなくなって、早く養成しなければならないというときがあったんです。パイロットですから、ある程度適性があるだろうと。日本はどうやって適性を調べたかというと、よく当たるといわれる「人相見」を起用したんです。

それに対しアメリカは、心理学などの研究にもとづいて、どういう人がパイロットに向いているかを研究した。パイロットは操縦しているときに何を見ているか。パイロットに相応(ふさわ)しい人はどんな特性を持っているか……ということを「研究」したわけです。

結局、何を見ているかといえば「キメ」だということがわかるんですね。操縦でいちばん難しいのは着陸らしいんですね。離陸はスピードをだして、操縦桿(かん)を引っ張ればわりと簡単なんだけど、着陸はすごく難しい。地上の一点に降りなければいけないから、スピードを調整する必要があるし、いろいろな条件を最適にしなければならない。そのときにパイロットは何を見ているかというと、滑走路などの「キメ」だという研究があるんです。

日本はそうした分析的な研究をしようというふうにはならないで、人相見になってしまう。その差なんです。

京都の伏見稲荷大社の占い師
写真=iStock.com/coward_lion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

■なぜ日本のGDPは上がらないのか

そういう日本人の特性がいい方に出ることもあって、ここ30年、日本のGDPが上がらないでしょ。経済関係の人たちは、日本が経済的に発展していないからだと言います。でも僕の考えは違って、それ以前の「田中角栄による日本列島改造」に代表される成長戦略に国民が嫌気がさしたということだと思っているんです。むやみに国土を掘ったり削ったりするのはもうやめろと。公共事業をやらなくなったので、経済成長が止まったと僕は考えているわけです。

象徴的だったのは、2001年に田中康夫さんが長野県知事時代に打ち出した「脱ダム宣言」ですね。こういう態度は非常にローカルですよね。ドイツであれば「緑の党」の主張と重なるんじゃないですか。

養老孟司、久石譲『脳は耳で感動する』(実業之日本社)
養老孟司、久石譲『脳は耳で感動する』(実業之日本社)

最近では静岡県知事だった川勝平太さんが、環境保全を理由にリニア中央新幹線の(静岡工区の)着工に待ったをかけていたでしょ。最後は失言などでやめてしまったけれども、あの主張で県政を維持できたのは、県民感情が背景にあったからだと思うんです。つまり論理ではないんですよね。

こうした動き・変化をみていると、もうちょっと自分の足元を考えたらどうかなと思うわけですよね。世界的にみても必要な考えだし、事実上日本人がブレーキになっているんだから、それに気づいたほうがいい。こうした考えを広げるようにしてもいいんじゃないか。これがここ数十年の変化ですね。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。

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久石 譲(ひさいし・じょう)
作曲家
現代音楽の作曲家として活動を開始し、音楽大学卒業後ミニマル・ミュージックに興味を持つ。近年はクラシック音楽の指揮者として国内外のオーケストラと共演。ドイツ・グラモフォンからリリースした「A Symphonic Celebration」は米国ビルボード2部門で1位を獲得した。2024年4月、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団Composer-in-Association就任。25年4月、日本センチュリー交響楽団音楽監督に就任予定。撮影=Nick Rutter

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、作曲家 久石 譲)

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